第八十四話 人ならざるモノ
今話から本編に戻ります。
※少々グロテスクな表現があります。
苦手な方はご注意ください!
———約一年前。東のとある街。
男はほろ酔い気分で帰路に着いていた。
仲間の奢りだからと少し飲みすぎた。
先日、恋人との結婚が無事決まり仲間に祝ってもらったのだ。しかし調子に乗って飲みすぎたと男は反省する。
あの角を曲がれば直に我が家が見える。愛しい恋人が待つ家だ。
角を曲がったその時、グチョ……と何かを潰すような音が横手の路地から聞こえてきた。
なんの音だ……?
男は冒険者だ。危機察知能力には一般人よりずっと長けている。
酔いは覚めた。長剣に手をかけ路地を見透かそうするが暗くて見えない。
グチッグチッグチョッ、グチャッ……
よく耳をすませば何かを咀嚼する音にも聞こえる。
魔獣……はないか、街の中だ。野犬か何かが残飯でも漁っているのか……?
男は目を凝らしながら路地へ踏み入った。
何故だか胸騒ぎがした。
クチャクチャ……ズズッ……バキバキ……ミチッ、グチャッグチャッ、グチョッ……ジュルッ
近づくにつれ鮮明になって聞こえるそれは明らかに何かがモノを咀嚼し、啜る音だった。
いやに大きく響くその悍ましい音に男は身震いをした。
路地の奥に何が居るのか。
とてもではないがもう野犬とは思えなかった。
男は音もなく路地を進み、やがて暗闇の中蠢く影を見た。
どうにもしゃがみ込んだ人の影の様にも見える。
グチグチ、ジュッ、ズルッ……クチャックチ
「誰かいるのか?」
男が剣を抜き放ち、声をかけるとピタッと音が止んだ。
「こんな所で何をしてるんだ?」
男はポーチを漁ってカンテラを掴んだ。
返事は、ない。
暗闇の中影が動いた。男は即座に剣を構えながらカンテラを突き出し、路地を照らした。
すると眩しそうにこちらへ手を翳していたのはやや明るめのくるくると巻いた茶髪に小さな白い顔、大きな緑の瞳の女で……男の愛しい恋人だった。
男は詰めていた息をホッと吐き、恋人に声をかけた。
「全く、驚かせるなよ。こんな所で何……」
カンテラを下ろすと恋人は白い肌を剥き出しに、素っ裸だった。
「ちょっ、お前っ何があったんだ!?」
男が慌てて上から下まで恋人を照らすとふと違和感を感じた。
恋人はあまり化粧を好まない。唇がヤケに赤いのは何故だ……?
「ア、ア、ア、アラ、オオオオカエ、オカ、オカエリナサイ」
恋人の顔で恋人の声でカタコトの言葉を話すソレに男の肌が粟だった。
カンテラに照らされたソレは白い肌を胸元まで真っ赤に染め、口の端からナニカ赤黒いモノを引っ掛けている。
「ド、ド、ドウシタ、ノ?」
一歩、二歩と歩み寄って来たソレに男は果敢にも剣を向けた。
「お前……何者だ?」
その時。こちらへ踏み出したことによって影になっていたソレの足元が見えた。
赤く染まった骨。そこら中に散らばる肉片と内臓。
そして……血溜まりに沈んだ恋人の頭。
男は声を失い剣を取り落とした。
————青い扉の先。秋の始め月中旬。
海のある砂浜から林に分け入ると拓けた場所に出る。
そこでリトはアルと向かい合っていた。
「ソレじゃぁ〜始め!」
リトは魔銃をアルは弓を構えお互いに氷魔法を放った。
アルの氷の矢をリトの氷結弾が凍らせ宙へ留める。
その様子を見る間も無く二人共次の行動へ移っていた。アルは風魔法で宙に浮き、シールドを張りながら次々と雷矢を放つ。対するリトはシールドを足場にアルを追い、雷弾を撃ち込み指を弾いた。
雷矢と雷弾が同時に弾けあたり一帯を互いの紫電が受け流す。
「ウィンド!」
リトは風の盾を自身の周囲に張り、紫電の中を跳ねて宙高く跳び上がった。
身体能力を活かしてアルのスピードを上回り、背後を取る。氷弾を打ち込んだ。
アルは背後を見もせずシールドを張るが、その盾をリトの氷弾が砕いた。
魔力の高さではこちらが有利だ。
アルは再び瞬きでシールドを張るとおよそ十本の雷矢を弓から放つ。リトを取り巻くように放たれた雷矢は一斉に弾け黄色い閃光を迸りらせた。
「嵐壁!」
リトは即座に足場を風の盾に切り替え蹴った。嵐の盾の風圧を借りて勢いそのままにアルを盾ごと蹴り付ける。
流石に蹴りで盾は砕けなかったが風魔法で浮いていたアルを地面に落とすことに成功した。
直様着地し接戦する。リトの蹴りをアルは横に体をしならせて避けた。そのまま弓を持った手を地に着き側転し短剣を抜き放った。
