第五十二話 特別休暇
イスタルリカは今回のエル誘拐事件への関与を完全に否定した。
イスタルリカでエルが逃げ出したのもただの偶然。
ノーゼンブルグの騎士をイスタルリカになかなか入れなかったのも他領の侵犯を用心して。
エルの正体についてもノータッチ。
ノーゼンブルグはノーゼンブルグでエルの出生を誤魔化して保護しているので、下手したら誘拐したと言われかねない。
そのため強気に出られず、戦争にもなりかねないためその言葉を飲む他なかった。
そして今回の誘拐の主犯格と思われる銀髪の男は自害した。現場で捕らえた男達は割りのいい儲け話としてエルを捕らえようとしていたらしい。
もう一人の主犯格と思われる身なりの良い男と統率の取れていた実行犯達の行方は依然として知れないままだった。
「そんな訳でその場のお前の存在は有耶無耶になった」
赤い髪をしたアカツキにコトの顛末を聞いたリトは目をぱちくりさせた。
救出から三日。
リトは今朝までオルガの麻酔で喉の傷が塞がるまで眠らされていたのだ。
傷は綺麗に塞がって跡形もない。流石オルガだ。
「お前は今、別件で怪我をして療養中。特別休暇を取っていることになっている」
そう言ってアカツキはリトにポーチ及びその他の装備を返してきた。
一体どうやって取り戻したんだろう?
「コホッ」
質問しようとすると代わりに咳が飛び出た。口に当てた手を離すと赤く染まっている。
オルガの話では肺に溜まっていた血液は粗方取り除けたが、まだ細かいところに残っていて、暫くは咳と共に排出される筈だということだった。
まだ話せない実感は、ない。
「エルはコッテリ絞られて自宅謹慎だ。騎士付きで。
イスタルリカには手は打った。現在のエルの姿を公にしてノーゼンブルグの最重要人物の一人に指定したらしい。
エルの正体について惚けたイスタルリカはもう手出しは出来ない」
側に置かれたタオルで手を拭くと、枕元の小さな黒板に手を伸ばした。
暫くなのかこれからずっとなのかは分からないがリトの喉の代わり。言うなれば相棒だ。
サラサラと走り書きする。
—エルの怪我は?—
「右前腕の罅、左肩の骨折、脱臼及び打撲多数だ。
心配するな。じき治る」
リトはほっと息をついた。アカツキがリトの頭にポンと手を置きワシワシと撫でる。
「お前はいつだってそれだな」
そう言っていつもより少し長めに撫でた。
「エルから聞いた。よく頑張ったな」
リトはにっこりした。
「お話しおわった?」
奥からルナがひょっこり顔を出した。とことこと歩いてきてベッドにのしかかる。
ルナはこの一ヶ月見なかった間に少し大きくなった。ひょっとしてリトより伸び幅が大きいんじゃないか。
「ああ、もう済んだ。いいぞ」
アカツキはそう言うと立ち去ってしまった。
ルナがリトを見上げる。
「リト、もう痛くない?」
リトが頷くとパアッと顔を明るくした。
「あのね、ルナねいっぱいお本読んだんだよ」
—すごいね。頑張ったんだね!—
「うん!」
—お勉強したんだ。ルナは偉いなぁ!—
ルナは「えへへ」と笑うと手に持っていた本をベッドに置いた。勇者の本の簡易版だ。
「だからね、ルナ、リトにお本読んであげられるんだよ」
どうやらリトに読み聞かせてくれようとしているみたいだ。リトは微笑んだ。
—ありがとう。じゃあお願いしてもいい?—
「うん!」
ルナは嬉しそうに笑うと、アカツキの座っていた椅子を枕元に引き寄せて座った。
「むかし、むかし、世界は、魔王に、飲み込まれようと、していました……」
ルナが一言ずつ字を拾って一生懸命読んでいく。リトが見なかった間に話し方も随分としっかりするようになっていた。
ルナの成長を感慨深く思いながら暫く聴き入っているとルナはパタンと本を閉じた。
「今日はここでおしまい」
リトがルナによく言っていたようにそう締めた。
—ありがとう。とっても面白かったよ。
ルナはすごく上手に本が読めるようになったんだね—
リトが黒板に書くとルナはそれをじっと読んでにっこりした。
「えへへ。リトに会ったらびっくりさせようと思ったの。ずっとがんばったの」
リトは身を乗り出すとルナの頭を撫でた。ルナが嬉しそうに目を細める。
「リトが帰ってくるのずっと待ってたの。会いたかったけど、待ってたの」
ルナの事だから、リトが繋ぎの間にいつ現れるかと毎日待っていたのかも知れない。
リトは胸が熱くなった。
—僕も会いたかったよ。会えて嬉しいな—
そしてお土産を買っていたことを思い出す。
ポーチを漁って小鳥の絵の入った小箱を取り出すとルナに差し出した。
ルナがそっと受け取る。
—ルナにお土産だよ。開けてごらん—
リトが書くとルナは箱にかけられていたリボンを解いた。
中から淡いピンクや緑、黄色等、の色とりどりのキャンディーが現れる。
「わぁ!」
ルナが顔を輝かせた。
—友達のおすすめのお菓子屋さんのなんだ。美味しいよ—
「リト、ありがとう!」
ルナはそう言ってにっこりすると箱を大事そうに閉めて奥へ走って行った。オルガに見せるつもりだろう。
リトはアカツキにお土産を渡しそびれてしまった事を思い出した。
リトは今日一日はベッドから出ないように言われていたためぼーっとして過ごしていた。
「よ。調子どうか?」
カティが訪ねてきた。
—随分いいよ。ちょっとぼーっとするけど—
「そうか」
カティは椅子に座ると何も言わなくなった。
リトが話せないのを目の当たりにして何か思うところがあるのかも知れない。
リトはお土産を渡す事にした。
リトが写真集を渡すとカティは爆笑した。
「クッククばっかおま、お前……!
