閑話 エルとメルのその後(下)
第三章最終話エルとメル(下)の二人がイスタルリカから逃げ出した直後のお話第二弾です。
読み飛ばしても物語の流れ的には直接関係ないので閑話という形で入れさせていただきました。
もし、ちょっと気になった方はお読みいただけると幸せます。
エルはしばらくかなり迷った末、決断を下した。
「一緒に行かせてください」
真剣にヨイヤミを見つめる。ヨイヤミは頷いた。
「分かった。俺の本当の名はアカツキという」
ヨイヤミ改めアカツキはそう言うと焚き火を消し始めた。外はまだ吹雪いている。エルが不思議に思っていると
「ウチに来るのなら吹雪が止むのを待つ必要はない。直ぐに帰還する」
そう言って毛布なども片付けていった。
そして指輪に魔力を込めると口元へ持って行く。
「ヨイヤミだ。用事ができた。帰還する」
『は?おいふっざけんな!また任務放り出そうってのかよ!』
「緊急なんだ。詳しくはヴィルヘムにでも聞いてくれ」
耳飾りからはまだ何事か喚く声が聞こえていたがアカツキはそれを無視すると背嚢から長く巻かれた大きな紙を取り出した。地面に広げる。精緻な文様と複雑な術式、図形で描かれた魔法陣だった。
「夜の巣の帰宅手段の一つだ。あまり乱用はできないがな」
そうしてエルを魔法陣の上に乗せて自身もメルを抱いて乗ると紙に火をつけた。
「えっ?」
エルが咄嗟に身を引こうとするのをアカツキは捕まえた。魔法陣が燃え上がり、三人は炎に包まれた。
気が付くとエル達は円形の大きな部屋に立っていた。
沢山の幼児に囲まれて。
エルは思わずギョッとした。
「パパ!おかえり!」
プラチナブロンドをツインテールにした可愛い女の子が嬉しそうに声を上げる。
「ただいま。ここで遊ぶなと言っただろう」
パパとはアカツキの事らしい。エルは三度見してしまった。
「ここが一番広いんだからしょうがないだろ」
赤髪の男の子が言い訳する。
「あのな……俺達が緊急で帰ってきた時誤って敵を連れてきたらどうする?
子供部屋ももう少ししたら広くする。我慢しろ」
「きんきゅーってなにー?」
「ぎゃはは敵、敵ー!!」
「ちょっとやめてよー」
幼児達が口々にお喋りをして収集がつかない。
エルは生まれて初めて自分とメル以外の子供を見て軽くショックを受けて固まっていた。
「その子だれ?」
「新しい子?」
「この子も?」
子供達の興味は次第にアカツキが抱くメルと側に立ち尽くすエルに移ってきた。
「ああ、エルとメルという。兄妹だ。遊ぶのはまた今度な」
アカツキがそう言うと子供たちは一斉にブーイングした。アカツキはそれを無視して辺りを見回した。
「オルガはどこだ」
「あっちでルシアンとオムツ替えてるよー」
子供の一人が円形の部屋の壁一面にある扉の一つを指した。
「そうか」
アカツキは短く答えるとメルを連れてそちらへ向かった。エルも遅れないように着いていく。
アカツキがドアを開けると大変な騒ぎだった。赤ん坊のギャン泣きする声と女性が言い合う声が飛び出してきた。
「オッルガてっめえ!これぜーーーったい給料に見合ってねえだろ!!!ふっざけんな!!」
「いいからルシアン、給料は既に受け取ってるんですからさっさとオムツ替えてください。給料は受け取ってるんですから」
「くっそ!後でお前のスリーサイズ晒してやる!!」
「私は別に見られても困る体をしてないのでお好きにどうぞ」
「時間外労働申請してやる!あ、アカツキ!!!」
カーキブロンドの髪に目を包帯で覆った少女の様な女性がオムツを替え終わってガバリと立ち上がった。
「そもそもお前が悪いんだぞ!!ホイホイガキを拾ってくっから!!!」
「ああ、いつも悪いな。助かる」
食ってかかられてもアカツキは平然としている。
「オルガ、この子を診てやって欲しい」
アカツキがメルに目をやる。オルガと呼ばれたシルバーブロンドに褐色肌の綺麗な女性もオムツを変え終わってサッと立ち上がった。
「分かりました。ああ、ルシアン。寝かしつけお願いします」
