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終末の魔女と漆黒の死神  作者: 虎寅虎
2/2

少年の決意 上

ミトラス王国の北部にある小さな村に少年は住んでいた。

名前はカイ、いつもお腹を空かし青鼻で鼻がガビガビだった。


もう少し栄養のあるものが食べられたらお前の青鼻も良くなるかもしれないのにと姉のアンヌは口癖のようによく言った。


カイの家は農業を営み、子沢山だったためとても貧しかった。

カイの姉アンヌは子守りや家事が出来る年頃になると、家の中の事をいっさいがっさい任され、母親は父親と一緒に朝薄暗いうちから畑に出かけ、夕暮れ時まで帰って来なかった。


カイは姉に育てられたため四つになるまで姉を自分の母親だと思い込んでいて、父と母を祖父と祖父母だと思っていた。

他の家の子供達の母親と比べ自分の母親が若くて肌の色艶が綺麗な事を自慢に思っていたカイは、事実を知ってがっかりした。


その姉のアンヌが借金のカタとして領主に奪われ、他国の中年の農夫の元に嫁として売られて行く事が決まったのは2ヶ月前の事だった。

農村の子沢山の家庭では満足に年貢が納められず、払えない年貢は長男以外の年頃になった子供を領主に渡す事で借金を棒引きする事が、この領内の決まりだった。


男の子なら予備兵として3年間、隣国と国境で戦い、生き残ったわずかな者だけが故郷に帰れた。

しかし、生き延びたところで顔つきも性格もすっかり変わり果て、故郷での暮らしに馴染めず。

多くの者が、戦場に帰っていき、二度と村に戻らなかった。


女の子は結婚相手が決まっていれば、借金は婚約者が領主に分割で支払う慣習だった。

売れ残った女の子は領主に気に入られれば愛人か第2、第3婦人として囲われ、それ以外の者は売春宿か他国の婚期を逃した中年の農夫に嫁として買われる事が多かった。


アンヌは美人でもなく男好きする顔でもなかったため売れ残ってしまったが、子守りや飯炊きができ、畑の手伝いも出来る事から、嫁の貰い手のない歳をとった農夫には需要があった。


カイはその話を聞いて以来、怒っていた。

だが、両親と姉は農村に生まれた以上そういうものだと運命を受け入れていた。


父親はカイに売春宿に売られるよりも農夫のヒヒ爺に買われた方がまだマシなんだと言った。

売春宿に売られたなら2~3年もすれば病気になって死ぬことも少なくない、酔っ払いに酷く殴られ亡くなる事もある。

でも、中年の農夫に買われたとしたら、時々、虫の居所が悪い時に殴られる事もあるかもしれないし満足に食べさせてもらえないかもしれないが、死ぬまで殴る農夫は滅多にいない。