リトの軸足を狙い斬りつける。
あれは拙い。風の刃で短剣の間合いが伸びている。
リトは蹴りの勢いをそのままに跳び上がり、回転回し蹴りをお見舞いした。アルはそのまま側転を続け体を逃した。
リトは瞬き一つで盾を作り宙で向きを変えアルを取り巻くように氷結弾を打ち込んだ。
指を鳴らす。
対策する間も無くアルは氷の山に取り囲まれ顔だけ残して凍りづけになった。
着地したリトがアルの額に銃口を突きつけた。
「はい〜、そこまでぇ」
パンとエルが手を叩き、試合の終了を告げる。
「うわぁー!こんなマヌケなやられ方嫌すぎるーーー!!!」
アルが氷の塊から顔だけ出して喚いた。
「暑いからちょっと冷やしてあげようかと思って」
リトはちょっと意地悪な笑みを浮かべながら氷を撫でた。バシャァッと溶けた水がアルとリトを濡らす。
残暑も厳しいこの季節なら問題ないが冬に濡れるのはちょっと困る。
魔素から物質を生成する物理変換魔法のちょっと困った所だ。
アルはびしょ濡れのまま地に四つん這いになって叫ぶ。
「クッソー!ぜってえ先週の仕返しだろ!」
「三人がかりであんなもの無理やり見せるからだよ」
週一のルナの帰省に合わせてアルも毎度一緒に帰ってくる。こうして手合わせをしたり、騎士団の話しを聞いたり、街へ出かけたりして過ごす。
リトにとっては嬉しいことだ。
しかし先週の滞在は酷かった。
夜中にリトの部屋にカティ、エドワードと共にエルが開発に成功した映像記録媒体なるものを持って押し入ってきた。
それ自体は何の問題もなかったのだがその映像が酷かった。
何が酷いって子供にはとても見せられない内容のアレだ。
それを三人でリトを羽交い締め、顔掴み、瞼こじ開けと役割を振り分け、リトに無理やり写真や解説のページをひたすらゆっくり捲るという酷い内容の映像を深夜まで見せられたのだ。
エルのせっかくの素晴らしい新作のお披露目がアレだなんて最悪だった。
何が面白くてあんなことをしたのかさっぱりだ。
本当に全力で押さえ込み、三人が怪我をしない様に慮ってリトが振り解けないのをいいことに。
これくらいの仕返しは許されて然るべきだ。
ついでに言うとカティとエドワードには既に同じ仕返しを済ませている。
「いやぁ僕の弟子達は優秀だなぁ〜。
だけど……ふっくく、今回の負け方はカッコ悪かったねぇ〜、アルくん」
「クソーッ悔しいーっ!」
今日はエルも共に帰って来て、日頃の修行の成果を見てくれたのだ。
「リトくんの成長っぷりはまた見違えたよぉ〜!
シールドの無詠唱を習得するとはさすがだねぇ!よく使うからかな?
日頃から訓練を欠かしてないんだね。流石勤勉な僕の弟子ぃ〜」
エルに頭を撫でられリトはにっこりした。
最近は動けるようになってきたジルベルトや手の空いたレーゼン、カナリア、ガイデンと魔法使い達に相手をしてもらう事が多かった。
そのため対魔法使い戦にだいぶ慣れて来たのもあるかもしれない。
「さ〜て、今の試合の反省会をしよ——
「ちょっといいか」
エルが言い切る前に声が掛かった。三人が振り返るとジルベルトが立っていた。
心なしか顔色が悪い。
「兄貴?どうしたんだよ」
アルが心配そうに聞く。
「話がある。アカツキの部屋に集合してくれとのことだ」
三人は顔を見合わせジルベルトに連れられ紋様を通り抜けて夜の巣へと帰っていった。
繋ぎの間に降り立ち、緑、青、オレンジ、黒、白、赤と反対側に焦茶の扉が宙に浮く繋ぎの間に降り立つ。だだっ広いこの白い空間に今人気はなく四人だけだ。
ジルベルトはオレンジ色の扉を開け先に入った。古風な木製の階段を登り切った先のドアをノックする。
「入れ」
アカツキの声がした。
ドアを開け、四人で中に入った。
アカツキの部屋は相変わらず大量の本と惑星の模型や、光る鉱石、ランプ、望遠鏡、球体の地図、と様々な物で埋め尽くされている。
その真ん中に机があり、アカツキと珍しいことにヤツラギが待っていた。
「あれぇ団長?どうしたんですかぁ?」
エルがのんびりと声をかけたが振り返ったヤツラギの顔は険しかった。
「何があったんですか?」
リトも訊ねる。
「北東に近い街からノーゼンブルグへ応援要請が来た」
ヤツラギの言葉に三人は気を引き締めた。
「街中に魔物が紛れ込んでいる。
調査の結果、東から北にかけて徐々に被害が広がって来たようだ」
アカツキが説明を引き継いだ。
「街中って……街壁のない村ならともかく魔物が街に?
