第九十話 夢
アカツキがこの三日で起きた出来事を簡潔に説明し、新しく被害者が出た箇所と魔力感知でカーニバルを発見可能なことなどを報告する。
メルがいるためカーニバルの名が明かせなかったが『人食い』の意味から取ってカニバリーとちょっといじって呼ぶことになった
「生きたままの捕獲はまだできていない。
だがこれまでの経緯から推察するにカニバリーは『巣』を作っている可能性がある」
「巣?」
メルが首を傾げる。
「ああ、カニバリーが増殖するスピードに対して残された現場が少なすぎる。
成体が徒党を組み建造物の中で育てていると見た」
それがディーノに街を案内されて辿り着いた答えだった。
「ディーノはこの街に古くから居着いている。街人とも親密だ。
と、すればカニバリーは冒険者か旅人に擬態して街に入り込み数を増やしたのだろう。
だが外で捕食していた痕跡のある現場は少ない。成体のいずれかが最初に街人を食い人目に付かない家などの場所を手に入れる。
そこで人を食い、あるいは繁殖し、幼体を育てているのではないかと言う訳だ
だが生まれたての幼体は暴れやすい。その結果外に連れ出され現場が残ったという推察をした」
そこでアカツキは人差し指を立てた。
「もう一つ推察したことがある。東から何度か会敵する内、奴らが何故普通の街人に溶け込んでいるかについてだ。
普通に食い、魔力を貯めるだけならともかく奴らは学習する。その知識は何処からくるものか。
そして何故食った街人と同じように行動できるか、だ」
「どう言うこと?」
薄々気づいているのかメルは眉間に皺を寄せた。
「奴らは食った者の記憶を得ることができるのではないかということだ」
「記憶……」
メルが繰り返した。これはメルや事情を知らぬ者へ説明する際のでっちあげだ。
教会やイスタルリカの裏事情を知る者は既にジル達から真相と正確な情報が伝わっている。
「そうだ。だから魔力感知で外見と矛盾して魔力がカニバリーの本体の体積分持つ者を探すことになった。
一人一人頸の黒子を見せろと言って回る訳にはいかないからな」
「そんなことすればカニバリーに気づかれて脱出されるような事態になる。
それに奴らが他の街にも潜んでいないとは限らないからな」
ヤツラギが最後に捕捉した。
「魔力感知……」
メルがしょんぼりと呟く。
「ま、まあまあメルぅ。基本俺らは二人一組で動くんだし?
魔力感知が得意なヤツと動けばいいんだよ」
ヤツラギは慌ててフォローに回った。
本当にどうしてついて来てしまったのか。メルの行動力も困ったものである。
「ほら、ヨイヤミの野郎が連れてきたのは全員魔法使いだし?なあ!」
「アリスも魔法使いなの?腰に魔銃差してるけど……」
これには全員がギクリとした。
「こ、これは……ぼ、私よくトラブルに合うんでその……護身用というかなんというか」
「そうなの?とことんレノに似てると思ったんだけど。魔銃が主な武器ではないってことね?」
「えーと一応普通に魔力を込めて撃つことはできるんですけど……あはは……」
ヤツラギも余計な事を言ってくれたものである。
これではリトの得意技が封じられてしまう。メルとは極力行動を別に……
「じゃあ、あたしがアリスと組むわ!」
リトはヒュッと息を吸い込んだ。
「メ、メメメル?エルとかと一緒に行動すればいいんじゃないかな!?」
ヤツラギの後ろでエルが猛烈に頷く。
「だってエルには団長が護衛も兼ねて付くでしょ?
それにカニバリーは魔力耐性があるっていうじゃない。
それなら魔法使いと物理攻撃持ちのあたしたちが組んだほうが効率的だし、何より一番年下で女の子でか弱いアリスは防御も長けてるあたしが見てあげるべきでしょ。
ね?アリス」
「か弱い女の子」の言葉にダメージを受ける。魔銃を護身用と言ったのが間違いだった。
「えーっと、魔法使いとしてはかなり動ける方ですし魔銃も一応使えます、し……あ、あと物理攻撃魔法なんて使えちゃったりして……あは」
メルと一緒だけはなんとしてでも避けたい所である。変に鋭いメルと組めば戦い方でバレる可能性は大だ。
「えっえっ?それともあたしと組むの、イヤ?」
「うっ」
途端メルが涙目になったためリトの良心が疼いた。
「だってだって物理と魔法の組み合わせでいけばこれで一組増えるのよ?
