第二十話 血の匂い
東へしばらく道なりに進むと別れ道へ出た。それなりに大きな道と馬車が二台ギリギリすれ違えるかくらいの細い道。
どちらも足跡や轍が残っていたが大きな道の方のものは少し古い。
「ここから二手に分かれる。リトは俺に着いてこい。カティは……」
とアカツキが確かめるように見るとカティは任せとけと頷いた。
リトとアカツキは薮を掻き分けて山へ入り、カティを見守るように追った。程なくしてカティは幌馬車に追いついた。
拡張収納カバンやポーチが普及しても幌馬車は健在だ。歩きよりも休めるし、カバンなどの口より大きくて入らないものも運べるからだ。
拡張収納術は一定の大きさの物にしかかけられない。
カティはしばらく乗り手と楽し気に話していたかと思うとジェスチャーで後ろを示され、幌に乗り込んで行った。
「あいつのコミュニケーション能力の高さにはいつも驚かされる」
ボソリとアカツキが呟くように言った。リトもそう思った。
秋の空は澄んで高い。
朝に思った通り天候で気持ちの良い青晴れだ。盗賊狩りに行くのでなければ旅をするにはもってこいの快晴だ。
カティは幌馬車の後ろに腰掛け、乗り手と楽しそうに話しながら足をぶらぶらとさせている。
一方、リト達は山へ道無き道を登り今は崖の上からカティを見下ろす形だ。アカツキが薮を上手く払ってくれるおかげでリトはそれほど苦労することなく進めた。
道が少し広くなり、崖が緩やかな丘に到達すると乗り手が馬車を止めて降りた。どうやらお昼にするようだ。
「俺達も今のうちに食おう」
とリトに包みを手渡す。中はツヤツヤご飯のおにぎりとソーセージ。
いつも思うのだがアカツキは一体いつポーチに食料をつめこむんだろう……?
アカツキがポーチにおにぎりやパンを詰め込む姿はなかなかに想像できない。
礼を言い下からは見えないけど見通しの良い場所にアカツキと共に陣取って、リトはおにぎりを頬張った。
美味しい。
夜の巣ではノーマンというやたら筋肉質な背の高い隻眼の男が調理を担う者達を統べている。彼は調理場で一番強い。色んな意味で。
フライパンを凶器へと変え、アタックボアを一撃で仕留める腕力が強い。調理場は戦場だと叫び、軍隊のように他の者をしごき倒す精神が強い。己の肉体、精神共に自己肯定が激しい性格が強い。
要するに癖が強い人物なのだ。
そんなノーマンのおにぎりは今日も美味しい。
そんな事を考えながらリトはアカツキをちらりと見た。
アカツキが人前で食事をするのは珍しい。というかリトは初めて見た。アカツキはサンドイッチのようなものを食べている。
所作がどことなく気品すら感じさせるスマートな食べ方。サンドイッチに歯型すら残さない。リトが見ていることに気がついたのかアカツキが顔を上げた。
「……手が止まっているぞ。食える時に食っておけ」
リトは慌てておにぎりに視線を落とした。
昼食を一足先に終えたアカツキが地図を広げる。
「直に道が分かれる」
トンと指を置く。片道はこのまま山辺を、もう片方は北東へ進んで街に出る。
「馬車は北東へ抜けるだろう。こちらの道に盗賊はまだ出ていないが用心のため、日が落ちる前には街に入るはずだ。俺達はこのままこっちの道を行く」
と山辺の道を指した。こちらの道もあともう二日も歩けば街に出るそうだd。
「こちらの道にヤツらが現れるかはまだ分からんが偵察くらいは出している可能性がある。俺達はその痕跡を追い、根城を探す。」
カティを完全に一人にして大丈夫なのだろうか?あまり戦闘に向かないと言っていたけど……
その疑問を口にすると
「曲がりなりにも夜の巣の一員だ。それなりには動ける。それに結界がある。なにかあっても姿を隠せるから問題ない。」
アカツキは事も無げに答えた。リトは安心して頷いた。
「カティにはこのまま囮を続けてもらう。さして旨味もない男の一人旅だ……最初は隙だらけでも手は出さないだろう。だが……」
と言葉を切る。リトはアカツキを見た。
「ヤツらは殺しを楽しんでいる。警戒を解いてやれば出てくる可能性も充分ある。痕跡が見つからなければそこを叩いて何人か泳がせる」
アカツキは無表情だ。感情が読みにくい。でも、殺しを楽しんでいると口にした時。確かに怒りが混ざっていた。
リトも気を引き締めた。
カティが幌馬車と分かれた後、リトはアカツキと共に盗賊の痕跡を探し始めた。
一番に異変に気がついたのはリトだった。風上から流れてくる鉄の錆びたような匂い。
続いて聞こえた誰かの叫び声をリトの鋭い五感が捉えた。
「アカツキ。今なにか……」
リトが言い切る前にアカツキも気がついたようだった。
「行くぞ」
二人は崖上を駆けた。崖を大きく回り込んだ角の向こう側から先程より明確な叫び声が上がった。それと怒鳴り散らすような声も。
崖の縁へ到達すると広くなった下の道は血の海だった。
「そんな……!!!」
リトが悲痛な声を上げる。アカツキの顔も険しい。
馬が繋がれたままの幌馬車から人が引きずり下ろされていた。リトが魔銃を構えるとアカツキが手を上げて制す。
