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第九十五話 メルとエル(上)

かつてとは逆のタイトル。

エルの最も恐れていた事態。

どうか温かい気持ちで見守ってやってください。

 水音一つ立てず静かに(たたず)むメルが口を開く。



「その白い子、「リト」って」



 魔銃を取り付けたままの腕でリトを指す。



「夜の巣の一番賞金首よね?」



 ジャキリと鳴ったその音にアカツキが咄嗟(とっさ)にリトを(かば)う姿勢を取った。



「その人も」



 メルはアカツキに真っ直ぐ腕を伸ばしたまま静かに続ける。



「髪色こそ違うけどその目と顔付き。見間違う筈ないわ。

 夜の巣のトップ、「アカツキ」でしょ?」



 メルの問いにこの場の誰も答えられない。



「夜の巣は世界に名を轟かせる犯罪者集団。

 前から教会を中心に暴れ回っていたけど先月遂に王都、王宮を襲撃。

 多大な被害を出した大犯罪者よ」



 アカツキに庇われているリトから表情は見えないが言葉とは裏腹にメルの声は恐ろしい程()いでいる。



「ねえ」



 風が吹き水面がさざめいた。



「なんで夜の巣といるの?」



 メルがもう一度同じ問いを繰り返した。



「レーゼンて誰?オルガも賞金首でしょ?カーニバルって何?」



 矢継ぎ早に質問が繰り出される。



「イスタルリカの襲撃ってどう言うこと?」



 メルが後ろ手に引き摺っていたらしい気絶した集団を目の前に投げ出した。バシャリと水音が立つ。



「ヨイヤミはアカツキなんでしょ?ノーゼンブルグは夜の巣と繋がってるの?いつから?なんで?戦争を起こすつもりなの?」



 答えられない。誰も。

 メルを守るために全てを犠牲にしてきた()以外は。



「ねえ、教えてよ……。

 ()()



 メルの深い緑の目が真っ直ぐエルを射抜いた。






 傷が少し修復されたからか痛みと呼吸が戻ってきた。細かく荒い息を繰り返す。

 顔を伏せたエルの表情は見えない。


 横たわっているリト以外には。



「路頭に迷ったエルとあたしを助けたのもヨイヤミ……アカツキなんでしょ?エルは最初から知ってたの?

