第九十四話 黎明の騎士団vsカーニバル
北方領土のとある街。
「手を挙げてそのまま下がれ!」
数人の衛兵と冒険者に武器を向けられた少年が縮こまっていた。
「な、なんでですか?
どうして、そんな……ぼくも避難しちゃいけないんですか?」
少年はほろほろと涙を流した。避難所の入り口でその両親が抱き合い母親が咽び泣いていた。
「その頸の黒子が証拠だ。街に人に擬態する魔物が紛れ込んでいると通達があった。
お前は人間では無い」
「そんな、酷い!人間じゃないなんて!
なんで、なんで……!お母さん!」
少年が涙を散らしながら母親に手を伸ばした。
「ほ、本当に魔物なのですか衛兵長……」
「あまりに惨いんじゃないか」
少年の表情も涙も胸が張り裂けそうな声も人間そのもので武器を向けていた衛兵や冒険者達に迷いが生まれる。
衛兵長も険しい表情はそのままに手に持つ剣の切先は揺れていた。
「怖い、やめて、お願い……お母さん!お母さん!!」
少年が泣き叫び母親は我慢しきれず父親の手を振り切って駆け出した。
が、その前に筋肉質で大柄な体躯の男が立ち塞がった。
「下がれ」
威圧的な男の声に母親が萎縮する。
紫頭の男はツカツカと真っ直ぐ歩み出した。衛兵達が道を開ける。
すると男は目にも止まらぬ速さで抜刀し大剣で少年を真っ二つに断ち切った。
血飛沫が男の頬に飛び散り母親が悲鳴をあげる。
大量の血を吹き出していた少年の体はゆっくり左右に分かれて倒れた。少年を取り囲んでいた者も皆言葉を失った。
「見ろ」
紫頭の男が少年だった骸を指すと人の形を保っていたそれはどろり、と溶け出して広がり真っ二つになった人の生首と粘体質な液体へと変貌した。
衛兵達は吐き気を催したように口元を覆い、母親は気を失った。
慌ててそれを受け止めた父親は息子が化け物に成り代わられていた事実に茫然とした。
今の今までずっと一緒だったのに全く違和感無がなかった。
完全に息子だと信じ切っていた。
街中に警報が流れ、街に人を食い成り代わる魔物がいると聞いた時には驚いたし、恐怖した。
しかし強大な力を持ち相当な切れ者だという北方領主ヴィルヘム・ノーゼンブルグの命は絶対だった。
だから恐怖しながらも親子でここに来た。
すると入場検査があると聞かされた。
そして息子の頸に今まで見たこともなかった黒子が三つも並んでいるのを見せつけられた。
そうでなければ身を挺してでもアレを守っていただろう。
「ヴィルヘム様は大変優れたお方だ」
その北方領主直属騎士団から送られて来た男が言う。
「その命は絶対だ。迷うな。直様切り伏せろ。
でなければつけ込まれる。
アレが一匹でも潜り込めばこの街は周辺の村ごと滅ぶぞ」
黎明の騎士団とやらから来た紫頭の男は厳しい表情でその場の全員を睥睨した。
「「「「はっ!」」」」
衛兵長以下防御を担う者たちは背筋を伸ばし返事をした。
紫頭の男はくるりと踵を返した。目視できる位置にある避難所周辺の警戒所に戻りながら
「ちっ……胸クソ悪りぃもん見せやがって。
テメエらで片付けろって言っただろうがよ」
と頬に付いた血を拭いながら悪態を吐いた。
「ズ、タン゛」
動きの鈍ったリトに再び黄色い閃光が被弾した。
「ぅっ!」
体が硬直しリトは肩から落ちた。鈍い音と共に痛みが疾る。右肩が外れたようだった。魔銃が手を離れ氷の上を滑っていく。
