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第三十六話 トルタスの決断

 アカツキとタソガレが対峙する。


 ジリジリと時間が過ぎていった。


 と、その時。タソガレが動いた。


 リトを引っ掴み背後のドアから外へ飛び出す。アカツキはそれを追った。


 ドアを潜ると風圧を感じて前に飛び込んだ。


 体の上を通り抜けて、ドアの上に大剣がめり込んだ。受身を取って飛び退り、立ち上がったアカツキは周りの光景に少しばかり面食らった。


 広い……かなり広い洞窟だ。奥に山となった金貨や宝石と、大小様々な、中にはどうやって読むのか分からない身の丈程の大きさの本が雑多に置かれていた。明らかに王都では無いその光景に驚く。



「ここはじじぃの書庫兼金庫だ」



 ドアの上から大剣を引き抜いたタソガレの声が洞窟に響いた。


 チラリとトルタスに目を走らせる。トルタスはまた手を止めて口をあんぐりと開けていた。


 アカツキも周囲に目を走らせる。土の壁に取ってつけたような木製のドア。洞窟の入口は半透明な壁のようなもので塞がれている。


 そしてその傍に縄で縛られたリトが壁に寄りかかるように座らされていた。



 ただでさえ色白な顔が更に色を失い、青ざめている。相当強い薬を盛られたのだろう。



 ヨルといい、カティといい、リトといい、己の家族をここまで痛めつけられてアカツキの胸中に激しい怒りが湧き上がった。



「ホラ、じじぃ。手ぇ止まってんぞ」



 タソガレが手を叩くとトルタスはハッと我に返って結界から出て杖で結界の壁の周囲に何やら光る術式を刻み始めた。



「ここなら遠慮なく戦えんだろ?」



 タソガレが軽薄な笑みを浮かべて言う。アカツキは黙って短剣を仕舞うと、背中の魔砲を手に取った。



「お前は絶対邪魔しに来るって思ってたぜ。間に合わなきゃそれはそれで良かったけど来たなら今日、ここで潰す。

 障害は乗り越えてこそ面白いもんな」



 タソガレはニィッと嗤った。

 そして次の瞬間、姿が霞むほどの速さでアカツキに接近するとそのまま紙のように大剣を振るった。






 アカツキは大剣を魔砲の側面を滑らせるようにして受け流すと、身を屈めてその顔面に向けて魔砲を振り回した。

 タソガレは軽く後ろに跳んで避け斜めに斬りあげる。が、それを読んでいたアカツキの魔砲がタソガレの頭に照準を合わせる。タソガレは仰け反った。


 一瞬前までタソガレの頭があった場所にエネルギー波が駆け抜ける。コートの裾が塵となった。


 タソガレは地に片手を着くと大剣を斬り上げた。アカツキはそれを横に跳んで躱す。そのまま魔砲をタソガレに向けて撃った。タソガレはそれを左に踏み込んで躱すと、更に一歩踏み込んで横に薙ぎ払った。


 アカツキは再び魔砲で斬撃を下へ受け流しそのまま一歩大きく踏み込んで魔砲を振り回した。頭を打つはずだったその一撃を、身を沈めて避けたタソガレはアカツキの胴目掛けて蹴りを放った。


