第八十八話 勇者の影の脇役
「何故、それを……それにあなた方は……」
呆然としたディーノが弓を下ろす。
「簡単だ。
ウィクス王家の血を引くこの目を見れば分かるだろう。お前も薄まってはいるが同様の筈だ。
俺の祖父はアサヒ。曽祖母が王家の者だった」
「勇者アサヒ……」
ディーノは口元を覆って呟くようにその名を繰り返した。
「祖母のルースが昔、語ってくれた。
大陸の北が次々と魔王に侵攻され、ウィクスは世界の最北端となった。ウィクスの他に残る国は自国の防衛で手いっぱいの小国ばかり。
魔王討伐パーティーのメンバーは殆どがウィクス出身者で構成されることになった」
アカツキにより勇者の物語の裏側が語られる。
「元より他の大国と隣接していた北方領土は武力に優れていた。となれば選出されるのも自然と北方の者が多くなる。
その中に長男に当主の座を譲り、武芸に秀でた次男と、後妻の子供である三男を連れて自身も出仕したのが当時のハーメル当主だった。
ハーメル出身の三人はそれぞれ別のパーティーに振り分けられ、出立した」
ディーノとみんなは静かに聞いていた。
「送り出された十のパーティーの内殆どが壊滅したと知らせをもたらした者こそが超長弓使いのハーフエルフ。
ハーメルの三男、ディルクデアルノだったと。
魔王によって父と兄の死を直々に伝えられ、他のパーティーも壊滅したと情報を与えられたお前は瀕死の重症を負ったが見逃された。
世界に絶望を齎すために。
そのことを悔いているからだろう。出生を隠してこの街にいるのは」
アカツキに問われるとディーノはふっと自嘲気味に笑った。
「そんな大層な意味はないですな。
所詮は逃げ帰った身。合わせる顔がなかっただけですよ、ジェントル」
「お前達が討伐隊として出た後、この街は魔王軍によって大打撃を受けた。その時に尽力出来なかったことも大きいのだろう?」
「……流石は色濃く目を引き継いでらっしゃるだけある。お見通しという訳ですな」
ディーノがとんがり帽を取ると長い耳と片目を隠すように流されたプラチナブロンドが現れた。
瞳はアカツキ程ではないものの鮮やかな青色だ。
「俺達「夜の巣」が相手しているのは教会だ。
奴らは魔力抽出機を作りだし、立場の弱い孤児や貧困層の者、あるいは高位魔力者を攫い協力を無理強いするか、魔力を奪い使い捨てている。
許せる行為ではない。夜の巣にいる者もそう虐げられてきた者達が多数いる」
そしてアカツキはカーニバルの資料を差し出した。
「今回俺達が相手取っている魔物の資料だ」
ディーノの目が文字を追い、次第にその顔が険しくなっていった。
「カーニバル……」
しばらくしてディーノはその名を呟きまたしても手で口元を覆った。
「カーニバルの本質は人を食って魔力を貯蓄し、繁殖すること。
教会……引いてはサンクメリと繋がっているイスタルリカで養殖され、放たれる筈のモノだった。
その主要施設を破壊したそこの五人がいなければ今頃世界中であの魔物が増殖することになっていただろう」
ディーノはちらりと魔法使い五人を見やった。
「教会、イスタルリカはカーニバルを回収し、奴らが貯蓄した魔力を抽出すればす済む話だ。
人が消えるのも、凄惨な現場を残すのも魔物のせい。
魔力の回収の為に人為的に放たれたモノだとは誰も気づかない。より効率的に、大量に魔力を回収するために生み出された魔物だ」
アカツキはディーノに手を差し出した。
「カーニバルを速やかに片付けることは勿論、その後も俺達に協力して欲しい。
教会と戦うには戦力が必要だ。仲間を募っている」
ディーノはとんがり帽を被り直すとやれやれと肩を竦めた。
「まるで魔王を相手にするような荒唐無稽なお話だ。
可憐なレディをちょっとお助けしただけだったのにとんでもないことに巻き込まれましたな」
