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第三十七話 覚悟

今回はちょっと長めです。

 トルタスの書庫でアカツキがリトの前に屈み込む。震える手を口に翳してほっとした表情を浮かべた。



 タソガレの目的からいって殺すことは無いだろうとはいえ、あまりにも青い顔をしているので少し不安だったのだ。



 短剣を取り出して縄を切る。横でトルタスが申し訳なさそうな顔をした。



「本当にあのバカが悪いことをしたのぅ……。

 ワシもお前さん方の事を悪人と決めつけて……申し訳ない」


「慣れている」



 アカツキはぶっきらぼうに答えた。リトの腕を肩に乗せて背負う。



「じゃあワシはこれから封印を書き換える。気を付けて帰っとくれ。掃除はまた今度じゃ」


「ああ。分かった」



 トルタスの言葉に短く答えた。

 トルタスは直ぐに光る文字を宙に刻み始めた。アカツキはそれを少しの間見つめるとトルタスに頭を下げてからドアから店内に戻った。



「おぃーっす……無事に済んだみたいだな」



 カティが床に伸びていた。



「大丈夫か?」



 アカツキがカティに手を差し出すと、しっかり握って体を起こした。



「全っ然大丈夫じゃねぇ。頭と背中が痛てぇよ。あのバカヂカラふざけてやがる」



 と悪態をつく。アカツキは苦笑してカティの頭を撫でてやった。血が流れている。



「……。手ぇ震えてんじゃん。アイツ始末したのかよ?」



 カティが問う。



「いいや。後少しという所で取り逃した。重症は負わせたが……生きてる可能性は高い」



 アカツキが答えるとカティは顔を曇らせた。



「だがトルタスと話を付けた。洞窟の封印を奴が通れないように書き換えてくれている。

 王都に奴はもう入れない。後、今日の事も黙っていてくれるそうだ」



 カティが怪訝そうな顔をした。



「見返りは?」


「書庫兼金庫の後片付けだ」



 アカツキは苦笑した。カティはますます怪訝そうな顔をする。



「トルタスはリトが自分の百年来の呪いを解いた恩人だと途中から気づいたらしい」


「ああ、なるほどね」



 そう言うとカティはやっと納得した。

 アカツキはリトを下ろして壁に寄りかからせるとポーチからオルガの血止め薬を取り出した。



「嫌だよそれ。めっちゃ痛くなんじゃん」


「直ぐに治まる」



 嫌がるカティを捕まえて軟膏をたっぷり塗りたくった。



「イデデデデ痛てーって」


「リトは耐えたぞ」



 子供のように言い聞かせると少し大人しくなった。



「アイツなんか知らんけど痛みに強いよな」



 カティは痛みの治まった頭を擦りながら言った。



「ああ、お前よりずっと我慢強い。立てるか?」


「ひでぇな。肩貸して貰ったら多分歩けるよ」


「無理をしなくても良い。結界だけ張って貰ったら引きずって帰ってやる」


「ますますひでぇ。歩かせろ」



 アカツキはリトを背負い直すとカティに肩を貸した。



「なんか俺ら満身創痍じゃね?」



 立ち上がったカティがぼやく。

 アカツキはそれには答えず軽く苦笑した。カティが三人の周りにチョークで線を引き姿を消した三人は家路についた。






 薄ぼんやりとした闇の中意識が浮上した。



 あれ?なんでこんなに暗いんだろう?

