第八十七話 カーニバル
人気のない暗い路地。
何かを咀嚼し啜る音。
そして迫り来る甲虫のような足音。
直ぐに人の背丈程ある六つ脚のナニカの影が見えてきた。
追加資料にあったカーニバル本来の姿、それも生まれたての幼体だ。
となるとこの場所も鑑みて成体が共にいる可能性も高い。
「ディーノ、これからこの路地で人が居ても決して近づかないでください」
「レディアリス。君は何か知っているのかな?」
「話は、後で!」
リトはそう言うが早いか、魔銃を構え、撃った。
氷結弾で路地が凍りつく。カーニバルが足を滑らせ体勢を崩した。
ディーノは驚きの表情を浮かべたが直様三本の矢を番え、同時に放った。二本が体躯に、一本が目に突き立ち「ギィイイイイーー!」と耳障りな叫び声が上がる。ディーノが矢を放つ前にリトは盾を張り跳ねて移動した。大きく宙を舞いカーニバルの背後を取る。
カーニバルの本来の姿とは巨大な蠍に人の生首が生えたようなものだ。
その体構造はほとんどが軟体で物理武器で有効なものと言えば首を落とすか、頸の黒子のいずれかを撃ち抜く他ない。だがその首すらも軟体の体を移動し、時に内に潜り込んで躱すのでタチが悪い。しかも攻撃する時のみ硬質化するというおまけ付きだ。
「頸の黒子を狙って!」
リトは叫びながら炎弾を放った。着弾した側から大きく燃え上がり、カーニバルの軟体の体を溶かし燃やして、首を浮き彫りにする。リトの叫びとほぼ同時に炎の中を鋭く切り裂いて矢が飛来し、カーニバルの頸の黒子を正確に貫いた。
リトはディーノの腕に舌を巻いた。
幼体の動きが停止し、燃える炎をリトは水氷弾で鎮火させた。
「なんだコレは……」
カーニバルの異様な姿にディーノが呆然としたように呟く。
リトがその隣に着地すると
「レディアリス、君は……一体……?」
「これは……」
リトが説明に困り、口篭ったその時。
「たす、けて……」
幼体の影になっていた路地の奥から血塗れの女性が這いずる様にして手を伸ばしてきた。
「なんてことだ!大丈夫ですかレディ!」
リトが止める間も無く、ディーノは猛スピードで駆け寄った。リトは直様その後を追った。銃を構える。
女性の口が吊り上がった。
伸ばした手がどろりと軟体に溶ける。
かがみ込もうとしていたディーノを飲み込もうと大きく盛り上がった。
ディーノの目が見開かれる。
取り込まれたらお終いだ。
カーニバルの成体が体内に入り込めば生殖が始まる。
全身の内臓機器に滑り込み体構造を掌握されカーニバルの持つ毒により生きながら、意識を保ったまま動けなくなる。
そしてその先に待つのは体内に卵を産みつけられ魔力が底を尽きるまで幼体を吐き出し続けるか食われるかの運命だ。
「アイスバーン!!!」
リトは真っ直ぐカーニバルの成体を見つめ叫んだ。パキン、と音がした後沈黙が落ちる。
腰を抜かしたディーノを今まさに飲み込まんとしていた形のままカーニバルは凍りついた。リトは急いでディーノを引き摺り出し半分投げ飛ばした。
直様かがみ込む。
凍り漬けの成体カーニバルの体躯を割るように巨大な鋏が頭上を通り過ぎた。
別の幼体が二匹。
凍漬けのカーニバルも目がギョロリと動く。
やはり脳までは凍らなかったか。
ピキ、パキッと音を立ててひび割れた氷の隙間から成体が溶け出てくる。
リトは繰り出される鋏としっぽの攻撃をバク転して避けディーノの側まで退った。
「ウィンド!」
二人の周囲に強固な風の壁を張る。
「ウォーター!」
氷から脱出した成体と二匹の幼体に大量の水が浴びせられた。三体が飛び掛かってくる。
「エレクトロ!!!」
リトの最後の詠唱で周囲一帯に眩い雷電が疾った。
二匹の幼体と成体が一匹。黒炭になってドシャリと崩れ落ちた。
「ルクス」
リトは明かりを灯して路地に何者も残っていないかを確認したが思わず顔を背けた。
幼体が食い散らした人体が散らばっていたのだ。
隣のディーノも凄惨な現場に呻き声を上げる。
と、俄に背後が騒がしくなった。
「何事だ!?」
今の騒ぎで人が呼んだのだろう。衛兵が駆けつけたらしい。
「そこで何をしてい……うっ!?」
駆け寄ってきた衛兵は辺りに立ち込める焼けたカーニバルの油臭い異臭に息を詰まらせた。
次にリトが照らしている路地の惨状を目にする。
「き、様らァ!!!」
一拍置いて衛兵がこれをリト達の仕業と見て剣を抜き放った。
「違います!これは……!」
リトが言い淀むと同時に剣が振り上げられ……
「待て」
アカツキが衛兵の背後で切っ先を指で挟んで動きを止めていた。
