第二十四話 告白
「そんな……!!」
ヨルが驚愕している。
「まあ!リト!!一体何があったのですか!?」
ヨルの心配は尤もだ。リトは右腕を包帯で吊り頭にも包帯を巻いた姿で登場したからだ。
「まぁ色々あって……。階段から派手に落ちたんだ」
タソガレから受けた傷はそれなりに重症で背骨と鎖骨と頭に罅、肋骨4本と右腕がバッキバキに折れていた。
アカツキはオルガにこっぴどく叱られた。
————昨日のことだ。リトはオルガの治療を受けて三日ほど寝込んでいた。
「信っっじられません!!盗賊六十人に二人で突撃して!!リトは大怪我して帰ってくるし!!どう言うことかきっちり説明してもらいます!!」
オルガは猛り狂った。
「それに!どういう人に襲われたのか!!
はい!リト!!」
オルガに威圧されリトは白状した。
「……。僕をベッドに誘う馬鹿力の変態……」
オルガがこれでもどうかと言わんばかりに目を吊り上げてアカツキを見た。
「ああ、俺が悪かった。相手の実力を見誤ったんだ」
と、リトにポンと新聞を手渡す。ページのトップにアカツキの手配書……文字が【凶悪犯罪者】になっている。
隣のページを見ると一昨日の盗賊襲撃事件の事が書いてあった。
「えっ?」
リトは素っ頓狂な声を上げた。
内容はこうだ。
——街道で捕らえられた盗賊達から盗賊団の規模や根城を聞き出した街は衛兵隊を派遣した。だが根城にあったのはおよそ五十人の首なし死体で、街道の盗賊達の証言と合わせて首領であるアカツキの仕業だと推察された。
アカツキの危険度を考慮して賞金を金貨九十枚に増額する———
「そんな……アカツキは盗賊達を確かに生かしたまま吊り下げてたはずなのに!」
リトが新聞から顔を上げるとアカツキは僅かに顔を険しくした。
「タソガレの仕業だろうな。一度退いたと見せかけて、近くに潜伏していて俺達が帰った後。部下を皆殺しにしたのかもしれん。」
「一体なんのために……」
曲がりなりにも仲間だったのではないか。リトは顔を歪めた。
「あいつの考えは分からん……。だがが一つ考えられるとしたら……俺への嫌がらせだろうな」
「嫌がらせ?」
リトが戸惑いを見せるとアカツキが
「ああ、あいつの言葉を借りれば、お前との時間を邪魔したからだろう」
と言った。タソガレの軽薄な笑みが頭に浮かぶ。リトはゾワッとした。
冗談じゃない。あのタイミングでアカツキが来てくれて本当に良かった。
「やっぱりあの後深追いしてでも殺しておくべきだったか……」
アカツキの目が鋭くなった。リトは申し訳なく思った。アカツキがタソガレを追わなかったのはリトの治療を優先したからだ。
「その状況でリトを置いていったら私があなたをぶっ飛ばしてましたよ」
オルガがプリプリと怒って言った。アカツキとリトは顔を見合わせて苦笑した。
————「階段から落ちたなんて……!酷い怪我じゃありませんか!」
ヨルが瞳を潤ませる。リトはたじろいだ。そっと肩に手を置き、上目遣いにリトを見る。
「心配させないでください……」
「うん……ごめん」
リトが素直に謝るとヨルはにっこりと笑った。
「あ!そうだ!お土産でした!」
と話を切り替えるように手を合わせ、腰に着けたポーチからリンゴをいくつも取り出した。リトにポーチを開けるように言って中にリンゴを落とし込む。
「農家さん自慢のリンゴだそうです。起きたら妹さんにも分けて差し上げてください。」
リトが礼を言うとヨルはにっこりとしてそう言った。どちらかともなく手を繋ぎ、街を抜けて小さな丘へ。木の影に腰を降ろして談笑していると自然と収穫祭の話になった。
「収穫祭のあった村はココルという所だったのです。村の人がみんな温かくて、仲良くて……とても素敵な村でした。
丘から見下ろすと一面の小麦畑が金色に輝いていてとても綺麗でした!リトにも見て欲しかったです!」
ヨルが話す。
「皆で収穫を手伝って、神様に捧げた後、小さなお祭りをしました。
採れた穀物を使って色んな種類のパンを作ったり、昨年作ったワインを少し頂いたり、果物を使った色んな料理が出されたり、村の人達に混ざって歌って、踊って、とっても楽しかったです」
ヨルは綺麗な声で村の民謡を少し歌ってくれた。
どこか懐かしさを感じるメロディーのその歌は、収穫の喜びと村の人の生活を温かく歌っていた。
「子供達もこの歌が気に入って皆で帰りに歌いながら帰ってました。それで……それ……で……」
ヨルの顔に影が落ちた。リトは心配そうに見つめた。
ヨルはあの出来事をどう受け止めていたのだろうか。心に傷を負ったのではないか。
今日リトが怪我を圧してでもヨルに会いに来た理由がこれだった。
「リト……私達は帰り道で盗賊に襲われたんです。
シスターに護衛として雇われていた冒険者さんと御者のロバートさんが亡くなりました……。
私は目の前で人が人の手にかかり、あっさりと命を失ってしまうのを初めて見たのです」
リトがヨルを見つめる。
言葉はない。
ヨルがゆっくりと顔を上げてリトと視線を合わせた。
「盗賊達は簡単に人を殺しました。私は……私は……!」
ヨルの瞳に涙が溢れる。
「何も、出来なかったのです。怖くて、亡くなっていく命を支えることも、戦うことも出来なかったのです……!!