 エルがずっと何か隠してたのは知ってる。

 あたしに記憶がないはなんで?」



 答える間も与えずメルは容赦無(ようしゃな)くエルを問い詰める。



「今回のカニバリーだっておかしいわ。

 首の後ろの三つの黒子を撃ち抜けば停止するだなんて、まるで……作り出された生き物みたいじゃない」



 リトはメルが何を一番訊きたがっているのか気がついた。カーニバルの存在のせいで自分が作られた存在なんじゃないかと疑っている。


 訂正しようと身動(みじろ)ぎしたリトをエルが制した。



「あたし……あたしは、エルの、なんなの?」



 メルの涙声にふにゃりと笑ったエルの目も今にも泣き出しそうだった。顔を上げる。



「メルは間違いなく僕の妹だよ」



 真っ直ぐ。嘘偽(うそいつわ)りない言葉を告げる。



「でもおかしいじゃない。

 九歳児がいきなり赤ちゃんみたいになるなんて。

 記憶も、何もなくて一から教えてもらってやっとニンゲンの真似をするみたいに成長するなんて……まるで、カニバリーみたいじゃない」



 いつの間にかメルは足元にガトリング銃を落として泣きじゃくっていた。



「メルはちゃんと人間だよ。何よりも大切な僕の妹だ」



 エルはリトの治療をレーゼンに任せてメルに歩み寄った。アカツキが道を開ける。



「嘘、ヤダ。来ないでよ。

 口ではなんとでも言えるじゃない」


「メルはカーニバルみたいに人を食べないでしょぉ?」



 駄々を捏ねる(だだをこねる)みたいに腕を突っ張って拒否するメルを茶化(ちゃか)すように言いながらエルは無理やり抱きしめた。



「隠し事してたことも嘘ついてた事もごめんねぇ。

 でもメルは嘘が下手っぴだから黙ってたんだ。

 僕らは間違いなく同じお母さんから生まれた兄妹で、愛情を受けて育ったんだよ。

 本当はメルが三歳の時に死んじゃったけどね」



 拒否していたにも関わらずメルは大人しくエルの腕に収まっている。



「話すよ。全部。

 僕らの事も、夜の巣の事も。

 不安にさせてごめんね」



 エルはぎゅっとメルを抱きしめた。






 翌日昼近く。



『ウワアァァァアーーーーーーーッッッ!!!!!』

『ギャーーーーーーーァァアアアッッッ!!!!!』



 防音結界の張られたディーノの家でリトの叫び声が響き渡っていた。



「ね、ねえ。アリス……えっとリト、だっけ。

 大丈夫なの?」


「大丈夫じゃぁないからああなってるんだよねぇ」



 尋常ではない叫び声にメルが心配するがエルはのほほんと答えた。

 居間にてみんながのほほんお茶を飲んでおりナイトなんかはソファでグースカ眠っている。



「なんでみんなそんな平気なのっ!夜の巣ってみんなおかしいのっ!?」



 メルはバシバシ机を叩いて立ち上がった。




 ————結局あの後。


 カーニバルとイスタルリカを放置する訳にもいかず、その場でメルには簡潔な説明しかできなかったのだ。

 一先(ひとま)ず全て片付けてから、必ず、詳しく、説明すると約束してリトとアカツキ、レーゼンを残して再びみんな街に散った。

 勿論メルとエルは一緒に。



 一方リトは転移紙での帰還さえも危ういという事でディーノの家に運び込まれた。

 そしてオルガが呼び出され寝室を借り、ドアには『集中治療中!!!』とデカデカとした札が掛けられた。


 リトに潜り傷を診たオルガは「どうしてこの傷で生きてるんですかっ!」とレーゼンと全く同じ事を言った。



 酷い話である。



 レーゼンの奮闘(ふんとう)のおかげで呼吸器は何とか機能し始めたものの、脇腹含め肋骨三本(なか)ばからごっそり持って行かれた状態はどうしようもないかと思われた。



 だがそこは流石(さすが)オルガ。



 失くなった肋骨や内蔵や皮膚を()()()挿し替え(さしかえ)(おぎな)う手法を取ることにしたのだ。



 代替品とは人に近い体細胞を持つ魔獣、マンパンヒューモンキーの骨やどんな傷でもたちまち塞がるレスフゲルドの生肝をオルガの手によって何やかんやして人の内臓機器として代替できるよう加工したもの。

 そしてリト自身の脇の傷以外からちょっとずつ持ってきた筋繊維や皮膚(修復可能)で……それらを継ぎ接ぎ(つぎはぎ)するという事だった。



 何故それをリトが知っているかって?



「麻酔をかけたら体機能が落ちて逆に死にかねません。このままいきましょう」



 という無慈悲(むじひ)な宣告と共に開始された手術中オルガがずっと説明していたからだ。


 よくもまあ手も止めず口が回るものである。オルガのお喋りもここまでくると特技だ。



 ————という訳でリトは現在仕上げの骨の挿し替え中。

 一度傷を埋めてから再び切開して骨を抜き挿しされているのだ。



 麻酔なしで。



 けっこう我慢(がまん)強い方だと自負するリトも今回ばかりは思う存分叫び、(わめ)く羽目になった。



 明け方、覗きに来たエルが何か報告していた気がするがそれどころではなかった為色々聞き逃した。



 悶絶(もんぜつ)しながらも何とかメルへの説明会の参加権はもぎ取ったためその時改めて教えてもらえるだろう……。



 治療が終わり息も絶え絶えなリトの頭をオルガがベシッと叩く。



「全く!あなたって子は!

 毎度毎度(まいどまいど)出掛ける(たび)に大怪我して!」



 グニグニと頬を引っ張られる。無事な所がここくらいしかないのだ。



「代替するために削り取った部分はあなたならものの数十分で綺麗に塞がるでしょうが元の傷はそぉおおーーーーは行きません!

 本来ならあなた自身の体組織として馴染むまで絶・対・安・静・!!!