「よ゛、くもやっで、くれ゛たわね゛」
最初に撃ち抜いた女が各所撃ち抜かれた関節を氷で固め、ぎこちない動きでリトに歩み寄った。
リトは今度こそガクガクと震えが止まらず動けずにいた。
しまった……スタンの震えが強い内に彼女を撃ったせいで狙いが少し逸れていたのか。
女がリトの右肩に足を振り下ろす。
「うぁっ!」
「ヒート゛」
女が唯一生き残っていたカーニバルの足元を溶かした。リトは密かに深呼吸し、震えを抑え込もうと試みた。
「食ってや゛りなざいよ゛」
《言われずともそのつもりだ》
カーニバルがそう言うと生首の下が大きく裂けた。
リトを丸呑みにせんと迫る。
「ふっ!」
リトは気合いで左腕に力を入れ転がった。直様カーニバルの体が伸びて追ってくる。
「スダン゛!」
左手を突いて女の魔法をすれすれで躱しそのままのけ反って軟体を避けた。杖のギリギリ先を持ちカーニバルの本体、生首部分をぶん殴る。
流石にダメージを受けたのかカーニバルが吹っ飛び氷の上を滑っていく。
「雷槍゛!」
女はいよいよ殺す気で掛かって来たらしい。
勢いを殺さず後転し女の攻撃を躱す。矢継ぎ早に繰り出される攻撃に素早く後転や前転、シールドで対応し避け続ける。
あちらも詠唱に支障をきたしている為狙いが荒い。
そのおかげで助かっていた。
だが気付いた時には遅かった。
「ああぁぁあっ!!!」
リトの叫びが辺りに響き渡った。
生きている。ギリギリ生きている。
「ゴボッ」
口から、傷口から大量の血が溢れ出し倒れる。
呼吸ができない。
魔力感知で背後のカーニバルに気付き直感的に体を逸らした。
制御を失い周囲の氷が水へ溶ける。
だが遅かった。
右の脇、胸部に近い部分をばっくり食われた。
リトは自分の血と水が混ざり真っ赤に広がっていくのを見た。
痛みで脳が焼き切れそうだ。
カーニバルの生首がニマニマとリトを覗き込む。
「早゛く終わらせな゛さいよ」
女がイライラした声で言う。
自分が喰われれば全てが終わってしまう。今、一部喰われただけでも拙いが脳は……
リトは最後の力を振り絞って杖を振り、自分を覆う様にシールドを張った。
溶け落ちてきたカーニバルの体が透明な盾の上を滑って落ちていく。
「往゛生際が悪い゛わね」
女が手を振り上げる。
「雷
「スタン!」
女が呪文と共に手を振り下ろそうとしたその時、聞き覚えのある声がした。
アームソードが閃きカーニバルの首が落ちる。盾を覆っていた軟体が粘り気のある液体に変わり完全に滑り落ちた。
「な、な゛」
倒れた女がガクガクと震えながら驚愕に目を見開く。その頭にリトが先程落とした筈の魔銃のグリップが叩き落とされ女は気絶した。
「リト!リト!!しっかりしろ!!!」
リトの盾をアルが叩く。
リトは杖を振り盾を消した。アルはリトを抱き起そうとしたが左肩に担いでいた集団をぞんざいに放り投げたヤツラギに止められた。
「動かすな、ヤバい傷だ。
おい!ヨイヤミ!治療出来るやつを寄越せ!」
「レーゼン!レーゼン来てくれ!リトが、リトが……!!!」
ヤツラギがバシリとアルの頭を叩く。
「バカ!メルが居るんだぞ!本名呼ぶな!」
通信を切り小声で囁く。
「カーニバルの巣を回ってたらいきなりアイツらに襲われたんだ。
そしたらお前の通信具から伝わる魔力が突然妙な切れ方して……!