 ああ、そっか目を閉じてるからだ。



 リトは重い瞼をゆっくりと開けた。視界がぼやけて焦点が定まらない。瞬きするとまた目が開かなくなりそうだった。



 頭が痛い。重い……。



 ゆっくりと体を起こすと足元にルナが頬を付けて眠っていた。



「起きたか」



 アカツキの声に意識が急速に覚醒した。



 ヨルの誘拐。アカツキの制止を振り切って飛び出した事。指定地のメモ。痛めつけられたヨル。放られた瓶。そこで記憶は途切れていた。



「っヨルは……!?」



 勢い込んでベッドから降りようとするリトをアカツキが止めた。



「ヨルは無事に家に帰った。ゴタゴタはあったが今は落ち着いている」



 アカツキはゆっくりリトに視線を合わせた。



「お前は一週間眠っていた」



 リトはアカツキの顔が見られなかった。沈黙が流れる。



「……。ごめんなさい」



 リトが小さく謝った。



「……何に対して謝っている。お前はヨルの事になると我を忘れる事をもっと自覚した方がいい」



 アカツキがリトを見つめて静かに言う。



「今後、敵がヨルを利用しないとも限らない。そういう時どうする?」



 リトは言葉に詰まった。口を開いて、閉じ唇を噛み締めた。

 以前デコピンされた時よりもアカツキの静かな沈黙の方がずっと心が痛かった。


 また沈黙が少し流れた。



「本の僅かな時間でいい。

 六秒だ。

 自分の呼吸に集中しろ。怒りが湧き上がって衝動に突き動かされそうな時にやってみろ」



 アカツキはゆっくりと口を開いた。リトはパッとアカツキを見た。


 鮮やかな青い瞳と目が合う。



「そうすれば自然と怒りが落ち着く。落ち着いたら周りをよく見ろ。

 たとえその場に一人だとしてもお前は独りではない。

 守るべき者も味方もいる。それを思い出せ」



 アカツキの言葉が心に沁み渡っていく。

 目から一粒、涙が零れた。リトは大きく頷いた。





 アカツキから事の経緯を聞いたリトは愕然とした。



「そんな……僕がした事ってほんとに……アカツキ、本当にすいませんでした」



 カティにもしっかり謝らなければ……。



 言葉を失って項垂れるリトにアカツキが苦笑する。


 自分が何十倍にも希釈して飲むような睡眠薬の原液を飲まされた事、ヨルは思ったよりも重症で、両足と右腕が折れた状態で空き家に取り残されていた事、カティの任務と発見、善戦と負傷の事、トルタス・トルテム書店の洞窟の事、タソガレの逃亡の事等々……。


 詳しく聞いて自分の起こした事の重大性がよく分かった。


 説明の途中でアカツキには前回よりものすごく痛いデコピンを食らった。



「ヨルは買い物の途中で暴漢に襲われて、たまたま近くを通りかかった冒険者に助けられたという事になっている。

 オルガの治療を受けたから綺麗に治るらしいがしばらくは車椅子生活だな」



 アカツキの言葉にリトは胸が痛くなった。ヨルはタソガレに辱めを受けずに済んだ。それだけが救いだった。



 もしそうなっていたら……。



 そう考えるだけでリトの顔から表情が消えた。



「それにしてもトルタスとタソガレに繋がりがあったなんて……。全然気づかなかった。

 今思えばあの時、喧嘩してたのもタソガレで……僕の変装に気づかれたのもあそこだったのか」



 両手で顔を覆う。自分の迂闊さと注意力の無さを猛省した。アカツキがリトの頭をワシワシと撫でた。



「でも、本当にもう王都にタソガレは現れないんですか?」



 リトが問うとアカツキは頷いた。膝の上で指を組む。



「ああ、トルタスは封印を書き換えて自分さえも通り抜けられないようにしてくれた。それは確かだ。

 タソガレは確実に洞窟から逃げたし、もう同じ手で王都に戻ってくる事は無い。」



 リトはほっと胸を撫で下ろした。これで少なくともヨルの安全は保証される。



「枢機卿も既に帰る支度を始めている。近いうちに会いに行けるようになるだろう」



 リトはコクリと頷いた。






 二週間後、リトは王都の花屋で小さな花束を買った。

 後ろからは冒険者風の格好をしたルドガーが着いてきている。雪道に二人分の足跡を増やして歩いた。


 ルドガーは顔の割れていない夜の巣のメンバーの一人で、近接格闘に秀でていて、二本のちょっと変わった形のナイフを使う。


 そして先日のヨル襲撃事件の当事者だ。


 タソガレに不覚を取ってヨルを攫われた事をずっとリトに謝っていた。本当はもう一人ヨルに着いていたのだがほんの少しその場を離れてルドガーが一人になった時にヨルが襲われたらしい。


