第八十一話 勇者アサヒのその後Ⅳ
ルシアンを連れ帰って間も無く。
「どうも、どうも。私しがない旅の医者をしておりますカイルの従姉妹、オルガと申します。
旅先で再会しましたカイルにですね、あなた方の様子を見てくるよう頼まれたのですよ。
まあ私も丁度北に用事がありましたしね。快く引き受けたという訳です。
いやあ中々長い旅路でした」
アサヒの家に訪ねて来たのは褐色の肌にシルバーブロンドの美女。
カイルの従姉妹を名乗るおしゃべりなエルフだった。
「カイルさんってどうしてる?」
家に招き入れルースが出したお茶を飲みながらソルが訊ねる。
ソルももうすっかり一人前。市民学校を卒業と同時にナイト、ダイダラと共に冒険者となった。
家を拠点に各地を飛び回る日々だったがオルガの訪問とほぼ同時刻に丁度帰って来たのだった。
「今は東の方の療養所に居ますよ。
子供を庇って怪我をしましてね。長旅も辛い体なのに無茶をするからです。私が丁度居合わせたからよかったというものを……あと一歩でお空行きでしたよ」
「カイルもか……」
アサヒは静かに呟いた。
先日ルシアンを助け出した際の戦闘でよく実感したが、自分の体は明らかに衰えている。
お陰であの山賊の正体も突き止め損ねてしまった。
「話はよ〜くお聞きしておりますよ、勇者アサヒ。なんでも魔王討伐の折に出会った奥様とちゃっかり結婚してイチャコララブラブ生活を送ってるそうですね。
お嬢さんがいるとはお聞きしておりませんでしたが……いつの間にこさえたんです?」
オルガはそう言うとアサヒとソルの間に座るルシアンを見やった。
「ルシアンはつい最近父さんが拾ってきた子なんだ。可愛いだろ?」
「お嬢さんとか気持ちわりい言い方してんじゃねえよ」
「可愛い……ですかねえ……」
耳を赤くして黙ってしまったアサヒに代わってソルが紹介したが、可憐な見た目に反して悪態を吐くルシアン。これにはオルガも閉口だ。
「ごめん、ルシアンは人見知りなんだ」
ソルが頭をぽりぽり掻きながら謝った。
「別に気にはしておりませんよ。小さい子にはよくある事です」
「小さい子扱いしてんじゃねえ」
「まだまだお子様ですから」
「お子様ってなんだ。やんのかコラ」
「ルシアンそうつっかかるな」
どうやらこの二人、折り合いが悪いようである。
「カイルの回復具合はどうだ」
やっと立ち直ったアサヒがオルガに訊ねる。
「そうですねえ。しば〜らくは療養所暮らしが続くでしょう。
おかげで手紙が届けられます。
あなた方の呪いについては聞いておりますよ。その影響でしょう。治りが悪くなっています。
あなたも怪我にはお気をつけください」
そう言ってオルガは優雅にお茶を飲んだ。
「ノーゼンブルグにはしばらく滞在するのか」
「ええ。北には貴重な素材が山程ありますから。
それにここは大きな街ですしせっかくの機会なので色々見て回りたい所ですね」
「なら家を拠点にされてはどうですか?宿代も浮きますし、アサヒはカイルさんの話も聞きたいでしょうから」
オルガの返答に焼きたてのマドレーヌを持って来たルースが誘った。
「おや、よろしいので?」
「構わない。無駄に広い家だ。部屋はある」
アサヒも同意する。
「それではお言葉に甘えさせていただきましょうかね。お世話になります」
オルガもちゃっかりしたもので最初からそのつもりだったらしく後に菓子折りを差し出して来たのだった。
「なあ魔王の呪いの核って壊せねえのか」
アサヒの家に滞在し始めて数日。
カイルへの手紙を認めていたオルガの元へルシアンが尋ねてきた。
「残念ながら。魔王は世界一高い魔力の持ち主でしたから」
「最高位魔力持ちが何人もで魔力注いだら?」
ルシアンの問いにオルガはペンを置きくるりと振り向いた。
「核の破壊は同格か、それ以上の者の魔力を注がなければなりません。
核は魔力の結晶、いわゆる術者の分身のようなものです。そのため永続的に魔力が生産され続けます。
例え何十人と束になって魔力を注いだとしてもその者達より高位の魔力で作られた核は壊せるものではないのです」
そう説明し、流れた髪を耳に掛ける。
「加えてアサヒ達にかかっている魔王の呪いは魔力を吸う毎にねずみ算式に強化されていくもの。
我々が束になって魔力を注ぐとマーリンの封印の拮抗が崩れかねません」
そして
