第八十話 勇者アサヒのその後III
少女は生まれつき目が見えなかった。
だが生活に支障はなかった。
物心つく前から魔力感知能力が凄まじく、両親や村のみんなが過ごすのと同じように歩いて走って遊ぶことができた。
少女の目が見えない事を推し量る術はその瞳が虚空を見つめていることだけだった。
目が見えずとも少女は幸せだった。
両親に愛され、兄達に連れられ、友達に囲まれて、優しい村の大人達に見守られていた。
だから初めてそれを視た時は酷く衝撃を受けた。
三歳の頃だったろうか。少女が不思議な事を言うようになったのは。
「かあちゃん、となりのおっちゃんげんき?」
「あら、起きたの?よかったわ、あなた朝急に倒れたのよ。体は大丈夫?」
「おれはだいじょうぶ。おっちゃんは?」
「どうしたの急に。今日も元気に山へ狩りに出かけたわよ」
「おっちゃんおいかけてくれよ。ケガしてる」
「突然なあに?
あなたったらすっかりお兄ちゃん達の言葉遣いが移っちゃって……。お隣のおじさんは大丈夫よ狩りの名人だもの」
「いいからいこうぜ、おっちゃん、このままじゃ動かなくなっちまう。あしケガしてる」
少女は視たのだ。
朝、頭を撫でられた時に。
意識が遠のくと同時に、隣のおじさんが狩りの途中足を滑らせて崖から落ちたのを。そのまま寒さに震え凍えていくのを。
少女の母は不思議に思いながらも山へ行くと言って聞かない娘を連れ、追いかけた。足跡の残る雪道なので然程時間も掛からない。
だが足跡が崖先で消え、雪に滑った跡が見えた。
「おーい!誰かー!」
崖下から叫ぶ声が聞こえ、母親は慌てて、それでも滑らぬよう気を付けて覗きこんだ。
するとそこには見慣れた顔が。
娘が言った通り、足を折ったお隣の旦那さんが手を挙げて助けを求めていた。
その後お隣の旦那さんは村の大人の手を借りて無事に家に帰ることができた。
北の雪が舞う季節だ。迅速な救出と手当てが彼を救った。
以降、少女は誰かと触れ合うとその先を視ることが増えた。
日照りが続いて作物が枯れそうな時には。
「あしたには雨がふるぜ。みんながよろこんでる」
またある日には。
「村のはしのトニーの家が燃える。ランプの消し忘れ」
とある時は急いで母の手を引き。
「大きなゆれがくるぞ。外に出ろ」
と少女の言うことはどれも現実となり、彼女の助言のおかげでいずれも大事になる前に防がれた。
少女が視るのは触れた者の未来。村人たちは次第に彼女を頼るようになったのだった。
「なあ、今日の釣りの成果を視てくれよ!」
「いいぜ。銅貨一枚な」
「うわ、また金取るのかよ!」
「小遣い稼ぎくらいしたっていいだろ。
向かいのばあちゃんはやさいくれるし、粉屋のおっちゃんはパンを分けてくれるんだぜ」
少女はすくすくと育ち、六歳を過ぎた。
家族は健康。村人との関係は良好。少女は幸せだった。
「ちぇー、ケチくさいなあ。お前、女の子の癖に兄貴の真似ばっかりすんなよ」
「うるせえうちの小遣いは少ねえんだよ。だから自分の武器は活かさなきゃだろ?」
「しょうがねえなー。ん」
兄達の悪い所ばかりを真似する少女に村人は呆れながらも今日も占いを頼む。
差し出された銅貨を受け取り、少女は少年の手に触れた。
「今日はハズレ。雨がふってあわてて帰る羽目になる。日をあらためた方がいいぜ」
そう言ってカーキブロンドの少女、ルシアンはニヤリと笑った。
「くっそー!視てもらい損じゃねえか!明日は!?」
「明日も明後日もどしゃ降りだぜ。お前は家で退屈してろ。無理に川へ行ったら流されるぞ」
「最悪だー!」
ルシアンの占いは外れない。
