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第八十五話 再び黎明の騎士団へ!


「カーニバル……」



 リトは静かにその名を口にした。



 語源は確か『肉を取り除く』。

 人を喰らう魔物に付けるとは皮肉の利いた名前だ。



 そして顔を引き締めヤツラギとアカツキ……そしてジルベルトを見た。

 彼は髪をクシャリと掻き乱し、苦悶(くもん)の表情を浮かべていた。



「俺達のせいだ。

 カーニバルの存在は他の何を差し置いてでも抹消(まっしょう)しなければならないと思って培養槽(ばいようそう)を破壊し、施設にいた成体も幼体も全て燃やし尽くした……筈だった。

 生き残りがいたんだ。

 俺達の襲撃でイスタルリカがてんやわんやしている間に、研究者達も知らない間に逃げ出したカーニバルが」


「兄貴……」



 アルは青い顔のままジルベルトになんと声を掛けたらいいものかと言葉を途切らせた。



「カーニバルの生き残りが何匹いたのか、成体だったのか、幼体だったのかは分からない。

 だが奴らは近くの村か、街へ辿り着いた。

 そして、そして……」



 ジルベルトが肩を震わせているとアカツキが立ち上がりポン、と手を置いた。



「調査の結果、東に近い村が幾つか空になっていた。

 イスタルリカも直ぐ異変に気づき、調査していたようだ」



 そのままアカツキは説明を引き継いだ。



「ジルベルト達はカーニバルの生成方法も抹消した。

 となればイスタルリカは秘密裏にカーニバルの捕獲に全力を尽くす。だがが手がかりは(うなじ)黒子(ほくろ)だけ。

 当然見つかるはずもなく被害は拡大した。

 カーニバルは学習する。何人もの人間の記憶を持って。

 そうして奴らは徒党(ととう)を組み、自分たちを狙う者を返り討ちにしていった。これはイスタルリカも想定していなかった事態だ」



 アカツキは長い脚でトントンと床を叩いた。



「その上最悪なことにカーニバルの研究者の生き残りが食われた。

 カーニバル達は情報を共有し化粧なりなんなりして黒子を隠すようになり発見はより困難になった。

 だが奴らにも止められない事がある」


「それが捕食による貯蓄限度の暴走、だね?」



 丸メガネを押し上げてエルが呟いた。その声には静かな怒りが(たた)えられている。



「そうだ。そこでカーニバルはイスタルリカに取引を持ちかけた。

 ……自分たち記憶と魔力の貯蓄限度による暴走の防止。その代わりに、北方へ移るということを」


「やってくれるよなー。

 イスタルリカは自分たちの領域からカーニバルが居なくなる上に邪魔なノーゼンブルグ地方の戦力を削れるんだから。

 俺らは手を尽くしてもカーニバルの侵攻を止められず、イスタルリカは防止方と共に仕込んだ新たな罠でたーっぷり魔力を蓄えたカーニバルを大量に捕獲してホクホクだ……ジルベルト達が居なきゃな」



 ヤツラギの言葉にジルベルトが顔を上げた。



「お前らが情報を持ってなかったらカーニバルなんつーバケモンにいち早く対抗策は取れなかった。

 それに()()()もあるしな。イスタルリカの動向も探れて万々歳だ」


「アーサーからの情報とも擦り合わせできた。

 今後お前が残してくれた諜報員(ちょうほういん)と協力して探り、逐一報告を行っていくそうだ」



 ヤツラギに続けてアカツキもそう言った。



 アーサー王が呼び捨てになっている。

 名で呼ぶように押し切られたのかもしれない。


 となるとやはりアカツキは王城へ行っていたのだ。

 王都やヨルの状況について訊きたい……。だが今は北の街々を救う事が先決だ。



 リトは考えを振り切る様に頭を振った。






「という訳で()()()()()()に応援要請だ。

 団長の俺が出るとなると騎士団から連れてける人数にも限りがあるからな。少数精鋭で組む。

 メルは当然留守番としてエル、お前は連れてくぞ。ナイトもな。魔力感知に長けたお前らは必須だ」


「俺も……()()()()も向かわせてください!

 カーニバルの脱走には俺達に全ての責任がある!それに俺達は全員魔法使い。魔力感知にも長けています!」



 ジルベルトは自分を含めた逃亡者五人の参戦も求めた。



「それならおれも連れてってくださいよ」



 するとアルも申し出た。



「兄貴、水臭いじゃんか。イスタルリカから逃げ出したのはおれもだぜ?

