第七十八話 勇者アサヒのその後
————物語は一度遡る————
「おめでとう!」
「おめでとうアサヒ!」
「うっぅよかったなあ!おめでとう!」
「これこれお前さんは涙脆くなりおってから。アサヒ、結婚おめでとう!」
秋の中の月。
魔王討伐後の凱旋から一年。空は青く澄み渡り、快晴。
ノーゼンブルグで小さな結婚式が挙げられていた。
勇者と持て囃されるのを嫌ったアサヒは早々に生まれ故郷のノーゼンブルグへ引き上げた。
そして一度、ルースの生家である北の小さな街主、貴族のノクト家へ挨拶へ向かった。
口数少ないアサヒにしてはとても頑張ったとか。
だが案ずるより産むが易し。
ルースとその妹達を救い、その上、勇者となったアサヒが彼女を迎えることを反対する者はノクト家には一人もいなかったらしい。
こうしてアサヒはノーゼンブルグに父母が残した家にルースを呼び寄せ、一緒に暮らし始めたというわけだ。
しかしめでたいのはそれだけではない。
「いやあそれにしてもお主ら子供を授かるのが早すぎるのじゃないかの?」
「ヤルコトが早すぎるんですよ」
「ちょっとカイル!こんな席で言い方考えてくださいよ」
「二重にめでたくていいじゃねえか」
マーリンとカイルの言葉に壇上の二人は真っ赤になった。
親族と勇者一行として旅をした仲間たち、そして静かに勇者の帰還を出迎えた街主のみの小さな結婚式。
だがそこには幸せが溢れていた。
教会のないこの街で神父役をするなら打って付けのアダムも嬉しそうに笑っていた。
「それではピアスの交換を」
ノーゼンブルグは武力の街。
襲いくる魔物と魔王と戦い続けていた猛者揃いの世界の最北端となった街だ。
そんなこの街ではちょっと変わった風習がある。
普通結婚するなら指輪を交換するのが一般的なウィクスにおいて、戦闘をする者の多いノーゼンブルグでは指輪は邪魔になってしまう。
首に掛けておくという手もあるが、鎖が切れてしまうのを嫌った戦士たちは失うことの少ない耳飾りを交換することにしたのだ。
そしてそれは今や互いの髪色や目の色をした耳飾りを贈り合うことで絆を深めるという風習になっていた。
まず、アサヒが自分の鮮やかな青い瞳と同じ色のピアスをルースの左耳に着ける。続いてルースが自分の碧の瞳と同じ色のピアスをアサヒの右耳に着けた。
「ではでは誓いのキッスを!」
アダムの言葉にアサヒの耳とルースの頬が真っ赤に染った。仲間内だけでという気楽さからアダムも悪ノリをしている。
アサヒがルースの赤い頬に手を添える。ルースがその長い睫毛を震わせながら目を閉じた。
そっと二人の顔が近づき……ちょん、と唇を当ててアサヒは離れてしまった。
周囲から一斉にブーイングが上がる。
「なんですか今のは!」
「キスじゃねえだろそんなの」
「いつまでウブなフリをするつもりじゃー!」
「ヤルコトやってんですからもっと深いの寄越しなさいよー!」
主に仲間たちからのものである。周囲の親族たちは失笑だ。
壇上で珍しくアサヒがタジタジする。ルースはますます赤くなった。
「さあ!仕切り直しです!もう一度誓いのキッスを!」
「もうしただろ」
アサヒの抗議はアダムに無視された。
今度は二人して真っ赤になりながらそっと互いの頬に手を当て顔を近づけ……しばし、五分、十分、二十分……動かない。
「早くしろー!」
「ぶちゅッと行けばいいんですよぶちゅっと!!!」
「何を今更照れることがあるんじゃー!!!」
「やれやれ後押ししましょうか?」
再び仲間達から野次が飛び交い痺れを切らしたアダムがアサヒの頭の後ろで杖をふりふり殴る準備を始めた。
そこまでしてようやく二人は口付けを交わしたのであった。
「俺はこのままここに居るが、皆はどうするんだ?」
小さな披露宴という名のホームパーティーでほろ酔い気分になったアサヒが仲間に訊ねる。
ルースは妹達に連れて行かれた。
魔王を倒した後の祝勝会で判明したことだがアサヒは酔うと少し口が軽くなる。
「そうじゃのぉ。報奨金もたっぷりあることじゃし、わしは世界の魔法集めやわしの研究を広めにでも出かけようかと思うておる」
