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第五十話 いつも助けに来てくれる

 五日経った。

 リトとエルはまだ逃げ続けていた。


 狭い路地、店の物置、空き家、空き部屋、煙突の中。


 ありとあらゆる手を使って隠れて辛うじて追っ手から逃れていた。追っ手の数も形も分からないままひたすらに隠れ、走って、逃げ回っていた。


 ゴミ箱に飛び込んだ数分後に追っ手らしき人物達が通り過ぎていったこともあった。


 そしてその頻度は上がり続けている。今も鼻先三寸を人が駆けて行った。


 攫われた当日も含めこの六日碌な睡眠も食事も水分も摂れていない二人は憔悴し切っていた。



「レノくん、ごめんね……本当に……」



 エルがもう何度目か分からない言葉をうわ言のように繰り返す。



「エル、謝罪は要りません。

 二人で逃げ延びる。それだけを考えましょう」



 リトの声も掠れている。



 エルは高熱で意識が朦朧として、マイナス思考に陥っている。自分がなんとかしなければ。



 そう思って疲れた体と心を叱咤する。体力はまだ、余裕がある。

 だが、睡眠が取れていないのがまずかった。気を抜くとあっという間に眠りに引き摺り込まれそうだ。

 常に神経を尖らせているため、精神的疲労もかなり溜まっている。



「いざとなったら僕を置いて逃げて……」



 そんな事をエルが言い出した。リトは立ち止まった。至近距離でエルと目線を合わせる。



「そんなことするくらいなら、死んだほうがマシです。

 僕は絶対、諦めませんよ。愛弟子ですから」



 想いを視線に込めて一言ずつハッキリと口にした。エルは目を瞬かせた。



「そうだね。師匠がこんなじゃいけないね。ごめんよ。弱気になってた」



 二人で顔を見合わせてにっこりした。


 リトの鋭い聴覚が誰かの足音を捉える。この逃走中に覚えた魔導人形の足音だ。エルの手を引いて路地の影に隠れた。


 足音が近づいてくる。


 その時、リトの耳がもう一つの駆けてくる足音を捉えた。



 拙い。挟まれる。



「エル、走る準備を」



 エルが緊張した面持ちで頷く。



 どちらの方がマシだろうか。



 瞬時に判断する。路地を進んだ。駆けてくる足音が近づいてきた。



「アイスバーン」



 小声で小さく唱え、薄い、でも強度のある氷を張る。瞬きをした。目の前を駆け抜けようとした誰かが派手に転倒して滑って行く。



「走って!」



 エルに囁いて氷を消すと駆け出した。






「いたぞ!」



 声を背中に受けながら走る。走って走って路地を曲がる。

 その先に人がいた。男が指輪を口元へ持っていく。



「スパーク!!」



 路地を紫電が照した。男が崩れ落ちる前に横を走り抜ける。

 夜の巣なら、味方なら、まずリトに話しかけてくるはずだ。


 駆けてくる足音を細心の注意を払って聞き分けながら、道を選んで駆け抜ける。



「スパーク!!」



 何度も挟まれ電撃を放って、倒して、進み続ける。


 拙い、足音が集まってきてる。



 エルを走らせ後ろを向く。



「アイスバーン!!」



 路地を氷で覆う。長めに見つめて壁を張った。


 エルに追いつきリトは咄嗟に目の前の建物の鍵を開けて飛び込んだ。

 扉を閉めて鍵をかける。中は明るく、のっぺりとした一体化した石のような床、壁の何もない建物だった。


 出口を探して駆け寄るとこちらが触る前にドアノブが動いた。ハッとして後ろに退がる。



 壁を壊して出るしかない。



「ファイアーボール!!」



 一点を見つめて叫ぶ。瞬きをする。だが壁は無傷だった。



「なんで……」


「ここは魔法の練習所か何かだ。この壁は魔法耐性がある」



 エルが素早く調べて言った。


 扉を壊して出るしかない。エルの手を引いて入ってきた方と反対側の扉へ駆け寄る。



「外の敵ごと吹き飛ばします」



 扉を凝視する。



「ファイアーボ……」


「スタン」



 それが避けれたのはほぼ奇跡だった。


 仰け反ったリトの真上。エルの真横を黄色い閃光が駆け抜けた。


 リトが呪文を唱え終える前に扉が開いて魔法が飛んできたのだ。人と大量の魔導人形がなだれ込んでくる。反対側の扉も開いて其方そちらからも大勢入ってきた。



「スパーク!!!」



 リトはエルを背に庇うように壁に押し付けて叫んだ。バチバチと紫電が駆け巡る。


 だがそれは防がれた。

 前面に居た男が杖を振り、細かな紫電の走る壁を張ったのだ。


 数人が手を前に突き出して唱えた。



「「「スタン」」」






 男達が手を上げた瞬間リトはエルを抱えて飛んだ。壁を思い切り蹴って敵中に飛び込む。近くの魔導人形を数体纏めて蹴飛ばし叫ぶ。



「スパーク!!」



 リトとエルを中心に紫電が走る。飛ぶように駆け抜け、蹴飛ばし、捕まえようと伸びてくる手を掻い潜る。


 唐突に見えない何かに足を掬われた。魔法使いが杖を振っていた。


 床を転がる。エルから離れる。