 それをあなたって子は!」



 どうやらメルへの説明会参加表明した事を怒っているらしい。



「数ヶ月このお薬とお付き合いする事を覚悟なさい!!!」



 油断してたらガボっと口に瓶が突っ込まれ粘っこい濃い黄土色の液体が流れこんできた。

 瞬間、爆発的に耳から鼻から蒸気が吹き出し傷があった箇所が燃えるように熱くなる。

 そして腐った豆と卵を混ぜた様な匂いと山椒を山程ぶち込んだ様な辛みがそれぞれ鼻と舌を突き抜け、今度こそ気を失いそうになった。



 蒸気が治ると瓶が口から引き抜かれリトは盛大に咽せた。



「ゴボッオエッゲホゲホッ!アイターッ!」



 傷にジクジクした鈍痛に加えナイフで突き刺されるような鋭い痛みが疾った。オマケに熱を持っている。

 そして咽せると激痛が。叫んでも同じく。



「それだけ酷い怪我だったという事です!いい加減自覚なさい!」



 オルガはそう言って腕を組みプリプリと怒った。リトは数ヶ月の付き合いになるというこの薬に早くも嫌気がさしていた。


 レーゼンが気の毒そうに見てくる。



「ああ、忘れていました」


「アイターーーッ!!!」



 ゴキッと鈍い音が響く。

 オルガがリト自身も忘れていた右肩の脱臼を治したのだ。


 脱臼を治すよりその衝撃で(はし)った脇の痛みに叫び、叫んだ事でまた痛みに襲われる。


 リトは珍しく涙目になっていた。その頭をオルガが今度は優しく撫でた。



「あまり心配させ過ぎないでください。今回ばかりは本当に肝が冷えました」


「はぃ……」



 リトは脇の痛みを堪えながら小声で返事した。






「おどきなさいナイト!邪魔です!」



 ソファで寝ていたナイトをオルガが蹴落(けお)とす。



 八つ当たりだ。今の、八つ当たりだ。



 包帯だらけのリトにできない分をナイトに八つ当たりしたのだ。



「いってぇー……こんのクソババァ」



 床に落ち悪態を吐くナイトと入れ替わりにリトがソファに横向きに降ろされる。



「スミマセン……」



 リトは小声でナイトに謝った。



「おー治ったか。よかったな」



 テーブルに着いていたみんなもほっと安心した顔を見せた。(くつろ)いでいたように見えて実は緊張していたのだ。



「よかないですよ!数ヶ月は「体組織変換薬『エクストラ改!』」を飲んでいただきます!」



 オルガが憤慨(ふんがい)してそう言うと何故かナイトとエルの目がパッとアカツキに向けられた。

 それも一瞬の事だったがアカツキもリトもその意味が分からず首を傾げた。



 そう言えばオルガの薬に『改』はよくあるけど『エクストラ改!』なんて聞いたことないな。なんでだろう?



「ねえ、アリ……ト、大丈夫?」



 メルが優しく声を掛けてくれる。

 けど今「アリス」と言おうとしたのは間違いない。リトとしては「アリス」の姿はトラウマである。穴があったら入りたい。



「ナントカ……アリガトウゴザイマス」



 リトは出来るだけ傷に(さわ)らぬ様囁き声で返した。

 するとメルはじーっとリトの顔を見つめた。



 何だ何だ。



「なんか、目と髪で印象変わるけど顔自体はアリスの時と変わらないのね。よく今までバレなかったわねあなた」



 アカツキ以外全員が吹き出した。



 ちょっと待て。聞き捨てならない。後、アカツキ以外全員しばき倒したい。



「怪我大変だったわね。これからも不便でしょ?