「すいません」
リトは縮こまった。
「いえいえ。お助けした事を後悔はしておりませんよレディアリス。
そもそもあなたに救われた命です。このディーノで宜しければご協力させていただきましょう」
そう言ってディーノはアカツキの手を取ったのだった。
場所を移して。
ディーノはこぢんまりした小さな家に住んでいた。
「タンスに……ゲート?」
ディーノが不思議そうに聞き返した。
「ああ。俺たちはあらゆる街にゲートを通している。何時、どこにでも素早く駆けつけるために。
一応ウィクスの全ての街にゲートは通してあるがここは大きな街だ。通り道は多ければ多いほどいい」
「中に大穴でも開けるんですか?」
「いや、扉の周囲に装飾を模して結界に繋がる紋様を刻む」
「いやあよかった中に服が仕舞えなくなると困りますからな外側ならいくらでも好きにしていただいて構いません」
そう言ってディーノが案内したタンスはものすごく大きかった。
「わたくし着道楽でして」
ディーノがタンスを開けるとさまざまな色形の服や現在かぶっているとんがり帽の色違い、ベルトや羽など装身具が山ほど詰まっていた。
「へぇ、いい趣味してるじゃねえか」
「おお、お分かりいただけますか」
同じく着道楽、着せ道楽のルシアンが関心したように言うとディーノが顔を輝かせた。
「うちはおれ以外着せれるヤツが少ねえしおれは滅多に外に出ねえしで中々お披露目する機会がねえけどな」
「あぁ……それで……」
ディーノはちらりとリトを見た。
この家に着くなりアカツキは変装していた全員に解除薬を飲ませ本来の姿と名前を明かした。
しかし問題はそこではない。
服だ。服が問題だった。
うっかりそのまま解除薬を飲んだガイデンはヒラヒラのワンピースがばり裂けたし、リトもフリフリの服を着たまま本来の姿に戻る羽目になったのだ。
そのせいかディーノはリトの事をレディと呼び続けたので流石に少しばかり怒らせてもらった。
そしてこの服はルシアンの趣味であって決してリトが望んで着たものではないと言うことを再三言い聞かせ続けた。
ほぼ全員の性別反転にディーノはちょっとショックを受けていた。
そして現在。
みんなして性転換薬『改』再び飲む羽目になり吐き気と戦っていた。「この世にこんな奇妙な薬があるとは驚きですなあ」と言うのがディーノの感想だった。
何時か彼にも飲んでみてもらおう。
それがリト達六人の総意だった。
アカツキが転移紙を燃やす。炎が大きく燃え上がり、夜の巣の複雑極まりない結界の全てを担うルシウスが現れた。
「これまたびっくり」
ディーノが驚いた。
「ルシウス、ディルクデアルノ・ハーメルだ。今はディーノと名乗っているらしい。ディーノ、こっちはルシウス・ノクト。夜の巣の結界士だ」
アカツキは両者を簡潔に紹介した。
「ノクト……かつての勇者の奥方の実家にして国王に叛逆したという……。なるほど、あなた方も教会に嵌められたという訳ですな。
わたくしはディーノ。
この度あなた方のお仲間にいれていただきました。よろしく願います」
ルシウスの目礼にディーノは丁寧な挨拶を返した。
「これに彫るのか」
ルシウスがややうんざりした様子で天井に届く程の大きなタンスを見上げた。
「片扉でいいだろう。充分通れる筈だ」
アカツキの言葉に頷くとルシウスは折りたたみのハシゴをポーチからスルスル取り出し慣れた様子で彫刻刀で紋様を彫り出した。
「ディーノは……ハーメルの当主はウィクス王家の血を引くんですか?」
ルシウスが淡々と彫り進める中リトは気になっていたことを訊ねた。
「そうですよレディア……ジェントルリト。
しかしそれも大昔のこと。わたくしの何代も前のことです。現当主も青い目は引き継いておりますがもうその効果はありません」
