第三十五話 人知れぬカティの奮戦
しばらくして部屋に突如アカツキとルシウスが現れた。ヨルは床で凍えていた。
「ヨル、しっかりしろ。大丈夫か」
アカツキがヨルを抱き起こして猿轡を外してやった。ヨルは視線を彷徨わせてアカツキを認めるとか細い声を絞り出した。
「アカ……ツキさん……?」
「そうだ。何があった。喋れるか。リトは来なかったのか」
ヨルは衰弱している。直ぐに医者に診せなくてはならないが何があったのかだけでも急いで聞かなければならない。
「リトが……来て、タソガレに、睡眠薬の原液をひと瓶、飲まされて、連れて行かれてしまいました。
国外に出るような、事を言ってました」
ヨルの顔が悔しそうに歪み、目から涙が零れた。
アカツキはヨルの頭を抱きしめると、ポーチから短剣を取り出して縄を切ってやった。
改めてヨルの体を見る。両足が真っ赤に腫れ上がっているし、腕にも全く力が入っていないが、服装に乱れがないことから最悪の事態は避けられたことが分かった。だが状態が悪いことには違いない。
アカツキはソファのテーブルに駆け寄り足を壊してヨルの足と腕に添え木した。
ヨルを抱いて立ち上がる。ルシウスがリトの魔銃とポーチを拾った。
ポーチと魔銃を受け取りながらアカツキは即時に判断を下した。
「ルシウス、ヨルをソフィの家へ。オルガを呼んで治療してやってくれ。
それから顔の割れてない奴も呼んで治療が済んだらヨルを送るように言ってくれ。」
ルシウスは黙って頷くとヨルを抱きとった。
アカツキはヨルの頭を撫でると
「良く頑張ったな。痛かっただろう……。
辛かったな。リトは必ず見つける。タソガレは……始末する」
最後の一言はゾッとするような冷たい声で言った。
一行が外に出ると雪が舞い始めていた。冷たい風が吹く。
「まずいな……風が出てきた。」
アカツキが呟いた。
カティは姿を消したまま王都の裏路地を歩いていた。アカツキにタソガレの根城を探すように言いつけられていたのだ。
(こんだけ暗くなったら今日はもう無理だな。雪も降ってきたし)
空を見上げると暗く、厚い雲から真っ白な雪が落ちてきた。
雨や雪とカティの結界は相性が悪い。
結界が弾いてしまうからだ。雪なんて下手したら積もりかねない。自然と家路を急ぎ足になる。その時、気配を感じて上を見た。
何もない……。
そう思ったのもつかの間、屋根の上から黒いコートのフードを被った男が目の前にヒラリと降り立った。
いきなり現れた男にカティの心臓はドクドクと激しく脈打った。
(し、心臓に悪ぃ!びっくりしたなぁもお!!なんでこんな所にしかも屋根から飛び降りてくんだよ!)
心の中で文句を言う。男はカティに気づかずにくるりと背を向けた。
すると男が担いでいたものが目に入った。綺麗で真っ白な髪をした少年。
(は!?待て待て待て待て。なんであいつとっ捕まってんだよ!?
そもそもなんで王都に!?つーかていうことはアレがタソガレか!?)
タソガレはひょいと小さな看板を避けて店らしきもののドアを開けた。カティは深く考える間も無くタソガレに向かってダッシュした。
トルタスはドアのベルが鳴って顔を上げた。
「いらっしゃ……」
言いかけて止まる。黒いコートのフードの男が入ってきた。
「またお前か!」
トルタスはキーキーと拳を振り上げた。カウンターを回り込んで背の高い男の太ももを叩く。
「今日という今日は出てけ!!!ワシの家を根城にしおってからに!!!」
「ああ、出てくよ。
なぁじじぃ、あそこの封印開けてくれよ。そしたら大人しくコイツ連れて出てってやるから」
と肩から少年をドサリと下ろした。トルタスはいやに素直な彼の言葉と、彼が抱えていた少年にびっくりした。
あどけない顔の白髪の少年。その顔色は青ざめている。
「お、お前……この子どうしたんじゃ?
