第九十二話 とんでもないお騒がせ者
階段から姿を現した男の前でメルが高く跳躍する。
「なんっ……!?」
驚く男の後ろに着地したメルが頸を確認するも
「黒子なんて見えないわよ!?」
と叫んだ。
化粧か何かで隠していると説明したはずなのに!
そして余計な情報を与えてもらったら大変困る!
「な、なんだお前ら!子供が大人を揶揄うもんじゃない!」
金髪の男が振り返り、メルを叱った。
人間と遜色ないその様子にメルが目を丸くし、男の影から顔を覗かせ再び叫ぶ。
「ねえ!本当にコレなの!?」
「ちょっ物事には順序が!」
どうすればこのややこしく拙い状況を都合よく治められるかリトは猛スピードで頭を回転させた。
「黎明の騎士団です!
この街の猟奇事件についての調査にご協力ください!」
「はあ!?」
リトの言葉に金髪の男が意味がわからないと言った風に声を上げる。
「近日起こっている猟奇事件に関する嫌疑がこの集合住宅にかかっています。
調査にご協力ください」
この巣に棲みついているカーニバルの数が定かでない現状、無駄に荒らすことは避けたい。
「はあ!?なんだよそれ!なんの根拠があって俺が協力なんかしなきゃなんないんだよ!
それにお前ら子供じゃないか!大人を揶揄うのも大概にしろ!」
「あたしは子供じゃないわよ!」
メルが身分証と騎士団証を男に突きつける。
「やましいことがないなら家の中を見せてちょうだい!」
男はメルの外見と年齢を見比べて三度見していたがその言葉に再び表情を歪めた。
「嫌だね。なんでいきなり家の中に踏み込まれなきゃならないんだよ。
誰だって嫌だろそんなの」
「調査内容については緘口令につき詳細を伏せさせていただきますが先日からここの住民ではない者が多数出入りしている目撃情報が入っています。
確認のためお邪魔させてくださ
「そ、じゃあ勝手に入らせてもらうわ」
「なっ!?」
リトが如何にもそれっぽいでっち上げで何とか事を収めようとしたのも虚しくメルは集合住宅に突入してしまった。
ああ、もう!
「失礼します!」
リトは素早く男の背後に回り込み、襟を掴んで引き下げた。ポーチからオルガ特性の化粧落としを取り出し頸に付けて擦った。
縦に並んだ三つの黒子が現れる。
「確認しました。あなたを猟奇殺人事件の犯人として拘束させていただきます」
「は、何を!?」
茶番だが仕方がない。
男があくまで人間のふりを続けるのでそれに乗っかる形でリトは縄を取り出し男をぐるぐる巻きにすると首に腕を回し引き摺ってメルに続いた。
軟体の形を取れるカーニバルには意味のないことだがこのまま男をうっちゃてメルを追えば仲間を呼ばれる。
かと言ってメルを一人にしたままにするのは危険すぎる。
通信具に魔力は通したままなので状況はアカツキ達に伝わっているだろうが悠長に待ってはいられない。
とにかくこの収集が付かなくなったこの場へ早く来てくれる事を祈るばかりだ。
メルと組んで任務に就くのは初めてだが毎度この調子なのだろうか。
リトはゲンナリしてあっという間に激しい銃声が鳴り響く二階へ到達した。
「ヤ、メ、ロオオオオ!!!」
するとやっと状況に頭が追いついたのか、リトが引き摺っていたカーニバルが叫び、同時にその体を変化させた。
リトは飛び退って杖を振り、同時に魔銃のエネルギー弾を放った。
軟体化し、リトを飲み込まんとばかりに体を広げたカーニバルの体が凍りつき、エネルギー弾が残った首を通して正確に黒子撃ち抜く。
完全に停止したのを確認し、リトはドアを蹴破った。
ズダダダドドドドッガガガガガッ
とメルの魔銃がエネルギー弾を放ち本性を露わにしたカーニバルを次々と穴だらけにしている。
「アリス、当たりよ!
コイツら後始末が楽なようにお風呂場で人を食ってたみたい!」
カーニバルの鋏を宙返りして躱しながらメルが叫ぶ。
その時バタン、バタンッと何処かのドアが開く音がしてリトが蹴破ったドアの前に人が立つ。
「な、なんだ!?何をしている!?
