第九十七話 リトが怒った
この世界において転移に関する魔法は危険を伴うため研究する事すら制限が掛けられている。
ノクト家の結界術以外に人間を安全に転移させる魔法は生み出されていない。
だからこそ教会はルシウスを罠に嵌め、ノクトの血を引くカティを手に入れようとしたのだ。
また、かつて手紙や小包などを届けるのに使われている転送結界魔法陣を用いて人間の移動を試みた者がいたらしいが結果は大惨事に終わっていた。
「「テレポーテーション」って……エルがあたしを連れて逃げる時に使ったって言う……?」
そう、ただ一人。
エルだけが一度こっきりといえ長距離転移魔法を成功させたのだ。
「でも、それって一回しか発動しなかったのよね?」
「うん。
大賢者マーリンが唱えていた転移魔法理論を元に郵便ポストの結界陣と組み合わせてアレンジして一から組み立て直したもので、まだ未完成の筈だったんだ。
まさか発動して、しかも長距離の転移に成功するなんて思いもしなかったよ。せいぜい邸の外に出られたら、くらいのつもりだった。
その後いくら試しても発動すらしていない。幻の魔法だよ」
「様々な魔法を実現させてきた大賢者マーリンの数少ない机上の空論……」
メルは呆然と呟いた。
「ちなみにリトはそのマーリンの孫だぞ」
「へっ!?」
ルシアンが茶々を入れるとメルは目を点にした。
「大賢者マーリンって勇者アサヒの仲間でしょ!?」
「そのアサヒはおれの養父でアカツキのじいちゃんだ」
「ほぇっ!?」
メルが妙な叫び声を上げる。
そう言えば夜の巣の創設に関しては説明をすっ飛ばしていたな……。
「そしてカイルの従姉妹がオルガだ」
「はぇええええっ!?」
メルは叫びながら飛び上がった。ツインテールまで跳ね上がる。
「ルシアン、そこまでにしておけ。
直に関わることでは無いから説明を飛ばしていた」
「大問題じゃない!?」
ルシアンがリトの上で「ケケケ」と怪しく笑っている。悪魔の尻尾とツノが見えそうだ。
「教会の黒幕がアダムだと話しただろう」
「味方側も重要よ!?」
メルが髪を逆立てる。
「まぁまぁ〜それはそれとしてぇ」
「なんでそんな風に流せるのよーーーっっっ!!!」
とメルはエルの襟首を掴んで振り回し八つ当たりしたのだった。
「回る回るぅ世界が回るぅ〜あはは〜」
ジルベルト達によってメルの振り回し攻撃から解放されたエルは目を回してちょっとおかしくなっていた。
「エルは何言おうとしてたんだ?」
アルが首を傾げていると
「真偽も詳細もコイツらに直に聞けばいいだろうということだ」
アカツキが代わりに答えた。
「せっかくこれだけ魔法使いが揃っているんだ。俺もいる。
嘘の判別も記憶精査も容易い。後は実行犯が仕込んでいるだろう毒を取り除いておけば」
そこでバーンッとドアが開きディーノが帰って来た。
「おいドアすぐ閉めるくらいしろよ」
ブツクサ言いながらルシアンが直様ドアを閉めて鍵をかけ直した。
「ジェントルリト!ご無事で何よ……」
包帯だらけで横たわる姿は果たして無事と言えるのか。
「ご無事で何よりです!」
ディーノは無事と押し通すことにしたらしい。
「いやぁ疲れた疲れた。ひっきりなしに訪れる近隣住民の皆さんを目を「使って」見るのは大変でしたよ。
やっと一息休憩となった訳で……オゥ」
ディーノが寛ごうにもテーブルは端に寄せられ満席。
同じく寄せられたソファにはリトが。
そして空いた空間のカーペットや床一面にイスタルリカの皆様方が縛り上げて転がされているので場所がない。
「お疲れさん」
アルが面食らって言葉を失ったディーノを労って椅子を空けてあげた。
ディーノがストンと落ちるように座るとカナリアがお茶を出してあげた。
ディーノはまだ呆然としている。
気持ちは分かる。誰だって自分のいない間に家がこんな風にになってたら嫌だろう。
「えーっと……この方々はどうなさるおつもりで……?」
ディーノはやっと我に返り、いつまで家にこの連中が居るのかを案に訊ねた。
「情報を抜き出した後忘却術を掛けて街の騎士団牢に入れておけばいいだろう」
「それは暁光!早速……」
「ディーノさん、ディーノさぁ〜ん」
ディーノが直様行動と言わんばかりに手を打って喜んでいると、回る世界からやっと帰ってきたエルが割って入った。
「魔力耐性も何も無いこの家でねぇそれやっちゃうとぉ奈落の底まで穴が空くよぉ〜」
ディーノもリトもギョッとした。
以前ジルベルト達はただの廃墟でリトに忘却術をかけようとしてはいなかっただろうか。
「そのための魔法陣なんだが……なんせ時間がかかる。
それを君は一瞬で……」
ジルベルトもその事を思い出していたのか眉を下げてそう言った。
安全装置だった忘却術用の魔法陣をリトは一瞬で描き替え相殺してしまったのだ。
リトは自分の早とちりで痛い目を見たのを思い出しいたたまれなくなった。
だからジルベルト達は自分を捕まえるまであれだけの間放置していたのか。
「記憶精査術も同じく。なのでより強力な魔力耐性と魔法陣を付与しなくては……」
レーゼンもメガネを抑えながら首を振った。
ということは一ヶ月以上このまま……?