「ディーノのお母さんがエルフだったんですか?」
「ええ。母は西のエルフの森から出て世界各国を旅して回っていた弓の達人でした。
そしてこの街を気に入り、何十年と過ごしていたところ、魔王軍の侵攻が始まり父が率いる騎士や冒険者達と共に戦っておりました」
ディーノが遠い目をする。
「とある戦で父が負傷したところを母が介抱し縁ができたそうです。
その母も、わたくしたちが不在中、侵攻された際に街を守って殉死したそうです」
「そう……だったんですか……」
父と兄の死に目に会えず、自分一人、人類に絶望を齎すためだけに生き延びさせられたディーノ。
侵攻を止めることはできず、帰った時には故郷は荒れ果て母も亡くなっていた。
その心中を思うとリトは堪らなかった。
となれば一刻も早くこの街をカーニバルの脅威から救い出したい。
「ジェントルリト、あまり気負い過ぎませぬようご忠告申し上げましょう」
ディーノの言葉にリトは顔を上げた。
「どうもあなたは他人の想いまで負いすぎる節が見られます。そしてそれが行動を先走らせる。
ジェントルアカツキにも言われたことはありませんかな?」
「はい……」
アカツキにもしょっちゅう先走るなと言われてばかりだ。
「この街にばかり囚われていたわたくしは世界の異変に気付けなかった。
この世界の新たな闇を払うのはきっとあなたのような他が為を想う勇敢な者だ。
だが焦りすぎれば時期尚早。志し半ばで命を落としてしまうこともあるでしょう。
真の目的を見失ってはいけません」
ディーノはきらりと光る左目でリトを見た。リトは今の言葉を反芻してこくりと頷いた。
敵は教会。ここを片付ければ終わりではない。
夜の巣は何十年もかけて教会と戦いながらも力を蓄えてきた。国王アーサーの呪いを解いた今、この国は転換期でもある。
「魔王を倒した勇者一行のアダムが行っていることは赦し難い。何故よりによってあの方が、と思うのですよ。
その分、敵は狡猾でしょう。あなたの想いの強さにつけ込む可能性も大」
勇者アサヒの残した平和を守る意志は自分達に託された。
全盛期の魔王に立ち向かった勇者一行のアダム。
この世界の創造主、本物の「神」と成り代わろうとしている彼の真意はまだ分からない。
だが今まで出されてきた多くの犠牲者達を忘れてはならない。これ以上の被害者も出させない。
今回のカーニバルの件もその一環だ。
「わたくしも、もう所詮敗北した身と卑下致しません。
あなた方という心強い味方を得た今、共に全力を勿て立ち向かいます」
リトが隣を見上げるとディーノは青い瞳を真っ直ぐ南へ向けていた。
そこにいるのはもう勇者の影の脇役ではなかった。
お読みくださりありがとうございます。
かつての勇者の物語でルースが他のパーティーが壊滅した事を知っていたのはディーノのおかげでした。
九つのパーティーメンバーの内、ディーノだけが魔王に一つ。擦り傷ながらも負傷させました。
その腕を魔王は讃え、世界へ最後の希望が途絶えたとの知らせを齎させるためにディーノを逃しました。
こうして魔王討伐パーティ壊滅の知らせが齎され、世界は絶望に突き落とされました。
なので唯一、それも全員が生きて帰ってきたアサヒ一行の帰還に世界は驚愕しました。魔王の折れた剣が本物であることもディーノによって判明しました。
役目を果たしたディーノは動ける程度に回復した後、静かに姿を消し、故郷に帰りました。
そして荒廃した街で兄と面会を果たし、自分の出生を隠し、懺悔し続ける事を選んだのでした。
女性にちょっと弱いディーノですがこうしてやっと前を向けた彼は心強い味方となりました。今後も出てくる事でしょう。
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