 アカツキは後ろに跳んで距離を取った。タソガレも追撃を止めて立ち上がった。


 不審に思いながらもアカツキが魔砲を向けるとタソガレが口を開いた。



「なぁ、その武器、なーんか硬くねぇ?俺の剣アダンマイトなんだけど」


「……。気の所為だろ」



 アカツキが真面に答えないでいるとタソガレは呆れたように肩を竦める。



「いやいやいやいや。明らかに前と違うだろ」



 ビシリと大剣で魔砲を指す。



「まず周りの金属の色が違う。前より明らかに黒っぽいね。さてはアダンマイト混ぜただろ」



 鋭い。



 アカツキは僅かに眉を顰めた。アカツキはリトにタソガレの武器の事を聞いてから、魔砲の内部機構はそのままに外装にアダンマイト合金を使用した。


 動きに支障をきたさないよう、アダンマイトの比率は低めだが、タソガレの大剣を受け流せる程度には硬くなったのだ。



 だがそれでも傷はついている。この傷が紋様にまで及ぶと魔砲の性能は格段に落ちる。

 その事はなんとしてでも隠し通さねばならなかった。



「っかー、ヤダヤダ。やる事がやらしーねー。このムッツリスケベ」



 タソガレがやれやれと首を振る。



「敵に何がしかの対策を取るのは当たり前だ。誰もお前に言われたくはない。このオープンスケベ」



 アカツキが真顔で返すとタソガレはちょっと意外そうな顔をした。



 そんなこと知った事では無い。



 アカツキは今非常に気が立っているのだ。



「それじゃあ第二ラウンドと行きますか」


「第二じゃない。これで終わらせる」



 二人は再び武器を構えた。






 トルタスは結界の外でハラハラしながら二人の戦いを見守っていた。術式を刻む手はとっくに止まっている。


 片や世紀の大犯罪者。

 片や指名手配こそ濡れ衣だったが嗜虐的な悪党。勘当したとはいえ自分の息子だ。



 果たして言われた通りに封印を解いて逃がすべきなのか、加勢するべきなのか、止めるべきなのか、外に助けを求めに行くべきなのか、それとも静観するべきなのか。


 トルタスにはどれが正解なのか分からなくなっていた。


 鈍い金属音と飛び交う砲撃。目の前で繰り広げられるのはもはや怪獣大戦争だ。どちらの体術も武器も常軌を逸している。


 青い光を放つ砲撃が目の前の封印に直撃した。トルタスは冷や汗を滝のように流した。


 目の前の激戦は最早自分の手には負えない。トルタスが結界の中に入ったらその瞬間にバラバラになるだろう。


 この騒動の中でも目を覚まさずに結界に寄りかかっている少年を見る。恐らくこの騒動の中心人物。


 トルタスは彼を写真でだけではなく、どこかで見たような気がしてならなかった。






 結界の中は混沌と化していた。激闘に激闘が重ねられ、そこら中に金貨や宝石が飛び散り、巨大な本が地面や壁面に突き立っていた。


 アカツキが魔砲を撃つ。タソガレが巨大な本を持ち上げ思い切り投げつけた。本はエネルギー弾と激突し、回転しながら地面に突立った。


 傷ひとつすら付いていない。トルタスの防護魔法が効いているのだ。


 タソガレが本の間を縫ってアカツキに迫る。アカツキは本の隙間を埋めるように魔砲のエネルギー弾で薙ぎ払った。タソガレはそれを高く跳躍して躱すと、そのまま回転を加えて大剣を振り下ろした。


 アカツキは回転する刃を魔砲の側面で受け流し、返す力でタソガレの頭目掛けて振り抜いた。タソガレはそれを野生の勘とでもいうもので碌に見もせずに、大剣から手を離して体をくるりと宙で一回転させて躱した。