 リトはその事について全く怒っていない。タソガレに敵わなかった事も、たまたまタイミングが悪かったのもルドガーのせいではない。


 しかしルドガーの方はその事に責任を感じて、怪我から直ぐに復帰してヨルを家に送ったり、その後の護衛にずっと着いてくれていた。


 明るい茶髪のルドガーはその過程で、年の離れたリトの兄という設定になっていた。


 孤児院のドアを叩く。

 直ぐに若いシスターが開けに来てくれた。若いシスターはリトと目線を合わせて、ルドガーには顔を赤くしながら挨拶して中に招き入れてくれた。


 ヨルの部屋まで案内される。



「俺はここで待ってるから」



 ルドガーがリトに朗らかに手を振った。すかさず若いシスターがルドガーに話しかけ始めた。



 最初からあの調子だったのだろうか。



 そう思いながらドアをノックした。



「どうぞ」



 ヨルの声がした。そっとドアを開けて入るとヨルは二段ベッドの下に横たわっていた。



 同室の子は居ないようだ。



 事件直後ヨルは風邪をひいて高熱で一週間寝込んだらしい。その後も両足と腕の骨折という重症のため、一人で動くことが困難になり、ベッドか車椅子の生活だということだ。

 

 ギプスだらけのヨルを見てリトは胸が痛くなった。



「リト……」



 ヨルがリトを認めて目を大きくする。リトは後ろ手でドアを閉めてそっとベッドに近寄って



「ヨル、調子どう?」



 そっと小さな花束を差し出した。ヨルは嬉しそうに顔を綻ばせて受け取った。



「ありがとうございます」



 リトは椅子を引っ張ってきて勝手に座った。ヨルとしばし無言で見つめ合う。



「「ごめん」」なさい……」



 二人で同時に口を開いた。更に同時に喋ろうとして、リトが先を譲った。



「リト、本当にごめんなさい……。

 事の顛末はルドガーさんに聞きました。私がタソガレに捕まったせいでリトにも皆さんにもあんなに迷惑をかけてしまって……。

 本当に迂闊でした。私の甘さに付け込まれたせいです。」



 リトがふるふると首を振る。



「ヨルが悪いんじゃないよ。

 僕の姿をタソガレに知られた時点で、こうなる事をもっと予測しておかなきゃいけなかったんだ。

 そもそもは僕がヨルを危険に晒したんだ。僕がヨルと一緒にいた事が――」



 リトが続けようとするといつの間にか体を起こしたヨルに口を塞がれた。



「一緒にいた事が間違いだった。なんて、言わないでください」



 ヨルの顔は今にも泣きそうだった。リトはそっと口を塞いでいたヨルの華奢な手を取った。



「うん。ごめん」


「私は、最初に話を聞いた時からこのような事がある可能性を分かっていました。その上で一緒にいる事を選んだのです。

 でも自覚が足りなかった。ですから今回の事は私の認識不足と甘さが原因なのです」



 ヨルはリトをちょっと睨んだ。リトは少し目を泳がせた。



「でもそれを言ったら僕がタソガレに気づかなかったのが悪かったんだし……」


「卵が先か、鶏が先かの堂々巡りです。

 どちらが悪いのか、ではなく、どうしたら良かったかを話し合うべきではないのでしょうか?」



 尚も言い重ねようとするリトをヨルが一刀両断した。



「……そうだね」



 リトが素直に同意すると二人は見つめあって、どちらかともなく笑いだした。






 リトもヨルも覚悟が足りなかった。その事を二人で再確認した。


 起こりうる最悪を想定して行動する事。起こってしまった事には落ち着いて最善を尽くす事。


 当たり前の事だけど、それを二人で守ることにした。



「じゃあ今日は帰るよ」


「はい。ありがとうございました」



 挨拶を交わしてドアに手をかける。


 と、ヨルにちょいちょいと手招きされた。ヨルが自身の口元に手を当てて内緒話でもするような仕草をするため、リトは更に近寄った。


 そしたら反対側の頬に手を当てられて、向きを変えられた。正面からヨルを見る。そしてそっと柔らかく口付けされた。

 離された後もリトはぼーっとしてヨルを見つめた。



「リトが……なりふり構わずに駆けつけてくれた事。喜んではいけないと分かっていますが本当に嬉しかったです」



 でもお礼は言いません。とヨルは締めくくりった。


 当然だ。リトが取った行動はとても褒められたものじゃない。事態を悪化させてしまったのだから。二度としない。


 だがそれでもヨルがリトの気持ちを汲んでくれた事が嬉しかった。


