第八十六話 奇妙キテレツヨイヤミ一行
この際だからとハーメルに到着する一つ前の街で用意したことがある。
それは冒険者組合への登録。
バッチリ顔が映るがまさかこの世に本当に性別が入れ替わる薬があるなんて誰も思わないだろうという事で身分証を作ることになったのだ。
プラチナブロンドに碧の瞳に変装したリトは母の名から略して「アリス」。
アカツキとルシアンはノーゼンブルグの身分証があるため省略。
ガイデンはスカイブロンドに瞳は青いのまま「ガイゼル」。
カナリアはかなり明るい黄緑色に瞳は赤いまま「カーナリー」。
レーゼンはシルバーブロンドにオレンジの瞳を目薬で銀色に変え「レーゼア」。
クライスは明るい金髪に茶褐色の瞳はそのまま「クライシア」。
ジルベルトはジンジャーブロンドに赤い瞳を青く変え、「ジルバ」。
よく見なければ面影以外元の姿と似ても似つかぬといえ、名前が適当過ぎる。ほぼそのまま呼べてしまいそうだ。
もっともリト以外の名付けはノリノリでルシアンが行ったものだが。彼女が言うには「呼び間違えた時メンドーだろ?」とのこと。
それはそうだがこれでいいのかとリトは遠い目をしたのだった。
———ハーメルの宿にてルシアンとカナリア、男ども(現在女)は纏めて大部屋を取った。宿屋の主人が一瞬変な顔をしていたが気にしない。
大部屋にて作戦会議をする。
ヤツラギ達黎明の騎士団は北方各地にも人をやる事になり、この街に来るのは事情を知っているヤツラギとエル、アルとナイトの四人という事になったらしい。
これなら動き易いので助かる。
本当はルナも行くと言って聞かなかったらしいがヤツラギのフェミニスト作戦が崩れる事に繋がりかねないと説得したらしい。
それに、十二歳に成長したとは言え、ルナは大凡半年前まで五歳児だった。
リトが不老不死の呪いを解いて急成長したのだ。
ルナも騎士団で日々魔物や魔獣退治をしているが、今回のカーニバルと戦わせるにはまだ早い。
今回の相手は残虐だ。幼いルナに現場を見せるにはあまりに惨過ぎるというのが満場一致の答えだった。
「俺達は黎明の騎士団が到着するまでの時間を使ってこの街の地形の把握と、カーニバル探しをする。
徐々に人に馴染んではいるだろうがまだ凄惨な現場が残されている。資料にあった食い荒らし方からして幼体が多数いる筈だ。
だがこの幼体を徒党を組んだ成体が世話を焼いている可能性がある」
そう言ってアカツキは印の付いた地図を広げた。
「ヤツラギから預かった地図の写しだ。これまでに幼体が被害を出した現場が記してある。
これだけでは分かりにくいだろうが、他を除いてを除いてこの五つは……酷く人目に付きにくい場所で、衛兵の巡回も少なかったそうだ……。
そしてこれは嫌な予測だが、衛兵や冒険者などの街の防衛に当たる者が既にカーニバルの成体と入れ替わっているのではないかと俺は見ている」
リトはこくりと唾を呑み込んだ。
そうだとすれば……
「カーニバルの侵攻はかなり進んでいる」
ことはかなり深刻だ。
成体が幼体を生み出し、生み出した幼体を人目に付かない所で成長させる。
事前資料の更なる詳細にはカーニバルの本能は捕食と繁殖と記されていた。それもそのはず魔力を貯め、数を増やす事を目的に造られた魔物なのだから。
最初の現場が見つかって早二週間。それでもこの数の現場が残されているのだ。
地図に付けられた五つの丸を見つめる。
今この瞬間にも誰かが襲われているかもしれないそう思うと居ても立ってもいられない。
「落ち着け。今夜は休んで明日に備えろ。
俺達に取っては大した距離ではないとはいえ一応長旅をして来た身だ。気づいていなくとも疲れは溜まっている」
確かにここ二日東の街から旅をしたものの……リト達は高位魔力者だ。
野宿と言えきちんと睡眠も取ったし、駆け足気味の移動も全く苦ではなかった。
「野宿ときちんとした寝床で取る睡眠は質が違う。
それに忘れているようだがお前は俺たちの中で頭抜けて魔力が高い。身体的疲労が一番少ないだろう」
考えが顔に出ていたのかアカツキに苦笑しながら嗜められてリトはハッとした。
そうだ。自分は最高位の上の上を行く魔力持ち。回復速度も尋常ではないのだった。
現にこの中で一番魔力が低いクライスは船を漕いでいる。リトはみんなへの配慮が足りなかったことを恥じた。
「恥じるまではしなくていい。ただ、お前も精神的な疲労が溜まっているという事だ。
カーニバルに対峙したら過酷な戦闘となる。休める時に休んでおけ」
「はい」