 すぐさま起き上がり、エルに駆け寄ろうとする。エルも直ぐに身を起こし体を捻って周囲の足を払った。

 リトも近くの敵と応戦する。



「スパー」



 唱える前に風が短く喉元を撫でた。鋭い痛みが走る。次の瞬間喉元がパックリと割れた。



「!?カヒュッ……ゴボッ」



 リトが大量の血を吐いた。



「レノくん!!」



 エルが振り向く。



「スタン」


「ぐあっ」



 エルが魔法を食らって崩れ落ちる。


 リトは喉を押さえたまま寄ってくる者を足で薙ぎ払った。


 呼吸をしようとするたび血が流れ込みゴボゴボと口から溢れ出す。押さえた手から呼吸が漏れて音を立てた。


 碌に息が吸えない。血が止まらない。


 離れた場所から魔法使いが杖を振ろうとした。



「ボ……ル……ト!」



 エルが動かないはずの手を伸ばして、なけなしに回復した魔力を全て使い果たして途切れ途切れに呪文を唱えた。


 辺りに無数の雷が落ちた。そのうちの一本が杖を持つ魔法使いに命中する。

 エルが取り押さえられて腕を踏みつけられた。



「うぁっ」



 すぐさまリトが駆け寄って蹴り飛ばす。


 取り囲まれた。


 そこでリトは崩れ落ちた。






 残り僅かになった動ける魔導人形がエルとリトを取り押さえて引き離す。エルは猿轡をされた。



「随分暴れたな」



 リトが目を上げるといつぞやのかなり明るい銀髪の男が立っていた。


 男はリトの目の前を横切ってエルの前にしゃがみ込んだ。髪を掴んで頭を持ち上げるようにして視線を合わせる。



「随分な事をしてくれたな。魔導人形の暴走もお前達の仕業だろう?」



 男がエルを殴りつけた。リトの顔が怒りに染まる。



「そもそも、どうやって、逃げ出し、たんだ?」



 男は一言につき一回ずつエルを殴り続けた。



「おかげでこっちはかなり面倒なことになってる。

 ノーゼンブルグもどうやったんだか知らないが出しゃばって来たんだ。お前達が何かしたんだろ?

 こっちは万全の準備をしてた。そもそもお前たちはあと数日は目覚めるはずが無かった。枷もそう外せるものでもない。何をしたんだ?

 計画がパァになるところだったぞ」



 銀髪の男は最後にエルを一際酷く殴りつけると頭から手を離し身振りでエルを取り押さえていた魔導人形を退かせた。


 ゆっくりと回り込んでエルの腕を持ち上げる。



「なぁ、エルリム様よ。少しくらい八つ当たりしても仕方ないだろ?」



 そう言うとエルの肩の辺りを思い切り踏み抜いた。


 エルのくぐもった悲鳴が上がる。



 リトの中で何かが切れた。



 リトの髪が逆立ち開け放たれた扉の蝶番が弾け飛ぶ。落ちた扉がガタガタと音を立てて震え始めた。


 銀髪とその他の男達が怪訝そうな顔をして辺りを見回した。


 リトは自分を押さえつけていた者を弾き飛ばした。ゆらりと立ち上がる。


 流れ落ちる血の量が明らかに減った。


 銀髪の男は驚いた顔をした。



「お前……動けたのか?」



 リトは答えもせず男に飛び掛かった。






 目にも止まらぬ速さで距離を詰め男を蹴り飛ばす。男はそれをガードして後ろに滑った。

 リトは男を追って跳躍して頭に回し蹴りを叩き込んだ。

 男はまたしても腕でガードした。男がリトの足を掴もうとするがリトはくるりと回転して着地し、距離を取った。そこでかすかに膝が折れる。


 男がすかさず追いすがり蹴りを放った。リトは仰け反って躱しそのまま床に手を突いて次の攻撃から体を逃す。男の足が一瞬前までリトの体が有った場所を通り過ぎた。


 リトは着地と同時に男に向かって突っ込んだ。


 男の蹴りを屈んで躱し、足を払った。男がそれを跳んでやり過ごす。リトは両手をついて男の顔面めがけて跳び上がった。男が慌てて屈み込む。

 そのまま男の背後に着地したリトの膝がカクリと完全に折れた。男はその隙を見逃さず、回し蹴りをリトの首に叩き込んだ。


 リトは吹っ飛んだ。



「ゲボッ……カヒュッカヒュッゴボッ」



 リトは喉を押さえ血を吐きながらまだ起きあがろうとした。感情で一時的に膨れ上がった魔力で抑えられていた血がまた溢れ出していた。


 男はツカツカと近寄ってリトを蹴飛ばし、仰向けに転がした。



「末恐ろしいガキだな」



 そう言って喉を踏みつけた。潰すように押し込んでいく。



「ゴボッ」



 リトの顔が苦痛に歪み、口から大量の血が溢れた。



「おい、枷持ってこい。これ以上動いて死んでも困る。

 少し持ち上げて血を吐かせてやれ。溺れる」



 リトは男を睨みつけることしかできなかった。


 体の向きが変えられ持ち上げられる。床に口から、喉から、ボタボタと血が落ちた。



「やれやれ。後片付けに一苦労だ」


「その必要はない」



 男の背後から声がし銃声が立て続けに響いた。



「ぐあっ」



 男が声を声を上げて崩れ落ちた。


 リトが顔を上げる。


 髪を赤く染め、目を黒い布で覆ったアカツキが立っていた。

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