手配書の……探してるって……?」
トルタスが弁明を求めると彼は言う。
「ああ、やっと捕まえたんだよね。俺、コイツ連れて国外出るからさ、洞窟の封印開けてよ。
そしたらさ、もうここには来ねーよ」
トルタスは唸った。
「何回も言ってっけど俺とアカツキは別人だからな?勘違いして俺んこと勘当したけど。
それにコイツは犯罪者だろ。
じじぃにとっても身近な犯罪者が居なくなるんだ。悪い話じゃねぇだろ?」
彼が追い打ちをかける。
「お前……その子をどうするつもりなんじゃ?」
トルタスが問うと彼は軽薄な笑みを浮かべた。
「まぁ、ちょっと心ポッキリ折ってオモチャにしようと思ってね……。
なぁに犯罪者なんだ。それくらい許されるだろ?」
「そこは大人しく街に突き出さんか!」
とトルタスが怒ると
「やだよ。だって俺の方がとっ捕まんじゃん。じじぃですら間違えて勘当すんのに街がそれ、聞いてくれるかよ」
などと言い出した。トルタスは唸って杖を手に取った。
「むぅぅ……。その代わりきっちり約束は果たせよ」
トルタスが奥へと歩き出す。
「ああ、分かってるっ……?」
再び少年を担いでトルタスに着いてきていた彼がふいに言葉を切って振り返る。
「?どうしたんじゃ?」
トルタスが問うと、彼は背後の何も無い空間に手を伸ばした。
「なんか?この辺から視線を——」
彼が言い終える前に突如空間が割れるようにして、明るい金髪の青年が現れ、彼の頭に痛烈な蹴りを叩き込んだ。
タソガレが何も無いはずの空間に向かって手を伸ばしてくる。
(うっそだろ!?コイツ!!勘が鋭いってもんじゃねぇ!!)
カティはその手を避けながら焦った。
トルタス・トルテム書店のドアが閉まる前に何とか滑り込んで、トルタスとタソガレの会話を今までしっかり聞いていたのだ。
(洞窟ってなんの事だ?
ここを逃せば国外に逃げるだと?心を折ってオモチャにするだと?ふっざけんな!!)
先程見たリトの顔色はとても悪かった。
何をしたのかは知らないが、弟分にここまでされてカティの心中は穏やかじゃなかった。
カティは心を決め指輪をはめると、一歩大きく踏み込んで、タソガレの頭に痛烈な蹴りを放った。
蹴りがタソガレに命中して結界が割れる。
タソガレが驚いたようにして体勢を崩す。カティは指輪に魔力を込めて叫んだ。
「王都の三番通り!北から四本目の小さな路地!トルタス・トルテム書店だ!」
指輪がサラサラと崩れて無くなる。タソガレは何とか踏みとどまってカティと対峙した。
「お前、何?
ずいぶんな術使うな……。どっかの暗殺者か?」
タソガレがニヤリと嗤う。
余裕かよ……。
カティは黙っていた。余計な情報は与えない方がいい。
「ああ、もしかして夜の巣か?
こんなとこまで張ってんのかよ。それともどっかから着けてたのか?ったく油断ならねーなー」
タソガレがガリガリと頭を掻く。カティの眉がピクリと動いた。
「じじぃ」
と突如現れた闖入者に驚き固まっていたトルタスにタソガレが話しかけた。
「封印解いててくれよ」
ヘラヘラと手を振る。リトを床に降ろすとこちらに向き直り、真顔になった。
「俺はコイツの口を塞ぐ」
言うや否やカティに飛びかかってきた。
弧を描いて放たれた鋭い蹴りをすんでのところで躱す。鼻先を足が掠める。カティは右に体を振った。その横を続け様に放たれたタソガレの蹴りが通り過ぎる。
タソガレが大きく踏み込んで拳を突き出す。カティは横にステップを踏んで避けた。
タソガレの馬鹿力は聞いている。
一発でも喰らえば即KO。その後は頭を踏み潰されるなりなんなりして命が終わるだろう。
そもそも俺は戦闘向きじゃない。
タソガレの鋭い回し蹴りを仰け反って躱しながら心の中でぼやいた。床に手をついて次の攻撃から体を逃がす。
諜報、工作、隠蔽特化なのだ。
反動をつけた手で跳び上がった。一瞬前までカティがいた場所に足が振り下ろされた。タソガレは立ち上がった。
「なんなのお前?
