第八十二話 勇者アサヒのその後Ⅴ
「兄上は父上を殺し、私と母上を殺そうとした罪人だ!街主だからと恐れることはない!捕えろ!!」
深夜未明。
ヴィルヘムの部屋に腹違いの弟が騎士と共に雪崩れ込んできた。
だがそこで待ち受けていたのは弓を構えたヴィルヘムで騎士のマントを次々と矢で壁に縫い留めていく。
更にテラスの窓が割れ、三人の人影が飛び込んできた。
「な、なんだ?」
「曲者だー!」
「侵入者だ!捕えろ!」
「ウオオオオ!!!」
騎士達が口々に叫び屋敷が俄かに騒がしくなる中。
筋骨隆々の青年へと成長したダイダラが雄叫びを上げながら拳を振るい、騎士達を紙切れのように吹き飛ばす。
と、銃声が響き、騎士達が手にする剣が全て弾き飛ばされた。すかさず伸びてきた鎖が弟を残して騎士達を床に引き摺り倒す。
「彼らは私の護衛だよ。そちらこそ謀反かい?」
「何をする!後継である私に暗殺者を仕向け、父上と母上に毒を盛り暗殺しようと目論んだ重罪人め!
護衛騎士が守ってくれなかったら私の命はなかったのだぞ!
見ろ!これが動かぬ証拠だ!」
ヴィルヘムがいつもの柔和な笑顔を消し、歩み寄ると弟は噛みつくように吠えた。そしてヴィルヘムの机の裏に貼り付けてあった毒を詰めた透明な保存袋を剥がし、騎士達に見せつけた。
ルシアンの予言通りに。
良き街主であったヴィルヘムの罪に今まで半信半疑だった騎士達がどよめく。
「そして騎士が捕らえたコイツが今夜私を襲った暗殺者だ!連れてこい!」
部屋の外で戸惑いながら待機していた騎士が小汚い男を連れてくる。
「お前は誰に頼まれて私を狙った!」
「そ、そこのヴィルヘム様に……」
男の答えを聞いた騎士達に動揺が走る。
「これが動かぬ証……
「やれやれ茶番はそこまでにしてくれ」
弟の言葉に被せるようにヴィルヘムの冷たい声が響いた。
ナイトが騎士達を解放する。
ソルはまだ暴れようとするダイダラを引き戻した。
「こちらは先日から私の食事に出されていたもの。そしてこれは検査薬」
ヴィルヘムは透明な保存袋に入ったスープやソースなどを取り出し、広く知られている毒検査薬を注いだ。
すると青色だった検査薬が黒く染まった。
「そんなものお前が入手した毒を自分で入れれば……」
「対して」
弟の言葉を遮ってヴィルヘムの合図で弟の腕がナイトの鎖に巻き取らた。粉の入った保存袋が床に落ちる。ヴィルヘムはそれを拾い上げるとそれにも検査薬を注いだ。
すると粉と混ざり合った検査薬が赤く染まる。
騎士達がまたしてもどよめいた。
「こちらは別の毒。それも持続的に摂取させなければ効果が出ないもの。
どこの誰が自分の食事に盛る即死する毒とこんな別の毒を入手するのかな?」
「言いがかりだ!お前は俺を暗殺しようと……」
「さてさて、暗殺と言えばだが……私も随分と差し向けられたものでね。入っておいで」
おちょくるようにまた弟の言葉に被せてそう言いヴィルヘムが手を叩くとゾロゾロとテラスから人が入ってきた。
「なっ」
「彼らは全員私を狙って来た。
子供の頃はアサヒが、近頃はソル達が護衛についてくれていたおかげで生き延び、彼らを捕らえられたのだよ。
そこの君。彼らの内誰でもいいから潜ってみなさい」
ヴィルヘムは魔力感知に長けていると評判の年若いまだ少年の騎士を指名し、促した。
かなり明るい青髪の騎士は戸惑いながらも手近な元暗殺者の手を取り潜った。しばしして……
「口封じの……呪いが掛けられています……」
と報告した。周囲の騎士が騒つく。
「さて、そこでだが例の私が弟に差し向けたという暗殺者くんにも潜ってくれるかい?」
騎士は何かに気づいたかのようにハッと息を呑んで暗殺者もどきの男に潜った。
「同じ呪いが……。それも、同一人物からの……」
「そうだろうとも。因みに今からこの彼に私が同じ呪いをかけるから見てみるといい」
そう言ってヴィルヘムは目を閉じ集中すると隣に立っていた元暗殺者に呪いをかけた。
「さあ、潜ってみてくれたまえ」
騎士は潜ると直様目を開け
「同じ呪いが二つ並んでいます。彼に元々掛かっていた呪いはヴィルヘム様のものではありません」