「まぁまぁそこはこの天才の僕がいるからだいじょぉ〜ぶ!
魔力耐性も忘却も記憶精査も術式の簡略化も魔法陣の簡易化も済んでるから心配ご無用!」
自分で天才って言った。まあ事実エルは天才だけども……。
「長く見積もって一週間かな?」
と言ってこてんと首を傾けた。
「一週間か……長いな」
アカツキが珍しく急いでいる。
確かに一週間も彼らの消息が途絶えていたらイスタルリカに怪しまれそうではあるが……。
そしてディーノも横で激しく頷いている。
アカツキは顎に手を当てて考え事をしていたがしばしして珍しくニヤリと口の端を上げた。
あ、これは悪いことを思いついた時の顔である。
長い付き合いにもなれば無表情が多いアカツキのことも分かってくる訳で……。
「いい考えがある」
とリトを見てきた。
「ここを省略してしまえば廃人にできますよ。そしてゆくゆくは今回リトくんにしたように治療用の備品にンガッ」
エルに簡易化した魔法を教えてもらいながらレーゼンが新たな思いつきを口にしかけたが、ガイデン、カナリアに叩かれクライスにグーパンを喰らいジルベルトにゲンコツを落とされた。
止めてくれる仲間がいるのはよろしい事である。
「教会と同じ所まで堕ちるつもりか。追い出すぞ」
アカツキも呆れ果てている。
レーゼンも本気で言っている訳ではないのだが、今回襲って来た者たちには並々ならぬ怨みつらみを持っている様で。
聞けばイスタルリカを脱出する際。
ジルベルトを始末しようと数人掛かりで襲い掛かり、腕を奪った奴らが中にいるのだとか。
レーゼンはジルベルトの親友なのだ。
リトの前に並べられたイスタルリカ集団は今、震え上がっている。
「次はコイツだ」
アカツキがまた一人リトの前に連れて来る。
リトは今アルの魔法とメルに優しく支えられて体を起こし、ある事をしていた。
この光景をオルガが見たら怒るだろうなぁ……
一週間の行方不明期間を防ぐべくアカツキが思いついた方法とは。
感知不能。破壊不能。威力抜群。の、呪いによる口封じと数々の事細かい行動制限や操作。
そう、リトによる自我封じ、擬似操作の呪いである。
最高も至高も飛び越え天井知らず桁外れの魔力を持つリトによる呪いは、この世界の誰に潜って探られたとしても認識さえ不可能である。
彼らには本性を顕にしたカーニバルと共に行動し、討伐に当たっていた黎明の騎士団及びヨイヤミ一行を攻撃した。
というほぼ事実の疑惑のもと、街主直属騎士団の牢に入って貰う予定だ。
魔法陣の設置場所もディーノの家とは別口に用意することとなった。
魔法陣が完成したら連れ出してより詳しい精査とリト達の事を忘れてもらう。
そしたら口封じの呪いのみ残してまた牢屋戻り。
初めて人を呪うのには抵抗があった。
だが目を覚ました彼、彼女らはジルベルト達やエルを口汚く罵った。
そして元よりみんなの報告で聞いていた、そしてリト自身も受けた行動の数々を鑑みた結果……
少し痛い目を見てもらうことにした。
後に口封じ以外は解く予定でもあるし、彼らはカーニバルを生み出し使っていたのだ。一体幾つの命が奪われたのか。
お仕置きくらい受けて貰わねば。
エルを攫った前科もある。
ちょっとくらい思い知ってくれるといい。
メルにした仕打ちも。
許せるものでは無い。
リトが人差し指を離すとまた一人あまりの痛みにぶくぶくと泡を吹きながら気絶した。
呪いを掛ける時に意識がありさえすればいいのだ。問題ない。
リトはニコニコと、黙ったまま、淡々と。
今回の襲撃犯達を呪っていた。
まあ、ジルベルトや今回の僕のように体を失う訳でもないし。
アカツキがいい顔をしながら次を連れてくる。リトはニコニコしながら指を当てた。
