第二十九話 迷子追跡薬
絶体絶命の大ピンチに駆け付けてくれたアカツキを見て今度は安堵の涙が浮かぶ。
でもどうしてここが分かったんだろう?
リトが疑問を浮かべる間にアカツキは状況を把握した。
床に押さえつけられて、涙を浮かべるリト。それに覆い被さるタソガレ。
「悪ぃけど今取り込み中なの。邪魔しねぇでくんねーか」
タソガレが言い終わる前に距離を詰めたアカツキの脚が弧を描く。タソガレは仰け反って飛び退った。
「あーあーもー。本当にいいとこだったのに。
どうしてここが分かった?」
タソガレが目を鋭くする。アカツキはそれには答えず、リトの前に立ち塞がった。
リトは服を直した。ゴシゴシと顔を拭いてアカツキを見る。その顔は静かな怒りに燃えていた。
「アカツキ、あいつ夜の巣のことを……」
「そうか」
リトがアカツキに囁くとアカツキは簡潔に答えた。
いつもより更にぶっきらぼうなのは怒っているからだろうか。
リトは近くのテーブルを蹴って倒すとフルーツナイフを手に取った。縄を切る。立ち上がってタソガレと対峙した。
「本当にさ、こっちは迷惑なんだよね。お前と間違えられるから街もウロつけないし。いっぺん死んでくんねーかな?」
「お前はここで殺す」
タソガレとアカツキが静かな殺意を滾らせ空気が張り詰める。
戦いのゴングが鳴った。
先に動いたのはタソガレだった。目にも止まらぬ速さで距離を詰めるとアカツキの顔目掛けて拳を繰り出す。アカツキは僅かに首を傾けて躱すとタソガレの腕を抱え込んで襟元を掴み、背負い投げした。
タソガレは足を着いて踏ん張ると勢いを利用してアカツキを投げた。アカツキはクルリと着地するとそのままバク転して回避した。
一瞬前までアカツキがいた場所にタソガレの足が振り下ろされバキリと床が割れる。
アカツキが手を着いたまま体を捻って蹴りを放つ。タソガレは低く身を屈めて躱すと大きく踏み込んでアカツキの胴を蹴ろうとした。
アカツキは倒れるようにそれをやり過ごして足を着いて立ち上がると距離を詰めて拳を振るった。タソガレがそれを腕でガードする。
互いが互いの攻撃を受け、流し、間合いを奪い合う。
瞬きすら許さない一進一退の攻防が繰り広げられた。
————一時間前。ヨルは夕暮れの迫る道を急いでいた。
門限まで後僅かしかない。手には精緻な細工の懐中時計を握っていた。リトのものだ。
先日リトがヨルに貸してくれて返すのを忘れていたのだ。
これから数ヶ月会えなくなる。この時計はリトの大切な物だ。運が良ければ追いついて返せるだろう。
そう思ってリトを追いかけていた。もし間に合わなくてもソフィに渡せば比較的早く返すことができる。そう思っていた。
ソフィの家への近道の路地に入る。急いでいたので息が乱れた。
少し立ち止まって整えると顔を上げた。すると遠くに見慣れたリトの後ろ姿が目に入った。
良かった!間に合った!
リトの元へと駆け出すと二つ手前の路地から黒いコートの男が現れた。ヨルはなぜだか分からないけど慌ててすぐ横の路地に飛び込んで姿を隠した。
なぜ私は隠れたのでしょう……。
そっと路地から顔を出して覗く。男がリトに向かって歩いてゆく。リトが振り向いて怪訝そうな顔をした。
嫌な予感がする。
胸騒ぎがした。次の瞬間男の姿が霞み、リトの真横に現れた。リトが驚いた表情のまま崩れ落ちる。
ヨルは口を覆って叫び声を押し殺した。リトを抱きとめた男が振り向く。ヨルは慌てて首を引っ込めた。再びそっと覗くと男はリトを抱えたまま壁を蹴って屋根に上がり駆け出して行った。
リト……!!!