 それにおれの特殊な感知能力は絶対役に立つはずだろ。なあ,リト?」



 アルに同意を求められてリトは微笑んで頷いた。



 ジルと共にありたいと思うアルの気持ちを汲むだけじゃない。アルにはそれだけの力量がある。



 だがリトと逃亡者達を連れていくなら問題点が一つある。



「あの……僕がレノとして出るのは拙いかもしれません」


「ん?なんだ?」



 ヤツラギが首を傾げる。


 ヨイヤミ、レノというのはそれぞれアカツキとリトがノーゼンブルグで使っていた偽名だ。



「王都襲撃で僕の素顔もメガネでの変装姿も広く知れ渡りました。

 髪色が近い上にメガネの変装しかしていないレノを見ると手配書を連想する人が出るかもしれません。

 それに、ジル達も……素顔の手配所が出回っている上に即殺の指示が出ているから髪色と目の色の変装じゃちょっと……不安です」


「確かにそうだな」



 ヤツラギが顎に手を当てる。ジルベルトも思案顔だ。



「心配するな。それなら策がある」



 アカツキの言葉に全員の視線が集中した。






「ゔっお゛え゛ーーーー!!!」


「ゲホッゴホッ」


「ゔえ……」


「うっ酷い味ですね……」


「…………」



 元逃亡者五人……いや、我慢強いジルを除いた四人がえずく側でリトも吐き気に咽せていた。



「けほっこほっ!ガラガラぺっ!

 うぅ……なんでこんな目に……」



 リトは口を濯いで珍しく弱音を吐いた。弱音だけでなく朝食も吐きそうだ。



「元々予定してたとはいえお前が言い出した事だろう。

 それにこれならまず間違いなく安全だ」


「ぷっくくっ……みなさん大丈夫ですか」


「うっぎゅぎゅ、プククうぎゅっ」



 吐き気に耐えるリト達の前には髪をかなり明るい赤に染め、黒い布で目隠ししたアカツキと、笑いを(こら)えるオルガとルシアンがいた。


 アルとエルは居残り団員への指示をするヤツラギに連れられ、一度ノーゼンブルグへと帰っている。



 こんな所を見られずに済んでよかったと言いたい所だが後日再会するのだ。今から気が重い。



 三人の前にいるのはシルバーブロンドの体格のいい勇ましい女性、かなり明るい金髪に切れ長の赤い瞳が凛々しい男性、明るい黄緑色の巻毛が肩まで伸びた吊り目の女性、スカイブロンドの長いポニーテールはそのままにメガネをかけた麗しい女性、緩く後ろで結んだストロベリーブロンドはそのままに長い睫毛の涼しげな目元の女性。


 そして……



「大丈夫だ。よく似合っている」


「似合って(たま)らんですよ!!!」



 アカツキのトンチンカンな褒め言葉に叫び返したのは、真っ白な髪が腰元まで伸び、折角伸びた身長は縮み、元々女顔だとみんなに散々言われていた顔は睫毛(まつげ)が増え、唇がうっすらと色付き、頬の丸みが増した……リトだ。



「ぶはーーーーーーっっっっっっ!!!!あはははははははははは」


「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」



 我慢が限界を超え、オルガとルシアンが大爆笑しだした。



「み、み、みなさんよくおに、お似合いで……!!!」


「うははははぎゃははははかわいいぜリト子ちゃん!!!ぷふーーーっ!!!どれがいいかな!」



 オルガは腹を抱え、ルシアンはリトをからかい倒した。

 そしてアカツキに叫び返した後ダメージを受けて自我喪失(じがそうしつ)しているリトの服を見繕(みつくろ)い始める。


 そう、リト含めた六人はオルガ特性の「性転換薬『改』」によって男女逆転したのだ。


 ドロリとした濃ゆい緑灰色の「性転換薬『改』」はえげつない苦味とドブを腐らせたような臭みのオンパレード。以前飲まされた時よりも何十倍も酷い味に()()されていた。



 以前は持続時間が三時間というものだったがみんななら三週間の持続効果が期待できるらしい。リトは魔力の高さ(ゆえ)の薬の分解速度によって一週間しか保たないらしいが。



 週一でこの薬を飲むなんて地獄でしかない。



「ま、まあリトくんそんなに落ち込まないで……わた、俺も違和感あるから」


「俺……あたいも股がスースーして堪らんから気持ちは分かるぞ」



 カナリアとガイデンが気遣ってくれたが彼、いや今は彼女の一人称に大人組が吹き出した。



「が、ガイデンの見た目だったらもう俺でいいんじゃないか?」


「ぶふっ「あたい」は止めてくださいよ。笑いが堪えられません」


「わた、俺も「あたい」は勘弁願うわ……願う」



 ジルベルトも静かに肩を揺らして笑っていた。


 当のリトはというとまだ魂が抜けていた。


 大人組はこれも使命と割り切っているようだがお年頃のリトとしてはアイデンティティの喪失(そうしつ)だ。



「くくくっぷふっ。これで髪染め薬を飲めばあなた達の正体がバレる心配は大凡皆無(おおよそかいむ)です。……っぷぷっリトは目の色が珍しいので目薬も重用(ちょうよう)してください、くっぷぷ。

 みなさんも性転換薬と髪染め薬の重用は今回が初となりますので効果持続時間には気を配ってください」



 死んだように動かないリトをルシアンが好き勝手に着せ替えしているのを尻目にオルガはみんなに説明した。



「んで、今回は顔割れしてねーおれもアカツキに付いて出てくぜ!