オルガがカーキブロンドのルシアンにさらなる用事を申し付ける。
「そのガキ共はなんだ!また拾ってきたのか!!尻の毛毟り取ってやる!!!」
ルシアンの叫びを後ろに聞きながら四人は部屋を後にした。
大部屋を突っ切って向かいの部屋に入る。薬草の香りのするその部屋にはいくつかのベッドと部屋の隅になにかの器材が積み上げてあった。
「どうも、初めまして。ここに連れてこられたという事はあなたもアカツキに拾われたクチですか。
私はオルガ。
ここ、私たちの「家」、夜の巣の医者です。アカツキにこき使われてます」
部屋のドアを閉めるとそう言ってオルガは手を差し出してきた。エルはその手をおずおずと握った。
「初めまして。僕はエル。妹はメルと言います。宜しくお願いします」
アカツキがオルガにメルの簡単な経緯を説明した。
「ふむ……未知の魔法ねぇ……。呪いとは違うんですか?」
オルガがエルに問う。
「呪い……違うと思います。魔力感知では核は読み取れません。
魔法を使用されていた時メルは長く苦しんでました……。メルにこの魔法を使用した人物は記憶を破壊する、完全に消去すると言っていました」
呪いとは魔力で生み出した目に見えない「核」に術式を書き込んで埋め込むことで発動する魔法の一種でそれを人に施すことを指すことが多い。
「記憶の封印ではなく破壊……。まあ、とにかく診てみましょう。その前に」
とオルガはピッとエルの額にすんなりとした長い指を当てた。エルはまたしても動きが遅れた。
「三十九度三分。貴方もベッドでおやすみなさい。魔力が枯渇しています」
オルガがそう言う間にアカツキはメルをベッドに下ろしてもうひとつベッドを近くに寄せた。そしてどこからか子供用の寝巻きを持ってきた。
エルは二人に見守られて気まずい中、寝巻きに着替えて大人しくベッドに入った。
エルがベッドに入ったのを見届けて、オルガは椅子を引っ張ってきて腰掛けるとメルの診察を始めた。
瞼を開け、手を振り、ランプの灯りを翳す。そしてメルの手を取って目を閉じた。
エルはそれを息を詰めて見守った。
長い、長い沈黙が室内を満たした。三十分程過ぎた所でようやくオルガが身動ぎして目を開けた。
「脳の一部……記憶を司る部分に魔法による大きな刺激を与えられた痕跡がありますね。
全体的にも微細な損傷が見られます。
今のメルの症状はこの傷によって体の生命維持機能以外が機能停止していることに依るものです。
この脳の損傷は時間をかければ修復できます」
エルは詰めてた息を少し吐いた。
「ただ、記憶が戻ることはもうないでしょう。脳の損傷と共に記憶は破壊されてます。実験は成功と言えるでしょう」
胸が潰れる思いだった。イスタルリカでの記憶は決して幸せなものでは無かったが、大切なものだった。
「脳の損傷が治ったらおそらくメルは一からやり直す事になるでしょう。
話すことも、食べることも、排泄も、歩くことも……何もかも。脳の大きさが既に成長しているので吸収するスピードは早いでしょうが真っ新な赤ん坊と同じと言うことです」
エルは頷いた。
メルが生きててくれるならなんでもいい。そう思った。
「僕が育てます。一から、もう一度。
メルに楽しい思い出を作ってやります。失くしたものよりもいい記憶を」
オルガを見つめて言い切った。
「そうしてあげてください」
オルガはそう言って微笑んだ。
「イスタルリカ……クサイですね」
オルガはカルテをサラサラと纏めながらアカツキに二人の経緯を聞いていた。
「邸に来てたのが中央貴族なのもクサイです」
オルガは鼻にシワを寄せた。
「非常に教会の匂いがします」
オルガの眉は既にくっつきそうだ。
「どうしてですか?」
「勘です」
エルが問うとオルガは被せるように答えた。
「記憶を破壊してこんな状態が作れるなら教会としては大喜びでしょう。応用も効きそうです」
「あまり偏った目で見るな。曇るぞ」
顰めっ面のオルガにアカツキが言う。
どうして教会が関係あるんだろう?
