第二十一話 バーサクヒーロー
リトは急斜面を滑り降りながら激情に駆られて引き金を引いた。
激しい銃声。
過剰な威力の弾が男の腕を吹き飛ばす。斜面の最後は駆け下りて少女と男の間に割って入った。
男の腹を蹴り飛ばし、周囲を見回す。返り血を少し浴びた。
盗賊達は突如現れたリトに呆気に取られ、時が止まる。一番最初にリーダー格らしき男が我に返った。
「殺せっ!!!」
その一声で魔法が解けたように何人かの男たちの手が武器を取ったが次の瞬間リトが二丁の魔銃で全て弾き飛ばした。
「一体何……!?」
盗賊の一人が叫ぶも言い終える前に目にも止まらぬ速さで駆け寄ったリトに顎をかち割られた。
「テメェッ!!!」
すぐ隣にいた男がリトへ素手で殴りかかる。
リトは回し蹴りでその腕をへし折った。男が痛みに叫んで地面に倒れ込む。
仲間が三人倒れてようやく盗賊達はリトの異様性に気づいた。
だがそこはもうリトの独壇場だった。
一蹴りで二、三人吹き飛ばす。武器は正確な射撃で弾き、あるいは破壊する。魔銃を放っても難なく躱すリトに盗賊達は恐れ慄いた。
中には落とされた武器を拾って、反撃しようとする者達もいたが、構える間もなく間合いを詰めたリトにグリップや痛烈な蹴りを頭に食らって昏倒した。
誰もリトを捕らえられないし、攻撃を防ぐ術もない。
「う、動くなあ!!!こいつがどうなってもいいのか!!!」
と子供に銃口を当てがおうとした男は容赦なく銃持つ手を吹き飛ばされ、顔を地面に叩きつけられた。
ゆっくりと立ち上がったリトにリーダー格の男が斬りかかった。
リトは左に体を捻って銃身で刃を受け止め、振り向きざまに発砲する。男は仰け反ってギリギリで躱した。が、リトが続けて放った弾に脚を撃ち抜かれて、崩れ落ちた所を膝で蹴りあげられ敢え無く気絶した。
「ヒイイイ……ヒィッ……!!!ゆ、許してくれぇ……!!!」
完全に戦意喪失した男がリトから少しでも遠ざかろうと地面を後ずさる。先程蹴りで腕をへし折った男だ。
リトがツカツカと男に歩み寄ったその時、カクンッと後ろに引かれた。
「やりすぎだ」
いつの間にか後ろに回っていたアカツキがリトの襟首を捕まえていた。
アカツキに捕まえられてリトはハッと我に返った。
辺りには盗賊達が死屍累々と……ではなく皆ギリギリ生きて横たわっていた。目の前の男は恐怖で気絶寸前だ。
リトは顔にかかった返り血を袖でゴシゴシと拭き魔銃を腰に戻した。
人質は一所に固まって崖に張り付くようにしていた。皆一様に顔を引き攣らせている。
「ごめん」
小声でアカツキに謝る。
「お前はいざ戦闘となると躊躇すると踏んでいたんだがな。」
アカツキはやや呆れを滲ませた顔をしていた。
「それは……」
とリトは口篭り、人質の中の少女……ヨルにチラリと視線を向けた。アカツキもリトの視線を追う。
「事情は後で聞く。俺はコイツから根城を聞き出す。お前は彼女らを解放してやれ」
とリトに短剣を寄越した。リトは少し困り顔だ。
「僕が近寄ったら逆効果なんじゃ……」
「いいから行け」
アカツキはキッパリと首を振った。仕方なくリトがくるりと振り向くと、案の定人質達は身を寄せ合い、恐怖に竦んだ顔を見せた。子供たちなんかは今にも泣きそうだ。
それだけの事をやった自覚はある。
短剣で服の裾を割いて顔の下半分を覆うと静かに歩み寄った。
一番手前の後ろを向いていた老齢のシスターの縄を切る。シスターは覚悟を決めた顔をして目をギュッと閉じていた。
解放してやってもしばらくは気づかなそうなので隣の若いシスターに目をやる。
「あの……?」
指をくるくると回してジェスチャーで後ろを向くように伝えると、若いシスターはおずおずと向きを変えた。縄を切って短剣を手渡す。
リトが一歩離れ、隣を指すと若いシスターはそこでようやく得心がいった様子で隣のシスターの縄を切った。次々と手に渡り、全員が解放されるとリトは短剣を回収した。
人間、恐怖から解放されると余裕も出てくる。余裕が出てくると今まで気づかなかったことにも気づく。
「あれって教会の……?」
「確か指名手配犯じゃ……?」
誰かがヒソヒソと囁いた。当然リトやアカツキに気づく者も出てくる訳だ。
これからどうしよう?
