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第九十一話 天啓

 翌日。

 リトはテラスに立ち、手に持った祖父の……いや、正式に自分のものとなった杖をためすすがめつ眺めていた。握った手にはまだ心地よい温もりを感じる。


 昨日寝る前にと街の外で試し撃ちをしてみたが今までよりずっとスムーズに、意のままの威力で自由自在に魔法が扱えるようになっていた。


 エラルメルカの杖は気に入った者の手に馴染むように僅かだが姿を変えるらしく、リトの杖は形はそのままに少し細く短くなった。


 お陰で余裕ができて杖を持ちながら魔銃も握れた。暁光(ぎょうこう)だ。



「くぁ……よかったな」



 後ろからアルが欠伸をしながら声をかけてきた。


 強行突破の長旅の末、昨日の試し撃ちまで付き合ったため目の下にはクマができている。



「うん」



 リトは杖を下ろし、(うなず)いた。



「その割にはなーんか浮かない顔してんな。

 何かあったのか?」


「うーん」



 リトは腕を組んで首を傾げた。



 昨日の夢の事だ。

内容がよく思い出せないのに気になって仕方がない。幸福だったような、不吉だったような。そして「変えて」と言う言葉が頭から離れない。



 そのぼんやりした内容の分からない夢について話すとアルは目をぱちくりさせた。



「もしかして「天啓(てんけい)」ってやつじゃないか?」


「天啓?」


「前にさ、トルタス・トルテム書店行っただろ?あん時破れたふっるーい本があったんだよ」



 アル(いわ)く。

 その本は童話らしきものでエラルメルカが「考える木」と呼ばれるのは神の意志が宿っているからだ、と。


 教皇の居ない世界線の話。

 エラルメルカを通して神は人々の自由意志に添い、協力し、時に対立し、世界をより良く作るようにと杖を与えた。

 しかしある時から多くの木を独り占めし大きな争いを起こす者が現れた。

 その頃からだった。

 杖に弾かれる者と好かれる者が分かれる様になったのは。

 杖に好かれる者が減ったのは。

 そしてある若者が杖を手に取った時、温かく大きな風が巻き起こり彼を包み込んだ。

 風が治ると若者は杖を握りしめたまま眠りについていた。

 しかし数刻もしない内に目覚め、夢を視たと言い出した。

 世界が滅びに向かっている。内容は覚えていないが「変えてくれ」と言われたと。

 若者は仲間を集め争いを起こす者に立ち向かった。

「分岐点」に立つ度、忘れていた夢を思い出し、正しい道を選んでいった。

 それは神が若者に与えた「天啓」だった。

 時に犠牲(ぎせい)を払いながら若者は(つい)に争いを起こす者を倒した。

 以降、エラルメルカからは神の意志が消え、それぞれが思考するようになった。



「杖に愛された若者は時に天啓を受け、人々に伝え、世界を平和にしましたとさ。ちゃんちゃんってな。

 それでさあ〜昨日のお前見て思い出したn」


「もっと詳しく書かれてなかった?分岐点って何だった?」



 リトはアルをガクガクと揺さぶった。



「おおおおいやややヤメロって」



 アルはリトの手を逃れると目が回ったのかブルブルと頭を振った。



「だから所々破れてたから分からないって。トルタスさんも(なげ)いてたし」



 リトはがっかりした。



 変えてほしいという願う夢を見たと書かれていたのがものすごく引っかかるのだ。



「それにしても……この話の主人公、教皇みたいじゃないか?ほら、神の意志を精神世界に繋いで世に広める〜って」



