閑話 オルガと謎の青い花
————これはほんの少し先のお話。五章と六章の中間の出来事です(ネタバレはありません)
本当は五章が終わってからにしたかったのですが本日はバレンタインということなのでこのお話を公開します!
夜明けの世界にはバレンタインなど存在しませんがとある人物の少し甘酸っぱい恋を語らせてください。
それではどうぞお楽しみください。
「オルガ」
本日も激まずの薬を飲ませてくれた後、せかせかと次の薬の調合をするオルガにリトは声を掛けた。
只今リトは夜の巣の病室にて。絶賛入院中である。
毎日ド激マズの薬……「対組織変換薬『エクストラ改!』」を飲まされ、激痛に苦悶する中。
意識を逃そうとしていて、とある物が目についたのだ。
「アレってオルガが生けたんですか?」
唯一まともに動かせる左腕を持ち上げ指差したその先には一輪の青い花。
散らかし上手。片付け不精。
自室や研究室は常にごちゃごちゃでどこに何があるのか分からず、時に病室までその何やかんやが溢れ出す有様。
そんなオルガが病室に花を飾るなんて細やかで繊細なことをするのだろうか。
でもその鮮やかで美しいその花は植物などに多少詳しいリトでも見も、聞いたこともないものだ。
もしかしたら癒し効果でもある薬草なのだろうか。
「いいえ?」
オルガはちらりとその花に目を向けると薬の調合する手に視線を戻した。そして目元を少し和らげ、意味深な微笑みを浮かべた。
「毎度、花が枯れる前に。届けに着ても私が受け取らないから、代わりに病室に生けて帰る誰かさんがいるのですよ」
リトは目を見開いた。
この国。ウィクスで花を一輪贈るという事は大きな意味を持つ。
日常やちょっとしたお祝いなどのプレゼントやお見舞いの品として贈るのは花束と相場が決まっている。
だが一輪のみ花を贈ると言うことは『求婚』を指しているのだ。
「お,お,オルガに、求婚!?アイターっ!」
リトは思わず大きな声を出して痛みに叫びそれにまた悶絶した。
「失敬な。私もそれ何りモテるのですよ」
それはそうかもしれないが……。
身内の贔屓目を差し引いてもオルガは美人だ。
だがしかしである。そもそもオルガは外に出ることがほぼ無い。そして今し方「渡しに来る」と言っていた。
という事は……
「だ、誰ですか!?」
そう、夜の巣の誰かでなければ病室に花を飾るなどできないのだ。
リトの知っている誰かの可能性も高い。
オルガは意味深な笑みを浮かべたまま調合を終えた薬を瓶に詰める手を止めず
「誰だと思いますか?」
と教えてくれなかった。
「い、いつから!?」
「さあ?もう随分長いですねえ。あの坊やは変わりませんから」
「坊や!?」
リトは何とかヒントを得ようと粘ったがお喋りなオルガにしては珍しく教えてくれない。
その後も色々相当質問を繰り返したがのらりくらりと躱されてしまったのだった。
「って話なんだけど。どう思う?」
「張り込みだな」
リトの問いにアルが即答した。
ノーゼンブルグで忙しいにも関わらずこうして毎週休日にルナと一緒に帰省がてらお見舞いに来てくれる。
アルは花を見遣ると
「あの花。もう直魔力が尽きる。枯れる前に取り替え
に来るなら今日が替え時だぞ」
腕を組んでそう言った。どうやら目を使ったようだ。リトもなるほどと頷いた。
「ルナは知らないの?」
「うん!いつもママが飾ってるって思ってたの!」
ほぼ三十年にわたって病室やオルガの部屋に入り浸りのルナも知らないという事は、標的がやってくるのは夜。
ルナが寝入ってからだ。
「私も張り込みする!」
「そうだよね。気になるよね」
「気になるな」
「うん!気になる!」
三人で頷きあった。
「それにしても誰なんだろう?」
「坊やって言ってたんだよな?」
「カティかなあ?」
ルナの言葉にリトは首を捻った
「うーん確かに仲はいいけど……カティだったらもっとオープンな気がする」
「分かる。受け取られなかったからってひっそり病室に飾っていくなんてロマンチックなことしなそうだよな。
もっとこう……断られたら叫び倒すっていうか……」
「「クッソー!また断られたー!!!」って?」
「「うん」」
リトとアルの思案を聞いてルナが子首を傾げながら口真似すると二人は揃って頷いた。
「じゃあエドワードは?」
「オレその線アリだと思う」
「うーん……僕は……イマイチしっくり来ないんだよなあ」
「「なんで?」」
ルナの問いにアルは頷きリトが逡巡すると、今度はそっちの二人が声を揃えて訊ねた。
「何がって言われるとなんか分からないんだけど……」
何かが引っかかるのだ。
「うーむ。悩んでても仕方ねえ!今日絶対突き止めるぞ!」
「うん」
「うん!」
こうしてリト、アル、ルナで夜中。カーテンの隙間からこっそり覗き見るという作戦で張り込みをする事になった。
深夜未明。
リトはハッと目を覚ました。
リトも、ルナも、アルも。ベッドの上で、隣で、またほベッドの下にずり落ち……皆で寝こけていた。
微かな話し声が聞こえる。
「全く。毎度毎度よく飽きませんね貴方も」
オルガの声だ。
「アル、ルナ!起きて!誰か来てる!」
ほんの微かな囁き声で二人を揺するも
「ンガッ……グー……」
「ムニャ、スー……スー……」
起きない。
もう一度揺さぶるも二人の反応は変わらず。
かと言ってこれ以上大きな声を出すと気付かれてしまう。
仕方なくリトは一人で確認する事にした。
「飽きる、飽きないの話では無い」
え?
