何してんだろ私
例えば、自己犠牲に富んだ人間かと聞かれたら私の答えは間違いなくノーだ。
私が損をするのは嫌だし、自己のためなら他人を蹴落とす覚悟だってある。目的達成のためならどんな手段だって使いたいだし、やらないことで後悔をしたくない。
けれども私は、初恋を実らせるというミッションにおいて大きなミス……ううん、暴走をしてしまった。私の行動の数々がなっくんに嫌われて仕方のないものだったと、今なら痛いほどわかる。しかし当時の私の視野は狭くて、何より自分のやっていることが正しいと思い込んでいたのだ。
要するに何が言いたいかと言えば、今の私は自分の立場を理解している。身の程を弁えて、なっくんの幼馴染として出来ることをしていくつもりだ。
酷い姉と思われるかもだけど、紬がなっくんに害を与えるのなら一刻も早く距離を取らせたいし、逆に紬といてなっくんが幸せなら応援したいと思う。
じゃあ現状はどうなのかな。
なっくんと紬がこのまま別れるのが、なっくんの幸せになるのかな。それなら、私は黙って見届けたい。けれど、そんなに単純な話には思えなくて……少なくとも、一度、冷静に話し合いの場を設けた方がいい気がしている。
けれど、それを直接になっくんに言うことはできなくて……気が付けば私は、なっくんのことを尾行をしていた。
(あーもう、何してんだろ私……)
これじゃストーカーと一緒だ。
でも、なっくんを放っておくことはできないし……。
てかなっくんと話してるのって、この前、私にしつこく言い寄ってきた男?
どうしてあんなヤツとなっくんが話してるわけ。あんな男と話すくらいなら私と話した方がよくない?
「え、何してんのお姉ちゃん」
「アンタこそどうして……」
声をかけてきたのは紬だった。
紬は後ろ手にスマホを隠すと、視線をそっと逸らした。
「ウチはちょっと運動しようかなって思っただけだけど」
「ふーん、スマホで追跡したんだ。なっくんって抜けてるよね。位置情報の共有切ればいいのに」
「ち、違うから! 別にナツ先輩を追いかけてきたとか、そんなんじゃないもん!」
「はいはい。そういうとこ直さないと、なっくんと仲直りできないと思うよ」
「そ、そういうお姉ちゃんこそどうして? まさかナツ先輩を尾行してたの?」
私は頬に冷や汗を垂らすと、紬から視線を逸らした。
「お姉ちゃんも人のこと言えないじゃん」
「うぐっ」
「てかあの子、誰?」
奇抜な格好をした女の子が、なっくんの前に現れる。
この前出会った、なっくんに興味があるとか言い出した厨二病の子だ。
「あ、紬は知らないのか。何故か、なっくんに好意があるっていう女の子。訳わかんないよね」
「何故か? いやナツ先輩を好きになる気持ちはメチャクチャ共感だけど。むしろ、ナツ先輩を好きにならない方がおかしくない?」
「いや、なっくんって別にモテるタイプではないでしょ」
「それはお姉ちゃんが牽制しまくってたからじゃん」
「牽制? そんなことしてないけど」
「はぁ、これだから無自覚はタチが悪いよね」
呆れたように吐き捨てる紬。
なっくんと幼馴染であることを言いふらしたり、不必要になっくんに近づく子には睨みを利かせたりしてたけど……あれは牽制にはならない、よね?
と、物陰から様子を窺っていると、なっくんが女の子にチョコを食べさせ始める。
何あれ羨ましい! じゃなくて!!
「は? それはダメでしょ……ウチというものがありながら……!」
拳を握り締め、メラメラと嫉妬心を滾らせる紬。
私は必死に紬の腕を押さえて、彼女の暴走を引き止める。
「お、落ち着きなって! ね?」
「ナツ先輩、ウチと別れることに抵抗ないんだ……。もう新しい子作って……引きずってもくれないんだ……」
今度はしゅんとテンションを落として、どんよりとテンションを下げている。
ああもう、この妹ホント面倒臭い……!
「大丈夫。なっくん、ああいう子はタイプじゃないから。多分」
「わかんないじゃん。厨二病丸出しのああいう子が好きなのかもしれないじゃん!」
私は表情を顰めた。
実際、なっくんがどういう子を好きなのかは知らない。
もしかしたら厨二病全開の痛い子が好きだったりするのかな。
「こうなったらウチも厨二病になる!」
「なに馬鹿なこと言ってんの。厨二病ってなろうと思ってなるもんじゃないからね」
「でもナツ先輩のタイプがそうならウチはできるもん」
「へえ、じゃあやってみてよ」
「く……クックック、我が名はスターシャイニングエンジェル。左腕に宿し光の力で世界を侵食する者なり……みたいな?」
「恥ずかしくないの?」
「なんでそういうこと言うの⁉︎ 初めてやったんだから褒めてよ!」
涙目になりながら、ポカポカと私の背中を叩いてくる紬。
鬱陶しいな、と紬につい意識が向いてしまった時だった。
「なにしてんの」
「な、なっくん……」
戸惑い気味に声をかけてくるなっくん。はしゃぎすぎたみたい……。
ピンと張り詰めた空気。
紬は私の背中に隠れて、素知らぬ顔であさってを見ている。
私はダラダラと汗を流しながら、作り笑顔を浮かべるのが精一杯だった。