「まだ撃つな。相手は俺たちに気づいてないだろう。敵の数を把握したい」
「でも……!」
引きずり出された人の中には子供の姿もある。皆手荒く扱われている。リトは怒りが湧き上がった。
「ダメだ。待て」
アカツキの目は厳しい。リトは銃を少し下ろした。
幌馬車の御者であろう男と護衛の冒険者らしき男たちが切り伏せられて、辺りを血で染めていた。血の匂いがここまで流れてくる。
「あの出血量だったら即死か、まだ息があっても、もう助からない」
アカツキが静かに告げ、リトは顔を歪めた。
幌馬車の中にちらちらと盗賊が見える。一人……いや二人くらい。外にいるのは道の両端に二人ずつ。馬を引いているのが一人。人質の周りに四人。皆武装している。
と、その時。子供の絶叫が響き渡り、何人かの盗賊が刀を抜いた。それを守るように小柄なフードを被った人物が立ち塞がった。短剣を手にしている。
盗賊の一人が小柄な人物の短剣を弾き飛ばした。腕を掴んで何やら揉める。
激情した盗賊が小柄な人物の胸ぐらを掴んで吊り上げた。フードが滑り落ちる。
次の瞬間。アカツキが制止する間も無く、リトは飛び出して行った。
少女は子供たちと共に楽しく帰路に着いていた。幌馬車には手伝いのお礼として沢山の果物や穀物が積んであった。
出発前にした約束を思い出す。心配性で優しい彼は、彼の妹は元気になっただろうか。
その時。銃声が響き、馬が嘶いて、馬車がガクンと揺れて止まった。前方で怒号が飛び交い、幌にビシャッと何か赤いものが飛び散った。
次の瞬間、見知らぬ男が数人、乱暴に乗り込んできた。
咄嗟にシスター達が前に出て、少女と子供たちを庇うように立ち上がった。少女も子供たちを庇う。
シスターの一人を男が殴りつけた。肉を打つ音に皆が体を竦めた。誰かが悲鳴を上げた。
「こうなりたくなければ。馬車から降りろ」
皆固まったように動けない。
「降りろ!!!すぐにだ!!!」
殴られたシスターと数人の子供たちが悲鳴をあげながら馬車から引きずり出される。少女はしがみつく子供たちに声をかけて促した。
「出ましょう。さぁ」
少女も服を掴まれ引っ張られる。よろめきながら子供たちと外に出た。
護衛に着いていた冒険者達と馬車を操っていたロバートさんが倒れている。彼らを染め上げる赤が血だと気づくのに少し時間がかかった。
冒険者の一人が微かに顔を上げる。
「たす……け……」
少女は思わず駆け寄った。冒険者の手を取る。
冷たい……。
「しっかりしてください……!!」
少女の声は届かず冒険者は事切れた。そばに短剣が落ちている。少女は思わずそれを拾った。
グイッと後ろから襟を引っ張られる。
「おいこら!!!何している!!!」
少女はポーチに短剣を隠した。一所に集められ、手を後ろで縛られた。
一体何が起こってるんだろう?一体これからどうなるんだろう?
少女の胸を不安が占める。子供の一人が小さく泣き出した。やがて一人の泣き声が伝染し子供たちみんなが泣き出した。
「泣かないで。きっと……きっと大丈夫……!」
少女の声も震える。少女が必死に宥めるも泣き声は次第に大きくなった。
「ガキ共を黙らせろ。必要なら何人か殺せ」
馬車の中から降りてきたリーダー格らしき男が仲間に言う。近くに立っていた男達が剣や刀を抜いた。子供達の絶叫が響き渡る。
あまりのことに固まっていた少女は我に返って駆け出した。子供達の前に飛び出す。男が怪訝そうな顔をして動きを止めた。腰のポーチを手で探る。
「なんて事を……!!!子供を殺すなんて馬鹿なことはおよしなさい!!!」
「あぁ?じゃあ、お前が死ぬか?」
男が苛立ち紛れの言葉を吐いて向かってくる。
少女は短剣を掴み取り自分の手を傷つけながらも縄を切り体の正面で短剣を構えた。
手が震える。
短剣がカチャカチャと音を立てた。
「はっ!ガクブルじゃねぇか!」
男が刀を抜く。他の男達も動きを止めてこちらを嗤いながら見ている。
少女と男が対峙する。男はゆっくりと歩み寄り刀を振るった。少女の手から短剣が飛んでいく。短剣に飛び付こうとする少女の腕を男が捕まえた。
「ったく面倒かけさせんなよ。女は殺すなって言われてんだ。大人しくしてろ……ってんん?」
顎を掴まれる。グイッと上に向けられて少女は真っ向から男を睨みつけた。
「おっと嬢ちゃんずいぶんと上玉だな……」
といやらしく口元を歪める。
「後でたっぷり可愛がってやる……っいてぇっ!!!」
男が叫ぶ。少女が手に噛み付いたのだ。
「殺されねぇからっていい気になりやがって!!このアマ!!!」
と少女の胸ぐらを掴んで吊り上げ、拳を振り上げた。フードが頭から滑り落ちる。
殴られる……!
そう思い少女が歯を食いしばった瞬間。銃声が響き渡り、男の腕が吹き飛んだ。
男が驚いて少女から手を離し少女は尻もちを着いた。
「……は?えっ……??」
男は訳もわからず無くなった腕を見ていて一拍置いて腕から血が吹き出した。
いつの間にか目の前に誰かが立っていた。
少女と差程変わらない背丈の誰かの髪は真っ白だった。