だからおれ達みたく何かあったと思って……!」
アルの目は特殊な魔力の流れを見る。そのおかげで来てくれたのか。
「急いで来てみたらやっぱりなんか変な女が居るしお前は血が……血が……!!!」
アルはポロポロと涙を溢した。
相変わらず泣き虫だなぁ。
「肺と、腹膜と、内臓ちょっと。肋骨ごとごっそりイってんぞ。カーニバルに喰われたんなら毒も回ってる筈だ。
治んのかこれ……」
ヤツラギが傷口に着ていたシャツを丸ごと当てて押さえながら呟く。その珍しく深刻な顔色や表情にリトも自分の容態の悪さを自覚する。
確かに感覚もないし寒い気がする。
今まで負ったどんな傷より拙い筈なのになんだか危機感がないんだよなぁ……。
死の間際というものはそう言うものなのかなんて呑気な事を考えてみる。
「なあ、死ぬなよリト、レーゼン来るからさ、オルガさんとこ連れてって治してもらえるから!」
アルの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「容態は」
突如、縛り上げ気絶し男三人を担いだレーゼンと、同じく縛り上げ気絶した女を引き摺るエルが姿を現した。
「リトくん!」
エルは女をうっちゃってバシャバシャと水を跳ね散らかしながら駆け寄って来た。リトの傷を見て真っ青になる。
そう言えばエルも医療の心得があるのだったと思い出した。
レーゼンはリトの空いてる手を取り直様潜った。
「何故この傷でまだ生きてるんですかっ」
酷い言いようである。
しかしリトも不思議なのだ。喰われた直後は呼吸もできなかったし、思わず叫ぶほど痛かったのに……。
「私はまず削れた肺と、一番酷い腹膜の修復にあたります。エルさんはまず解毒を……」
オルガ仕込みの治療法を持つレーゼンがエルに指示する。
「体勢を変えよう、二人も手伝って。出来るだけ動かさないように。
いち、にの、さんっ」
その場の四人が出来るだけ傷に障らない様リトを抱え横向きにした。
「リトくん、銃と杖、離そっか」
そう言ってエルは魔銃を取り上げたが杖はリトの手が開いているにも関わらず離れない。
エルが片眉を上げる。
「杖が……生かそうとしてる……?
……いや、まさかね」
エルは微かに呟いたが首を振って頭を切り替えたようだ。
だがその声はリトの耳には届いていた。
杖が……?エルも博識だしもしかして天啓やエラルメルカの童話を知っているのだろうか。
「解毒薬だよ。飲めるかい?
変装も解けちゃうけどこの際仕方ない」
訊ねつつも強制的にケバケバしいオレンジ色の液体が流し込まれリトは身体を強ばらせた。
舌を刺すような苦酸っぱい味に甘ったるい匂いのこの薬は間違いなくオルガ特製のものだろう。
髪が白くなり短くなっていく。
その時水が跳ねる音がしてアカツキが駆けてきた。リトの容態を見て黒い布を取り払う。
「イスタルリカから大量に襲撃された。巣は粗方片付いたがそっちは何が起こった」
そう言えば半径五十メートルを更地にしたんだった。オマケに今は水浸し。
「リト本人に聞けていないがおそらくコイツもカーニバルに紛れたイスタルリカの連中にやられたんだろ。
んで通信具が壊れた。それにアルが気付いたからこっちに来た。
俺達が駆けつけた時にはそこの女に攻撃されそうになってたし乱闘してる隙に食いつかれたって所だろ」
ヤツラギが代わりに答えた。
アカツキの鮮やかな青い瞳がリトの傷口を見つめ、胸部、腕を辿って杖に行き着いた。
微かに眉が顰められる。
やっぱり今もまだ自分が生きてる事と杖……もしかして天啓が関係してるのか。
「ねえ」
その声にその場の全員が振り向いた。
「アル、団長、……エル。
なんで夜の巣と居るの?」
メルがそこに立っていた。
お読みくださりありがとうございます。
とうとう恐れていた事態が起きてしまいました。