ヨルは全速力で駆け出した。
ソフィの家のドアを勢いよく叩く。あれから時間が経ってしまった。急ぐあまりに何度も転んでしまったからだ。
「ソフィさん……!!!ヨルです!!!開けてください!!!リトが……リトが……!!!」
ドアが開き、ヨルは中に倒れ込んだ。ドアを開けた女性、ソフィのお手伝いのパメラが驚いた顔をしている。
「ヨルさんどうしたのですか?リトさんに何かあったのですか?ご一緒ではないのですか?」
ソフィが奥の部屋から出てきた。玄関に蹲るヨルを見て驚く。その後ろでパメラがドアを閉める。
「まぁヨルちゃん?一体何があったんだい?」
「リトが……!!!リトが、攫われたん、です……!!!私、偶然、見て……!!!」
息が荒く絶え絶えなヨルの言葉に二人が顔を見合わせた。
「リトが……?」
「あ、アカツキさんを、呼んで、くだ、さい……!!!」
ヨルが涙ながらに叫ぶと二人はすぐに動き出した。
ソフィが奥の部屋へ行き、小さな指輪を取り出して指にはめる。
パメラはヨルを椅子に座らせて落ち着かせた。
「アカツキ!ソフィだよ!リトが攫われた!!」
ソフィが指輪に魔力を込めて叫んだ。
この指輪は通信用の魔法道具だ。
市場にも流通しているこの通信具は指輪と耳飾りの一対で、指輪が発信、耳飾りが受信の役割をする。耳飾りに事前に魔力登録をすることによって、街が至る所に設置している通信塔を介して短距離間でのみ音声のやり取りを可能にする。
だがソフィが使った指輪は夜の巣の協力者である、とある魔法使いが開発した特注品だ。
通信塔を介さず長距離でも、結界内の異空間でも、どこからでも必ずアカツキの耳飾りに音声を届ける。発信の負担が大きく一回使うと壊れてしまうのが玉に瑕だ。
まだ試作段階の物だが緊急時などの最終的な連絡手段としてソフィや遠隔の地の仲間たちに渡されているのだ。
ソフィの指輪がサラサラと形を失って消えた。
アカツキがすぐに鏡から現れた。
「何があった」
ヨルを見つめる。ヨルはまだ息が整っていなかったが一生懸命になって先程見たことを伝えた。
「案内してくれ」
アカツキがフードを被る。
「はい!」
ヨルが立ち上がるとアカツキはヨルを抱き上げた。ヨルがびっくりしていると
「悪いがお前の足に合わせている時間はない。急ぐぞ」
とドアを飛び出してヨルからすればとんでもない速さで走り出した。ヨルは慌ててアカツキにしがみついた。
リトが攫われた地点に来るとアカツキはヨルを下ろした。地面を確かめる。
「ダメだ。残された痕跡が薄すぎる」
「そんな……!!!」
ヨルが愕然とするとアカツキは少し思案してポーチから何やら金色の粉の入った瓶を取り出した。
「何かリトが持っていた物、出来れば身につけていたことがあるものを持っていないか」
とヨルを振り向く。ヨルは戸惑いながらも懐中時計を差し出した。
アカツキが懐中時計に金色の粉を振りかける。
金色の粉は風もないのにふわりと舞い上がり、宙に漂いだした。
「これは……?」
ヨルが問うと
「オルガ特製の迷子追跡薬だ。以前ルナが行方不明になったことがあってな。
物に振りかけると、身につけていた者の魔力を辿れる。
ただし風が強いと使えない。多少の風には耐えるが強風には飛ばされる」
そう説明した。
金色の粉が薄く微かになりながらふわりふわりと宙に上ってゆく。
「俺はこれを追う。お前は家に帰れ」
「……はい」
リトの無事をこの目で確かめたいが、自分が行っても足でまといにしかならない。
ヨルはその事がよく分かっていた。
俯くヨルの頭にアカツキはポンと手を置いてそのまま撫でた。
「大丈夫だ。必ず見つける。明日またソフィの所に来い」
ヨルの目から涙が零れた。
「はい。お願いします」
アカツキが壁を蹴って登り、屋根の上に消える。
どうか無事でいますように……。
ヨルはリトからもらったロザリオを握りしめた。
————一進一退の目まぐるしい攻防が続く。
リトはジリジリと棚に近寄り、機会を伺っていた。
タソガレの上段蹴りをアカツキが前傾して躱す。
まだだ……。
アカツキの拳をタソガレが腕で防御する。
まだ……。
二人の蹴りが交差して飛び退いた。
今……!!!
リトは棚に飛びつくと、魔銃を構えて、撃った。
タソガレが僅かに弾に気を取られてアカツキから意識を外す。その一瞬を突いてアカツキが距離を詰めてタソガレの左頬に拳を叩き込んだ。
タソガレが少し跳んで二人は再び大きく距離を取った。タソガレは口の端を拭った。血が流れている。アカツキは拳を少し握って開いて呟いた。
「頑丈だな」
「まぁなー。身体能力特化はダテじゃねぇぜ。」
タソガレが軽薄な笑みを浮かべる。と、笑みを消して
「今日はここまでだ」
と言い壁に痛烈な蹴りを放って大穴を開けた。リトが発砲するもタソガレはそれを碌に見もせずに躱し夕闇に沈む街へと姿を消した。
唖然とするリトとアカツキの元にバタバタと足音が近づいてくる。
「あいつだ!アカツキが俺の宿を……!!!」
小太りな男が衛兵を引き連れて入口から現れた。
部屋に衛兵が雪崩込む。
リトはマントとその他を引っ掴み、アカツキと共にタソガレの後に続いた。
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