リトが返事をするとルシアンとカナリアは2階へ上がり、みんなも寝支度を始めた。体を清め寝巻きに着替えてベッドに入る。
寝返りを打ってリトは祈った。
どうか今夜はカーニバルの犠牲者が出ませんように、と。
翌朝からリト達は行動を開始した。
カーニバルの残した凄惨な現場は猟奇事件と新聞にも取り上げられ、街人達は怯えていた。そのため出歩く者は少なくなっている。
今あちこちで街を歩く者の大多数は腕に自信のある冒険者達だろう。
流石、かつて魔王と最前線の戦いをしていた北寄りの街なだけあって、その数は多い。
リト達もそうした冒険者のパーティーの一つ……のつもりなのだが浮きに浮いていた。
まずはルシアン。どこの冒険者がそんなフリフリロリータ衣装を着るのか。
次にアカツキ。ノーゼンブルグではそこまで気にしなかったがやはり目元を黒い布で覆っているとなると目立つ。
極め付けはガイデンだろう。
誰がどんな格好をしようとリトに文句は無いのだがムキムキの体格のいい女性がひらひらしたスカートを靡かせて歩いていると目立つことは確かである。
そんな中でも先頭をアカツキと共に歩くルシアンはすれ違う人の腕や手にするりするりと気づくか気づかないかの具合で触れて未来を視ている。
その技術には毎度舌を巻く。
大所帯で奇妙キテレツなヨイヤミ一行は注目を集め、それは最後尾を歩くリトにも及んでいた。
比較的まともな格好をしているというのにちょいちょい、中々、結構な頻度で視線が突き刺さる。
あぁ……お願いだからこれ以上見ないでほしい。
こんな姿、他人に見られるだけでコレなのだ。
数日後にやって来るアル達のことを思うと再び気が重くなった。歩みも自然と遅くなる。
そう気が遠くなっていたら石畳に躓いた。よろけた所で何かにぶつかる。リトがぶつかってもびくともしなかったそれは尖っていてこめかみに突き立った。
目がチカチカしよろめいていると上から声が降ってきた。
「おいおい、人様に突っ込んでごめんなさいの一つも言えねえのか?」
どうやらリトがぶつかったのは鎧を着込んだ人だったらしい。
「あ……すいません」
リトがこめかみを摩りながら謝ると「おっ?」と相手が何かに気づいたような声を上げ腕が掴まれた。
「あーぁ。自慢の鎧がへこ……へこんでる!?」
最初は棒読みだった相手の声が驚愕に上擦った。
しまった自分の脅威の石頭は鎧をもへこませてしまうのか。
ようやく視界がまともに戻って来たリトが見回すとアカツキ達の姿はなかった。気づかず先に行ってしまったらしい。
「あの、本当にすいません。弁償……できますかね?」
凹みは結構大きく、リトも疑問系になってしまった。
「いやいやいや!オーダーメイドだぞ!弁償じゃ済まねえだろ!
どうしてくれんだ!」
「か、買い直しのお値段を出せるだけ出すってことでは……」
男の勢いに押され、リトはタジタジなんとか代替案を出してみる。
すると男は掴んでいたリトの腕をぐいと引っ張り、鼻先寸前まで顔を近づけた。
「そんなものよりもっと手っ取り早く済まそうぜ」
「と、言いますと……?」
なんだか嫌な予感がする。
「嬢ちゃんが今夜……いや、しばらく俺の相手をしてくれればチャラにしてやるぜ」
何時ぞやか聞いた言葉にリトの肌が粟だった。
「いや、本当にすいませんでした。チャラにしなくていいのでお金で済まさせてください」
「ああ?弁償する身で選ぶ権利があるとでも思ってんのか?」
と男はリトの腕を引いて何処かへ連れて行こうとしだした。
「鎧の件は本当にごめんなさい!ってどこに行くんですか」
体重の軽いリトは思わず躓き男に付いていく形になり、そのまま引き摺られる。
「駄々捏んるんじゃねえよ!いいから付いてこい!」
男がリトを上から下まで眺める。その舐め回すような視線にリトは身の危険を感じ踏ん張った。
男はがくりと引き戻され不機嫌そうに振り返った。
リトが一人で踏ん張っているのを見て一瞬驚いた顔をしたがギリギリと引く力を強める。
流石に皮膚はそこまで厚くないリトが痛みに顔を顰めると両者の腕にポンと手が置かれた。
見ると洒落た羽をとんがり帽子に差した細身の男がにこやかに笑いながら立っていた。
腕に掛かっていた力がふっと消える。何をしたのか鎧の男の腕が離れ、とんがり帽子の男に掴み上げられていた。
「おやおやレディに無理強いをするのは感心しませんね」
とんがり帽の男の惚けたような声に鎧の男が呻いた。どうやら相当な力で握られているようだ。
「どうやらトラブルがあったのは確かなご様子。
しかし市販の鎧をオーダーメイドと偽るのはいかがなものでしょうか?
