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第二十六話 トルタス・トルテム書店(下)

「あの……あなたはなんで透明なのですか?」



 ヨルが恐る恐る尋ねる。それはリトも知りたかった。



「ん?ああ、呪いじゃよ。昔、竜とゲームをして負けた罰ゲームで一週間ほどの予定で透明になる呪いをかけられたのじゃ。

 しかしヤツめ、約束の日の前日に食った魔物に当たって死におった。その日からわしは透明なままなんじゃよ」



 トルタスはなんでもなさそうにそう言うと、トコトコと歩いてカウンターの中のクッションを積み上げた椅子にヨイショと腰掛けた。



 その話も本当ならこの人は何歳なんだろう?人とゲームする程友好的な竜なんて少なくとも百年以上前じゃないと居ないはずだ。



「えっと……じゃあ、あなたは……魔王以前の竜を知っているんですか?」



 リトが聞くと



「そうじゃよ。ワシは今年でめでたく二百歳。昔は竜の友達も多かったが魔王のやつが何頭か、若いやつを唆したおかげで皆殺されてしもうた」



 トルタスは少し悲しそうに首を振った。



 なんだか荒唐無稽な話がポンポン出てくるぞ。



「あなたが歩いてたらすごく噂になりそうですけど………」



 リトは思ったことをつい口にしてしまった。トルタスは気にした風もなくケラケラと笑いだした。



「目立たんように気をつけておるからな。この店に立つ時以外は透明術をかけた服と靴をきるのじゃ。まぁもっともきちんと置いとかんとどこにあるか手探りで探す羽目になるがの。

 誰かにぶつかったり大声で歌ったりせん限り問題ない」



「そんなに目立ちたくないんですか?」



 リトが目を丸くするとトルタスは靴をブラブラさせながら



「ワシほどすごい魔法使いがそこら辺を歩いとったらあっちにこっちに引っ張りだこじゃからな。ワシはひっそりと本に囲まれて過ごしたいのじゃ。表舞台に引っ張り出されるのはごめんじゃ」



 と言った。



「透明だと、ご苦労も多いのではありませんか?」



 ヨルが気遣わしげに尋ねる。



「ん?ワシは基本夜にしか行動せん。馴染みの店もあるにはあるが、だいたいは人目につかんようにこっそりと品物を失敬して、その分多めの代金を置いて帰るからそこらでは妖精さんと呼ばれとるよ」



 トルタスがちょっとバツが悪そうに、でもどこかおかしそうな声で言った。リトとヨルは顔を見合わせた。



 それはちょっとグレーゾーンだぞ。



「誰もワシの姿を見れんのじゃからしょうがなかろう。何度も言うがワシは表舞台に出たくない。

 かれこれ百年は人と目を合わしとらん。この店を訪れる者の数はまあまああるが接客はほぼせんのじゃよ。今回のは気まぐれじゃ。まぁもう慣れたもんじゃよ」



 トルタスがため息混じりに言った。なんでもない風に装っているがその声には隠し切れない寂しさと恐怖が覗いていた。


 リトもヨルもそれに気付いた。



「本当は?」



 リトが問うとトルタスは逡巡してため息をついた。



「お前さん達みたいな若い子に見透かされるとはワシも随分……いや、まぁいい。


 本当は怖くてしょうがないんじゃ。


 ワシの姿は誰にも見えん。ワシ自身も例外じゃない。自分の顔ももうわからん。

 体に何か異変が起こっていたとしても見ることが出来ん。自分の存在がどんどん薄くなって行くような気がするんじゃよ。

 毎朝起きる度に自分が存在しておるか心配になる。起きる度に恐怖でいっぱいになる」



 トルタスは悲しげに言うとどこか晴れ晴れした様子で



「誰かにこの事を聴いて貰いたかったんじゃろうな。ワシは。ありがとう」



 と礼を言った。






「もし透明な呪いが解けるとしたら……解きたいと思いますか?」



 リトがトルタスに問う。



「そりゃもちろん!」



 トルタスは即答した。



「じゃがしかしワシの頭を持ってしても呪いを解く方法なんぞついぞ見つからん。今はもう諦めておるよ」



 トルタスが大きなため息をついた。リトは少し悩んだ。



 トルタスの呪いを解いてあげたい。でもリトが呪いを解けるということが露見すれば周りの人達に危害が及ぶかもしれない。だがトルタスは名声を求めるタイプじゃない。秘密さえ守ってくれれば……。



