◇プロローグ
「リリーシュア!ニュースだ!ユーステス・ミハイル・パレイスティ第一王子との婚約が決まったよ。」
長閑な風が吹き抜ける昼下がり、珍しくこの国の宰相を務める父が帰って来たと思ったら、とんでもないニュースを持って帰って来た。
「ユーステス・ミハイル・パレイスティ第一王子殿下?」
「ああ、リリーシュアより5歳年上だが、隣国から嫁いだ第一王妃の血を引く見目麗しい王子だよ。」
5歳年上ということは、10歳?
先日、加護を得たばかりの5歳の私には早すぎる婚約ではなく?
世間一般的には7歳~10歳の間に婚約者を決めるのが普通と言われているが・・・ああ。王子にとっては’’普通’’になるのか・・・。
「10歳の王子殿下が5歳の私を選ぶ理由って何ですか?第一王子殿下ですもの、候補者は数多いたでしょう?」
父よ。私を普通の5歳児と一緒と思って貰っては困るわ。
何も知らない純真無垢な5歳児とは違いますわよ。
もともと本を読むのが好きだったこともあるけれど、私は『読解』の加護を受けた神信式より、ありとあらゆる文字や言葉が理解出来るようになっただけではなく、記憶力もけた外れに上がったのだ。
今まで街中に溢れかえっていた噂話や与太話ですら、私にかかればその神髄を理解するまでになっている。
だから、本当はお父様がなぜ私にこの婚約話を持ってきたかも理解しています。
第一王子は噂以上に問題児であらせられることと、幼馴染である国王様からのたってのお願いを断れなかった父の弱さであることも。
それにしても、困ったわ。
「私、馬鹿な人間が嫌いって知ってますわよね?」
「り!!リリーシュア?!!」
「10歳の第一王子殿下の婚約者に5歳の私が選ばれる理由なんて、彼を知っている人の中からは見つけられないからでしょう?そして10歳という婚約者を決めるタイムリミットが来たのにも関わらず、彼はその欠点を直そうともしなかったのでしょうね。そんな人が賢いとは思えません。違いますか?」
子供離れした思考力、推察力を見せつけられ、さすがの宰相閣下もたじたじですわね。
ふう・・・。
「分かりました。その婚約お受けします。しかし、条件がございます。」
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パレイスティ王国。
魔法と自然が調和した平和な国。
この国の国民の3割が魔法を使える。
その多くは貴族。というのも、この国の創始者の末裔が貴族に多くいるからだ。
貴族の子は5歳の誕生日に神殿に行き、教皇様が見守る中『加護』を受ける決まりになっている。
加護とは自分特有の魔法のことだ。
ちなみに、宰相である父の加護は『策略』
そんな父を支える母の加護は『浄化』
私の3歳年上の兄の加護は『移動』
それぞれが、その加護のお陰でこの国唯一の才能を発揮している。
先日の誕生日に私に与えられた加護は『読解』だった。
加護は便利ではあるが、あくまで特有のものであり、普段は一般的は魔法を使用している。
魔法が使えない人や不得手な人のために魔術具もある。
普段の生活では加護を駆使することはないと言える。
加護を使うと、物凄く疲れるのだから。
「まさか、リリーがユーステス殿下との婚約を受けるとはね。君が好きなタイプって、どっちかっていうとラカーシュ殿下の方だろう?」
夕食の席で歯に衣を着せない話題を振ってくるのは兄のセイドリックだ。
宰相の父が食事を共にすることは稀だ。
今日も私に婚約話をした後、すぐに王城へ帰っていった。
母は浄化の加護を使って、時々神殿の手伝いをしている。
今日はその為兄と二人きりの夕食となったが、いつものことと言える。
セイドリックはお調子者ではあるが、馬鹿ではない。
そんな彼が私をそこまで理解していたとは思わず、私は驚いた。
「ご自分のこと以外には興味を持たないお兄様が、私の好みのタイプを理解していることに驚きましたわ。」
「リリー。勘違いしているようだけど、僕の興味は自分の次に家族なんだ。可愛い妹のことなんだから、知らないわけがないだろう?」
自分が一番ということには変わりないのね。
お兄様らしい。
「お父様にもお伝えしましたが、私は’’馬鹿’’が嫌いです。だから、ちゃんと条件を付けましたわよ。私の出した条件をどう使うかはお父様次第ですけれど・・・策略家ですもの。問題ないわ。」
「へえ・・・。リリーへの興味が増したよ。」
お兄様が私に興味を持つのは理解できる。
数週間前の私と今の私ではあまりに違って見えるだろうから。
「ありがとうございます。お兄様のご期待に応えられるよう、頑張りますわ。」
ニコリと笑って、私は食卓を後にした。