子供達も、危うく殺される、所でした。今でも夜、うなされる子がいるんです。私が一番年上なのに怖くて、すぐに動けなくて……!!
ぐ、偶然……本当にたまたま運良く助かっただけでした。私にもっと、力があれば、勇気があれば、強ければ……!!!
ロバートさん達は、まだ助かっていたかもしれなかったのに、私は碌に抗うことすら出来なかった……!!
なぜ私は、こんなにも、弱いのでしょう……!!じ、自分が許せません……!!」
あの出来事はやはりヨルを傷つけていた。
ヨルは自分を責めている。どうしたら少しでも傷を軽くできるんだろう。
リトは堰を切ったようにしゃくり上げながら話すヨルをそっと抱きしめた。ヨルはリトの背に手を回して抱きついて声を上げて泣き出した。
◇◇◇
しばらくそうしてヨルの泣き声が小さなすすり泣きに変わった頃、リトはやっと口を開いた。
「盗賊に襲われて、人が殺されて、子供達にも心の傷を負わされて、ヨル自身も傷ついたんだ……。怖かったよね。悲しかったよね。
でもそれを帰ってからずっと隠して平気なフリをしてたんだ。いつも通りであろうとした。ずっと我慢してたんだね。子供達がこれ以上怖がらなくて済むように。辛かったね……。
ヨルは強いよ。優しくて、強く在ろうとするヨルの心は強さだ」
そっとヨルの頭を撫でる。だがヨルは首を振って涙を零した。
「私はなんの力にもなれませんでした……。何も救えてない。ただ見てただけで……」
「ヨルは弱くない。救ったんだよ。立ち向かったじゃないか。勇気を持って。たった一人で短剣を持って戦おうとしたから子供達の命を守れたんだ!」
そこまで言ってリトはハッとした。励ますのに夢中になって口を滑らせた。
ヨルが身を引く。涙に濡れた瞳が微かな戸惑いを浮かべている。
「どうしてそれを……?」
リトは何も言えない。
何か言わなければ。何とかして誤魔化さなければ。
動揺して焦れば焦るほど思考が纏まらず、口を閉じたり開いたりするリトのメガネをヨルはサッと取り上げた。
しまった……!!
焦るリトをヨルは地面に押し倒し覆い被さるように肩を押さえてじっと顔を覗き見た。
そうそう居ない薄紫色の瞳。
「あなたは……」
ヨルは大きく目を見開いて微かに声を震わせた。リトは頭が真っ白になった。丸々一分程見つめ合ってヨルが口を開いた。
「幾つか質問に答えてください。そしたら秘密を守ります。あなたは恩人ですから」
有無を言わさぬ態度でヨルが言った。突き飛ばして逃げる事もできるが、リトは誠実に答えることにした。少しずつ動揺がおさまってくる。
「分かっ……た」
「リトはアカツキの一味なんですか?」
「うん」
「リトの本当の髪色は白なんですか?」
「うん」
「リトは……私にずっと嘘を付いてたんですか?」
「うん。ごめん」
「リトという名前も……嘘なんですか……?」
ヨルは目に涙を溜めてリトを真っ直ぐ見つめた。
「僕の名前がリトなのは本当だよ。嘘じゃない」
「なぜ、教会と敵対してるんですか……?」
リトは黙っている。
「ちゃんと説明してください。私はあなた達がただの悪人に見えません。何か理由があるのではないですか?」
リトはギュッと目を閉じた。アカツキから、ヨルに事情を話す選択肢を与えられていた事を思い出す。
こんな形になってしまったが打ち明けるなら今しかない。
リトは覚悟を決めると、再びちゃんとヨルに視線を合わせて話し始めた。
リトが世間に出て起こったこと、アカツキのこと、ルナのこと、夜の巣のこと、そして教会のこと……。
ヨルは一言も挟まずにじっと聴いていた。教会の話になるとヨルの瞳が揺らいだ。
「教会が……そんなこと……」
小さく呟く。
言ってしまった。もう後には引けない。ヨルの顔をこうして正面から見れるのもこれで最後かもしれない。
リトはそう思って小さく悲しげに笑った。
ヨルが目を上げる。吸い込まれそうな美しい金色の瞳にリトは少し見惚れた。ヨルがスっとリトの頬に手を当てた。サラサラと長い髪が背中から流れ落ちる。
「最後の質問です……。リトは私の事を……教会への対抗策として、利用しようと近づいたのですか?」
「そんなことは一度だって思ったことない」
リトは即答した。リトがヨルに会ったのは偶然だ。その後会いに来たのは会いたかったからだ。利用しようと思ったことはない。
「私は……リトを信じます。約束通りリトのことも、夜の巣のことも秘密にします。これからは協力もしましょう。
一孤児にできることなんて限られているかも知れないですが」
「えっ?」
リトは耳を疑った。ヨルは頬から手を離し、ポスッとリトの胸に頭を付けた。
「教会がそんなことをしているなんて信じ難いですけど、もうリトが嘘をついてないことは分かりました。
私の秘密……教えてあげます。私、その気になれば人に触るとちょっとだけその人の記憶や考えてることが読めるんですよ」
頬を膨らませる。
「次に嘘を着いたらもう許してあげませんから」
リトは目を瞬かせた後、にっこりと笑った。