マーリンもほろ酔い加減で答えた。
「私はこのまましがない冒険者を続けましょうかね。エルフの森は過ごしにくい。
私は髪や肌で浮いてましたから。そう言った理由でそもそも出たんです。同じ理由で旅に出た従姉妹に会えるかもしれませんしね」
とカイルが答える。
エルフは普通色白の肌に魔力の高いかなり明るい金髪が普通とされている。褐色に明るい銀髪のカイルは確かに過ごしにくいことがあるのかもしれない。
「そうですね……僕は帰って研究を。より多くの魂を救う研究を続けようかと思います」
「お主こそ早う子作りをせねばならんじゃろうて。教皇もそうおっしゃっておったじゃろう?」
アダムの言葉にマーリンがツッコミを入れる。
「そりゃそうですけど……マーリンに色々魔法を教わって試したいことが増えたんですよ。
それに、もしかしたら皆の呪いの役にも立てるかもしれない」
その言葉にしばし沈黙が落ちる。自分たちには数十年しか猶予が残されていないのだ。
しかし暗くなり掛けた空気をドルデンが吹き飛ばした。
「俺は一旦故郷に帰るかな。恋人が待ってるんだ」
エールをグビグビ飲み干したそう言ったドルデンに皆が一斉に振り向いた。
「お前、恋人がいたのか」
「同志だと思ったのに!」
「この裏切り者ー!」
「お熱いことじゃのう」
ドルデンは新しく樽からエールを注ぎ足すとしてやったりと笑いながら再び口を開いた。
「へっへっへ驚いたか。こんなツンツルテンで変わりもんの俺を恋人にした肝の据わった女だ。
今更魔王の呪いくらいじゃ引かねえよ。羨ましいだろ」
「くぅう!じゃがいもみたいなくせにぃいい!!!」
「キーっ!!!」
色恋に興味のないマーリンはともかく。
顔はいいのに口が悪くて恋人ができないカイルと、シャイで引き篭もりで恋人ができそうもないアダムは悔しさで奇声を上げて地団駄を踏んだ。
「ほっほっほっほわしは気楽な一人旅を楽しむわい」
「そう言う人こそ先に結婚するんじゃないですか」
「ないない。ないの」
マーリンはゆるゆると杖を振りながら居眠りを始め椅子から滑り落ちていった。
宴の夜も更け、男どもが酒でぐずぐずになり、ずるずると椅子に引っかかっていると目にも鮮やかな青色が飛び込んできた。
「ルース!!!」
アサヒが飛び起きて叫んだ。
「ふふふ、驚きましたか?」
「サプライズ成功ですわね」
ルースの妹達がくすくすと笑いながらVサインを送る。
真ん中のルースはアサヒの鮮やかな青い瞳と同じ色のドレスを纏い、先ほどのピアスを着けてもじもじと恥ずかしそうに俯いていた。
「綺麗だ……」
酔ったアサヒから式の恥ずかしがり様からは想像もつかなかった言葉が出てきて残り四人は三度見した。
「あ、アサヒ、そんな」
「似合ってる。俺の色を纏ってくれた君はとても美しい……」
アサヒは顔を赤め、酒か、ルースかどっちに酔っているのか分からない浮かれ具合だ。
普段でもこんなことを言わないのだろう。
ルースはびっくりするやら気恥ずかしいやらで真っ赤になった。
「ルース……愛してる」
アサヒはそう言ってルースを捕まえると深い深いキスをした。
ルースの妹たちはまさかの展開に目を丸くし両手で顔を覆った。だが指の隙間からバッチリ覗き見ている。
アダム、ドルデン、マーリン、カイルの四人は顔を見合わせ。
「式の前に用意すべきでしたね」
「全くだ」
「酒で全て解決するとはのぅ」
「けっ好きにしやがれですよ」
口々に感想を述べて酒を煽ったのだった。
翌々年の冬。
「ほーれソルや。ほれほれ、あんよが上手、あんよが上手」
「まーいん、まーいん」
一歳ちょっと経ったアサヒの息子がよちよちとマーリンを追いかける。
「ソル、こっちにもですよホラあしあし」
「カイル、それじゃ赤子には伝わらんぞ」
カイルもアサヒの息子であるソルを愛でたがっているのだがマーリンに懐くばかりで一向に振り向いてもらえない。
「日頃の口の悪さのせいじゃ」
「けっ!今に見てなさいソルを私にメロメロにして見せますから」
