第二十七話 ツケを払え
「カインバックへ?」
朝食を摂っていたリトにオルガが言った。
「ええ。ちょっとしたお遣いです」
オルガがぷかりと煙を吐き出す。
「宿屋の主人に頼んでいたレスフゲルドが採れたそうなので取りに行って欲しいんですよ。
私はあれの肝を熟成させて使うんですけど取り出すまでは鮮度が命ですから……。だから回収してきてもらえると助かります」
レスフゲルドはカインバックとレスフルの間にある森に棲むカエルだ。中型犬くらいの大きさで、鶏や猫くらいなら食べてしまう結構怖い魔物だ。
だがその肝は大変効能に優れていて、炎症鎮痛、滋養強壮、傷に貼り付ければたちまち塞がり、難病の治療にも使われる。
しかしレスフゲルドが死んでから体内に残したままだと毒が発生するのだ。
一体それを熟成させて何に使うのかは聞かない方がいいんだろうな。
とリトは思った。
「いいですよ……って言いたいんですけど僕、教会に捕まった時にカインバックに居たことを突き止められてしまったんですよね。
のこのこ行って大丈夫でしょうか?」
オルガが頷く。
「主人の計らいであなたは死んだことになってます。それに、茶髪でメガネのあなたと本来のあなたの姿を同一人物と見抜く人はそうそう居ないんじゃないですかね。
カインバックの情報を持っていた司教は既に居ないですし。
心配でしたら変装して行きます?」
と、灰緑色のドロリとした液体の入った瓶を取り出す。リトは勢いよく首を横に振った。
三時間性別が入れ替わるオルガの変装薬のひとつ。
リトは以前これで一時的にとはいえ女の子になった。あの時受けた精神ダメージは酷かった。臭みと苦味のオンパレードのその薬はもう飲まないと心に決めていた。
「私も見たかったのに……。
残念ですね。あなたは薬が効きにくいんで、たった一時間しか持たなかったらしいですね。その点を心配しなくていいように沢山用意したのに……」
オルガは残念そうにポーチから瓶を五、六本取り出した。リトは激しく首を振った。
オルガと薬から逃れるように急いでスクランブルエッグをかっこんで立ち上がった。
「それじゃぁ準備して行きます!」
というリトにオルガがナイフを手渡す。
「主人は丸々取っておいてくれてるみたいなので肝だけ取り出してお願いします。このナイフは脂が付いても切れ味の鈍らない特注品です。なのでリトでも簡単に肝を取り出せるはずです。私が行かなくてもダイジョウブ……」
なんだかいつもより言い訳がましいオルガにリトが首を傾げていると、オルガは観念したように言った。
「私はカエルというものが苦手なんです」
髪を染め、メガネをかけて、腰に二丁の魔銃を差す。一通り準備を終えたリトは右から三番目の鏡を通ってカインバックの宿部屋へ降り立った。
部屋から出るとカウンターの中で主人が忙しそうに働いていた。
「おはようございますハルマーさん」
宿屋の主人こと、ハルマーが振り向くと愛想の良い笑顔を浮かべた。
「リトが来たってことはオルガの使いか?」
「はい。レスフゲルドの肝を持って帰るように言われました。」
とポーチから密閉袋を何個も取り出す。ハルマーは苦笑した。
「オルガのカエル嫌いは今に始まったことじゃあないが、今回はワタヌキする暇がなかったんだ。悪いな」
「大丈夫です。オルガから切れ味のいいナイフを預かってきてるので」
リトも苦笑を返す。
ハルマーは宿の裏の手洗い場にリトを連れていった。
石造りの階段の横に空の桶が二つと大きな桶にレスフゲルドが山盛り積まれていた。
確かにこれはカエル嫌いのオルガが見たら卒倒しそうだ。
「冒険者組合に依頼を出しといたらやっと狩ってきてくれたんだよ。そんで沢山狩ったから報酬を弾んでくれってな。」
リトに蛇口を示す。
「ここの水は好きに使ってくれ。階段にでも腰掛けてやるといい。そうだ、手袋いるか?」
と薄い撥水性の生地の手袋を取り出す。リトはありがたく借りることにした。
巨大なカエルを捌いて肝を取り出す。肝を密閉袋に入れて残った身と皮は洗って空の桶に。ハルマーが状態の良い奴を使って料理するらしい。
レスフゲルドの料理がちょっと気になったリトに、後で食べさせてくれる約束をしてくれた。
手袋を借りていて良かった……。
レスフゲルドはたっぷり油が乗っていて、手袋が無かったら手がズルズルになっていただろう。後、絶対爪の間にワタが入り込む。
リトがちょこちょこ休憩しながらのんびりとカエルを捌いていると別の路地から話し声が近づいて来た。
「チッここに来る度腹が立つぜ。ハルマーのヤツが俺らのことを告発しやがったせいで……」
「なんでバレたんだろうな?おかげで別の街の組合に行くはめになって……」
「まぁもうここの組合からのペナルティも解除されたんだ。割のいい依頼でもしてパーッとやろうぜ」