 リトは短気で快活なこの老人に祖父を重ねていた。リトにはトルタスがもう他人のようには思えなかった。



「ほっほっほ。いいんじゃよそんなに悩まんで。

 ワシの身を案じてそこまで考えてくれることが嬉しい。それだけで充分じゃ。」



 トルタスのこの一言でリトは心を決めた。サッと立ち上がりトルタスの横に立つ。トルタスは戸惑った。



「ど、どうしたんじゃ……?」



 トルタスの質問には答えずに、リトはトルタスの頭であろう場所を両手で挟んだ。



「い、一体何を……?」



 戸惑うトルタスにヨルがしぃー、と指を立てる。



「お静かに。大丈夫。あなたに危害は及びません」



 ヨルの声を聞きながら、リトは意識を集中させて目を閉じた。



 竜の呪いなんて解けるかな。



 リトも初めての試みなので分からないから余計な期待をさせぬよう黙って解呪をすることにしたのだ。






 数時間後。リトはトルタスからそっと手を離した。トルタスがまじまじと自分の手を見ている。


 椅子を飛び降りると店の奥へ行き、立てかけてあった鏡を覗き込んで小さく声を上げた。



 解呪は成功した。



「ワシじゃ!!!ワシが映っておる!!!」



 トルタスは鏡の前で百面相した。

 頬を両手で思い切り横に伸ばしたり、歯をむき出したり、おでこと顎を押し潰したり……。

 長年放ったらかしだったシルバーブロンドの髪はあっちにこっちに好き放題伸びてボウボウだ。髪とお揃いの色の長い髭は地面まで伸びている。



「こんなに伸びとったのか。通りで蹴つまづくわけじゃ」



 トルタスはケラケラと笑い出しくるりと振り向いた。



「お前さん一体何をしたんじゃ!?」



 リトは黙って微笑んだ。

 トルタスはリトに駆け寄るとリトの手を取って踊り出した。



「信じられん!ワシの姿が戻ってきた!!