ブハッ!ひゃひゃひゃもっと過激なの買ってこいよ」
ゲラゲラ笑いヒーヒーと辛そうだ。
—エドワードにも買ってきたよ—
カティは更に笑い転げて、とうとう椅子から落ちた。
カティが去ると今度はオルガが様子を見に来た。
「やれやれあなたと言う子は……」
リトがオルガへのお土産をベッドに広げるとオルガはやや呆れたように言った。
「せっかく自分のお給料をもらったのにほとんど使っちゃったんじゃないですか?」
リトは少し頭を掻いた。実の所お土産はオルガの薬草類が一番値を張ったのだ。
「でも嬉しいですね。ありがとうございます。北の薬草は強力な物が多いので。この角は初めて見ますね」
とワクワクした様子を隠しきれていない。
—ヤークルの角で、姿を景色に馴染ませる効果があるそうです—
「面白い、面白いですね。腕がなります」
オルガがエルみたいな言い方をするのが可笑しくて少し笑ってしまった。
「よーーーーう!!!リト!!おやつの時間だぞ!!!」
騒々しい音を立ててノーマンが来た。
ベッドテーブルを設置してコトリとお皿を置いた。バナナの香りのするほかほかの蒸しパンだ。
—ありがとうノーマン。こっちも渡したい物があるんです—
リトはポーチから北の珍しいハーブをノーマンに渡した。トーヤが描いた絵付きの説明メモと一緒に。
「おっ!なんだ!何々……このハーブは体を温める……こっちは……ふむふむ!
毒素を燃やすだと!!すごいじゃないか!どう料理に活かすか楽しみだ!!」
喜んでもらえたようだ。
「はっはっはっは!リトはマメだなぁ!ありがとうよ!!」
ノーマンは上機嫌で厨房に帰っていった。
その日の夜もリトは病室で過ごした。
誰も居ない病室でリトは口を開いた。声を出そうとする。
「——」
声はなく、息が通る音がするだけだった。リトは喉に手を当てて俯いた。
翌日リトはお盆をいっぱい借りて焼き菓子を種類別に並べていった。
夜の巣は甘党が多いので一人一つまでの札を忘れずに置いた。
タバコ草をダグじぃに渡すと早速吹かして輪っかをいっぱい作って真ん中に玉を潜らせるというタバコ芸をしてくれた。
そして一言。
「美味いよ」
とリトの頭を撫でた。
リトが少しだけ植物魔法を覚えた事を伝えると普段眉毛に隠れた目を片方をぱちくりとさせてまた撫でた。
そうしてリトは久しぶりに本を読んだり、ルナと遊んで過ごすと夕方少し前に身支度してテトラーナへ出かけた。
ヨルは今、テトラーナにいるらしい。ヨルの将来の目標である療養所で働く為に。
オルガとヨルはあれから定期的に連絡を取っているようだ。
変なこと吹き込まれてなきゃいいけど。
教会の外で少し待つ。
「リト!」
療養所から帰ってきたヨルが驚いたように、でも嬉しそうに駆け寄ってくる。
よかった。怪我はすっかり良くなったようだ。
「もういいんですか?」
ヨルがリトの体調を伺う。リトは笑顔で頷いた。二人はしばし無言で見つめ合った。
「リトが無事でよかったです」
ヨルがぽつりと言う。リトは微笑んだ。
するとヨルはリトを捕まえて人の往来があるにも関わらずキスをした。
驚いて少し口を開いたリトの唇を舌でなぞる。そのまま少し口の中に舌を入れて絡ませた。
リトは驚きのあまり硬直して目を白黒させるばかりだ。と、そこでヨルは離れた。
リトはまだ固まっていた。ヨルに先手を取られてショックを受けていた。
ヨルは自分からしたのに真っ赤になって俯く。
「元気、出ましたか?」
ヨルが問う。
リトはハッとショックから立ち直った。黒板に書き込もうとしてヨルに止められた。
「いい!書かなくていいです!!