「あのオヤジいつか絶対痛い目見せてやる……!」
などと不穏なことを言い合いながら、男たちが姿を現した。逆光で顔はよく見えないが、冒険者風の格好をした五人構成のパーティーといったところだろうか。男達が声を落として囁き合う。
「なぁ、今度ハルマーに仕返ししねぇ?」
「やべぇって止めとけよ!ハルマーは組合と仲良いんだぞ!次なんかしたのバレたらペナルティだけじゃすまないぞ!」
「まぁでも小火ぐらいなら……」
リトは手袋を地面に叩きつけて立ち上がった。男達がリトに気付いて立ち止まる。
「やべぇ……聞かれたかな?」
微かな声で囁く。五感の鋭いリトには丸聞こえだ。リトは男達を睨んだ。
男達の中で一番体格の良い男がリトに歩み寄り、胸ぐらを掴んで吊り上げた。
「おい、ガキ。殴られたくなかったら今聞いた事全て忘れろ。お前は何も聞いてないよな?」
リトは驚愕のあまり声も出なかった。脅されたからでは無い。
男がリトが初めてパーティー組んだ時のリーダーだったからだ。
リーダーはリトの表情を勝手に解釈した。
「なぁに、お前がなんにも聞いてなければ問題ない。そうだろ?」
男が問うといつの間にか近くに来ていた仲間たちがニヤニヤしながら頷いた。
リトはかつて受けた仕打ちと、今聞いた話とで再び怒りが湧き上がってきた。
「おい、お前は何も聞いてない。それさえ言えば離してやるって言ってるだろうが?」
リトは素早く身を捻るとリーダーの肘に向かって痛烈な蹴りを放った。
「ぐぁっ」
リーダーの腕の関節が本来の向きと逆に曲がる。解き放たれたリトはするりと着地してその勢いのままリーダーの足を払った。
リーダーが、周りを巻き込んで派手に転ぶ。転倒を免れた何人かが慌てて短剣を手に取った。
立ち上がろうとするリトに男達が次々と襲いかかる。リトはサッと腰から魔銃を抜き取ると短剣を銃身で受け流し、弾いた。
バランスを崩した男の一人にグリップを叩き込む。
その流れにまかせて振り下ろされた短剣を躱した。短剣が空回り体勢を崩した男の頭を、回転を乗せたグリップで殴る。
地を蹴り大きく仰け反って三つ目の刃を避ける。そのままバク転して男と対峙した。
「なんなんだお前!?」
男が叫ぶ。リトは答えずに駆け寄った。突き出された短剣を見切って距離を詰める。
だがそこはさすが冒険者。手首を返して切りつけてきた。
銃身で受け流して、体勢をリトの都合の良いように崩す。右足を軸にして後ろ回し蹴りを側頭部に入れた。
男が崩れ落ちるや否やリトは飛び退った。一瞬前にリトがいた場所に棍棒が振り下ろされる。
「テメェ……!!!」
リーダーが荒く息をつきながら立っていた。巻き込まれて転倒していた男も立ち上がっている。
リトは壁に駆け寄ると足をかけて蹴った。反対側の壁に着地して再び蹴る。そうしてリーダーの頭上を跳び越え、呆然とする男に回転を加えた踵を落とした。
そしてリーダーの背へ銃を突きつけながら立ち上がった。
「動くな」
リーダーが肩越しにリトを見下ろし、足元の仲間たちに目を走らせた。
「おいおいこんなところで撃つのか?まずいんじゃないか?」
リーダーの声には焦りが滲んでいる。
「ハルマーさんに手を出すのは止めろ」
リーダーがゴクリと生唾を飲み込んだ。リトが銃を強く押し付ける。
「返事は?」
「わ、分かった……。悪かった。絶対手は出さない。コイツらにもそう伝える。だから、う、撃たないでくれ……」
リトは少し考えると、もう一度銃を押し付けて問う。
「一ヶ月半前にお前たちが殺した子供の装備はどうした?」
「こ、子供?」
リーダーは突然の問いに戸惑った。
「そうだ。お前たちが西の迷いの森の中で殺して身ぐるみ剥いだ冒険者の子供だ。」
「そ、それなら質に入れたよ。でも、なんでそんなこと……」
銃声が響き、弾がリーダーの頬を掠めた。リーダーは小さく悲鳴をあげた。
「命が惜しければ余計なことは訊くな。このことは誰にも話すな。こいつら回収してとっとと去れ!」
リトがリーダーを蹴飛ばすと、リーダーは慌てて男達をかき集めて引きずって行った。
リーダー達が消えるとリトは緊張を解いた。右腕と肋が少し痛む。
「質かぁ……流れてなければいいけど……」
腕をさすって大きくため息をつく。
表からバタバタと足音が聞こえてハルマーが飛び出してきた。
「リト!?無事か!?なんか銃声が聞こえたが……」
リトは腰に魔銃を戻すと頭を下げた。
「すいませんそれ、僕です。以前僕を追い剥ぎしたやつらとちょっと揉めて……」
威嚇しました。と続けた。ハルマーはやや呆れた顔をした。
「まぁ無事で何よりだが。大丈夫なのか?」
恐らく身バレの事だろう。リトは頷いた。ハルマーはやれやれとため息をついて戻って行った。リトはレスフゲルドの肝取り作業に戻った。
後で質屋に寄ってみよう。