リトはほーっと息を吐いた。
「黎明の騎士団より要請を受け、ひと足先にこの街の猟奇事件について調査に来たヨイヤミだ」
アカツキが身分証を翳す。
「そこの少女は俺の同行者だ。
北方領主ノーゼンブルグ街主よりこの街に発せられた緘口令により詳細は伏せるが街主とも協力調停を結んである」
そう言ってアカツキは巻物を取り出すと衛兵に渡した。
衛兵が巻物を広げ、確認する。
それには黎明の騎士団及びヨイヤミ一行八名による街の調査、警邏、戦闘行為の許可などが記されてあった。
衛兵はためすすがめつ巻物が本物か確認していたがノーゼンブルグの領主印と街主の魔力文字のサインが入っているのを見て本物と判断したようだった。
「失礼した」
衛兵は剣を仕舞うとアカツキに頭を下げた。
「下げる相手が違う。そこのアリスがこの街の安全のために尽力した結果一つ片付けた」
アカツキがそう言うと衛兵は慌ててリトにも頭を下げて謝り感謝してきたので慌てた。
「そんな、ぼ……私は役目を全うしただけですし」
あわあわ手を振るリトの横から声が上がった。
「巻き込まれたそこらの一般人なのですがね、このリトルレディのおかげで救われました。彼女は勇敢ですよ」
ディーノまでもがリトを持ち上げる。
うっかり彼の事を忘れかけていた。
改めて振り返り、驚く。とんがり帽が吹っ飛んだディーノは長い耳が露わになっていた。
「なんだ、ディーノじゃないか」
「お前が?巻き込まれたのか?猟奇殺人事件に?」
ディーノはどうやらこの街で有名らしい。
「いてて、そうですよ。このリトルレディがいなければ私は哀れ肉塊と成り果てていましたよ」
彼は落ちていたとんがり帽とぱんぱんと払うと被り直し、耳を仕舞った。
彼は……エルフだったからあの微かな音にも反応できたのか。いや、エルフにしては耳が少し短い気がする……?
リトは驚きを隠せなかった。
「お前が手も足も出ないなんて今回はよっぽどだな……」
「引き続き緘口令が出ている。この事は口外しないよう願う。
直、街主直属の騎士団が後始末をしにくるだろう。それまでの見張りは俺達に任せて欲しい」
「はっ!」
衛兵は姿勢を正してその場を去って行った。
路地の入り口でルシアンが「おらおら見せ物じゃねーぞ!危ねーから入んな馬鹿」などと言っている声が聞こえてきた。
「さて、コトの経緯とこの現状を聞こうか」
アカツキの黒い布が巻かれた視線を受けてリトとディーノは縮こまった。
「お前と言うやつは……つくづくトラブルと縁があるな」
アカツキは半ば呆れてそう言った。
鎧男にぶつかった経緯まで事細かに話さねばならなくなり、リトは恥ずかしさに顔を赤くして俯いた。
「うちのが世話になった」
アカツキに礼を言われるとディーノは華麗にお辞儀した。
「いえいえ何をおっしゃる。助けられたのわたくしの方ですジェントル」
「あっそうだ、ヨイヤミ!ぼ……私大金を彼に肩代わりしてもらってその、手持ちじゃ足りなくて……」
「レディアリス、あれだけのご恩を受けたのにこれ以上は受け取れませんよ。むしろ返させていただかなければ」
「いえ、ディーノも一体倒したじゃないですか。それにそれとこれとは別で」
「どうも頑固なレディだ」
「そこら辺にしておけ」
やいのやいのと言い出したリトとディーノをアカツキが止めた。
「ディーノ、と言ったか。アレと直に対峙したのか」
「ほとんどレディアリスが倒してしまったと言えガッツリ姿を見てしまったのは確かですな。
人間に擬態する魔獣か魔物……あなた方は何かをご存知のようだ。ハーメルに住む一住民としては見逃せません。
あれが何か。
よろしければお聞かせ願えませんかな?」
ディーノはとんがり帽に半分隠れた青い瞳をキラリと光らせた。
戯けているようで意外と抜け目ない。
「お前はこの街には長く住んでいるのか」
「それはええもう。現当主の四代前より棲みついております故」
ディーノの返答にリトは驚いた。
彼は長く生きているエルフなのか。
「では取引だ。
俺たちはお前が対峙したアレの駆逐を任務としている。だが土地勘がない。
近々増援が来る予定だが地形の把握を済ませておくに越したことはない。
この街の案内と引き換えにアレについて話せるだけ話そう」
「承知しましたジェントルヨイヤミ。
これよりこのディーノ。誠心誠意ご案内させていただきましょう」
こうして紳士と道化を足して割った様なディーノが仲間に加わることとなった。
宿の大部屋にて。
「これはこれは!