「受け取られない事も承知の上で来ている」
この声。
「こちらの気持ちに変わりが無いことを言いに来ているだけだ」
この口調!!!
「ッテテテ……」
ガバリと身を起こし傷の痛みに小さく呻く。傷に障らぬ様そろり、そろりと動いて寝る時に引かれるカーテンの隙間をちょこっと開けて覗き見る。
オルガの自室のドアの前には逆光で良く見えないが背の高い人物が立っていた。
「私はいつ死ぬかも分からない身だと何度も言ってるでしょうが」
「それでも構わないとこちらも言っている。
それに、俺も同じことだ。いつ命を落とすか分からない」
「それとこれとはまた別の話と……はあ、本っ当に貴方は昔から変わりませんね」
声から想定していた通りのその人物は肩を竦めた。手にはあの花が一輪。揺れていた。
リトは何故エドワードがあの花を送ることにしっくりこなかったかにやっと気づいた。
色だ。エドワードは赤髪に茶色の瞳。あの花にはそれがひとつも取り入れられていない。
あの、鮮やかな青い花には。
「お互い様だ」
「一目惚れは家系ですか」
「それこそ関係の無い話だ」
そう言ってその人物は踵を返し病室のに飾ってあった精緻なガラス細工の花瓶を取り上げると、流し場へ持っていき水を捨てて新しく注いだ。
「教会を討ってその先、生き延びれたなら受け取って欲しいと告げているだけだ」
花を水切りしながらその人物が言う。
「子供が出来るかも分からない身ですのに」
オルガが呆れ果てて言うと
「それも、構わないと言っている。俺は「お前」の返事を待つのみだ」
ブーツに細身の黒いズボン。落ち着いた赤のロングコートに、かなり明るいオレンジ色の髪の毛のその人物……。
アカツキはオルガに背を向けたままそう言った。
「やれやれ、赤ん坊の頃から貴方を知っている私の身としては、もっと幸せを掴んで欲しいものなのですがね」
オルガも肩を竦めみせる。
そこで、はた。と鏡越しのアカツキと目が合ってしまった。
アカツキはそっと手を上げると静かに口に人差し指を当てた。
「まあ病室の彩りとはなっています。お礼だけは言っておきましょうかね。
ありがとうございます、アカツキ」
アカツキは黙って新しい花を生けた花瓶を戻すと。
「構わない。いつも夜分に悪いな」
「来るのが遅すぎるんですよ。くあ……」
憎まれ口を叩きオルガが欠伸をする。
だがそう言いつつオルガも待っていたのだ。
「それではお休みなさい」
「ああ」
オルガの自室のドアが閉まるとアカツキはゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「聞いてたのか」
いつもの無表情な顔で見下ろす。リトは視線を彷徨わせまくった。
まさかのアカツキだったなんて……き、気まず過ぎる。
リトはぎこちなく頷いた。
アカツキはふ、と笑いリトの頭に手を置いた。ワシワシと撫でる。
「また一つ秘密を暴かれてしまったな」
そしてカーテンの奥に目をやり眠りこけているルナとアルを見てまた目元を優しくした。
「内緒だ」
アカツキがポツリと言った。
いつもと違う拙い言葉にリトが瞬きして見上げるとアカツキは微かに笑っていた。
「教会と決着を付けるまで。オルガに再度正式に求愛するつもりは、ない」
求愛。
アカツキの口から出てきそうにない言葉にまた面食らう。
リトは少し迷って口を開いた。
「お似合いだと思います……。子供ならルナがいるし」
ボソリと最後に付け加えるとアカツキは珍しく肩を揺らして笑った。
「そうだな」
そうして静かな夜が更けていった。
「やれやれ」
オルガは自室に戻ると机に着いてぷかぷかと薬を吹かした。
アカツキと出会った頃を思い出す。
初めては。