「……御伽話のように呪いを解くことができればいいのですがね……。
魔力差というものはそう単純にひっくりかえせないのですよ」
とルシアンの心境を思ってか、カイルの事を思ってか少し悲しげな顔をした。
「マーリンの封印っていつまで保つんだ」
ルシアンは俯いて訊ねた。
「カイルやアサヒの魔力なら保って三、四年が限度でしょう。呪いは医薬の力でもどうにもなりませんでした」
オルガもまた、呪いへの対抗手段を探る一人だった。
ルシアンが鼻を啜る。オルガは席を立ちそっとルシアンを抱きしめた。
「アサヒの人生においてあなたは大きな存在となるでしょう。
自分の人生に何が残せたのか。人間の大半が最期に考える事です。
ソルという息子と、あなたという娘をルースに。そしてあなた達には想い出をアサヒは残せます。
精一杯寄り添っておあげなさい。タイムリミットまでの時間を如何に過ごすかが人生の良し悪しを左右します。
例え最悪の死を迎える事が決まっていようとその一瞬間前までが大切なのですから」
「あんたはカイルのとこに居なくていいのかよ」
「彼は自由を愛する人です。だからあんなになってもフラフラ冒険者なんてやってるんですよ。
それに私も彼も既に長い時を生きてます。昔共に過ごした時間で充分事足りてるんで、医者の私がアレコレ言いながらついて回るより最期まで好きにさせといた方がいいでしょう」
腕の中でルシアンが憎まれ口を叩いたがオルガはくすりと笑うだけ。
静かな夜が更けていった。
オルガが旅立って二年。
アサヒはこの日、またしても人生の節目を迎えていた。
「まさか孫の顔が見れるとはな」
「一目惚れはうちの家系かってオルガに言われたよ」
ソルに子供ができた。
旅先で一目惚れ。恋に落ちたソルはそのまま小さな結婚式を挙げ、一年と経たずに子供を授かった。
アサヒは思わず自分と重ねてしまい少々居た堪れなかった。
ソルが嫁を連れて帰った時にも驚いたがまさか自分が生きている内に、それも三十八歳にして祖父になるとは夢にも思わなかった。
「名前はもう決めたのか」
「ああ、アカツキって名付けた」
ソルが照れたように頭を掻いた。
「アカツキ〜お前アサヒにそっくりな顔してるぞ〜」
ルシアンは小さなアカツキにメロメロだった。
病床から体を起こしたアサヒが抱くアカツキの手のひらをつついては指をキュッと握られるのがたまらない様子だ。
「お前同様、目も継いだな」
アカツキの瞳の色はアサヒやソルと同じくウィクス王族の血を引く目にも鮮やかな青だった。
「それはそうけど薄まってると思うぞ。俺もそうだし」
それでも充分だ。
嘘を見通す目は我が子と孫を守ってくれるだろうとアサヒは安堵していた。自分が母から継いだ瞳を彼らに残せたのだから。
「私も。この歳でおばあちゃんになるとは思わなかったわ。
アサヒ、私にも抱かせてちょうだいな。あなたはそろそろ休まなきゃ」
ルースがそう言ってアカツキを取り上げる。アサヒはこの頃魔力の欠乏から高熱を出す事が増えてきたのだ。
オルガがちょこちょこ手紙と共に寄越してくれる解熱剤と鎮痛薬のおかげでなんとか起きていられる。
冒険者業はもう随分と前に引退した。
「それはそうと……ヴィルヘムは無事か」
アサヒが横になり訊ねるとソルは少し顔を曇らせた。
つい先月先代が亡くなり、十九歳という若さで街主となったヴィルヘムの護衛は今はソルが引き継いでいる。
「先日も毒が盛られていた……おそらくだけど、犯人は先代の後妻だ。
オルガが何かの時のためにって送ってくれてた解毒剤を混ぜて敢えてスープを飲んでみた時の反応からしてだけど……確たる証拠が掴めない。
上手く隠してる」
暗殺者を幾ら送り込んでもヴィルヘム本人とソル、ナイト、ダイダラによって片付けられてしまうため最近は方針を変えて来たらしい。
その暗殺者達も入念に依頼主やそれに関する事などの口封じの呪いを掛けられていた。
とうとうヴィルヘムはそれを面白がって暗殺者達を片付けず逆に「喋らなくてもいいから私に付きなさい。そしたら面倒を見てあげますよ」と飼い慣らしている始末だ。
「いつか犯罪者だらけの騎士団なんて作るのも面白い」だそうだ。
街主になったからといって好き放題している。
「あのさ……」
ルシアンが言いにくそうにしながら話に入ってきた。
「おれ、ずっと隠してきたことがあるんだけど……」
一家一同が優しく促す。