以前アーサーに掛けられていた呪いを解いた逆を行えばいいだけだ。
また一人泡を吹いて倒れる。
痛みが延々持続する訳でもない。
また一人、喚きながら泡を吹き倒れた。
目の前のディーノと両脇にいるアルとメルが顔を引き攣らせている。
高威力、高等技術を駆使した呪いの核を埋め込むとどうなるか。
エルを含めた魔法使い組もいつの間にか黙りこくってこっちを見ていた。
彼らも散々行使して来たのだ。当然知っているだろうに。
夜の巣のみんなの顔が引き攣っていた。
「アギャアアアアアアッブクブクブク」
また一人倒れたのを見送ってリトはニコニコしながら指を当てる。
堪え性がないなぁ……
この部屋で今、いい笑顔を浮かべているのはリトとアカツキだけだ。
「ウワギャブクブクブク」
また一人叫び声も途中に泡を吹いて倒れる。
呪いの核を埋め込むほんの一時。
リトはふぅと小さく息をついた。
ほんの一時。ちょっと痛いだけなのに。
そんな事を考えながらリトはニコニコしていた。
ニコニコ、ニコニコと愛らしい少年が華奢な人差し指を当てるだけで人が泡を吹いて倒れる光景がどれ程恐ろしい事か。
襲撃犯達はみんな震え上がり涙目で仲間が叫び声も半ばに泡を吹いて倒れて行くのを見ていた。
それだけでお仕置きになりそうなくらいのトラウマが彼らの心に根を張る。
夜の巣のみんなもニコニコといい笑顔で次々と。
襲撃犯達に七転八倒悶絶ものの痛みを伴う呪いをかけていくリトに顔を引き攣らせていた。
アカツキ以外誰も気付いていなかった。
リト自身相当うっぷんが溜まっていることに
リトは怒ったことがない。
ちょっとしたじゃれ合いの様な怒りや、咄嗟に怒りに駆られる事はあったが意識して人に怒りを向けるという本気で怒るという事をしたことがない。
それは魔力の高さ故の無意識の自制か、元の穏やかな気性故か。
リトは自分の事を勘定に殆ど入れない。現に今怒っているのも殆どが他者への仕打ちに対してだ。
だがアカツキは気付いていた。
リト自身はそれを自分の事として受け止める事、そして今まで散々。そう、散々リト本人もも酷い目に合っていると自覚し始めているだろうことに。
元よりアカツキはリトの突発的な怒りの発生に頭を悩ませていた。
他者の為に怒れる事は悪い事ではない。だが度が過ぎれば身を滅ぼす。それも自分を勘定に入れない者なら尚更のこと。
オマケに本人は無自覚にアダンマイトの様に我慢強い精神を持ち合わせてると来た。
我慢強いだけでは身は保たない。
ここらで本人に『仕返し』というものでもさせて怒りを発散させておかねばいずれ大爆発大惨事が起きかねない。
「いずれは呪いを解いてやる」「罰はきちんと法に則った形で与える」と枷を軽くして、仲間へ行った仕打ちで発破をかけてやった結果、どうだ。
今、リトは本気で怒っている……無自覚にだが。
ニコニコ、ニコニコ……。
リトが己を襲った女を失神させた。
「次だ」
アカツキは襲撃犯を引き摺りながら数が多くてよかったと思った。
次。ニコニコ。次。ニコニコ。次……ニコニコ。
リトを襲撃した男が目の前で声もなく泡を吹いて失神した。
カーニバルの犠牲者は、その家族は何人いたのだろうか。
「アガッゥギャブクブクブク」
エルとメルは引き裂かれてどれ程辛かったか。
「ゥアガャギャゥブクブクブク」
みんなを……僕を食わせたらどうするつもりだった?
「ゲブルルァガアガブクブクブク」
リトはニコニコ笑顔のまま薄っすら目を開けた。
さて、残るは何人お仕置きすればいいだろうか。
白い睫毛に縁取られたその美しい薄紫色の瞳に見つめられ、襲撃犯達は失禁寸前だった。
普段怒らない人ほど怒ると怖いものです。