今まで彼女の言う通りにして悪い目に遭った者はいなかった。
逆に通りすがりの旅人等で彼女の助言に従わなかった者はルシアンが視た未来の通りの道を辿り、ろくな目に合わなかった。
いつしかルシアンの事は知る人ぞ知る占い師として村の外にまで広まっていた。
災害や流行病、触れた者の過去から現在、未来まで見透すのは教皇のみが持ち合わせる力とされている。
それはその通りでルシアンの力は似て非なるもの。
触れた者のそれも未来しか視えないのだから。
だがそれでも充分。村の皆が健やかに幸せならそれでいい。
ただ、ルシアンにも視えない事もある。
「来週は!?」
「それが視えないんだよなー」
少し先の事だからか、なにか別の要因があるのか、時折プツリとその人物の未来が視えなくなることがあるのだ。
「という訳で今週いっぱいは家でぐーたらしてろよ。じゃあな!」
沢山の未来を見てきたことでルシアンは歳の割に随分と聡くなっていた。
家路を急ぎながら道ゆく村人が声を掛けてく行く。
「おーいルシアンちゃんあんまり走ると転ぶぞー」
「あら、ルシアン。今日は急ぎ?」
「まあな!」
視える未来は近いものから遠いものまで様々だ。それはルシアンの意志である程度操作できる。
だが今週いっぱい村人達の未来を視てきて全員揃って来週以降が視えないのは何故なのか。
何かがおかしい。
視える未来には忠告ができる。だが見えない未来に備えるには?
平穏なこの村に何かが起ころうとしていた。
週明け。雨は上がらない。
土砂降りの外を魔力を通して見るルシアンの胸は不安に覆われていた。
結局、誰の未来も視えなかった。こんな事初めてだ。
窓の桟に溜まった埃をつつつと指で集めてみる。
自分が視れる未来は触れた人のものだけ。限られた情報しか得られないことが歯痒い。
集めた埃を息を吹きかけて払ったその時、ルシアンの耳が馬の嘶きを拾った。
旅人だろうか。こんな雨の中だと大変だったろうに。
そう思い魔力感知を広げたルシアンの知覚に飛び込んできたのは沢山の馬に跨った男達。
どの者も身汚く曲刀や剣、ボロ臭い鎧などで武装している。
山賊だ。
「母ちゃん!」
ルシアンが警告しようとすると同時に村中から悲鳴が上がった。
ルシアンが止める間も無く、何事かと父と兄達が飛び出していく。
間近で荒々しい声と、何かを壊す音、そして人の悲鳴が聞こえた。
どれも聞き覚えのある村人達の悲鳴が。
その時、ドアが荒っぽく開き大きな足音が響いた。母が咄嗟にルシアンを抱きしめて庇う。
ルシアンの知覚の中パッと血が飛び散った。
「母ちゃん……?」
ルシアンに覆い被さるように母の体から力が抜けていく。
「母ちゃん?母ちゃん!」
「いいか!子供は殺すな!盲目の少女を探せ!」
山賊にしてはやけに整った言葉遣いの親玉らしきの男の声を遠くに聞きながら、ルシアンは血を流し動かない母を必死に揺すった。
「ガキだ!」
「連れてけ!」
必死に母に縋るルシアンを男達が無情にも引き剥がし連れて行く。
外に引き摺り出されると家のすぐ側で父と兄達が雨に打たれて倒れていた。地面に赤い血が滲んでいる。
「母ちゃん!父ちゃん!兄貴!」
「うるせえ!黙れガキが!」
母を斬った男がルシアンを殴りつけた。
生まれて初めて受けた暴力。そして直に目にする身近な者の死。ルシアンは呆然とした。
「ぎゃははは食いもんだ!!!」
「女だ!女を寄越せ!」
「金はどこだっつってんだろうが!」
隣のおじさんおばさんが血を流している。向かいのおばあちゃんも、粉屋のオヤジさんも……大好きな村が山賊に蹂躙されていく。
「子供を集めろ!広場にだ!