 基本二人一組での行動だ。アカツキとおれは捜索及び順次お前らの未来を視てく。

 そうすりゃいつ誰が食われるか視えるっつー算段だ。

 あ、リトと、リトと組むジルベルトは視ねーぞ。意味ねーからな!逆にお前らの中で視えなくなったらリトが関わった時だろうから駆けつけるぞ!アカツキが!」



 散々リトを(もてあそ)んで満足したルシアンがずい、と前に出てきて偉そうに宣言した。



「あなたは駆けつけてくれないんですか?」



 レーゼンが(たず)ねると



「おれは非戦闘員だからな!!!

 それにおれが関わると未来が変わる。いい方に転びゃいいけど悪い方にいっちゃ(まず)いからな!

 悪いがそんときゃ安全圏(あんぜんけん)でじっとしてるぜ!」



 胸を張って答えた。







「最悪だ……」



 北東の街ハーメルにて。リトは再三(さいさん)繰り返した。



「どうしてみんな止めてくれなかったんです……?」



 リトが死んだ魚のような目で後ろを歩く五人を振り返るとジルベルト以外のみんながサッと顔を背けた。



「似合ってたからじゃないか?」


「似合って堪るか!!!」



 ジルベルトが眉を下げて答えるとリトは思わず叫んだ。人目も気にせず頭を抱える。



「あぁ〜〜〜!!!せめて出発前に気付いてたら着替えだけでも詰め替えてきたのに!!!」



 そう、リトは冒険者らしさを抑えつつ要所要所にフリルやリボンのついたルシアン好みの少女趣味な服に着せ替えられえていたのだ。



 自我(アイデンティティ)を喪失していた間に。


 みんなして悪ノリして止めなかったのだ。酷い話である。



 オマケに着替えとして持ってきた服も全てフリルのついた少女服にすり替えられててどうしようもない。


 アルとエルに合わせる顔がない。本当に言葉の通り。



「わははははは似合ってるからいいじゃねえか!ガイゼル見てみろよ!」



 前を歩くルシアンが悪びれもせずに言い放つ。リトはじとりとルシアンを睨んだ後、後ろで口笛を吹くガイデンを見た。


 ムキムキした体にひらひらフリルのスカート姿。


 カナリア、クライス、レーゼン、ジルベルトが微かに肩を震わせている。



 彼だけだ。味方は。



 リトが一人で恥ずかしい思いをしないよう(おもんばか)ってか、それともそういう趣味に目覚めてしまったのかはともかく。

 本来男子の身でありながらヒラヒラ、フリフリに身を包む同志だ。少しだけ救われる。



「僕もガイゼルみたいに体格が良ければ……」


「……あまり想像したくないな」



 ヨイヤミに(ふん)したアカツキまでもがそう言った。ガイデン以外の全員が頷く。



 酷い。



 リト達ヨイヤミ一行はここより東の街にてカーニバルに遭遇し、ノーゼンブルグへ進言したという設定になっている。



 ハーメルは中々に大きな街だ。ここがカーニバルの巣になっているかもしれないと思うとゾッとする。



 他の北方領の各街々とそれを取り巻く周囲の村にはノーゼンブルグからヴィルヘム直々に警告がなされた。

 カーニバルの名前こそ伏せられてはいるものの、人を食い、擬態する魔物の出現と街への侵入、そしてその特性。

 人々は隣人が人喰いの化け物と入れ替わっているかもしれないという恐慌状態(きょうこうじょうたい)(おちい)りかけたがヴィルヘムは集団避難という大胆な策に出た。


 災害などに備えて各街に備えられている巨大な避難所に街人や周辺村民を収容。もちろんその際に(うなじ)のチェックが必ずなされた。


 そして避難所を守る側も、冒険者組合と掛け合い街の衛兵と冒険者が組んで常に団体で行動し、時間を重ねるようにローテーションを組ませた。


 防衛団が全て一度に壊滅しなければ団体行動こそカーニバルの動きを封じるのに有効な手はない。


 言動のおかしな者が居れば直様(すぐさま)誰かが気付くからだ。



 東から幅広く調査を進め、被害が最初に出たのがこのハーメルだ。すでにカーニバルが潜んでいるここには街主と街主直属の騎士。そして衛兵長達にのみ厳正な緘口令(かんこうれい)と共に黎明(れいめい)の騎士団が派遣されること、ヨイヤミ一行が先行して退治に当たることが伝えられている。


 徒党を組んだカーニバルがどれ程の規模なのかは変動するため把握しきれていない。


 奴らに悟らせぬよう、旅人や冒険者を装って少数精鋭で事に当たる。



 これ以上の被害は出させない。なんとしてもここで食い止めなければ。



 リトは頬を張り、気合いを入れ直した。


 が、やっぱり服だけは替えたかった。

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