巡回組とサポート組に分かれてフォローが楽じゃない!」
ヤツラギはあわあわしていたがアカツキはしばし逡巡して
「いいだろう」
了承してしまった。リト以下全員が一斉に勢いよくアカツキ振り向いた。だが当の本人は
「こちらも物理に長けている者が足りていなかった。丁度いい」
と少し口の端を上げただけだった。
深夜未明。
メルを除いた騎士団組とディーノ、ヨイヤミ組八名が大部屋で顔を突き合わせていた。
「アカツキ、どうして僕とメルを組ませたんです?」
結局あの後。
戦力バランスを考えて出来上がった組み合わせは……
物理で矢を射れ魔法も使えるアルと、物理変換魔法を習得したジル。
魔法の精密さで言えば随一を誇るカナリアと魔力感知も気配を消すのもお得意、二本の鎖鎌でカーニバルの首を落とせるナイト。
多種多様な魔法を使いこなすレーゼンと正確無比な矢を射るディーノ。
物理変換魔法習得済みのクラインと肉弾戦と魔法を上手く組み合わせるガイデン。
ノーゼンブルグの外では護衛してもらう立場のエルとそのお役目を仰せつかっていることになつているヤツラギ。
遊撃&調査を進めるアカツキとルシアン。
そして、魔法と魔銃を組み合わせて使うリトとガトリングガンとそれをトンファーのように使うメル。
に決まってしまった。
アルや他の魔法使い達と違いリトは杖もないし無詠唱で使える魔法はシールドだけだ。
体術を使うとメルにバレる可能性がある。魔銃と詠唱の組み合わせだけでは心許ない。
リトは焦っていた。だがアカツキは落ち着いている。
「リト、杖を試せ」
その場の全員が驚いた。
「で、でも前に試した時は保留されたんすよ?」
「あの頃と違い今、お前は魔法をほぼ使いこなす。
場数を踏み、知識量も増えた今なら杖は応える筈だ」
「なるほどぉ。確かに今のリトくんなら使えるかもしれないねぇ」
アルの言葉もなんのその。アカツキが自信がありげに言うとエルまで同意した。
「でももし杖に気に入られたとしてもまともに扱えるようになるには何ヶ月か掛かるって……」
「ふっふっふ、それはねぇ〜実は諸説あるんだよぉ〜」
リトが尚も不安げにしているとエルが指を振った。
「杖を使えるかは相性。
だけど実はそれだけじゃぁない。エラルメルカは考える木。その枝から削り出された杖は自身の考えと好みを持つ。
それは使いたい者の心持ち。才能と努力を杖は考えるんだよぉ。ままあそのお陰で善人だけが杖を使えるんじゃないんだけどね。
君が保留にされたのはまだ修行中だったから。
それに好みはきっとクリアできると思うけどなぁ〜」
「なんでですか?」
リトは小首を傾げた。
「君のおじいさんは大層その杖に気に入られてた。
そしてリトくん。君はおじいさんと強い愛情で繋がれている。
親子でも使えない事は多いけど強い強い絆で繋がれた者同士の関係性まで杖は考える。そうして相性によっては直様使えるようにもなるんだよぉ」
そう言ってエルはふにゃりと優しい笑みを浮かべた。
リトがハンカチで手を覆いポーチから祖父、マーリンの杖を取り出す。
「あの……やり辛いんですけど」
アルと大勢の大人達……合計十二名に興味津々に見守られる中、杖を試すのは少々度胸がいる。
これで弾かれたら笑える。
「僕の時はもっと大勢に見られてたよぉ」
「エルの場合は見知らぬ人ばっかりだったじゃないですか」
「他人が杖を試す機会なんてそうそう見れるもんじゃないだろ」
「アルは前見たじゃないか」
「ふふ、魔法士団の杖試しの儀を思い出すわね」
カナリアがそう言うと魔法使い組が笑いをこぼした。
「そう気張るな。お前なら直ぐ扱えるようになる」
アカツキは信じ切っているようで逆にプレッシャーを感じる。
リトはゴクリと唾を呑んだ。そろり、と床に置いた杖に手を伸ばしたが、寸前で少し躊躇ってしまう。
エルはああ言ったがまた保留に……いや、嫌われたらどうしよう?