自分たちの信頼する仲間からの報告に騎士達の目が一斉に弟へ向く。
「そ、そんなのあらかじめ人を雇っていれば……」
「極め付けなのだけどね」
ヴィルヘムは最早弟の言葉を遮るのを楽しんでいた。柔和な笑顔を浮かべているが怪しげな雰囲気が漂う。
ソル達三人は呆れて顔を見合わせた。
ヴィルヘムが二枚の写真を取り出しみんなに見えるように翳した。
「こちらの写真はメイドさんがね、毒を仕込んでいる現場だ。
私とそこのソルが撮ったものだ。だからメインディッシュが食べられず私は大変残念な思いをしたものだよ。
だがこっちはどうだろう。
何故彼女は継母上に折檻されているのかな?」
弟の顔が青ざめた。
「どうやら罪人は君達のようだね」
動かぬ証拠を突きつけられ、証人にするはずだった騎士達からも鋭い目を向けられ弟は一歩、二歩と後退った。
「捕らえたま……っ!」
ヴィルヘムが騎士達に指示しようとしたその時。
吹き矢がヴィルヘムの首に突き立った。
「ヴィルヘム様!」
騒ぎに気付き集まっていた人々の中から家令のカラシキが飛び出してきた。
「ナイト」
「おう」
ソルの声掛けで直様ナイトが人混みの中、吹き矢を持つ腕を鎖で巻き取った。
ヴィルヘムの顔色がみるみる悪くなり喉を掻きむしる。
だがあらかじめルシアンから未来を聞いていたソルは冷静だった。
針を抜き取るとけばけばしいオレンジ色の液体の入った瓶をヴィルヘムの口に突っ込んだ。
すると、
「ゔぉえーーーーっ!ゲッホゲホ!オルガくんはなんてものを作るんだ!」
「命が助かったんだからいいだろ」
カラシキが支えていたヴィルヘムが酷い味の薬に咽せながら起き上がった。
周囲の者が驚きと安堵に包まれたのも束の間。
「お放しなさい!下賎な者が!わたくしに触れていいとお思いですか!!!」
「うるせえうるせえ寝不足の頭に響くじゃねえか。
おーじょー際の悪いババアだなー」
ナイトに引き摺り出された継母が喚いた。
継母は弟の足元に転がされ、二人を騎士が取り囲む。
「うぇっゲホっ……動かぬ証拠だ。街主である私を罠に嵌め、挙句殺そうとした罪により君たちを捕縛する」
ヴィルヘムがまだえずきながらも宣言すると騎士達が二人を捕らえ、牢へ引き摺っていく。
「陰謀だ!これは兄上の仕組んだ陰謀だ!!!」
「お放しこの下賎な平民が!雇われの身のくせに!誰のおかげで生活ができていると思っているの!!!」
二人は喚き続けるがヴィルヘムに彼らへの情などない。
「父上の突然死についても現在調査中だ。先代の暗殺、現当主の暗殺未遂。
君たちの未来は明るくないだろう」
元より邸の者や街人達を下に見ていた二人とヴィルヘムでは人望が違った。
解放された騎士達は次々と膝をつきヴィルヘムへの無礼を謝罪し、許しを乞った。
「ああ、気にしてないよ。君達は君達の役目を全うしよとしただけだ。
これからも誠心誠意努めてくれれば言うことはないさ。よろしく頼むよ」
と軽い調子で許してしまったので彼らは皆気が抜けたのだった。
秋の中の月。魔王を倒して約二十年。
遂に、その時が来てしまった。
「アサヒ!アサヒ!!!」
ルースが涙ながらに呼び掛けるアサヒの髪色は漆黒に近く、オルガの鎮痛薬に頼ってもその手を握り返すのがやっとだった。
「父さん!父さんしっかりしろ!
嫌だ!逝かないでくれ!!!」
必死に呼びかけるソルも泣き顔に歪んでいる。
じわじわと指先から肌を侵食していく黒。
マーリンの新たな封印式が去年の冬に届き、あと少しでルースが習得できるかという所だった。
間に合わなかった。
己の無力さにルースは打ちのめされた。
その時、ルシアンが二人に声をかけた。
「オルガ、がさ、最、悪の最期だとしても、さ……その一瞬前まで、が大事、なんだっ、てさ。
だから、笑おう、ぜ」
自分も涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔のくせにルシアンは気丈に笑って見せた。
「アサヒ、おれ、アサヒに助け、てもらえてよかった。新しい家族が、できた」
ルシアンがしゃくりあげながらそう言った。それを見たソルも泣きながら無理やり笑顔を作った。
「父さん、聞こえるか?