たった十二歳の少年。ソルの息子という認識だった。
手紙を読み、助けに来たと言ったアカツキにルナを連れて逃げるよう告げた。
オルガは残るつもりだった。呪いを破壊すると言う事は時に魔王の呪いと同じような死を意味することでもあったから。
ルナを逃した後教会にこき使われるくらいなら自害するつもりだった。それくらいの抵抗力はあったから。
そんな自分を見抜いてにアカツキはなんと何処から取り出したのやら。あの鮮やかな青い花を一輪差し出してきたのだ。
「一目惚れした。返事は直ぐでなくともいい。
教会という巨悪を敵にしている今。明日をもしれない身なのは分かっている。
だが教会に残って自害するくらいなら、呪いを破壊してでも共に居て欲しい」
と。
最初は、目を使ってオルガの考えを見抜き、自死しようとする命を留めんとする優しさから来るものかと思った。
当然。断った。
だがアカツキはしぶとく、何度も王宮施設に忍び込み施設内を把握するという任務をこなしながらもオルガに求婚を続けた。
その余りの危うさにオルガはとうとう折れた。
共に逃げる事は承知するが花は受け取らない。返事を保留する。と答えて。
そしたらアカツキは浮かれて。とっ捕まった。
オルガは呆れ果てた。
流石十二歳の少年。思春期真っ盛り。惚れた相手から保留ではあるものの断られなかった事に浮かれて捕まるとは何事か。
しかも反抗的だったアカツキは呪いも何もないままそのまま魔力抽出機牢屋行き。死にかけてオルガに促されたルナによって助けられる始末。
呆れはしたが、それ程本気だったと理解した。
以来この攻防は続いている。
後から聞けばソルにいつ、運命の人に出会うか分からないから花を一輪持っておけと入れ知恵されていたらしい。
長い時を生きるエルフであるオルガとアカツキの時の流れは違う。
夜の巣という「家族」を抱えて、規模が大きくなって、しっかりはしたもののまだまだ坊やのようなもの。
拙く愛を伝え続けてくる。不器用さ。確かに愛しいと思ってしまう。
いつか、教会を倒したら。
花を受け取ってやってもいいかとは思っている。
目的を果たすため、自分も彼にも生きて貰わねば。
オルガは一際大きく薬を吸うと、火を消し、寝室へ引っ込んだ。
「あーーーっ!!!」
「オレら馬鹿かよ!皆して寝こけてたなんて」
朝になり、ルナとアルが起きて第一声がそれだった。リトも欠伸をしながらベッドから起き上がらず杖を握ってひたすら魔力を巡らせていた。
「花は新しくなってるし!見逃したーーーーっっっ!!!」
「リト!リトも寝ちゃってた!?」
「うん。僕も起きれなかったみたい。鎮痛薬のせいかも」
「うあーっ!次いつ替えに来るかも分かんないのに!
くっそー!リト!お前見張ってろよ」
アルが心底悔しそうに言ったがリトは態とらしく欠伸しながら返事を返す。
「入院中は無理だと思うなあ。流石に夜は寝て体を休めろってオルガに鎮痛剤と睡眠薬を飲まされるから」
「あっ……そっか。それもそうだよな」
アルがしょぼんとする。ルナも肩を落とした。
「ごめんね」
リトは二重の意味を込めて謝った。
「でも、いつかはわかるんじゃないかな」
そう言って微笑む。
「いつかっていつだよ〜……」
「気になるよー……」
アカツキとの「内緒」なのだ。こればかりは二人にも教えてあげられない。
「僕も、気になるけど。……くあ……何となくもういいかなって。自然と分かる日まで」
そう言ってリトは昨日の睡眠不足を解消すべく二度寝に落ちた。
お楽しみいただけたでしょうか?
実は十二歳のアカツキ少年はオルガに会った瞬間。
恋に落ちました。
それが実日がくるのはいつの日か……どうかこの先も物語をお楽しみください。
それではまた明日。ᐕ)ノ