「お、おれ……触った人の未来が視えるんだ」
ルースとソルが驚いた顔をする。だがアサヒは……
「知っていた。お前と出会ったその日に、詠んでしまったからな」
と体を起こしてルシアンの頭を撫でた。ルシアンは逆に動揺した。
「ど、どうしてみんなに言わなかったんだよ」
「お前が黙っているなら知られたくないのだろうと思った。話したくなれば話せばいいと」
ソルもルースも笑顔で頷いた。
「みんな、おれのこと気持ち悪いとか思わねえのかよ」
「思うわけないだろ、お前は俺の妹だぞ。むしろすごいって感心してるぞ」
「未来が視えるなんて私もすごいと思うわ。そんな能力、教皇様にしかないと思ってたわ」
「でも、山賊はおれのことを狙って村を襲ったんだ……。おれが……おれのせいでみんな死んじまったんだぞ」
涙ぐみながら過去を語るルシアンの目の前にアサヒがいつかのように膝をつき抱きしめた。
「黙っているのも辛かったろう。また俺の配慮が足りなかった。
山賊がお前の村を襲ったのも、お前が狙われたのも決してお前のせいではない。目を付けた何者かがいるから。
それだけだ。
村人の死もお前のせいではない。山賊とその黒幕の仕業だ。自分を責めるな」
ルシアンはアサヒにしがみついてほろほろと涙を溢して泣いた。
ひとしきり泣いた後、ルシアンは鼻を啜りながら本題を切り出した。
「なあ、ソル。おれがお前達の未来を視ようか。そして事実だけを伝える。どうしたらいいかは言わない。
そうしたら未来は視えた通りに動くからヴィルヘムたちの助けにもなるんじゃねえか?」
「ルシアン……」
ソルは自分の友のために秘密を明かし、協力してくれようとするルシアンに胸が熱くなった。
「ああ、頼む。お前が頼りだ。俺たちを助けてくれ」
そう言ってソルもルシアンを抱きしめた。ルシアンはにっこりした。
「あのメイドがソースに毒を仕込む」
ヴィルヘムの屋敷に忍び込み執事服を着たソルとお仕着せを着てメイド見習いを装ったルシアンは物陰から台所を覗き込んでいた。
「ああ、メインディッシュが食べられないなんて……なんて酷いことをするんだ」
何故か一緒に執事服を着て覗いているヴィルヘムが嘆く。
「毒は粉だ。ソースにかけただけじゃバレる。あのメイドは失敗する。
そしてお前の継母に呼ばれ、部屋で折檻を受ける」
ソルとヴィルヘムは顔を顰めた。
ルシアンのおかげで真犯人が特定できたが堂々とその予知能力を晒すわけにはいかない。
予知を続け、確実に継母が毒を手にするか、ヴィルヘムに手をかける所を押さえねばならない。あのメイドは気の毒だが我慢してもらう他なかった。
「敵は継母上だけではありません。弟もまた継母上の影響を受け、貴族至上主義の街作りを目指す盲信者。
私が今居座っている街主の座を虎視眈々と狙っているのです」
「ああ、あれお前の弟だったのか。
今週末お前は襲撃される。お前の弟が騎士を証人に、先代と自分と母親殺しを目論んだ名目でお前の部屋に雪崩れ込んでくるぞ」
ヴィルヘムの言葉にルシアンが返す。
「証拠を集めておこうかね。毒入りのソース、スープ……全く食べ物を粗末にするなという話だ。なあ、ソル」
「それどころじゃないだろうお前は。
メイドが毒を仕込む現場とその後の折檻の現場も証拠になる。
彼女の証言は今までの手口からいって期待できないだろうから写真に残そう」
「証拠を出す暇もなくお前は捕らえられ証言することを禁じられる呪いをかけられる。そのまま処刑」
ヴィルヘムと手を繋いだままのルシアンが事実のみを淡々と伝える。
ヴィルヘムとソルは顔を見合わせた。
「やるしかないなあ」
「そうだな。突入時が分かったんだ。ナイトとダイダラにも声を掛けるか」
「最近は暗殺者も減っていたから四人で揃うのも久しぶりだね。時にソル、アカツキは元気かい?」
「今それを聞くか!なんでお前はそう呑気なんだ!」
「君たちを信頼してるからだよ」
ヴィルヘムはカラカラと笑いソルはため息をついた。ヴィルヘムの作戦を聞いた後再びルシアンがその手に触れた。
「その作戦は上手くいく。
ナイトが騎士に鎖を巻き付けて捕らえている。ダイダラが騎士を何人か壁にめり込ませた」
二人は再び顔を見合わせた。
「ダイダラには手加減するようしっかり言い聞かせよう」
ソルの言葉にヴィルヘムは深く頷いたのだった。