……ん?おいそこのお前!その少女は?」
山賊達に指示を出していたリーダーらしき男が虚空を見つめるルシアンに目を留めた。
「あ?ガキ集めろったのあんただろうが」
山賊の態度はとても親玉に対するようなものではないが、現実味のない光景に茫然としたルシアンは聞き流していた。
親玉は嫌そうに顔を顰めたのち、ルシアンを覗きこむ。
「目標を見つけた!撤収だ!残りの村人を全員殺せ!!!」
「ああ?まだ暴れ足りねえよ!」
「金も酒もまだろくに集めちゃいねえぞ!」
「女もだ!」
親玉の言葉に山賊達から反発の声が上がる。
ルシアンはハッと我に返った。
全員殺す?
「ダメだ!そんなの!なんでそんなことすんだよ!」
目標とは自分のことなのか?
「金は弾むと言っただろう。望む報酬も与えると!こんな小さな村をいつまでも漁ってないで引き上げの準備をしろ!」
親玉はルシアンを手早く縛り上げると猿轡を噛ませた。
「んー!むーー!!!」
いくら抵抗しようと小さなルシアンは簡単に抱え上げられ、一頭だけ立派な鞍のついた馬に乗せられた。
そこでルシアンは気づいてしまった。
自分が忠告し、変える為のアドバイスをする形で未来に関わるとその先は視えなくなることを。
今回未来が視えなかったのはルシアンが目的とされた襲撃だったから。
村のあちこちで悲鳴と絶叫が上がる。その中には子供のものも。
山賊達の行動全てにルシアンが関わっていたから。
自分のせいでみんなが殺される。
ルシアンは愕然とした。
絶望するルシアンを他所に親玉が髪を掴んで顔を確認するように覗き込んできた。
その手が触れたその瞬間、いつもと違って気が遠のくようにして未来が視え始めた。
荘厳な建物の中。
絵本の王様が座るような立派な椅子に腰掛ける老人とその横に侍るようにれしな垂れ掛かるカーキブロンドの女。
あれは自分だとルシアンは気づいた。
「よくやった……」
「はっ!」
老人の言葉掛けに立派な鎧を着込んだ親玉が応える。
「これで……ようやくコトを為せる……。
妻も……お前の恋人も蘇る」
「ありがたきお言葉!」
「だがまだだ……まだ魔力が足りぬ……集めるのだ……世界中から適合者を探すのだ……」
「はっ!」
うわ言のように呟く老人の言葉に親玉は深く頭を垂れた。
そこでヴィジョンは途切れた。
気がつけば山賊の親玉と歓声を上げる子分達と共に猛スピードで走る馬の上だった。振動で体が痛い。
猿轡が少し緩んでいた。
ルシアンが顔を振り捩るとそれは簡単に外れた。
思い切り息を吸い込む。
「誰かーーー!助けてーーー!!!」
ルシアンは叫んだ。
どれくらい時間が経ったのか分からないが村に引き返せればまだ息のある人がいるかもしれない。
「なっ!」
突然の大声に親玉が驚く。
その時。銃声が響き渡り馬が嘶きと共に立ち上がった。ルシアンは危うく落ちそうになったが親玉に引っ掴まれて事なきを得た。
明るいオレンジ色の髪をした男が崖から滑り降りて来て道を塞いだ。
「お前達は何者だ」
男が山賊達に問う。
「ああ?なんだあ?」
「やんのかコラァ!」
「身包み剥いでやれ!」
「待……」
親玉が止める間も無く子分達が男に発砲し、馬を走らせ斬りかかっていった。
「山賊の類か……」
男は静かに呟くと跳んだ。曲刀が空を掻き、男は宙返りしざまに発砲する。
二丁の魔銃から放たれたエネルギー弾は正確に山賊達の頭を撃ち抜き、ルシアンを連れて横を通り抜けようとした親玉の腹には蹴りが入った。
仲間がやられた山賊達は色めき立ち、次々と男に襲いかかった。