「ガッといけガッと!」
とうとう痺れを切らしたルシアンがリトの手を掴み杖に押し付けた。
なんて事するんだ!
と、いつかのように思い、責めるようにルシアンを見たが杖に触れた途端温もりを感じた。
それに留まらず温かい風がリトを包んで巻き上がり、その場の全員の髪を激しく靡かせた。そしてそれはどんどん強くなり……。
「じぇ、ジェントルリト!宿が壊れますよ!」
「ど、どうすれば!?」
飛び回る小物から顔を庇うディーノが叫ぶがリト自身もどうすればいいのか分からなかった。
杖を離そうにもまるでくっついたように手から離れないのだ。
窓がガタガタ、ベッドは壁までズリ下がり椅子は倒れて小物は宙を舞い飛んだ。
と、エルの手が伸びてきて杖ごとリトの手を包み込んだ。
エルの魔力がリトに流れ込み巻き上がる風を落ち着かせた。
「ふぅ……まさかこれ程気に入られるとはねぇ〜」
「これは想定外だった」
エルとアカツキが部屋の惨状を見て呟く。
「こ、コレ気に入られたって事で合ってるんすか?」
そう訊くアルの前髪は全部後ろに吹き飛んでいる。他のみんなもボサボサだ。
リトの手に収まる杖はまだ温もりを保っていた。
「極稀にね、杖にもんのすんごぉ〜く気に入られると魔力が同調して風が巻き上がるって話があるんだけどここまでは……初めて見たよぉ」
「すんげー同調だったな」
「だけど気に入られた事には変わりないだろ」
エルの言葉にナイトが同意した。そしてヤツラギが前髪を直しながらブスっとする。
「お陰で俺は目の前にこんなに美女が並んでんのに変わり映えしねえ野郎のエルと組むしかねえじゃねえか」
「お、じゃあ俺と組むか?」
ガイデンが身を乗り出すと
「や、エルでいいわ」
と即答した。流石のヤツラギも筋骨隆々な女子版ガイデンはお断りだったようだ。
みんながどっと湧いた。
その夜、リトは少し不思議な夢を見た。
広い草原、暖かな陽気、澄んだ空。
どこともしれない場所に懐かしい顔。
祖父マーリンが両手を広げて立っていた。歩み寄るとその腕でリトを包み込み、抱きしめた。
背中を撫でられる。
すると背中に大きな翼を持つ白い髪の女性が現れた。
女性は翼を羽ばたかせて二人の横に舞い降りた。
白い、髪……。
世界で自分以外に見たことのない色を持つ女性は翼から一枚大きな羽を抜き取ると祖父に差し出した。祖父はリトからそっと離れるとその羽を受け取った。
祖父の手に渡ると羽は姿を変え、馴染みある祖父の杖となった。
今度は祖父が杖をリトに差し出す。
リトはそっと手を伸ばし受け取った。すると温かい風が巻き上がりリトの視界を遮った。
風が治り視界が開けると祖父は少し離れた所に立っていた。
そしてその隣に見覚えのある老齢の女性と、若い男女が並んでいた。男女の隣には……
——クゥ……
リトの声は宙に溶けるように消えた。
随分前。ルナを不老不死の呪いから解放して間もない頃。王都の隣テトラーナで怪談としてずっと彷徨っていたルナの「姉」を名乗った幼い少女。
リトに不思議な耳飾りを託して満足したように消えた彼女がどうしてここに?
リトの声が聞こえたようにクゥが手を振る。
そして自分の後ろを指した。年頃も様々、しかしどれも幼い少年少女が沢山並んでいた。みんな笑顔でリトに向かって手を振っている。
そうか、彼らは……
教会の犠牲者。
ルナの前に亡くなった子供達……。
常にクゥと共にあり、側にいた。だからクゥはどう見ても一人だったのに「ひとりじゃない」と言っていたのだ。
祖父に目を戻す。祖父は老齢の女性……祖母、アメリアを抱き寄せ二人揃って手を振った。
その隣……若い男女に目を移す。
若い男性が女性の肩を抱く。そしてこれまた二人で手を振ってきた。
女性には見覚えがあった。
写真より成長しているが確かな面影を残すその人は母、アリシアだった。
じゃあその隣は……?