 リトはヨルをギュッと抱きしめた。もちろん傷に障らないように力は加減して。ヨルも無事な方の手をリトの背中に回した。


 その時



「おい、リト。出てくるんじゃなかったのか。何をしているん……おっと」



 ドアノブが動いたにも関わらず一向に出てこないリトを訝しんでルドガーが入ってきた。

 向こうから若いシスターが口に手を当ててこっちを見ている。リトとヨルは固まった。



「お取り込み中だったか。邪魔したな」



 ルドガーがパタンとドアを閉めた。二人は顔を真っ赤にしながらそっと離れた。



「……また来るよ」


「はい。お待ちしてます」



 互いに微笑み合ってリトは部屋を後にした。部屋を出るとルドガーと興味津々の若いシスターの視線に晒された。

 リトは再び顔が熱くなるのを感じた。



「もういいのか?まだ少し時間取れるぞ。久しぶりに会ったんだ」



 ルドガーが揶揄うでもなく言ってくる。


 ルドガーは人によって態度を変えない。気さくで話しかけやすく、年下のリトの事もあまり揶揄わないでいてくれるありがたい存在だ。


 そのせいかよくモテる。



「大丈夫」



 平静を取り戻したリトが答える。



「そうか……。じゃあ帰るぞ」


 若いシスターに挨拶して孤児院を出た。外は雪が降っていた。ルドガーとリトはマントを被って家路を急いだ。






 ————揺れる馬車の中、枢機卿は二週間前までの視察を思い返していた。


 ()()は適合し、なんの問題もなく充分に成長している。


 やはり適度な自由を与えてやることが必要だったのだ。後は残る「鍵」を二つ。それさえ手に入れば全ては成される。


 門で一度馬車が止まり、外で門番と聖騎士がやり取りする。通行証を見せて馬車は再び動き出した。


 今日はこの街の教会で休むことになるだろう。


 薄闇に沈む景色を見て思う。ふと外気に触れたくなって窓を開けた。


 その時。スルリと屋根の上から窓を通って馬車の中に何者かが入ってきた。あまりに静かで自然な動作に「曲者!」の声を上げる間もなく窓が閉められた。



「騒ぐなよ。俺はお前を害する気はねぇ」



 黒いコートの人物は言う。枢機卿は聖騎士をも欺いた見事な隠形に舌を巻いた。



「何者だ」



 枢機が問うと人物は被っていたフードを下ろした。



「お前は……」



 フードの下から現れたその顔は右目こそ包帯で覆われているが教皇のご意志を阻む最大の邪魔者。


「鍵」のすぐ側にいるはずの人間のものだった。


 枢機卿が言葉を取り戻す前に男が口を開いた。



「ひとつ。言っておくが俺はお前達の追っている人物とは別人だ。

 同じ顔した赤の他人だよ。目が違ぇだろ?」



 にわかには信じがたい。枢機卿が訝しむ間に男は続ける。



「なぁ猊下げいか

 俺はお前達と敵対したい訳じゃねぇ。協力関係を結びたいと思ってんだ。

 俺はアカツキとタメを張れる。機会さえ与えてもらえりゃそれを見せることもできるぜ。

 俺のこの顔と力は使えると思わねぇか?」



 男はそう言って軽薄な笑みを浮かべた。枢機卿は頭の中でこの男の価値とリスクを算出した。



「いや、断る。私の一存では決められん。何よりメリットに対してリスクが高すぎる」


「へぇー。この状況でも断るのか。さすがは枢機卿サマだねぇ」



 男はニヤリと笑う。



「じゃあ取引だ」



 と男が次に続けた内容に枢機卿は思わず眉を(ひそ)めた。



「貴様……どこまで掴んでいる?」



 枢機卿が問うと男は口の端を釣り上げた。

これにて第二章完結となります。


 今章はあまり物語は進ま二章全てタソガレに持って行かれてしまいました。変態に始まり変態に終わってしまいました。こんな終わり方をするとは……。

ちょっと悔しいです。


 物語はまだまだ続き、引き続き第三章へと突入します。


 第三章では新たな境地と出会いが待っておりますのでどうかお楽しみください。



 そしてこれはお願いなのですが、もし「面白い」「続きが読みたい」などあれば下の⭐︎を押して評価をしてくださるととても幸せます(* ˊ꒳ˋ*)

 モチベにも繋がるのでぜひ!


 最後に感謝を。

 いつも読んで応援♡を押してくださってありがとうございます。感想をいただいた時には天にも昇る気持ちです(*´艸`)


 これかも頑張って執筆していきますので引き続き楽しんでいただけると嬉しいです!


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