結界はどうなってるんすか?」
アルが驚きで目を見開きながら問う。
そう、街を取り巻く街壁には結界が張ってある。それは魔物、魔獣も人間も。何かが門以外から入り込もうとした際は魔力に反応して街の各所にある衛兵所に警報が届くものだ。
もちろん門から魔獣や魔物が入り込もうとすれば衛兵や冒険者達に駆逐される。
魔物が入り込んだならともかく紛れ込んでいるとはどう言うことだろう?
「ここからは俺が話します。
俺達がイスタルリカを脱出する際に教会関連の違法な研究所や実験施設を破壊したことは覚えてるか?」
アルとリト、エルは同時に頷いた。
その後身分証のあるアルを頼りに過酷な旅を続け、ジルベルト含む魔法使い達はノーゼンブルグに辿り着いたのだ。
「俺が調査したイスタルリカの研究の一つに人間から抽出するよりも、より効率的に大量の魔力を得るための実験が記されていた。
それがこれだ」
ジルから三人へ研究内容の写しが配られた。
「魔物の生成?」
リトはサッと目を通し素っ頓狂な声を上げた。
クシャリ、と紙が潰れる音がした。
実験内容に目を通していたエルが珍しく怒りを露わに手を震わせていた。
リトももう一度写しに目を落とした。
————人間以上に魔力を効率的により多く抽出するため、魔物の生成に着手。
結果、魂葬の儀を行わず、精神と肉体の繋がりを保ったままの人の死骸を依代にすることにより成功。
人を食らえば記憶と魔力をそのままに移し取り、食えば食うほど学習し、豊富な魔力を持つ人間により近づく。
擬態した人間の記憶を持つため違和感なく人間社会に溶け込める生活能力も身につける模様。
繁殖力に優れ、人間の体内に入り込めば同種の魔物が生まれる仕組みを取り入れることに成功。しかし子育てはしない様子。
一度の生殖で複数体。幼体は親の取り込んだ人間の姿を取ることはできるが知能はリセットされる模様。カタコトでぎこちない言動を取る。
しかしそれもまた人を食うことによって学習が進み、一月もせず成体となることが判明。
成体になれば生殖能力を得て、次の子を成せる模様。
以下は実験的にとある村へ放った結果である。
幼体は学習と魔力の貯蓄の為食事に専念する模様。
最初は獣の如く食い散らすだけだが徐々に擬態した人間と同じ生活を続けつつ、密かに獲物を誘導し、人目に付かぬよう上手く捕食する様子が見られた。
成体となった以降は嗜好が出てくる様子。相手を選ぶようになり好みの容姿に擬態し、誘導する。
なお行為後、相手は捕食するか、生殖を繰り返す等、個体により差がでる模様。
全て回収し、王都にて魔力の抽出に臨む。
一体につき最高位魔力者十数人分の魔力の抽出に成功。
このまま養殖せよとの指示を受ける————
そこまで読んで我慢できなくなったリトの手が戦慄き、写しの紙がグシャリと潰れた。魔力が渦巻き後ろ髪が逆立つ。
こんな実験の為に人の遺体を、成長を見るために何人もの人を食わせて、人間を……人を、なんだと思っているんだ。
「怒りは分かる。だが最後まで読め」
アカツキがリトの心中を読み静かに声を掛けた。
リトはハッとし、大きく深呼吸した。
隣を見ると読み終えたのかアルが口元を覆い、今にも吐きそうな顔をしていた。
それはそうだ。人の遺体を使って生み出されたこんな化け物の存在を知っただけで吐き気がする。
皺になった紙を伸ばし、続きに目を通す。
————魔力貯蓄機能実験の際、暴走が確認された。原因は記憶と魔力の貯蓄が限度を越えた為と判明。
我々が管理し、貯蓄限度を超える前に回収するため。首の後ろに三つの黒子を模した停止機構を組み入れることとする。
これは派生した幼体にも引き継がれる事が無事確証された。
成体が一匹居れば村一つを簡単に食い尽くし、まとまった大量の魔力を得られるこの魔物を『カーニバル』と命名する————
とんでもない始まりとなってしまいましたがカーニバル編幕開けです!
今章のメインとなっております。
終盤はまた物語が大きく動きます。どうぞお楽しみください。




