◇11
ガーネシア共和国の魔風病の研究が進んだことを、兄から伝えられ、シューリッツ王子も今は歩けるまでに回復していると聞く。
私は12歳になった。
最近、少しだけ胸が膨らみ始めてきて、いつかの第一王子の言葉が頭を過ぎる度に祈るようになった。
「胸が大きくなりすぎませんように。」
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「まさか、光の加護持ちの治療方法が、別の光の加護持ちに加護を使うことだったなんてな〜。」
学園入学の準備を着々と進めながら、兄が2年前を思い出して言った。
「私の推察が正しかったことに安堵しました。」
あの時、私は。
身体中の皮膚から取り込まれた『魔』なのだから、皮膚に正常な『光』を取り込んでみたらいいのでは?と提案したのだった。
私の話を聞いた第二王子が国王に進言し、最後の足掻きとばかりにガーネシア共和国がそれを行った。
「お兄様が居なくなってしまうのですね。」
王立学園は、魔術を勉強する学園で、強制的な全寮制なのだ。
馬鹿王子がいない王城には平和が訪れたものの、兄がいないハロイエッド侯爵邸は寂しくなるだろうと思う。
「たったの3年だよ。休みには帰ってくるし、リリーに手紙も書く。」
兄様はいつも優しい。
そんな兄なら学園でもモテモテだろう。
「ありがとうございます。でも、運命の相手が現れましたら、私のことは放っておいてくださって構いませんからね?」
私の言葉に、令嬢嫌いの兄は苦笑いを返した。
「そういえば、リリーがアクセサリーを着けてるのは珍しいね。」
ふと、兄が私の首元のネックレスに触る。
「ん?魔石?」
キラキラと輝く小さい青い石は、魔獣を倒して取れるという魔石だ。
宝石には興味がない私だが、魔石となれば別。
魔力を籠められるそれに魅力を感じないわけがなかった。
「ラカーシュ殿下からだって、ハリーに渡されました。なんでも『お礼』とか言ってましたわ。」
世界中の商品を扱う貿易商、ハリー・コットン。
各国王家にも出入りしているハリーが我が邸を訪れたのは昨日、既に魔力が籠められた魔石を届けてくれたのだ。
「ラカーシュ殿下がね~。ふーん。」
意味ありげな口ぶりの兄に詰め寄る。
「’’お礼’’ですって!シューリッツ王子はラカーシュ殿下と仲が良かったらしくて、お友達の命を助けてくれたからって言ってましたのよ。」
第二王子のラカーシュ殿下が幼い頃から各国に視察に行っていたことは知っている。
その中でも、ガーネシア共和国の第二王子である、シューリッツ王子とは生活環境などに共通点が多く、意気投合したらしい。
(お二人共に第二王妃の子でしたわね。)
「兄が可愛い妹にあげた髪飾りは着けてくれないのに…兄様妬いちゃう〜。」
「な!?」
兄が2年前の誕生日プレゼントに私にくれた髪飾りは、余りに豪華すぎて気後れしてしまう一品だったのだ。
(子供の私が着けるには分不相応なのよ。)
「あれは!デビュタントの日に着けます。…それまでには、少しは大人っぽくなれてましょう…?」
言っていて恥ずかしくなってきてしまい、顔が熱くなってくる。
そんな私に満足気な兄は、私の頭をワシャワシャと撫でると
「楽しみにしとく。」
満面の笑みを向けられた。
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この国の成人は15歳だ。
庶民なら結婚する者もいる。
貴族は学園があるので、卒業した18歳で本格的な社交界デビューになる。
(私が18歳になるまであと6年あるし、それまでには多少色気も出ているはずよ。)
兄の邪魔をしないように、部屋に戻ってきた私に、モアがお茶を淹れてくれた。
「お嬢様はちゃんと淑女らしく育ってますよ。見た目は。」
先程の兄とのやり取りを見ていたモアなりの気遣いだろう。
実際、モアの言葉に深い意味はないのが分かる。