誰か来てくれ!強盗だー!」
人の形をしたカーニバルが叫ぶ。
この騒ぎで人間が集まって来るのは非常に拙い。
リトは直様叫んだカーニバルを杖の一振りで凍らせ、その後ろから現れた新たな影に魔銃を放った。
現れた影は明らかに人間とは思えない素早さでエネルギー弾を避け軟体に溶けた。
リトは幾本もの雷槍を展開し、カーニバルへ放った。
カーニバルは構わず鋏を振るい家具が薙ぎ倒されガラスが割れる。
リトはそれを宙に跳んで躱した。雷槍が迫るがカーニバルは避ける素振りも見せず表情を笑みの形に歪ませる。そしてリトを飲み込まんと大きく広がった。
だがリトが放ったのはただの魔法ではない。
物理エネルギーへと変換された雷槍がカーニバルの体躯に突き立ちバリバリと辺りへ紫電を撒き散らし黒炭に変える。
リトは瞬き一つで足場にシールドを展開した。
空中で方向転換し次に現れたカーニバルの後ろを取る。二丁の魔銃を構え立て続けに撃った。エネルギー弾が黒子を撃ち抜きカーニバルが停止した。
続けて前方へ跳び手を突いて体を逃す。新たに駆けつけたのであろうカーニバルの尾が空を切る。
リトは反動を付けて跳び上がり、メルと背中合わせに着地した。
「すごいわ!やるわね、アリス!」
「今それどころじゃありませんよ!」
そのままメルが魔銃をトンファーの様に回転させ、迫ってきた軟体を散り散りにし硬質化した鋏を弾く。
反対の腕でエネルギー弾の嵐をお見舞いした。
リトも杖を振り、魔銃を放ち、次々と湧いて出るカーニバルを片付けていった。
トントントンと目の前で足が床を叩く。
宿にて。リトとメルは床に正座をさせられていた。
アカツキがお怒りである。
あの後。カーニバルの巣であったとはいえ大乱闘の末……建物が半壊した。
リトは静かに怒っているアカツキが怖くて顔が上げられなかった。
「なぜ俺達の到着を待たなかった」
「ぼ、私が一瞬魔力を乱してしまって……その……」
メルは貝の様に口を閉ざしている。
「それが、カニバリーに勘づかれたようでして……。えっと」
その後は九割方メルのせいなのだがメルは何も言わない。
「聞いてたから分かってるよぉ。メルの早とちり即行動も困ったものだねぇ」
エルが助け舟を出してくれた。メルはまだぴっちり口を閉じたままだがリトは頷いた。
魔力を乱してきっかけを作ったのはリトが悪いがその後の突入劇と乱闘騒ぎはメルのせいである。
もう一度言おう。九割方メルのせいである。
アカツキはいつかエルにしたようにツツーとリトを脚で脇に避けメルを見下ろした。
「後少し俺達の到着が遅かったら周囲の住民を巻き込んで大きな騒ぎになっていた。
カニバリーの巣は他にもある可能性が高い。すでに奴らが聞きつけて警戒が強まっているだろう。
それにあの巣に棲みついていたカニバリーがあれで全てだとも限らん」
メルが縮こまる。
「そこに立て」
アカツキは静かにメルに告げた。
次の展開が読めたのかヤツラギがおろおろしながらアカツキの後ろをウロウロする。
「申し開きはあるか」
なんだか死刑宣告されてるみたいだ。
「ありません」
メルがやっと口を開いた。
中々潔い。
アカツキは一つ頷くと素早く腕を突き出した。
そしてベッチィッと大きな音が響き
「アイターーーーーっっっ!!!」
メルの叫びが宿中に響いたのだった。
「カーニバルの巣が一つ潰れ大量に退治できたのは大きい。
だが伝達役が逃れた可能性はかなり高い」
メルの悶絶が治ると何事もなかったかのようにアカツキは作戦会議を始めた。
「メルとアリスの顔は割れたと見た方がいい。それ以前から共に行動していた俺たち全員もな。
カニバリーが何処から見ていたかも分からない」
そう言うとまだ額を押さえているヤツラギを見やった。
メルにデコピンした後アカツキは「お前が日頃甘やかしているからだ」と連帯責任でヤツラギにもデコピンを食らわせた。それもメルよりも痛いやつを。
「今夜だ。今夜全ての巣と残りのカニバリーを叩く」
アカツキが目星を付けた他の場所に丸した地図を指した。
「んな無茶な」
ヤツラギは目を剥きながらやっとおでこから手を離した。
「俺達の身体能力ならに夜が明けるまでに街を回るくらいできる。
何せ時間との勝負だ。組をある程度バラして分担箇所を増やす。巣を中心に各地区を回れ。
ヤツラギ」
アカツキは唐突に呼びかけた。
「街主に外出禁止令を出させろ」
「んなもん簡単に出せるか。
もう夕方だぞ。街全体に行き渡る訳がないだろ」
「それでもだ。街主から各所の衛兵詰め所に連絡させ、そこから街人たちに触れを出せばいい。
カニバリーに勘付かれるリスクより一般人を巻き込む可能性をできるだけ下げたい」
「ったく、しょうがねーな。
エル、行くぞ」
ヤツラギはボリボリと頭を掻くと宿を出た。
「超広範囲の魔力感知と物理魔法攻撃を持つエル、ジルバ、アリス、レーゼア、そして魔力感知と足の速さを持つナイトは一人で街の外周から回れ。
残りでペアを組み直す。
ガイゼルは俺達に付け。いざという時にルシアンを守ってもらう。
ディーノはカーナリーと、メルはクライシアと組め。お互い魔法使い魔力感知組と物理攻撃で補い合えるだろう。
ヤツラギは近接、アルは矢での遠隔そして魔法のサポートとして組め」
『まぁた変わり映えのない野郎と組ませんのかよ!』
街主の邸へ向かいながらも通信具で作戦を聞いていたヤツラギが文句を言った。
「ねえ、エルを一人にして大丈夫なの?」
メルがそっと手を挙げ不安を露わにした。
以前自分がついていなかったことでエルが攫われてしまったことを気にしているのだろう。
「あの時と違い魔力感知を展開しているエルならそうそうやられはしない。
遊撃しながら俺も気にするようにする。心配するな」
それを聞いてメルは納得いったのか頷いた。
「それほど時間もないが各自夜に備えて体を休めておけ」
アカツキの言葉でその場は解散となった。