金銭で解決できるのならばこれにて終了」
とんがり帽の男は手品のようにいつの間にか鎧の男の腕を離し、その手に大きな巾着をちょんと置いた。中で金貨がじゃらりと音をたてる。
「腕の治療費も含めて充分コト足りるでしょう。
それではアデュー!」
そして早口に捲し立てるといきなりリトを抱え上げ鎧男が何か言い出す前に駆け去ったのだった。
「ありがとうございました!これ、足りないかもしれませんがさっきのお代とお礼です!」
リトはありったけのお金を詰めた巾着をとんがり帽の男に差し出した。
あんな大金これだけじゃ足りないことは分かりきっているがせめて少しでも恩返しせねば。
鎧男から逃げ出した後、とんがり帽の男はリトを抱えたまま足音も軽くひょいひょいと屋根を渡り、随分と離れた路地裏で降ろしてくれた。
リトはこの男に深く感謝していた。
あのままだと以前タソガレにされそうになったことの二の舞になる所だった。
「いえいえ、紳士たるもの女性をお助けするのは当然至極。礼など構いませんよリトルレディ」
とんがり帽の男は軽く手を振りニコニコとするだけで巾着を受け取ろうとしない。
女性、リトルレディ……。
リトは今の自分の姿を思い出しその言葉にダメージを受けた。
「もしどうしても、というのであればお名前を教えていただけますかな可憐なレディ?」
とんがり帽の男はリトがお礼を受け取ってもらえず落ち込んだと勘違いしたようでそんなことを言い出した。
「アリスっていいます。
でもあんな大金そのままにして置けないので少しずつでも返させて欲しいです。
あなたのお名前もお聞きしていいですか?」
リトはピシッと姿勢を正して男に訊ねた。
「はっはっは、これはこれは律儀なレディだ!
そこまでおっしゃるのならよろしい。名乗りましょう!
私の名前はディーノ。どうぞお見知り置きを」
とんがり帽の男改めディーノは流れるような動作でかがみ込みリトの手の甲にキスをした。
リトは軽くゾワっとした。
鎧男はあからさまだったがディーノもディーノで危ないかもしれない。
リトはディーノに見つからぬようこっそり手の甲を拭いながら苦笑いを返した。
「所で可愛らしいレディ?見たところ冒険者のご様子。
一人で宿までお帰りになれますかな?」
ディーノが路地の出口を指しそう言うとリトはハッとした。
そうだ、アカツキ達と逸れたんだった!
その時通信具から音が入った。敵味方判別魔法、つまり夜の巣の結界に登録してある味方にしか音声の届かないエル特製の通信具だ。
『アリス、無事か。今どこにいる?』
アカツキの声だ。
「あ、少し待ってください。仲間から連絡が……。
はい、アリスです!無事です!逸れてしまってごめんなさい!」
『そうか。何があった?』
ディーノに断りを入れて応えるとアカツキはひとまずホッとしたようだった。
「えっと……ちょっと躓いてトラブルが。
でも助けて貰ったのでもう大丈夫です!」
『トラブル……後で詳しく聞こう。今どこにいる?』
アカツキに言われて気づく。
ここはどこだろう?
「すいません、ディーノさん……ここってどこでしょう?」
リトは通信具の指輪を口元から離しディーノに訊ねた。
「どうぞディーノと、リトルレディ。ここは東通り三番、十一横丁の裏ですよ」
『誰かいるのか』
ディーノが少し不思議そうな顔をしながらも丁寧に教えてくれるとアカツキの警戒した声がした。
「あっはい!さっき助けてもらった人で、ちょうど帰り道を教えてもらおうとしてました!」
『そうか。今日は先に宿に戻れ……くれぐれも人通りのない路地を通るな』
そう言われて今まさに人気のない路地にいることを思い出す。
「あ、今まさにそれなのですぐ出ま……
——クチャ
その時、微かな音をリトの鋭い聴覚が拾った。
驚いたことにディーノも今の音が聞こえたのか身構えていた。
「ディーノ、下がってください」
「とんでもない。レディを差し置いて下がるなど」
ディーノを庇うように前へ出ようとすると拒まれた
「ぼ、私が」
「いえ、わたくしめが」
しばし攻防していると
『アリス、どうした』
会話を聞いていたアカツキが訊ねる。
「今、何か音が……」
——クチャッグチャッ、グチッパキッ、ジュルッ
間違いない。
今一度耳を澄ますと路地の奥から何かを咀嚼し、啜る音がはっきりと聞き取れた。
「出ました」
リトは一言そう言うとするりと腰から魔銃を抜いた。隣を見るとディーノは片手を振り長い弓のようなものを組み立てていた。
見たことのないものだ。
『すぐそちらへ向かう。隣の男は頼れるのか』
「はい」
アカツキの問いにリトは迷いなく返した。
鎧男との一件でみたディーノの身のこなし、パワー。どちらも只者ではない事が伺える。
戦う事は出来るはずだ。
『信用は?』
「出来るかと」
小声で囁く。
もしディーノがカーニバルならこれまで隙だらけだったリトを襲わない手はない。それに先程ディーノは路地の出口へリトを導こうとしていた。
可能性は限りなく低い。
——クチュ、グチュッグ…………
あちらもリト達に気が付いたようだ。ディーノと目配せし、改めて武器を構える。
『拙くなったらなりふり構わず逃げろ』
アカツキの言葉と共にチキチキチキ、と虫が立てるような足音と共に何かがこちらへ迫って来た。