貧しい者がつましく暮らし、長い間かけて貯めたお金を払うわけだから、殺してしまえば大損。

だから少しは大切に扱うだろうし、気に入られれば良くしてもらえるかもしれない。

ここでの暮らしとあまり変わらないだろう、だからあまり心配するなと言った。


しかし父親の言い分は半分嘘だという事をカイは知っていた。

この村でも婚期の遅れた偏屈でケチ臭い中年の男が外国から嫁を買った。

男は貧乏農家の次男だったため予備兵として徴兵され戦場へ行ったが、兄が急死したため急きょ家に戻された。

男は元々偏屈だったそうだが、戦場から戻ると粗暴で直ぐに怒鳴りちらし、手がつけられなくなってしまったそうだ。

悪評から嫁の来るあてがなかったが、若い頃からお金を貯め始め、中年になってようやく外国人の嫁を買えた。

そのせいか、買った女の事を自分の所有物と考え、奴隷や家畜のように扱い、しつけと称してよく殴っていた。

カイはアザだらけの顔を恥ずかしそうに隠し買い物から帰る女と道ですれ違った事もあったし、男の家の前を通った時、すすり泣く女の声を聞いた事もあった。

男の近所の者が見かねて意見した事もあったが、大金を出して俺が買ったんだから殺されたって文句は言えねえんだ、これでもずいぶんと優しくしていると大威張りをし。

戦場はこんなもんじゃなかったと言うと見せつけるように女を殴ったので、誰も何も言えなくなった。


カイは姉をその女のような目に絶対にあわせたくないと思った。

姉が遠い異国で見知らぬ農夫に暴力を受け、部屋のすみで助けを求め泣いている姿を想像すると、目の裏が熱くなり恐ろしいほどの怒りと殺意がこみ上げてきた。


カイは無理を承知で薪を拾って売ったり、他所の家の収穫を手伝い金を貯めた。

必死にお金を稼いだが2ヶ月で得られたお金は家の借金の1/100にも満たなかった。


カイはお金が欲しくて欲しくて仕方なかった。

お金の有りそうな家や身なりの立派な人、お金持ちが乗る立派な馬車を見かける度にどうにかしてお金を奪えないか、そればかり考えるようになった。


子供でも金品を奪えそうな相手は旅人しかいない、カイはそう考えた。

村人を襲えば、犯人探しが始まりいつか捕まり家族に取り返しがつかない迷惑がかかる。

捕まらなくても借金を返したらお金の出所を疑われ罪があかるみになってしまう。

でも、ただの旅人なら襲われたところで、たいして犯人探しは行われないだろう。

屈強な冒険者や、護衛を連れた商人からはとてもじゃないけど無理だ。

出来れば弱そうな相手がいい。

野宿している女、子供相手なら寝込みを襲えば容易く奪えるかもしれない。

でも、女、子供だけで旅をする人はいない・・・。

そう考えている所にうってつけの馬車がカイの家から2キロほど離れた森の外れにある空き地に停まり、夕食の準備をしていた。

たぶんそこで野宿をするのだろう。


遠くから様子を窺うと、小柄でやせ形の男と女のふたり連れに見えた。

馬車は粗末でお金をたくさん持ってなさそうだったが、これならどうにか出来るかもしれない、カイの心がざわついた。

好都合な事に民家から離れているから多少騒がれても、気づかれないだろう。

もし、気づかれたとしても素早く逃げれば近隣の人達に見つからずに逃げられる。

カイは真夜中に家から抜け出し、野宿の馬車を襲う事に決めた。



カイは家に帰ると薪を割る時に使っている斧を確認した。

これで襲い、寝ている旅人の頭を割る事に決め、最初は男の頭を狙い次は女の頭を狙う事にした。

次に帰り道で血まみれの姿を近隣の者に見られないよう、返り血や斧に付いた血を拭うボロ布と捨てても良いボロボロのシャツと、裸で歩いているのを見られれば怪しまれるから着替えのシャツを用意した。

それからスコップを用意して血で汚れたシャツとボロ布を埋めて隠す穴を真夜中に掘る事にした。


カイの心の中は今までにはなかった黒いものが渦巻いた。

しかし台所からは、いつもと変わらない夕食の匂いがした。



夕食は茹でたじゃがいもと市場に出荷する野菜から切り落とした汚れた葉っぱの入った、くず野菜の塩味のスープだった。

カイは自分の皿の料理を平らげると、疲れたから早く寝ると言って部屋の隅の板間に寝られるだけの隙間を作り布団を敷いて寝た。


カイの家には部屋がふたつしかなく、両親の部屋のと台所だけだった。

台所の土間の部分には、かまどやテーブルに椅子が並べてあり、そこで料理を作って食べ、台所の板間の部分に物が置かれていた。

寝る時だけ物を土間やテーブルの上に移動させ空いた場所に二組の布団を敷いて兄弟四人で一緒に寝ていた。


カイが眠っていると弟と妹が布団に入って眠り、両親も夕飯後の話が終ると自分達の部屋に引き上げて行った。

食事の後片付けを終えると姉が布団に入ってきた。


「カイ起きてる?」

姉のアンヌがカイの耳元で小さな声で話しかけた。

カイは半分眠ったまま、姉の声を聞いていた。

「最近、なんだかカイの様子がおかしいから、お姉ちゃん心配なの・・・。領主に売られ農夫の嫁になる話が気に入らないようだけど、きっと大丈夫だから、あまり心配しないで」

カイはどう返事したらいいのかわからず、心配いらない自分が姉ちゃんを守るから安心してと伝えたくて、ぎゅっと姉を抱きしめた。

姉もカイをぎゅっと抱きしめ返すと。

「カイはいつまでも甘えん坊なんだから」

とうれしそうに言いながら、疲れていたのか直ぐに寝息を立て眠ってしまった。


真っ暗になった部屋に、扉の隙間から月の光が青白く筋のように射し込み、外からはふくろうの声だけが聞こえた。


あと3時間眠ろう、3時間後が勝負だ!!

カイは決意を固くした。

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