そもそもなぜアカツキ達はこんなに教会に敵意を抱いているのか。
「表には出ていませんが教会は高位魔力者に非道な実験を繰り返しています。
ここに居る子供達のほとんどが教会に目を付けられた、実験に使われていた所を保護した子達です。
ほとんどの子が親のいない孤児や、貧困層の親に売られてきた子達なのです」
疑問を口にしたエルにオルガは顰めっ面のまま答えた。エルはまたしてもショックを受けた。
教会と言えば、代々引き継がれていく神の言葉を聞くと言われる教皇の「人を助け、主を、人を愛せよ。さすれば救われん」という教えを説いて回り、様々な福祉事業に取り組み、この世界の冠婚葬祭を取り仕切る、善なる者の集まりという認識だ。
痤瘡などを立ち所に治す治癒魔法も教会で、特殊な修行を積み、教皇より「神の加護」と呼ばれる魔法を受けた聖職者のみが使える。
そんな教会が弱い立場の人々を食い物に実験?
エルの顔を見てオルガとアカツキは頷いた。
「現教皇の認識は途中までは表向きのままで合っている。だが次第に狂いだした。
神の啓示を謳って死者の蘇生や不老不死を手段を選ばず実現しようと躍起になり、それを餌に各国の権力者などの協力を得て何かを為そうとしている。
分かっているのはそれくらいだ」
「信じます」
俄かには信じがたい事だが、アカツキは信じられる。
そう思ってエルは口にした。
その時。突然、オルガが咳き込み始めた。
アカツキが素早くベッドを回り込む。その間もオルガは咳を続けて、口を押さえた手からボタボタと血が落ちた。
「オルガさん!?」
エルもベッドからガバリと起き上がった。アカツキがオルガのポーチから薬瓶を幾つも取り出して並べていく。
オルガはそれを手に取ると次々と一気に飲み干していった。全て飲み干してやっとオルガの咳は止まった。
「ゲホッ……ウップ……。失礼しました。」
と言って口元と目から流れた血を拭う。
「長時間薬を切らしたのか」
「後で飲もうとしてたんですよ」
「何回それで死にかける気だ」
オルガの言い訳にアカツキは厳しく追及する。オルガはプイと顔を逸らした。子供のような事をする。
「かく言う私も教会の被害者です。呪いを受けて働かされてました。逃げ出す際に核を破壊したためこうなったのですよ」
アカツキから目を逸らしてエルと目が合ったオルガがそう説明した。
「あの……その……僕に出来ることってありますか?戦闘とか……」
エルがおずおずと申し出るとアカツキとオルガは顔を見合わせた。
「お前の魔法はもちろん戦力にはなるがお前は顔が割れてない。
メルの事もある。態々お尋ね者になる事はない。
いざと言う時の防衛とオルガ達の手伝いをしてくれると助かる」
と、アカツキが言いオルガもうんうんと頷いた。エルも頷いた。
「本当なら魔法の研究や開発をさせてあげたいんですけどね。生憎今はルシウスも手一杯で……空間も設備も整えてあげられないんです」
と苦笑する。エルは今度は首を振った。
「ここに置いてもらえるだけで充分です。僕に出来る事ならなんでもします」
そう言ってにっこりした。
夜の巣での日々は多忙だった。赤ん坊やメルの世話に追われながら子供達の相手をした。
子供達の年齢はエルよりちょっと年上の子からも赤ん坊まで様々だった。
エルや大きい子達で手分けして小さい子の面倒を見た。
ただエルは遊びに慣れていなくて「エル下手くそ」「つまんなーい」など散々な言われようだった。
そんな中でエルは自然と子供達に読み書き、計算から簡単に使える医学の豆知識まで様々な勉強を教えるようになっていった。
エルの授業は子供達に人気で、夜の巣の子供は皆賢くなった。
一年ほど経った頃にヴィルヘムが夜の巣の為に用意した孤児院の準備が整った。オルガの負担軽減のため、3歳未満の子達は預けることになった。
因みに教会が集めた子供達のデータなどはアカツキ達が抹消しているため、いつでも表に出ることが出来るのだが、意思表示できる子供達は皆夜の巣から出ることを断固拒否した。
そうしてオルガに余裕が出来てメルの治療が進み、更に一年で脳の損傷が完治した。
それと同時にエルはある決断をした。
「夜の巣を出る?」
少し広くなった病室にてオルガが片眉を上げた。
「はい。ノーゼンブルグの魔法研究所に行こうかとぉ」
エルは頷いた。
「なんで?エル、ここがきらいになっちゃったの?」
一人だけ二年前から五歳のまま変わらないルナが訊ねる。
「それは違うよぉ。僕の出来る事をしに行くんだ」
「できることって何だよ?結局俺たち置いてくことにちがいねーじゃん」
この間外ではしゃぎすぎて足を骨折して病室暮らしのカティが不満気に訊いた。
「僕が以前開発した敵味方判別魔法付きの通信具あったでしょぉ?