居心地の悪さを感じたリトが踵を返してアカツキの元へ行こうとすると袖を引かれた。
思わず振り向くと目の前にヨルがいた。漆黒に近い髪が青く透けている。
「あの、ありがとうございました」
リトは戸惑った。
自分達は世間から見たら凶悪犯罪者で、邪教徒と呼ばれていて……。
「あなた達が何者なのかとか、何を目的にしているのかとか、関係ありません。私達を助けてくださった事は確かなのです。
あなたは私達の恩人です。本当に、ありがとうございました」
ヨルはぺこりと頭を下げた。その後ろで先程囁いていた者達だろうか。大人たちが気まずそうに視線を下げていた。
リトは自分の顔が赤くなるのを感じた。ヨルに見られないように急いで向きを変えるとアカツキに駆け寄った。
「こいつらの処置は終えた。離脱するぞ。後はカティに任せればいい」
伸びていた盗賊たちを縄でくくって一所に集め終えていたアカツキがリトに囁く。リトが頷くとアカツキは斜面を駆け上って行った。
もう一度振り返ると遠くでヨルがこちらを見つめていた。
視線が絡む。
後ろ髪を引かれる思いだったがリトはアカツキの後に続いた。
根城へ向かう道中リトはアカツキに盗賊達に襲いかかった弁明をさせられていた。足を止めたアカツキが繰り返す。
「つまり、ヨルが危険に晒されたから我を忘れて暴れ回ったと……」
「……はい」
「そうすることでヨルや他の人質により危険が及ぶとは考えなかったのか?」
「……はい」
激情に駆られて深く考えずに飛び出して、怒りのままに暴れ回ったし実際にかなり危ない場面もあった。
リトは立つ瀬がなかった。
アカツキは黙ってリトを見つめている。
しばしの沈黙の後、アカツキが大きくため息をついた。
「譲れなかったんだな。そこは」
と苦笑しリトの額に手を置いた。そして思いっきりデコピンをした。
ものすごい音が響き、リトのおでこがジンジンと痛んだ。
「俺も考え無しにお前を待機させていた訳じゃない。全員が安全に無事に助かる方法を模索してた。
今日はこれで許してやる。次はちゃんと指示に従ってくれ」
涙を滲ませて蹲るリトを見下ろして、アカツキが言う。どことなく嬉しそうだ。
「ッ……は、はい」
痛さのあまり言葉を詰まらせながらリトは返事した。アカツキは頷くと再び歩き出した。
盗賊達の根城に着いた時には辺りはすっかり暗くなっていた。
山の中腹に丸太を尖らせて地面に打ち込んだ簡易的な防壁に囲まれた根城はあちこちの松明で照らされ、場所を知っている者にはすぐに分かった。
ここには昔、小さな村があったらしい。人が居なくなってから長らく寂れていたが最近になって盗賊達が住み出した。
最初は僅か数人だった人数も膨れ上がり、規模は六十人にも上る。昼間に十人程度倒したが単純計算で後五十人も残っている。
「やっぱり五十人に対して二人ってちょっと無謀な気がするんですけど……」
リトが尻込みすると
「昼間十人あっという間にぶっ飛ばした人間の言葉とは思えんな」
と言ってアカツキは相手にしてくれない。顔に何を言ってるんだと書いてある。
「今度は俺も出る。あまり気を張りすぎると動くべき時に動けなくなるぞ」
アカツキの背に魔砲が揺れる。
魔砲はアカツキのオリジナルの武器だ。オリハルコンで作られた機械的な筒状の魔砲は魔銃と同じように内包されている変換器で魔力を物理エネルギーへと変換して撃つ。
一見、近接には向かないように思えるが、アカツキが魔砲を振り回して戦うのをリトは見たことがある。
「お前がまず数人撃った後、混乱に乗じて入り込む。門は閉めたままにしろ。壊すな。ヤツらを閉じ込めるためにな」
リトが頷くとアカツキはスっと立ち上がって続けた。
「奴らはこちらを殺すのに躊躇はしない。それに、人数も多い。手加減するな。」
リトは少し躊躇った。
祖父には人を助けるようにと教えてこられた。リトの力は加減を誤れば簡単に人を殺せてしまう。人に向ける時には重々気をつけるようにと教えこまれてきた。
盗賊達は人を簡単に殺す。彼らを殺すことは多くの人を救うことになる。
それが分かっていてもまだ人を殺すのは少し怖かった。
教会と戦っているのだ。いつかは生かせておけない敵が現れる。でもまだ覚悟が決められなかった。
アカツキが軽くため息をつく。
「……殺さないなくても戦闘不能ぐらいにはしろ。だがその分だけ危険に晒される事も覚えておけ」
リトはパッと顔を上げてアカツキを見た。
「無理に殺す必要は無い。だが殺す可能性がある事は覚悟しろ。」
アカツキは切れ長の目でリトを見つめた。リトは頷いた。それを見届けるとアカツキは崖から飛び降りて駆けていった。
リト大きく深呼吸すると、覚悟を決め、銃を構えた。