分かってます!下手くそなのも、びっくりさせたのも、感想も!書かないでください!!」
ヨルは赤い顔を更に赤くしながらリトの手を必死で押さえ込んだ。
リトの頭にはニヤニヤするオルガの顔が浮かんでいた。
「り、リトが落ち込んでるだろうなって……わた、私にしか出来ない元気付け方ってなんだろうなって考えたんです……」
ヨルがわたわたと身振り手振りを加えて言い訳のような説明をする。
可愛いけどオルガに入れ知恵されたんだろ。
「それで、あの、け、経験豊富そうな人に聞いたんです」
オルガだ。それ絶っ対オルガだ。
「悩みを吹き飛ばすにはちょっと過激なくらいのスキンシップが良いって、オルガさんが、あっ」
ほらやっぱり。
それでもショックが抜けてみれば嬉しかった。ヨルのその気持ちが、行動が、リトは嬉しかった。
リトはヨルを抱きしめた。
「り、リト……怒ってないですか?」
リトはヨルから体を離して頬を包み込み、今度はおでこをくっ付けて笑った。
当然怒ってなんかない。
あのおしゃべりなエルフは何とかしないといけないけど。
ヨルは金色の瞳をうるうるさせていたがリトの顔を見て安心したようだった。
まだ声がどうなるのか不安はあるけど、昨日から胸の中で渦巻いてた色々な感情は確かに吹き飛んだ。
あのおしゃべりなエルフは何とかしないといけないけど。
リトはヨルの頬から手を離しておでこをくっ付けたままポーチを探った。
中から白い金属の小さな籠を取り出す。
そしてそれをヨルに差し出した。
中には繊細な砂糖菓子が入っている。ヨルは目を見張った。
「まぁ……リト、これは……?」
籠をそっとヨルの手に乗せると黒板にサラサラと書き出した。
―お土産だよ。ほんとは今回の事件の前から帰ってくる予定にしてたんだ―
「綺麗……。ありがとうございます」
ヨルの顔に心から嬉しそうな微笑みが浮かぶ。
続けてリトはポーチの大きさギリギリ、むしろちょっと伸びるくらいの大きさの箱を四つ取り出した。
ヨルが目を丸くする。
―こっちは孤児院のみんなと食べて。日持ちするから―
と、リトは箱を器用に片膝に乗せ、黒板に走り書きした。
その日の夜、リトはアカツキの部屋を訪ねた。
オレンジの扉を潜って古びた木製のドアをノックする。返事がない。
居ないのかな?
リトはそう思いつつそっと部屋を覗いた。アカツキは部屋の真ん中の机に着いて、頬杖をついて目を閉じていた。
もしかしなくても寝てるんだろうか。
リトはできるだけ足音を殺してアカツキに近寄った。
寝てるアカツキなんて初めて見た。
長めのまつ毛が頬に影を落としている。
こんなとことで寝てて体が痛くならないだろうか。
リトはアカツキを起こすか、そっと立ち去るかちょっと迷った。
リトはいい事を思いついた。ポーチからオルゴールを取り出してネジを回そうとしたその時。
「何をしている?」
アカツキが起きた。油断していたリトは飛び上がった。
ーいつから起きてたんですか?ー
リトが問うと
「ノックの前からだ。考え事をしていた。悪かったな」
寝顔じゃなかったのか。
リトは少し残念に思いながらアカツキにオルゴールを差し出した。アカツキが不思議そうな顔をする。
—ノーゼンブルグで見つけたお土産です—
「そうか」
アカツキは短く答えてオルゴールを手に取ってネジを回した。
心地よい音とメロディーが流れ出す。リトとアカツキはしばしその音に聴き入った。
オルゴールが止まる。
「いいものをもらってしまったな。ありがとう」
アカツキはそう口にした。
アカツキが「ありがとう」という言葉を言うのは初めて聞いたかも知れない。
リトはにっこりした。