俺、父さんの子供に、生まれてよかっ、たよ。
沢山、扱かれたけど、そのお陰で友達を、守れた」
アサヒの手がぴくりと動き、首、顔と黒に侵食されていく中、残された鮮やかな青い瞳がルシアン、ソル、ルースと順に見つめていった。
「アサヒ、アサヒ……!ソルとルシアンを残してくれてありがとう!」
ルースが美しい顔を泣き笑いで歪めながらアサヒに呼び掛ける。
すっかり黒く染まったアサヒの手が震えながらルースの頬に添えられた。
「アサヒ、愛してるわ!心の底から!永遠に!」
そう言ってルースはアサヒに深く口付けした。
アサヒの瞳が静かに閉ざされる。ルースに添えられた手が落ちた。
その指先から黒くどろりと溶けていき、みんなが息を呑む。
アサヒの真っ黒に染まった体は痛みと悪寒で強く震え続け、ルースは温もりを分け与えるかのようにその体を強くかき抱き続けた。
そして……
バシャッ
ルースの腕からアサヒの着ていた服が滑り落ち、大きな音を立てて黒く濁った水溜りに沈んだ。
それが勇者アサヒの最期だった。
————「なあ……おれ、アサヒに助けられる直前に自分も映ってる未来を見たんだ……」
ノーゼンブルグの西の端。
小高い崖の上にアサヒの墓は作られた。死産だった第二子の墓の横だ。
だが、アサヒの墓に遺体はない。
黒く溶けた体はまるで魔法のように跡形もなく消えてしまったのだ。
棺が空の葬儀は同時期に訪れてきたドルデンの息子のダルデンと、ルース、ソルとその友人達、従兄弟のルシウス、ルシアンのみで静かに行われた。
ソルはダルデンとお互い父を失った悲しみを分かち合い、ヴィルヘム達とルシアンはそれに寄り添った。ルースはそんな息子達を見守り静かに涙した。
アサヒが亡くなって一ヶ月。
一家は喪に伏してこうして毎日墓に花を添えに来ていた。
そんな時、ふと思い出してルシアンはそう切り出したのだ。
「山賊の親玉に触れた時、いつもと違って気が遠のいた。
なんか立派な……宮殿?みたいな所でさ、偉い人が座るみたいな椅子にさ、ジジイが座ってた。その横に大人のおれがべったりくっ付いてたんだ」
みんなで一足早く迎えた冬の風に吹かれながらルシアンは続ける。
「変だよな。山賊の親玉だってのに、立派な鎧着てさ、偉そうなジジイにハキハキ返事しちゃっててさ……。
そのジジイがさ、うわごとみたいに言ってたんだ。
「ようやくコトを成せる、妻も、お前の恋人も蘇る」って」
ルースとソルは驚きと共にルシアンを見た。
「俺があのジジイのとこにいたらアサヒも蘇らせられたのかなあ……」
そう言ってルシアンは足元の花を撫でた。
いくら聡く、沢山の未来を見てきて大人顔負けの知識を持つと言え、ルシアンはまだ九歳の子供なのだ。
ルースはその背をそっと抱きしめた。
「あなたがそのお爺さんの所に行ってたら……アサヒにも会えてなかったと思うわ。それにアサヒはきっとそれを望まないでしょう?」
「そっか……。そうだよな……。アサヒはそんな事して欲しくねえよな。
あの時、おれが叫んで未来が変わったから……アサヒが助けてくれて親玉は死んだんだし……」
一方ソルはアサヒから聞かされた親玉が何者かに差し向けられてルシアンを攫ったという事と、今の話を擦り合わせて考え込んでいた。
「ルシアン、その爺さんのいた所……座ってた椅子とか、親玉の鎧とかに何か特徴はなかったか?」
「特徴?うーん……あ、親玉のやつが着てた鎧は白銀色で縁に金色の装飾がしてあった。
あとは……偉そうなジジイの後ろに大きな十字架があった。
村では十字架なんて見たことなかったからわかんなかったけどさ、こうやって墓に立ててあって初めて知ったぜ」
ソルはハッと息を呑んだ。
白銀色の鎧を着た騎士を従え巨大な十字架を背にした玉座に座る人物などこの世界には一人しかいない。
「教皇、ゼウシル……」
彼ももう長く生きている。ルシアンが大人になる頃には老人となっていてもおかしくない。
それに、その一人息子であるアダムの母……教皇の妻はもう何年も前に亡くなった。
辻褄は合う。
山賊の親玉の正体は聖騎士。
それはつまり、聖騎士が村人を皆殺しにするような残虐な行為を教皇が許したと言うことになる。
神に仕え、神の言葉を聞き、世界を救うのが使命とされる教皇が手段を選ばず人を殺し、死人を蘇らせるような禁忌を犯そうとしている……?
「他に、何か言ってなかったか?」
ソルが訊ねるとルシアンは少し悩んで
「まだだから魔力を集めるとか世界中から適合者?を探せとか言ってたな」
「魔力を集める……?
そうか……ありがとう」
ソルはくしゃくしゃとルシアンの頭を撫でた。
父……勇者アサヒが命懸けで平和をもたらした世界に何か大きな影が落ちようとしている。
ソルは鮮やかな青い瞳に強い光を宿し、教会について探ることを決意した。
その二月後。
こまめに連絡を取っていたオルガが次はテトラーナへ向かうとの手紙を最後に消息を断った。
これにて勇者のその後の物語は終幕。
次話から現在へと時が戻ります。
アサヒは人が最も苦しむと言われる方法で死を迎えましたが大好きな家族に囲まれ、見守られ、幸せに旅立ちました。




