第十九話 盗賊狩りに行こうよ!
第二章開幕です。
「今日も……ですか……。ご心配ですね」
ヨルが金色の瞳に憂いを湛える。
解呪から一ヶ月。ルナはまだ起きない。
責任を感じて塞ぎ込んでいたリトを見かねたアカツキに「気晴らししてこい」と王都に放り出され始めたのは一週間前のことだ。
ヨルにはルナのことを妹として話した。自分のせいで事故に合って目覚めないとも。
リトが嘘をついているとは夢にも思ってなさそうなヨルを見てると良心の呵責に襲われるが致し方ない。
何せリト達は教会を襲う凶悪犯として指名手配されている身だからだ。しかもヨルは教会併設の孤児院出身ときた。
話せない。話せるわけが無い。アカツキはヨルのことをパイプ役にしてもいいと思っているみたいだけど。
「リト、ご自分を責めてはいけませんよ?
妹さんはきっと目覚めます。信じましょう。神はあなたの善行を見ておられます」
ヨルは心配そうにリトを見つめ、優しく語りかけた。
ヨルは優しい。そして信心深い。
名前も知らぬルナのことを案じてこの一週間毎日祈ってくれたそうだ。
そんなヨルに教会の後暗い事情を曝け出すことはリトにはとてもできそうになかった。
「ありがとう」
礼を言うリトの声は力ない。ヨルはそっとリトの肩に手を置いた。
この世界において呪いはかけた当人にしか解けない。というのが基本だ。
人を呪うには魔力で生み出した『核』に術式を刻んで埋め込む必要がある。
人の魔力は千差万別で、生み出す核にも当然違いが出る。
核の形が変わると術式は歪み、核の形は術者にしか知覚できないため他者が読み解くことは不可能だ……とされている。
しかしリトは生まれ持った特異な性質故に術式を読み取り、更には書き加えることで核を消滅させ、解呪することができる。
そうしてルナの呪いも解いた。ルナは教会の実験の末に未完成な不老不死の呪いを受けていた。
だがその呪いを解いてしまったが故に……ルナは目を覚まさない。
秋が深まる風がリトの茶色く染めた髪を揺らした。
もうひとつ。この世界において知っていて欲しいことがある。
人は誰もが魔力を持ち、その高さが髪の明るさに比例する。つまり、魔力が高ければ高い程明るい髪色をしているということだ。
そんな中でリトの髪色は生まれた時から真っ白。最高も至高も飛び越えて更に上を行く。
異質すぎるため人前に出る時は常に茶色く染めているので、当然ヨルもリトの茶髪姿しか知らない。
薄紫色の瞳をメガネで隠したリトは懐中時計を取り出し確かめた。
「もう行かないと。ヨルも時間だよ」
じきに夕方だ。
よっと立ち上がり、ヨルに手を差し伸べる。二人の手が触れ合う瞬間、微かなピリッとした痛み。
なぜヨルと触れ合う時にだけこのような痛みが疾るのかは分からないままだが二人とももう慣れっこだった。
連れ立って歩き、教会の前の階段まで来るとヨルは思い出したように手を合わせた。
「リト、明日から私はしばらく遠出します。小さな村の収穫祭のお手伝いです。
お土産沢山持って帰りますから待っててくださいね」
そう言ってにっこり笑った。リトも微笑む。
「そっか。ありがとう」
ヨルと別れて帰路を辿る道中。
リトの頭をもう何千回繰り返したか分からない後悔が巡った。
なぜあの時アカツキを待って……せめてオルガを起こし、相談してから解呪しなかったんだろう。
複雑極まるルナの呪いを解いたらどうなるのか。もう少し落ち着いて考えていれば……。
ルナとリトの血は繋がっていない。だけど本当の妹のように思っている。アカツキが集めた夜の巣のメンバーはみんな家族だ。
結界空間に繋がるタンスを持つソフィの部屋に戻るとアカツキが待っていた。
「戻ったか」
とリトを見る。
「その様子だと今日も気は晴れなかったみたいだな」
アカツキは無表情だがその声は少し心配そうだ。
それもそのはず。この一ヶ月リトは食事もまともに摂らず、自室やアカツキの部屋で本を読み漁っていたからだ。
ルナの目を覚ますヒントを探して。
ルナもリトも前代未聞の存在で、その上解呪の魔法も不老不死の呪いも前例がないときた。
そう簡単に見つかる訳もなくただ時間だけがが過ぎて行く。リトは焦っていた。
「帰るぞ」
アカツキに言われてリトはトボトボと着いて行った。
夜の巣に戻るとオルガに捕まった。
「今日という今日は食べてもらいます」
と鬼の形相で鏡の前に立ちはだかり、仕方なくテーブルに着いたリトの前に山盛りの皿を並べた。リトが食べ始めると自分も席に着き、薬を吹かす。
おしゃべりでくるくると表情の変わるオルガは医者だ。呪いをかけられ、教会に囚われていた。
逃げ出す際に自ら呪いを破壊したためその体はボロボロだ。度々薬を摂取しなければ生きていられない。
「ルナについてくよくよするのはお止めなさい」
メガネの奥から銀色の瞳が厳しく覗いている。