「そういうところじゃ。のー」
「のー!」
カイルが悪態を吐きソルはマーリンの真似をした。
「で?お前らもう次の子が生まれるんだって?どんだけ大家族作るつもりだ」
「二人で終いだ。子供とは……なるべく長い時間過ごしてやりたい」
ドルデンのからかいにアサヒはソルを見つめながら呟くように答えた。
ドルデンが黙る。
自分たちは魔王の呪いが掛かっている。マーリンが封印を施したとはいえそれが保つのは二十年かそこららしい。
アサヒができるだけ早く子供を作ったのは子供達の成人を見届けたいと思ったからかもしれない。
「それにしてもお主の本は流行りに流行っておる。児童書にもなると聞いておるぞ」
「お前にあんな文才があるとは思わなかった」
「大金持ち確定ですね」
「失礼だな。嫁が書いてくれって言って書いたら、今度は世に出せってうるさかったんだよ」
ドルデンはボリボリとツルツル頭を掻いた。
「それで?お主の子は順調かの?」
「ああ、頑丈に育ってる。俺に似ずにちゃんと毛もフッサフサだ」
「よかったですね。子供の頃からハゲだのじゃがいもだの言われちゃたまりませんからね」
「カイル、そう言うところだぞ」
「ガッハッハ気にしちゃいねえよ」
前年ドルデンにも子供が生まれた。
「お主の子にも会いたいが何せ険しい山じゃからのお。残念じゃ」
ドルデンの故郷は険しい山中にある。道中は険しいが鉱物が豊富で鍛治士の多いドワーフにはピッタリの住みよい場所らしい。
「ところでアダムはどうしてますか?」
ドルデンはこうして半年に一回ほど山から出てアサヒに会いにきている。だが他二人は旅ぐらし。アサヒやアダムに連絡を入れることでこうして都合が着けば集まっているのだがここのところアダムとは連絡がついていない。
研究に没頭しているのだろうか。
「ソルの出産に立ち会った後、旅に出ると言っていた」
「あの引きこもりが!?」
カイルが目を剥く。アサヒは頷いた。
「自分の研究に生き延びる可能性があるかもしれないだと。もう直戻ってくる筈だ」
「彼も研究のためなら外に出られたんですねえ」
その時、ソルがよちよちと歩いてきて
「かいうー」
「はぁいなんでしょぅかぁ!」
などと名前を呼ぶものだからカイルの言葉も表情も一転デロデロだ。
メロメロなのはどっちだと思いながらもアサヒは我が子と友に囲まれて幸せを感じていた。
「残念ながら……」
旅の帰路、アダムが立ち寄ったタイミングが第二子の出産と重なった。出産に立ち会ってくれたアダムが心から痛ましそうな顔で二人に告げた。
ルースが産後の苦しみと我が子を喪った悲しみに涙を流し、その手を握るアサヒの頬にも静かに涙が伝っていた。
「処置をしますね」
アダムは死産で生まれた赤子の臍の緒を切り、ルースの処置をしていく。
「明日頃、お墓を建てて祈祷いたしましょう。きっとこの子はあなた達に望まれていて幸せだったはずです」
アダムの言葉にアサヒが静かに頷いた。ルースは両手で目を覆って泣き出した。
「おかたんどったの」
隣の部屋で人に見てもらっていたはずのソルがドアから覗いていた。
「あかたん、うまえた?」
その言葉にルースが咽び泣く。
「赤ちゃんはお空に行ってしまったんだ」
アサヒがソルに歩み寄って抱き上げた。
「おしょら?」
「そうだ。天国っていう幸せな所に行ったんだよ」
幼くて死の概念を知らないソルにはそう伝える他なかった。
翌日名前も付けてやれなかった我が子の墓の前で。
アダムが魂葬の儀を行うのを見届けながらルースと抱き合い、二人でソルを大事に育てていこうと静かに誓った。
アサヒと愉快な仲間達。大好きな五人が帰ってきました。
アカツキの過去を語る上で彼らは欠かせないと思ってはいたものの勇者の物語が終わった時には寂しさを感じていたので再びこうして書くことができて嬉しいです。
アサヒの第二子については悲しい結末となりました。ですがこれも必然。涙を呑んで書きました。いつかどこかでつながるかも知れません。
それではどうぞ続きをお楽しみください。ᐕ)ノ