シルバーブロンドの線の細い男性は、初めて見るのにどこか馴染みがあって。
嬉しそうに目を細め、優しくリトを見つめる。
リトも男性をじっと見返した。
祖父母と、母の並びを考えるに彼は……彼こそが……
と、白髪の女性が目の前ににふわりと舞い降りた。
女性は杖を握るリトの手に手を重ねるとリトの背後を指差した。
振り返ると猛スピードで景色が流れ、風に髪が乱される。
後ろのみんながどうなったか振り向こうとすると白髪の女性が隣に並びリトの肩に手を置き再び前方を指差した。
促された先に目を戻すと流れゆく景色が変化していった。
澄んだ青空が闇に覆われ、大地は枯れ果てていく。
次々と映像が流れていく。
リトが今まで辿ってきた道、見覚えのある人々、起こった出来事……
そしてそれは次第に見覚えのないものへ。
激しい戦い、見知った顔もいる。彼らが倒れ行く。
様々な場面が目まぐるしく入れ替わり流れる。
カティ、エドワード、オルガ、アカツキ……アルがリトを突き飛ばし先へ行けと言う。
流れ行く映像の中、泣いているヨルがいた。
それらへ手を伸ばそうとするが白髪の女性はそれを許さない。
いつの間にか駆けていた。
足元には倒れた人、人、人。次第にそれは積み上がった骸骨となる。
迫る荘厳な扉。
開け放つと巨大な十字架の前に腰掛けた老人がいた。
見知らぬその老人は熱に浮かされたように両手を広げリトを迎えようとした。
しかし突如、その胸を刃が貫いた。老人が倒れる。
倒れた老人を跨いで目深にフードを被った人物が現れた。
その人物が両腕を広げると雪崩のように黒い鎖が迫ってきてリトを覆い尽くした。
気が遠くなる
寒さに凍え、痛みに襲われる。
意識が糸で引かれる様に引っ張られ、手放しそうになったその時。
グイ、と腕が引かれた。
気がつけば最初の穏やかな草原に寝転んでいて祖父母、クゥ達、母……そしておそらく……父が。
リトを囲んで心配そうに見下ろしていた。
体を起こすとみんなはほっとした様子で少し場所を開けた。
その先には先程の白髪の女性がポツリと立っていて重ねていた両腕を解いた。
その首に腕に脚に、おそらく服に隠れて見えない体、全身に。
黒い鎖のような紋様が現れていた。
呪い……なのだろうか。
立ち上がったリトの手をクゥの小さな手が、反対の手を母が握り、両肩に祖父母の手が置かれ、そして背後から温かい手に頭を撫でられ全員に背中を押された。
翼を持つ女性の前に立つ。
白い髪に金色の瞳をしたその人はどこかヨルに似ていた。
彼女は一度、祈る様に手を組んで、解いて。リトの両頬を包み込んだ。
額にキスをする。
そしてリトのものとなった杖に手を触れると淡く光って姿を消した。
リトは振り向いた。
祖父母が、クゥ達が、両親が手を振りながら遠ざかっていく。
そこでハッと目が覚めた。
まだ外は暗い。
今何かとても重要なものを視た気がする。
記憶がごちゃごちゃと混ざり合い、上手く思い出せないが、迫る脅威と、懐かしい優しさ、そして最後に残された「変えて欲しい」という想いに激しく心を揺さぶられる。
涙が一筋、頬を伝った。
その時のリトの瞳が淡い金色を帯びていたことに気づく者は誰もいなかった。
……ただ一人を除いて。
非常に重要な回でした。
ここにきてやっと。初めてリトの父らしき人物が姿を見せました。
リトは夢の内容を覚えていません。
ですが確かに会いました。
夢に出てきた者は全て……
彼について語られるのはもう少し先のこと。
どうぞ続きをお楽しみください。
それではまた明日!ᐕ)ノ