男は僅かな動きで攻撃を躱しつつ確実に山賊達に弾を撃ち込み仕留めていく。
隙を見てまたしても逃げ出そうとした親玉の馬も撃ち抜いた。
馬が倒れる寸前男が駆け寄って来てルシアンを受け止め、縄を切った。
「邪魔をするな!」
親玉が剣を抜き放ちルシアンを抱いた男に斬りかかる。男はそれを魔銃の側面を使っていなし、軽々と躱した。
「何故村人を皆殺しにしてこの子を攫った」
ルシアンはバッと男を振り仰いだ。
何故聞いてもないのに村が襲われたことを知っているのか。
「黙れ!」
親玉はその問いには答えず、躍起になって上下左右と自在に剣を操り斬りかかるばかりだ。男はそれをステップを踏み、時に半身になるだけで躱していくが抱えられたルシアンは堪ったものではない。
始終ヒヤヒヤしていた。
「山賊にしては随分身成も身のこなしもいい。お前は何者だ」
親玉がぎくりとした。
「そうか、何処からか指令を受けているな」
「うおおおお!!!」
攻撃を避け、時に流しながら次々と言い当てていく男にとうとう親玉は雄叫びを上げて矢継ぎ早に剣を振った。
男はそれを全て身を捻って躱すと最後にトン、と剣の腹を蹴った。
地面にめり込んだ剣を男が踏みつける。剣が折れ砕け散る。男が片腕で素早く魔銃を構え、親玉の手足の関節を全て撃ち抜いた。
「ぐっ!」
「もう一度問う……お前は何者だ」
崩れ落ちた親玉に男が問う。ものの数分であれだけの山賊を全て片付けた男の強さにルシアンは息を呑んだ。
「うっぐ、ぐぶっグボォッ」
と、突然親玉が泡を吹いて倒れた。
「なるほどな……正体は明かさない、と」
男はルシアンを降ろし、親玉が事切れてているのを確認し呟いた。
「死んだのか?」
「毒物でも仕込んでいたのだろう」
ルシアンが恐る恐る訊ねると男は静かに答え振り返った。
鮮やかな青い瞳がルシアンを見つめる。
「名前は」
男が抑揚のない声で訊ねた。
「ルシアン……助けてくれてありがとう」
男はルシアンに歩み寄ると屈んで目線を合わせた。
「俺はアサヒだ。怖い思いをしただろう」
明るいオレンジ色の髪をしたアサヒはそう言ってルシアンの頭をくしゃりと撫でた。
途端、堰を切ったようにルシアンの目から涙がほろほろと溢れ出した。
「お、おれのせいで母ちゃんも、父ちゃんも兄貴達も村のみんな、みんな殺されちまった!」
ルシアンはアサヒにしがみついてしゃくりあげた。
「村はどこだ」
アサヒはルシアンを抱き止め、宥めるようにさすりながら再び訊ねた。ルシアンはキョロキョロと辺りを見回して答えた。
「分かんねえよぉ……ちっちゃな村で、名前なんかなかった……ここがどこかも、分かんねえ」
途中までヴィジョンを見ていて気を失っていたのだ。ここまでの道のりも分からない。
ルシアンの答えにアサヒはしばし考え
「攫われた心当たりはあるか」
と三度訊ねた。
ルシアンは迷った。助けてくれて今もこうして慰めてくれているこの、アサヒという男はいい人間なのかもしれない。
だが自分の未来が視える事を話せばまた山賊達に狙われた様に巻き込むかもしれない。
「すまない。家族を失ったばかりなのに配慮が足りなかった」
アサヒは何を思ったか謝るともう一度ルシアンを抱きしめた。
「家を失くしたのならうちに来るか」
しばらくしてアサヒは体を離すとそう言った。
ルシアンは少し迷って
「うん」
とアサヒの手を取った。
こうしてルシアンはアサヒと出会い、引き取られました。
知りたがり屋さんのルシアンはアサヒ本人やルース、ソル、時折訪ねてくるドルデンから全ての話を聞いてしまいました。