麗しきレディースアンドジェントルメン!
わたくしはディーノ!どうぞ、よろしく」
ディーノは女性陣(一名を除き全員男である)の目の前に手品のように現れては手の甲にキスを落とし、カナリアには握手した。
ディーノの素早さとその言動に一行は面食らった。
「おい、ヨイヤミ。なんだこのヘンなのは」
一番最初に我に返ったルシアンがこれ見よがしに手の甲を服で拭いながら口を開いた。
ルシアンの後ろを見ると他のみんな……握手で済んだカナリア以外も全員こっそり手を拭っている。
「可憐なるリトルレディ。どうぞディーノ、とお呼びください」
「誰がリトルだふざけんじゃねえ」
「これは失礼いたしましたレディ、お名前をお聞かせ願いますかな?」
「レディとか気色悪い呼び方すんじゃねえ」
どうやらディーノとルシアンは折り合いが悪そうだ。
「ルシアン、そう突っかかるな。
ディーノだ。トラブルに巻き込まれたアリスを救ってくれた際、アレと遭遇した。
この街の土地勘に優れるため今回の件で協力してもらうことになった」
アカツキはリトを除いた六人に色々省略して説明した。
「手前がルシアン、後ろの五人は右からガイゼル、カーナリー、レーゼア、クライシア、ジルバ。そして改めて俺はヨイヤミという」
今度はディーノに一行を紹介する。
「どうぞどうぞ、わたくしも改めましてディーノと申します。古き良き街ハーメルへようこそ!
……と、言いたい所ですが今この街は大変な危機に晒されている。
ここを故郷とするわたくしとしては見逃せませんな」
ディーノは陽気に挨拶を返したがハーメルに訪れた脅威を目の当たりにしたためか表情を曇らせた。
「俺達がアレと最初に遭遇したのはここより東の地だった。
名前は、分からない。
街の中に侵入し人を食い、擬態する。その被害が徐々に北上していたため元々親しくしていたノーゼンブルグに進言した。
俺の伝手で調査した結果。北方領で最初に被害が出たのがここ、ハーメルだった。
街中に魔物の、それも人に擬態する悪質なものともなればパニックが起こるのは必然だ。だから緘口令を敷いてこの街で食い止めることにした。
何度か対峙した際に弱点と、その特性を把握したという訳だ」
「ジェントルヨイヤミ。嘘は止めていただきたい」
アカツキの説明後、ディーノが静かに言い切った。カナリアが表情を崩しかけたので隣のジルベルトに小突かれた。
「どうも……あなた方一行は秘密が多いようだ。
ほぼ全員が偽名を名乗り、アレと東で対峙したのも嘘。初めから知っていたのでは?」
ディーノの鋭い眼光がアカツキを射抜く。
「嘘と真を織り交ぜた説明。街主とノーゼンブルグの調停は真実。
やけにアレに詳しく、その痕跡を偽るあなた方がノーゼンブルグという大都市と組み、この街に連れてきたのではないと何故言い切れるのでしょう?」
ディーノの手にはいつの間にか長い二メートル程もある弓の様なものが構えられ、アカツキの額に矢が定められていた。
魔法使い達が一斉に杖を取り出そうとしたがアカツキはそれを制し、微かに口の端を持ち上げた。
「やはり、か。その通りだ。
俺達は偽りが多いがそれはこの街を滅ぼすためではない。守るために来た。
アレの情報は別口で入手したものだ。アレが東から来たことは間違いではないのはお前なら分かるだろう」
ディーノは黙ってアカツキを見つめる。その場のみんなが息を詰める中、ルシアン一人がため息をついた。
「おい、アカツキ。どうせバラすならさっさと済ませろよ」
リト含め魔法使い五人組がギョッとした。アカツキの名前が飛び出してきてディーノもギョッとルシアンとアカツキを交互に見た。
「嘘が通じないのはお互い様だ」
アカツキはするりと目隠しを取り去った。鮮やかな青い瞳が露わになりディーノが息を呑む。
「偽名を使っているのもな。
俺達はアレだけではない、アレを生み出し、人々から魔力を奪い、残虐な実験を続けるこの世界の黒幕と戦っている。
この街で懺悔し続けるぐらいなら本当の意味で俺達に協力しろ。
魔王討伐の際壊滅した九つのパーティーの中の唯一の生き残り。
ディルクデアルノ・ハーメル」