 着替えや体拭いたりしたい時いつでも手伝うから言ってね?」



 待って待って。何かがおかしい。



 ルシアンとオルガがゲラゲラと腹を抱えて笑っている。



「ぶっく、クククッめ、メル……。

 ソイツ、「レノ」っすよ」


「へっ!?」



 アルが肩を震わせながら言うと隣でエルが頷いた。



「リト()()はねぇ男の子だよぉ」


「えぇーーーっ!!?女の子じゃなかったのーーー!!?」


「ちがーう!アイターーーーーッ!!!」



 メルの驚愕の叫びとリトの悲鳴が重なり合った。






 先ずは結果報告となった。


 カーニバル巣の掃討とイスタルリカの人間の拘束は大凡(おおよそ)終わった事。

 外出禁止令と緘口令(かんこうれい)が解かれ集団避難が始まった事。

 今後特殊な目を持つディーノが避難所でカーニバルやイスタルリカ側の人間を(あぶ)り出しにかかる事。

 アカツキやアル、ヤツラギ、ナイト等特殊な目や魔力感知に長けている者が各街に散りこの街同様に警戒に当たる事。

 ヴィルヘムが名前は伏せたまま四大都市含めた全四十ある国内全ての街にカーニバルの存在を大々的に発表した事。

 そのため今後密かにカーニバルを使う事は難しくなるであろう事などなど。


 リトはカーニバルという災禍(さいか)の終息にほっと息を吐いた。

 残る問題は……



()ず僕らの事についてだけどね」



 メルへの説明。



「僕とメルはイスタルリカ家の三男と長女として生まれたんだ」


「ええぇぇえええーーーー!?!!?」



 一言目でメルが叫んだ。



「あたしたち貴族だったってこと!?」


「もう戸籍(こせき)も記録も抹消(まっしょう)されてるけどねぇ」



 そう言ってふにゃりと笑うとエルは自分とメルの過去を語っていった。






「そう……。それで、ヨイヤミと夜の巣に……教会が……」



 メルとエル、そして夜の巣とヴィルヘムの繋がり。

 イスタルリカと中央貴族、教会の悪事。

 そして先月の王都襲撃の本当の目的と新たに得た情報。


 途中ヤツラギやアカツキが補足しながら全てをメルに明かした。



「助けてくれてありがとう。そして銃を向けてごめんなさい」



 メルはアカツキとオルガにそしてリト達に頭を下げた。



「本当に撃つ気はなかったの。

 あなた達が根っからの悪人じゃないのはすぐ分かった。

 だってエルが必死になって助けようとしてたんだもの」



 メルは隣に座るエルの手をキュッと握った。



「あなた達も、本当にありがとう。

 カーニバルって脅威から北方領土を救ってくれて」



 今度はジルベルト達、イスタルリカの逃亡者に頭を下げた。



「俺達が取り逃がしたせいで出た犠牲(ぎせい)も多い……とても礼を言われる身ではないんだ」



 ジルベルトが目を伏せる。



「ううん。悪いのはカーニバルを生み出して悪用しようとしてたイスタルリカとサンクメリよ。

 あなた達が行動してくれてなかったらきっと世界中にアレが放たれていたわ」



 メルが前にヤツラギが言った様に魔法使い達に感謝を述べた。

 そして最後に……



「エルは……」



 隣に座るエルに向き直った。



「自分もちっちゃかったのに、記憶を失くしたあたしのこと……ううん。生まれた時からずっとずっとあたしのこと、守ってくれてたのね。

 覚えてる分、エルの方が辛かったのに」



 メルがキュッとエルに抱きついた。エルも少し迷うようにしてメルの背に腕を回す。



「僕は……」



 今度はエルが口を開いた。



「メルが居たから、辛くなかった。

 君がまた明るく笑ってくれるようになったから……」


「その丸めがね。お母さんのなんでしょ?」



 メルは抱きしめられたまま手を伸ばしてそっとエルの丸めがねに触れた。



「そんな話もできなかっただなんて寂しいに決まってるじゃない」



 エルが小さく息を呑んだ。



「お父さんは酷いヤツだったけど、お母さんやカリーナさんの話、できなかったの寂しくない訳ないじゃない」



 メルの目から涙が溢れた。



「あたしが壊れてたのをずっと見てて、一生懸命お世話してくれてて、でも、意識が戻ったあたしがエルのことすら一つも覚えてないなんて……悲しいに決まってるじゃない」



 涙に濡れたメルの頬にほたり、と新たな雫が落ちた。



「それなのに今の今までずっとずっと、なんにも話せないで、あたしの隣で笑ってたなんて辛くない訳ないじゃない」



 メルの頬にポタポタと透明な雫が落ちる。



 エルが泣いていた。

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