 ワシの手、ワシの足、ワシの顔!!!シワの一つ一つでさえ愛しいわい!!!」



 トルタスが狂喜乱舞する。

 ヨルはにこにこしてそれを見ていた。リトは今にも空を飛びそうなトルタスを捕まえて大事なことを伝えた。



「あなたの呪いはもうあなたを脅かしません。姿が消えることはもうありません。

 それだけは保証します」



 トルタスが歓喜の涙を流しながらリトに礼を言う。



「ああ、本当にありがとう……。

 夢のようじゃ。再び人と目を合わせて話が出来る……。なんということじゃ。

 お前さんが何をしたのかはわからんが、本当にありがとう。

 ワシになにかできることはないかの?」



 トルタスが涙でぐしょぐしょになったハンカチで大きく鼻をかむ。



「じゃあ、一つだけ。

 僕がこれをしたということを絶対に秘密にしてください。あなたが自分で解決したことにしてください。僕のことは絶対に秘密にしてください。

 それだけです」



 トルタスは目を見開いたがすぐに大きく頷いた。



「うむ。深くは聞くまい。

 あいわかった!この事はワシが墓まで持っていこう!!!」


 リト達が本の代金を支払おうとするとトルタスは今回の礼だと言い、頑なに受け取ろうとしなかった。



「あの、ありがとうございます」



 リトが本を大事にポーチへ仕舞う。トルタスは上機嫌に頷いた。



「なんてことは無い。これくらいはいくらでもさせとくれ」


「また来ます」



 リトとヨルは微笑んで店を出た。






 リト達を見送ったトルタスはカウンターの椅子によじ登った。



「はー……ローブと靴以外を見るのはなんと久しぶりな事じゃ。

 ワシはまだ夢を見とるんじゃなかろうか」



 ほっぺたを思いっきり捻る。



 痛い……。



「夢じゃない……。今日は外に出かけよう。どこかのカフェで美味しいものでも食べよう。そうしよう」



 と呟いた後しばらく嬉しさでぼーっとして椅子からピョンと飛び降りた。

 今一度鏡を覗く。



 百年前より少しシワが増えただろうか。髭だけでなく眉もぼうぼうだ。これは早急に整えなければ……。



 小一時間ほど自分の顔の間違い探しをしていたその時。


 店の奥の部屋のドアが叩かれた。



 こちらのドアは実は別空間に繋がっている。トルタスがその昔竜から貰い受けた洞穴に繋がっているのだ。


 トルタスはその洞穴に封印を掛けて書庫兼、金庫にしていた。封印を通れるのはトルタスともう一人だけだ。



「おぉーぃじじぃー?生きてるかー?」



 トルタスがいつまでもドアを開けないのを訝しむように背の高い男が入ってきた。


 彼はトルタスの拾い子だ。三十年前にトルタスは旅をしていたある国で、魔物の群れに襲われた幌馬車を見つけた。


 魔物を追い払ってやったが既に手遅れで、御者と女性が死んでいた。女性が覆いかぶさって庇っていたのが赤ん坊の彼だった。



 今思えば彼女らは彼の両親だったのかもしれない。



 物思いに耽っているとカウンター目掛けて男が長い脚でツカツカと寄ってきた。



「おぉーい。いねぇのかー?顔見に来てやったぞー。まぁ、見えねぇけど」


「このバカもん!お前なぞ勘当したと言ったじゃろうが!!!誰が勝手に入ってきてよいと言った!!!」



 トルタスはキーキーと怒って拳を振り上げた。トルタスは男を十年も前に勘当していた。

 だが男は一向に構わずヘラヘラとこうしてちょくちょく現れてはトルタスをからかい、トルタスが竜から貰い受け、洞窟に溜め込んだ大量の金銀財宝を少しくすねていく。



「なんだよいんじゃん。ケチくせぇなー。

 ってあれ?いつから見えるようになったんだ?」



 男はカウンターを覗き込んで珍しく驚いた顔をした。



「フン。ワシも日々研究を重ねとるからの……色々あってつい最近姿を戻す術を開発したんじゃ」


「へぇーあ、そぅ。いやーじじぃってそんな顔してたんだなー」



 男がヘラヘラと笑う。



「で?お尋ね者のくせにお前は一体何しにきたんじゃ?」


「ひでーなぁー。たまに自分の育て親の顔も見に来ちゃ悪いのかよ」


「もうお前とは親子の縁を切ったと言うておろう!」


「頑固だなーもー」



 と言いつつ男はまぁまぁとトルタスを宥めて、懐から一枚の紙を取り出した。



「俺さ、コイツの事が気になってしょーがねぇんだわ。

 一回逃げられちゃってさー。見かけたら教えてくれよ」



 飽き性で気まぐれな彼が逃げられたにも関わらず追っている存在。



 トルタスは好奇心に負けて紙を手元に引き寄せた。まだあどけなさを残す顔の白髪の少年が写っていた。



「白髪……?

 これは手配書の……お前の……アカツキの仲間じゃないのか?」



 トルタスはメガネをかけて、もう一度見て呟いた。

 以前見た新聞に乗っていた忘れようもない白い髪の少年。あれは顔が遠目に映るだけだったが、彼が差し出してきたのは手配書とは別の顔がはっきりと写されたものだった。



「そ、アカツキさんの仲間。何回も言ってっけどアカツキさんと俺は別人だからな?