夜の巣にはああいう便利グッズが足りないなぁって思ってね。そういうのを作れる所で出稼ぎしに行こうかなぁって」
「確かにヴィルヘムはあれを絶賛していましたが、出稼ぎってまた……。
呼び出された時ヴィルヘムに何か言われたんですか?メルのことは?」
オルガが半分諦めモードで問う。
「この二年間で皆んなと一緒にアカツキに稽古つけてもらって分かったんですけど、僕どうにも運動神経ないし、諜報活動もボロッボロだったでしょぉ?
だから研究開発分野ならどうかなぁって。
迷ったけどメルは連れてこうと思います」
エルはふにゃりと顔を崩した。
オルガはエルをじっと見つめて、意志が覆らないのを悟ってため息を吐いた。
「そうですか……。あなたもまだ幼いのに随分と気苦労をかけてしまいましたね。
メルに関してですけど、彼女は間も無く意識を取り戻すでしょう。体の大きな赤ん坊です。家事が壊滅的な貴方で手が負えますか?」
オルガの目は「心配だ」と語っている。エルはポリポリと頭を掻いた。
「実はその件については考えがありまして」
エルはヴィルヘムに研究所へ移る提案を持ちかけられた時にその辺についても交渉済みだった。
オルガはもう一度ため息を吐いて立ち上がると、エルを抱きしめた。
「お気を付けて行きなさい。体も、心も大事に。
いつでも帰って来ていいのですから。メルには夜の巣の事を黙っているつもりですか?」
エルは少し照れながら頷いた。
「メルには表の道を伸び伸び明るく歩いて欲しいですから。
あ、アカツキには僕からちゃんと言いましたよぉ」
「何もかも準備済みですか……」
オルガはやれやれと言った表情でエルの背中を叩いた。
ヴィルヘムの用意した家でエルは不機嫌そうな若い男を出迎えた。
「どぉも〜。今日からよろしくお願いしまぁす」
「……納得いかねえんだけど」
かなり明るい青い髪の男がブスッとして言う。
「まぁそう言わずに。ヤツラギさん。
家事が出来て、信頼の置けて、腕の立つ黎明の騎士団長。
少々訓練を抜けても強さを損なわないって認められてる事じゃぁないですかぁ」
エルの言葉にヤツラギはため息を吐いた。
「そこじゃねー……ったくなんで俺が……。
あっゴミくらい分別しろ!出したもんは直せ!なんで越してきて半日でこうなってんだ!!」
ヤツラギはブツクサ言いながらもテキパキとエルが散らかした部屋を片付けていった。
エルがメルと共に研究所通いを始めて一週間程して。
ピクリ、とメルの瞼が動いた。
エルとヤツラギ息を呑んで見守っていると、エルとそっくりの緑の猫目がゆっくりと開いた。
エルの目に微かに涙が浮かんだのを見てヤツラギはそっと部屋を出て行った。
メルはキョロキョロと辺りを見回しエルに目を留めた。
そして口を開き
「あ……ぅ……」
と小さく声を上げた。
本当に何もかも失ってしまった。
そう、エルは実感した。
「おはよぉ〜。君はメルって言うんだよ」
そう言ってエルはふにゃりと柔らかい笑みを浮かべた。
これにてエルとメル、二人の過去編は終了です。
この後は第三章の最後でエルの口から語られたように、メルはメキメキ成長して、あっという間に騎士団に入れるまでになりました。
エルはひたすらにメルの事を想い、共に過ごしています。
彼が報われるのかはまたいつか……。
それではまた明日。ᐕ)ノ