 その言葉にリトはハッとした。



「その本のタイトルは?」


(かす)れて読めなかった」



 またしてもがっくりきたがリトは粘った。



「もし、それが童話化された史実だったら?」



 アルもハッと息を呑む。



「この世界には初めから教皇が居たことになってる。そんな大昔のことなんて伝わってないから。

 もし、その童話の主人公が初代教皇になったとしたら……」


「童話自体も色々おかしいな。王都に戻れるようになったらトルタスさんに聞いてみようぜ」



 その時二人のお腹が同時に鳴った。



「取り()えず飯食うか」


「だね……」



 何とも締まらず二人して笑った。






 街を歩きながら。



「そうか、夢を……。

 エラルメルカの童話は俺も知っている。昨日のお前を見て俺も想起(そうき)した」



 リトはダメ元でアカツキにも夢と童話の話をしたらびっくりする答えが帰ってきた。



「この世界の歴史は長い。史実が始まった時には既に教皇はいた。それが現在初代教皇とされている」



 やっぱり。



 リトはちらりと後ろを見やった。メルに地形を覚えさせるという名目の元こうして街を歩いている訳だが当の本人はルシアンと話し込んでいる。



「アルフレッドが読んだ童話には前置きがある。


 その昔、天から神が世界を(つく)った。

 空を、海を、大地を、ありとあらゆる生き物を。

 世界の全てに命があり、巡る。

 それが生と死だ。

 命は巡り、神へと(かえ)る。

 ある時全ての命が神へと還り世界が壊れかけた。

 その(ため)神は木を埋めた。

 命が巡り、神へと還り、天から神が世界へ還す為に。

 命は力。神からの贈り物(おくりもの)

 世界への祝福としてその木に神は自分の名前をつけた。


 それがエラルメルカだ、と」



 リトはこくりと(つば)を呑んだ。



「後はアルが読んだ通りだ。

 俺はエラルメルカを通して巡っている命とやらが魔素、魔力だと考えている。そして人間がそれを扱いやすくしたのが杖だと。

 だがお前達が考えついた様に史実と童話を擦り合わせると不審な点がある。

 現在のエラルメルカは本当に神の意志を持っていないのか?

 そこが問題だ。お前の話を聞いて考えてみたが神の意志とやらは制限されているのかもしれない」


「どう言う事ですか?」



 リトが小首を傾げるとアカツキはちらりと視線を寄越した。



「童話のエラルメルカは必要な者に好き嫌いなく与えらえれていた。

 だが途中から人を選ぶ様になった。現実でもそうだ。

 何を(もつ)て人を選ぶのか明確な基準は分からなくとも何かしらあった筈だ。

 それは必要とする者であることは当然として、当人の立ち位置によって与えられていたのではないかと思う」


「立ち位置……ですか」



 アカツキは微かに頷いた。



「史実でも魔王全盛期には多くの魔法使いが杖を手にしていた。それは魔王という世界の危機に立ち向かう為。

 なら今はどうなのか」



 黒い布で覆われたアカツキの視線が遠くに投げられる。



「世界は今再び転換期を迎えている。人類全てがいずれ争いに巻き込まれていく筈だ。


 教会側にも、対立する俺達にも、まだ関わっていない者にも杖は応える。


 教皇のみが聖職者に治癒魔法や魂葬の儀(こんそうのぎ)などを与えられる神に関わる力を持つなら、対立する俺達……いや、お前に杖が渡り天啓が降りたのはおかしくないか」



 リトはハッとした。



「制限って……つまり天啓を受けた若者に、ですか?