 まぁさーこんな店には来ねぇかもしれねぇからちょっと家の中通らしてもらえば俺が自分で探すよ?」


「ダメ!じゃ!!!」


「ああ、そう。じゃっ勝手に通るなー」



 とフードを被って店の入り口へ向かった。



 どうあっても通る気らしい。



「コラ!勝手なことをするな!!そっちから出るんじゃない!!」



 トルタスが男の脚にしがみつく。男はトルタスの襟を捕まえ、片手で軽々と持ち上げた。

 隣の部屋に放り込み、ドアを閉ると本棚を持ち上げ、ドアの前に置いた。



「また帰ってきたら開けてやるよ。じゃぁなっ」



 と楽しそうに赤い目を歪めて出て行った。

お読み下さり誠にありがとうございます。


少しおまけを書きました。

リトとヨルの店を出たその後のデートです。




————

「トルタスさんすごく喜んでらっしゃいましたね」


「うん。竜の呪いなんて解けるか不安だったけどよかった」


ヨルもリトも嬉しそうだ。王都の三番通りを二人で手を繋いで歩いていく。

ふとリトの目に止まったのは小物入れや人形などのアンティークショップだ。


「少しここ寄ってみてもいい?」


「もちろん」


リトが問うとヨルはそう答えてにっこりした。

店内に入ると古い木の匂いがした。ランプ、瓶、人形、食器や鳥かご、帽子や靴にカバンなどが品良く飾られている。ゆっくりと見て回り装飾品の所でリトは足を止めた。

ケースの中に納められた美しい銀のロザリオ。十字架の端に精緻な細工が施されている。

ヨルに送ったら喜ぶかな。

教会と敵対してる自分が送るのは変な話かもしれないけど。ヨルは店内のステンドグラスのランプを見ている。

こっそりカウンターへ行き、声をかけるとすぐにレースのあしらわれたシャツにエプロンをかけた女性が現れた。


「何かご用ですか?」


「あの、あそこのロザリオをもっと良く見たいんですけど……」


店員は頷いてすぐにケースを開けて戻ってきた。リトの手にそっとロザリオを乗せる。リトは綺麗なロザリオをしげしげと眺めた。長めのチェーンには青みを帯びた小さな黒い丸ガラスが通っている。

やっぱり贈るならこれがいい。

そう思って付いてた値札をひっくり返して値段を見る。贈り物には手頃な価格。リトはカウンターにロザリオを置いた。


「これください」


店内を二人で回ったあと、外に出るともう結構いい時間だった。ヨルを孤児院へ送っていく。


「今日は不思議なことがあってびっくりしましたけど楽しかったです。ありがとうございました」


孤児院の前でヨルが言う。挨拶に移ろうとするヨルにリトはストップをかけた。ポーチから小さな包みを取り出す。


「あの、これ……良かったらもらって欲しいんだ」


リトが言うとヨルは目を丸くした。


「まぁ!ありがとうございます!開けてみてもいいですか?」


リトが頷くとヨルは嬉しそうに包みを開ける。中からロザリオが出てくるとヨルは息を飲んだ。


「綺麗……」


リトはヨルからロザリオを受け取って首にかけてやった。


「リト、こんな素敵な贈り物をして頂いたの私初めてです。本当に嬉しい……。大切にします!!」


ヨルはぱぁっと笑顔になってリトに飛びついた。


リトが赤くなりつつ受け止めると背中に視線が刺さった。

門番がニヤニヤしながらこっちを見ていた。

それにヨルも気づいて赤くなる。


「じゃあこれにて今日は帰るね。おやすみ」


と、声をかけてリトはそそくさと帰って行った。



————

お付き合い下さりありがとうございました。

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