「呪いから解放されて、ルナは『調整』を必要としなくなりました。呪いによって魔力を乱され、体が腐ることも無くなったということです。
それだけでもあの子にとって良いことではありませんか?」
そう言うオルガの目は優しい。
彼女が教会に囚われていたのはルナの調整をする為にだった。三十年来ずっと一緒に過ごしてルナを見てきたオルガの言葉は心に染みた。
リトがコクリと頷くとオルガも満足そうに頷きぷかりと煙を吐き出した。
「それで?ヨルとはどうなんですか?」
盛大に噎せた。
リトがヨルに淡い好意を寄せていることは夜の巣では周知の事実だ。
カティがところ構わず触れ回ったからだ。
リトはそれを知った時カティの首を絞めた。
「明日もまた行くんでしょう?そろそろ進展があってもいいんじゃないんですか」
「ヨル……は明日からしばらく王都にいないそうです。収穫祭の手伝いで」
続きそうなオルガの質問を遮ってリトは誤魔化した。マッシュポテトを大きく頬張る。
「そうですか。それは残念ですね」
オルガは薬を咥えてピコピコと動かした。
夕食後リトはルナの様子を見に行った。すやすやと気持ち良く眠っているようにしか見えない。
ルナは五歳で時を留めたまま三十年以上生きてきた。
呪いが解けた今、体に何が起こるか分からない。
ルナの頭に手を当て意識を集中させる。
他人の体に魔力を巡らせることを『潜る』と言う。魔力で知覚する世界は暖かな闇で、その中に魔力の光を感じる。ルナの魔力は明るく輝いていた。
意識を体に戻す。無事に起きて欲しい。そう思って頭を撫でた。
「盗賊狩り?」
一週間後。アカツキが部屋を訪ねてきた。
リトが本を片手にキョトンとオウム返しに訊ねるとアカツキは「そうだ」と頷いた。
「最近俺の名を騙って好き放題する盗賊団が現れるらしい。旅人や行商人、冒険者にも被害が出ているそうだ。
検問も厳しくなるだろう。動けなくなるのも時間の問題だ。街から討伐隊が出て討伐後俺の罪へと擦り付けらるのも面倒だ。
そうなる前に片付けておきたい。
以前からも何度か俺の名前を騙って悪事を働く者がいたが、その罪は全て俺にかかっている」
夜の巣の情報網でいち早く手に入れた情報なのだろう。夜の巣のメンバーは全国各地に散っているのだ。
「お前の実施訓練にもなる。着いてこい」
なるほど。討伐隊に加わるということか。
リトが一人納得しているとアカツキが付け加えた。
「討伐は俺とお前二人で行う」
頷こうとしたリトの動きが止まった。
盗賊団というからにはそれなりの規模のはずだ。しかもアカツキの名を語るなら実力もあるのではないか。
それを二人で。
しかもリトは実戦経験なしだ。
「サポートはする。何事もまずはやってみないとな」
アカツキの青い目がキラリと光った。リトに拒否権は無さそうだ。
後日早朝。
食堂に並ぶ鏡の一つを通って小さな部屋に出た。家具はうっすらとホコリを被っている。この街はニコリスという名前らしい。
横でカティが大欠伸をした。討伐にはリトとアカツキの二人だと聞いていたので驚いた。
「門抜けんのに俺がいるの」
とカティは欠伸を噛み締めながら言う。
「俺はあんま戦闘には向かないからな。どっかで隠れて見てんだけ」
伸びをしてパキパキと肩を鳴らす。
「行くぞ」
アカツキが声をかけて三人はフードを被って外へ出た。朝靄の中、人通りの少ない路地を抜けて門を目指す。
大通りでは家々から人がチラリホラリと出てきて挨拶を交わしていた。
一行は再び路地に入った。カティがサッと周囲に目を走らせてチョークを取り出した。
このチョークはカティの発明品のひとつで杖と同じように術のプロセスを大幅に削減できる代物だ。
魔法の中でも特殊な位置にある結界術は紋様や術式を組み入れた魔法陣などを時間をかけて作らなくてはならない。だがカティはチョークで空中に線を引くだけで、様々な効果の結界を張ることができるのだ。
灰色のチョークは姿を隠す結界のもの。カティは素早く一行の周りに線を引いた。
三人は姿を隠したまま音を立てずにそっと門を出た。
周りから見えなくて自分は見えるというのは何度体験しても不思議だ。振り返ると門番は欠伸をしていた。
門から離れてカティが結界を解くとアカツキは地図を取り出して広げた。この近辺のものらしい。
「ヤツらが出るのはこの辺りだ」
幾つかの長い道に丸が着いていた。
「俺達はとりあえずこちらの迂回路を目指す」
と山を迂回する形の細い道を指す。
「最近は盗賊が出ることが噂になって迂回路を使う者が増えている。そろそろ盗賊も獲物が別の道を通っていることに気がつく頃だろう。
カティに旅人として道を進んでもらう。俺達は山に入り様子を見ながらヤツらの痕跡を探す」
リト達が頷いたのを見てアカツキは歩き出した。街道を外れて東へ。徐々に太陽が顔を出し、靄が晴れていく。
今日は天気が良さそうだ。
なんてことをリトは考えた。