 それが史実の初代教皇……?」



 アカツキは再び頷いた。



「魔素を循環させるエラルメルカの多くを独占する。それはこの世界に置いて死活問題だ。

 初代はおそらく神が意志と力を分散させた為争いを起こす者が生まれ対立したと考えた。

 そして同じ過ちが起きないよう、自分から、また自分の後継からのみ人々に伝えるよう神の力や意志を制限していると推測すれば辻褄(つじつま)が合う」



 童話と史実が繋がった。



「だが対立無くして世界は成り立たない。

 対立と協力。両方を()してこそ世界は回ると俺は思う。

 教皇は完全に神の意志を、力を奪えた訳ではない。アダムも神に成り代われていない。

 奴らがそれを成せばきっと世界は滅ぶ」



 そこでぽんと頭に手を置かれた。



「だから神は唯一無二の力を持つお前に助けを求めているのかもしれないな」



 そうしてアカツキはリトの頭をワシワシと撫でたのだった。






「ちゃんと覚えてるわよ?」



 アカツキ達と別れた後。



「あたし一度通った道、忘れないんだから」



 リトが何も言っていないにも関わらず言い訳がましくメルが言う。



「でもルシアンと話し込んでませんでした?」


「話してたとしてもちゃんと道順も地形も覚えてるってば!」



 リトが疑うと、とうとうメルはプリプリ怒り出した。



「もしアレが出た時何時でも何処でも直ぐに駆けつけれるんだから!」



 メルの言い訳をリトは半分聞き流していた。魔力感知を大きく広げているので少し頭が忙しいのだ。



 と、その時。一軒(いっけん)の集合住宅の中に膨大な魔力体積を複数感じ取った。



「しっ」



 メルを片手で制してひとまず物陰に隠れる。通信具に魔力を込めて指輪を口元に持っていった。



「アリスです。西七番通り中央四丁目の集合住宅に複数のカニバリーを発見しました。探してた巣かも知れません」


『離れてすぐとはついてないな。すぐ向かう』


『近いので僕らも向かいまぁす』



 アカツキとエルが応えた。



「それ、ウチ(ノーゼンブルグ)で使ってる敵味方判別魔法式通信具?」


「あ、はい。今回の作戦で……ノーゼンブルグから送ってもらって」


「これね、エルが発明したのよ?凄いでしょ?」



 メルが目をキラキラさせながら自慢する。

 今のリトは女子。中々触れ合うことの無い女子同士ということでメルはちょっと浮かれてる節がある。



「うーんやっぱり感じ取れないわね。どうしてあたしったら魔力感知が苦手なのかしら。

 魔銃ならいくらでも撃てるのに……」



 それは過去の暴走で起こした事件のトラウマが無意識にストップを掛けているからかもしれない。



 リトは曖昧(あいまい)に頷きながらポーチから杖を。ベルトから魔銃を取り出した。



「そんな使い方するのね……初めて見たわ。

 ってあれ?レノと同じ魔銃じゃない?」



 リトはギクリとした。



「よ、ヨイヤミから貰ったからですよ」


「へぇ~お揃いなのね。

 ねえねえアリスは好きな子いるの?

 レノやアルとは同い年なんでしょ?どっちが好き?」



 この緊縛(きんばく)した場面で女子トークなるものに花を咲かせ始めるメルは相当な胆力の持ち主だと思う。



「どっちも……友人としてしか見てない……ですかね」



 片方は自分だしアルにはカナリアという好きな人がいる。そしてリトにはヨルという大切な恋人がいるのでこういう話題はごめんこうむりたい。



「えぇ?じゃあヨイヤミは?」



 リトは吹き出した。


 その瞬間集合住宅で(うごめ)いていたカーニバル達がピタリと動きを止めた。



 しまった!



 奴らの魔力感知を含めた第六感は高い。今ので少し乱れたリトの膨大な魔力を感じ取り様子を見ている。


 その内、一匹が階段を降りてくのを感知した。



「拙いですメル。ぼ、私の魔力を察知したカニバリーが一匹、降りてきます」


「そう……」



 メルが顔を引き締める。




「なら突入するしかないわね」



 リトが隠れ場所を移動しようと探しているととんでない言葉が耳に飛び込んできた。



「は」



 リトが振り向いた時にはメルは既に両腕にガトリング式の魔銃を取り付け、駆け出していた。



「ええーっ!?」



 頼むから一人で突撃なんて真似しないで欲しい。



 リトは杖と魔銃を構え慌てて後を追った。

メルは「思いついたら即行動」が座右の銘です。

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