ちっとも反撃してこねぇじゃん。逃げ回ってばっかりでさー」
そう、カティは回避能力に優れているが攻撃力はあまり自信がない。
最初の渾身の蹴りでダメだったのだ。攻撃を捨てて回避に全力で集中する事によって今、何とか生き延びている。
「あ、もしかして攻撃力ねぇの?」
タソガレがニヤリと嗤う。カティも不敵に笑って見せた。
「それはどうか分かんねぇぜ?」
強がりを言ってみる。
タソガレは口の端を吊り上げて、あっという間にカティとの距離を詰めてきた。
軽い突きを幾つも繰り出す。カティはそれを前後左右に体を振り、ステップを踏んで躱した。
こんな突きでも食らえば重症になるのがタソガレの怖いところだ。と、背中が本棚にぶつかった。
やばい……!!!
タソガレが大きく振りかぶる。カティは本棚を蹴って大きく跳び上がった。
宙で体を捻り、ポーチから灰色のチョークを取り出した。
タソガレがそれを目で追う。カティは自身の周囲に素早く線を引き、姿を消した。
タソガレが驚いて動きを止める。カティは一つ向こうの本棚の後ろに音もなく着地した。直ぐに移動してタソガレを見る。
タソガレはカティが着地した地点目指してツカツカと歩いてきた。
「今度は隠れんぼか?
いいぜ。俺は昔から鬼、得意なんだ。」
カティは音を出さずに移動を続ける。
「その術、実体を消す訳じゃねぇんだろ?」
タソガレが続ける。カティはタソガレの背後に回り込んだ。短剣を取り出して抜く。
「見えなくするだけだ。だから音も、匂いも微かな気配が残ってる。そうだろ?」
と、いきなり振り向いてカティの喉を掴んだ。
結界が崩れて割れていく。タソガレは片手で軽々とカティを持ち上げ、カティの手から短剣を取り上げて放り捨てた。
「敵わない時点で逃げるべきだったな」
とヘラヘラした軽薄な笑みを浮かべる。
「そしたらお前、リト連れて逃げるじゃねぇか……」
カティが苦しそうな声で言う。
「そういやそうだな。じゃあしょうがねぇな」
タソガレがニヤリと笑って首を絞める力を強めた。カティが苦しそうに顔を歪める。そのままくるりとトルタスを振り向いた。
「じじぃ、結界……まだ?」
その言葉に唖然としていたトルタスがハッと我に返った。
「年寄りは突然の事について行かれんのじゃ!!仕方なかろう!!そいつは誰じゃ!!!」
キーキーと怒って拳を振り上げる。
「多分アカツキの仲間だよ」
行った行った。とトルタスを追い払う。
「ちょろちょろ逃げてばっかだったけどお前、案外やるな」
タソガレが楽しそうに赤い目を歪める。
「名前聞いといてやるよ」
と、少し首の力を緩める。カティは黙ってタソガレを睨みつけた。
「お前らみんなだんまりで睨みつけるの好きな」
タソガレはやれやれと首を振ってカティを床に叩きつけた。
「ガッ……!!!」
カティの息が一瞬止まる。
「じゃぁな。あばよ」
タソガレがゆっくりと足を持ち上げた。
その瞬間、ドアが開いて誰かが飛び込んできた。
誰かは短剣を抜き放ちタソガレ目掛けて一直線に体当たりした。二人がもつれあって奥の部屋へゴロゴロと転がりバッっと距離を空けて対峙した。
カティを背後に庇うようにアカツキが。
リトの側に奥の部屋の開いたドアを背にしてタソガレがお互い構えたまま睨み合う。
タソガレの喉が少し切れて血が流れていた。
「お出ましだな」
タソガレはそう言って首の血を親指で拭った。