 着地と同時に加速する。またしても頭に照準を合わされエネルギー弾が放たれた。大きく左に踏み込んで避けたが耳を掠めた。


 一歩で距離を詰める。右手を伸ばし、大剣の柄を掴む。二歩目で大剣を引き抜き、三歩目で大きく斜めに斬りあげた。


 アカツキは大剣を最小限の首の動きで躱すと再び照準をタソガレに合わせた。構えて、撃つ。



 良く躱すな。タソガレ相手にはこんな大味な武器ではダメか。

 そもそも魔砲は一対多数で相手取るために生み出した武器だ。



 アカツキはあっさり魔砲から手を離し、後ろへ飛び退りながら腰に手をやり両手リトの魔銃を抜いた。


 かつてはアカツキの武器だった魔銃でタソガレが振り下ろした大剣を受け流して体勢を崩すと反対の手で撃った。逃げ道を塞ぐように予測して次々と弾を置いていく。


 タソガレの行く手を無数の弾が埋めつくした。






 ザリリッと地面を滑ってタソガレは立ち止まった。足元にバタバタと血が落ちる。



「ったく。回収して来とくんだったぜ」



 タソガレは右目と腹の左側に多数のエネルギー弾を受けていた。咄嗟に後ろに飛び退って大半を大剣で弾いたが間に合わなかったのだ。口からも血が流れ出る。



「お前、あっちの武器よりそっちの方がよっぽど強いじゃねぇの。隠してたなんてずるいなー」



 アカツキは油断なく銃を構えながら言う。



「別に隠していた訳じゃない。使えないと言った覚えも、ない」



 アカツキがタソガレの眉間に照準を合わせる。その手は微かに震えていた。


 魔力の使い過ぎによるものだった。リトの魔銃は変換器にアダンマイトが使用されているため非常に燃費が悪い。



 撃てて後二、三発といったところだろうか。



 だがタソガレは重症にも関わらずまだヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべていた。



「隠してたよりよっぽどタチが悪ぃぜ」



 タソガレが一歩後ずさる。右手の大剣を引きずっている。アカツキは一歩踏み出した。



「次々と俺の家族を襲うお前の方が余程質たちが悪い」



 アカツキが更に一歩出る。タソガレは一歩下がった。



「へぇー家族ね……」



 タソガレはチラリとリトに視線を走らせた。アカツキはタソガレから目を離さない。


 だがこの位置はまずい。万が一タソガレが避けたらリトに当たる。


 アカツキがほんの僅かに躊躇ったその瞬間、タソガレが動いた。


 左手をポーチに突っ込み何かをアカツキに向かって投げつける。アカツキはそれを撃った。エネルギー弾を受けた本が地面に突立つ。


 射線を変えてタソガレを狙う。タソガレは上手くリトを射線に入れて飛び退ると、上からスルリと結界を抜けた。アカツキが撃ったがもう遅い。弾は結界に阻まれた。



「じゃなっ!またどっかで会おうぜ!」



 タソガレは軽薄な笑みを浮かべて手を振ると飛び降りて、下に広がる広大な森へと姿を消した。






 結界に走り寄ったアカツキがトルタスを見る。



「開けられないか?」



「直ぐには無理じゃ」



 トルタスは首を振った。



 不思議ともう、仲間を家族と呼ぶこの男が怖くなかった。



 アカツキがトルタスに向き直る。



「トルタス・トルテム書店の店主、トルタスだな」



 トルタスは素直に頷いた。そして結界の内側に足を踏み入れた。アカツキは僅かに驚いて、表情を動かしたがすぐに戻す。



「先ずは非礼を詫びよう。

 店と書庫を荒らして悪かった。こんな事になった後に言うのもどうかと思うが……俺達にお前を害する気はない」



 アカツキが続ける。



「俺の身内をお前の身内が襲った。だがそれをお前を使って報復するつもりもない」



 トルタスは頷いて先を促した。



「その上で誠にこちらの都合勝手なものだが、二つ頼みがある。

 一つ目は今日この事を秘密にしておいて欲しい。俺達は賞金首の身分だが一般人を害そうとはしていない。教会から仲間を守っている。それだけだ。

 二つ目はこの洞窟を塞ぐか、アイツを……タソガレを通れなくして欲しい。俺にタソガレを追わせる気がないのなら……。

 それ相応の礼はする。出せるものは限られているが……」



 アカツキは言葉を切って真摯な目でトルタスを見つめた。育て子と同じ顔。だが浮かべる表情は真逆だった。


 トルタスは大きくため息をついた。



「あいわかった。約束しよう。秘密を守ること、洞窟の封印を書き換えること……。

 あヤツがこの封印を通ることが二度と無いようにしよう。礼は要らん」



 アカツキにすぐタソガレを追わせないことは育て子への最後の情だった。



 アカツキが今度は怪訝な表情を浮かべた。トルタスから何かしら要求されると思っていたからだ。



「じゃがそうじゃのワシも二つお願いをしようかの」



 それを見てトルタスは付け加えた。アカツキが顔を引き締める。



「全て叶えられるかは分からないが善処しよう」


「ほっほっほっ。そんなに構えんでもよい」



 トルタスはケラケラと笑った。



「一つはこの書庫兼金庫の掃除じゃ。そこら中本が突き刺さっとっては些か都合が悪いからの」


「……。直ぐに片付ける」



 アカツキは僅かにバツが悪そうにした。



「そんなに急がなくても良いのじゃ」



 トルタスはうんうんと頷くとメガネを取り出した。



「もう一つはこれを彼に掛けてみて欲しいのじゃ」



 とアカツキにメガネを差し出してリトを示した。アカツキは得心がいったように頷くとリトにメガネをかけた。


 青ざめているし、茶髪でもないが大事な恩人の顔が現れた。


 それを見てトルタスは大いに頷いた。



「よいよい。大事な恩人の家族の頼みじゃ。断る訳が無かろう」



 そう言ってにっこりとした。

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