「5歳から王太子妃教育を仕込まれましたもの。そうでなくちゃ、先生方に失礼でしょう?」
実際、王太子妃教育は5年〜10年かけて叩き込む内容になっている。
それを3年で終了した私がおかしいのだ。
「来年には第一王子殿下のデビュタントですものね。ダンスの練習を始めませんと。」
「ああ!!そうだった〜!」
隣国の男爵令嬢との運命の出会いをぶっ壊した自覚がある私は、後悔の念で押し潰されそうだった。
件の令嬢の婚約者であるシューリッツ王子が無事回復している今、馬鹿王子と恋に落ちる可能性は低いのだ。
いや、それはいい。
そこで恋に落ちた結果、パレイスティ王国が戦火の海に沈むのを避けたかったのだから。
(馬鹿王子と誰か恋に落ちてくれないかしら?…私の婚約破棄の為に。)
学園に行った第一王子との月一のお茶会は今も継続されている。
そんなお茶会で探りを入れるものの、第一王子から’’色恋’’の話題は出てこない。
媚を売るのをやめ、言いたいことを言う私に対し、多少大人しくなった第一王子ではるが、他人の気持ちを慮る能力は欠如されたままだった。
流石にあの変なポーズはしなくなった。
なんでも、学園で『ダサい』と陰口を叩かれたのだとしょげていた。
実際、しょげていたのは陰口を聞いて、学園の教室を滅茶苦茶にした挙句、監禁部屋に1日押し込められたからだったが。
「私が国王になったらまず、学園長をクビにして国外追放してやる!」
そう息巻いていた様子を見て、何が悪いのかを未だに理解出来ていないことは容易に理解できた。
(そんな私情で断罪する国王ってどうよ?)
先日も、早く婚約破棄をしたい私は単刀直入に聞いてみた。
「ユーステス殿下の心を鷲掴みにするような美貌をお持ちの令嬢はいらっしゃらないのですか?」
彼の好みのタイプは知り尽くしている。
中身の性格などは関係なく、見た目がいかに凹凸があるかが重要なのだ。
そのような女性なら一人や二人いそうなものなのに、彼の口から出る答えはいつも
「いない。いても、婚約者というコブ付きだ。私は当て馬にはなりたくない。」
(コブって・・・)
未だに恋愛小説の影響を受け続けている第一王子に愕然とするものの、彼の言うことには一理ある。
貴族は大抵7歳~10歳の間に婚約者を決めるものだ。
私の周りにいる兄や第二王子に婚約者がいない為、忘れがちではるが、世間一般の常識に私は頭を抱えざるを得なかった。
(そもそも、婚約者が決まっていない貴族令嬢っているのかしら?)
そんな不安を振り払うように、私はあの’’ラノベ本’’を今日も読み返すのだった。
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この物語では学園に入学した主人公が数日経った後、教室の窓から外を見ている隣国の王子に見惚れて、思わず声を掛ける所からスタートするのよね。
教室の窓から外を見ている馬鹿王子・・・
(ありそうね。)
ふと高い所から令嬢たちを物色する馬鹿王子の姿を思い出し、納得する。
王城でもよくあったことだった。
通り過ぎる使用人たちを見て「胸80点、腰-30点、尻60点」とブツブツ言っていたっけ。
無駄に見た目が良いだけに、呟かなければアンニュイな雰囲気にも見えなくはないだろう。
これは期待出来るかもしれない。
問題は、声を掛けられた後にまともな返事が馬鹿に出来るのか?ということである。
主人公「何かお悩みですか?」
皇子「いや、綺麗な夕焼けを見ていたら、昔のことを思い出したんだ。」
主人公「まあ・・・。」
皇子「私はなんて世間知らずで愚かだったのだろうな。」
・・・。
こんな会話が成り立つ気がしない。
『この夕日のように、何もかも萌え尽くしてやろうかぁ!』
歴史学の授業でコテンパンに絞られた第一王子の言葉が甦る。
ないわ。
(どこかに『馬鹿すぎて可愛い♡』ってキュンキュンしてくれる奇特な令嬢はいないかしら・・・。)
可能性がないに等しい願いを胸に、ラノベ本を引き出しに仕舞った。