プロローグ
終末の魔女と漆黒の死神が一緒の馬車で旅をし、各地で富や祝福をもたらし、時には破滅をもたらしているという話が市民の間で噂されるようになり。
はや、一年が過ぎようとしていた。
ミトラス王国で終末の魔女と漆黒の死神の話は、昔から小さな子供のしつけに使われる定番の脅しネタだった。
終末の魔女というのは国が傾くと現れ。
時には醜い老婆の姿で、もの乞いをし。
時には愚か者を装い人々の嘲笑を誘い。
受けた恵みや仕打ちで相手の価値を計り、幸福や死をもたらすという恐ろしい魔女だ。
親達は、終末の魔女の話をして、初対面の人間がたとえ弱く愚かに見えたとしても、軽はずみに冷たい仕打ちをすれば命を失ったり一生後悔する事になるかもしれない。
親切をすれば、それが思いがけない幸福に繋がる事もあると、知らない人間に対して、接し方や距離を気を付けるように子供達に教訓を教えた。
もうひとつの漆黒の死神は、ミトラス王国に時々流れ着く渡来人と呼ばれる、黒髪と黒い瞳のどこか違う外の世界から来た人達の事だ。
渡来人はミトラス王国に技術や知恵をもたらす反面。
時には恐ろしい疫病を持ち込み、大勢の死者を出す事があった。
今から500年ほど昔、ミトラス王国に即位した王は、若く思慮に欠けていた。
ある時、血縁関係にある公爵家の叔父が酔っ払い、ミトラスで行われた舞踏会で隣にある大国の皇女に大変な恥をかかせ、皇女は心を病んでしまった。
前王であるに若い王の父に使えていた腹心の家臣達は若い王に忠言をした。
皇女はふさぎこみ死んでしまったも同然。
娘を溺愛している隣国の王は激怒している。
即刻、公爵の首を持って隣国の王に謝罪しなければ国家存亡に関わる大変な事態が起こりかねない。
しかし若い王は、父の腹心の家臣達を常々煙たく思い、聞く耳など持たなかった。
それに公爵家は親戚筋だ、自分の後ろ楯になって王に推してくれた恩がある。
若い王は、詫びの手紙と国宝級の品々を持たせた使者を隣国に送り、高くついたがそれでどうにかなるとたかをくくっていた。
それが間違いと気付いたのは、隣国に送った使者の首と同盟破棄の書状が隣国から届いた時だった。
若い王は思いつく限りの手立てを講じたが、それが更に隣国の王の怒りと憎しみを買い。
気付いた時にはミトラス王国を囲む4つの国が軍事協定を結び、ミトラス王国に攻め込む準備を始め。
食糧の増産と諸外国からの輸入による食糧の備蓄と武具の増強が始まっていた。
そこで若い王も自分の手に負えない事態に発展してしまった事を思い知らされ、自らの無能さを認めざるを得なかった。
若い王は前王の腹心の家臣だった者達を集め、どうすれば戦争を回避出来るか助言を求めた。
しかし時既に遅く、たとえ隣国の王がミトラス王国の欠礼を水に流したとしても戦争は止まらない。
もう、誰にも止められない所まで諸外国を巻き込み事態は大きく進んでしまっていた。
一度大きな流れが出来てしまったらたとえ王さまでも国家でも、もう誰にも止められない。
止めるにはそれ以上の大きな何かが必要だと言い残すと、前王の腹心の家臣達は、若い王とミトラスを見捨て国を去っていった。
若い王は苦し紛れに、誰でもいい国難を解決する知恵や力を持つものは、その力を貸してほしい。
褒美は出来る範囲内で最大限譲歩するという御触れを国中に貼り出した。
その御触れを聞いて王の元に訪れた人達の中に国はずれの森に数十人住むと噂される渡来人の、小汚ない小男がいた。
渡来人の小男は仲間のひとりが感染力の強い危険な病を患っていて、国はずれの森の奥に隔離している。
その病を仲間の中の有志複数人に感染させ4つの隣国の街にそれぞれ潜入させ、大勢の人達を病気にし、戦争どころではない状況にする。
上手くいったら、この作戦で死ぬであろう渡来人の有志の残された家族の生活の面倒をみてもらいたい。
それからミトラス王国が存続する限り渡来人が差別や貧困に傷付けられないよう保護し、住む場所を提供してほしいと交渉を持ちかけた。
若い王は、あまりに卑怯なやり口に、あかるみになった時の自分の評判や、敗北し生け捕りされた時の自分の処遇がどうなるか気にした。
しかし手段を選り好み出来る立場にないと思い直し、了承した。
数ヶ月後に、攻めてくると思われた連合軍は動かず。
2年後、4つの国は疫病で全国民の7割りを失い、国を維持出来なくなるまで疲弊し崩壊した。
5年後、疫病が収束した頃を狙い。
ミトラス王国と周辺国は、まばらに人が住むだけの、どこの国にも属さない無主地になった、4つの王国があった土地を交渉でそれぞれに分配。
ミトラス王国の国土は2倍になった。
若い王は渡来人の男との約束を守り、大精霊の立ち会いの元で正式に契約を結び。
ミトラス王国が存続する限り渡来人の保護を王族の子々孫々と王国の民が実行すると約束。
作戦によって亡くなった渡来人の遺族の生活の面倒も、月々充分な恩給を支払う事で果たした。
併合された場所に住む、疫病から生き残った人々は渡来人を憎み心底恐れ、漆黒の死神と呼んだ。
親は子供が言うことを聞かず困った時に漆黒の死神の話を持ち出し。
言うこと聞かない子は漆黒の死神が病気をうつし、長い間苦しんで恐ろしい死に方をすると脅した。
顔や身体中があばたになったり、顔面が崩壊し、やがて死に至る病をうつすという死神の話は特に女の子が怖がった。
そのふたつの恐ろしい伝説が一緒に行動しているという噂はミトラス王国の人達にとって不気味であり。
国家の終末を予感させた。