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第九十六話 メルとエル(下)


 リトの記憶にある限り、今までどんな時でも泣いた事の無かったエルが、泣いている。


 メルの頬に落ちる雫を見てエルはびっくりしたように自分の頬に手を当てた。



「違う、違うんだ」



 慌てて丸めがねを押し上げ目元を(こす)る。



「僕にはメルが、メルが生きててくれたから、一緒に居れたからそれだけで本当に幸せで……」



 自分に言い聞かせる様にエルが繰り返す。



「幸せが一つでも欠けたら辛いになるのよ」



 そう言ってメルは目を擦るエルの手をそっと外した。エルの目から次から次へと涙が溢れる。



 初めて見る兄の泣き顔は丸めがねが頭に引っかかっていて、涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、やっぱりいつもの様に少し情けなくて。



 メルは自分も泣いてる(くせ)に笑ってしまった。



(いく)ら夜の巣や団長やヴィルヘム様達が見守ってくれてて、たくさんの『家族』に囲まれてたとしても、ほんとの兄妹の私には何も話せなかったなんて辛かったでしょ?」


「ちが」


「エルだって隠し事が下手くそなのに、ずっと頑張って一番身近なあたしに内緒(ないしょ)にしてて。

 辛い経験を一緒にした(はず)なのに、ひとりぼっちにしてごめんね」



 メルが改めて力強く抱きついた。



「エルはあたしの唯一無二の血の繋がった家族よ。

 あたしはエルの事が大好き。

 お人好しで優しくてのんびりしててちょっと間抜けな所も……本当は、ものすごく我慢強い所も、全部。

 一心不乱に愛情を注いで、守って、育ててくれて、ありがとう」



 エルはとうとう両手で顔を(おお)ってしまった。



 指の隙間から嗚咽(おえつ)が漏れる。



 事情を知っていたオルガとナイトがその肩に手を置き、アカツキとヤツラギがワシワシと頭を撫でた。


 ふわふわしたエルの髪がくしゃくしゃになる。



 リトも事情を聞かされてはいたが当時の様子は知らない。


 ただ、敬愛する師の初めて目にする泣き姿を涙ぐみながら見つめる他なかった。




 幼い頃からエルは気丈だった。


 母親から引き離され、重い課題を課され、共に過ごせる安らぎの時間はほんの(わず)か。

 しかし己の努力で何とか時間を作り、母と、メルと、少しでも長い時間を過ごそうとしていた。


 だが世界は無情で。


 母を失い、優しさを向けてくれる味方も次々(うば)われた。


 そうして冷たく厳しいイスタルリカ家でメルとふたりぼっちになった。

 それでも互いに支え合い共に生きようと必死だった。


 だがそれさえも引き裂かれようとした。

 結果、メルは全ての記憶を失い、壊れ、長い時を生命活動にのみ傾ける事となった。


 アカツキに拾われ、夜の巣で過ごし、メルにはオルガの治療を、エルは癒しを得たがそれも束の間(つかのま)


 治療を終えたメルが目覚めた時に明るい道を歩けるように、と夜の巣を出た。


 ヴィルヘムやヤツラギに支えられながらも己の力で居場所を築き上げ、ひたすらメルが目覚めるのを待った。


 そのメルすら目覚めた時には全てを失い、自分のことも、当然。エルのことも覚えていなかった。



 エルはひとりぼっちになった。



 それでもエルはメルの人生を一から拾い直し、一緒に辿り、隣で微笑み続けた。


 メルはエルの全てだった。




 そのメルに全てを打ち明けた今、記憶ではなく情報だとしてでも。

 メルは全てを知りエルの想いを、その深さを受け止めた。



 本当に本当の意味で兄妹の絆が再び繋がった。




 いつから涙を流してなかっただろうか。

 母親が亡くなった時以来。ずっと、涙を零したことはなかった。



「め、メル……メルヒラ……」



 エルがメルの背に腕を回して抱き締める。



「なぁに、エルリム、お兄様」



 メルもそれに(こた)えた。



 もう二度と呼び、呼ばれることの無いと思っていた本当の名前を二人で呼び合った。




 (メル)を守り、全てを犠牲にしてきた(エル)(むく)われた瞬間だった。




 が、




「ズッブビィ〜〜~ッッッ!!!」



 物凄い音で鼻をかみカナリアとレーゼンにバシバシと殴られたガイデンのせいで台無しになった。



 エルとメルはお互い涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をゆっくり見合わせ……。



 弾けるように笑い合った。






「さて種明かしの時間だな」



 アカツキが解除薬を飲んで髪色がサアッとかなり明るいオレンジ色に戻った。

 残りのメンバーにもそれぞれアカツキから薬が放られる。

 皆が一様に薬を飲み干すと髪色や目の色が元に戻って性別が逆転し……



 ブチブチッバリィィイッッッ!!!



 またしてもガイデンの服がバリ裂けた。



「ええぇぇぇええええ!!?」



 ほぼ全員の性別逆転とガイデンの衝撃的な変身にメルが悲鳴に近い声を上げた。


 今度はジルベルトとクライスにカイデンが殴られる。



「どうしてお前はいっつも服を着替えてからにしないんだっ!」



 ジルベルトが叫んだ。



「悪い悪い忘れるんだよ。あまりに馴染み過ぎて……」


「いや、馴染んでなかっただろ。明らかに」



 ヤツラギがツッコミを入れる。

 ナイトもラベンダーブロンドに戻った髪をくしゃくしゃにして顔を隠した。



「ね、ね、ネイドが()()「眠りの死神」!?」



 メルは驚愕に身を震わせ指差しながらナイトの二つ名を口にした。



「改めて紹介しよう。

 俺はアカツキ。夜の巣のリーダーを(つと)めさせてもらっている。かつてはヨイヤミとして黎明の騎士団にいた」


「おれは変わんねーから安心しろ。

 そのまんまルシアンだ。触れた者の未来を視ることができるぞ。

 趣味は服作り」



 リト真上でソファーにのし掛かる様にしてルシアンがニヤニヤする。



「私も変わりません。

 アカツキにこき使われてる夜の巣の医者、オルガです。

 あなたが元気そうで安心しました。私から会いに行くことは叶いませんでしたから……」



 オルガは優雅な礼をすると優しい目でメルを見た。

 メルが少し涙ぐむ。



「俺はジルベルト。

 アル……アルフレッドの兄で以前はイスタルリカの魔法士団副団長をしていた。

 そして同じイスタルリカの……」


「レーゼンです。副団長補佐と魔法研究所副所長を兼業していました」


「カナリアよ。私達みんなジルの幼馴染なの。

 辛かったのによく頑張ったわね」


「クライス。情報部に勤めててアルフレッドくんの情報を全て置き換えたのは僕だ」


「俺はガイデン!杖こそ持ってないが近接戦もできる魔法使いだぞ!」



 ガイデンが剥き出しになった筋骨隆々の胸を張る。メルは腰元に元ワンピースだった残骸が引っかかっているだけの姿にちょっと目を逸らした。


 またしてもカナリアとレーゼンがガイデンを殴る。



「ちょっとは隠しなさいよ!」


「女性にあまりにも失礼な格好な事を自覚してください!」



 そこで魔法使い組がわちゃわちゃし始めたのでメルはアルに目を向けた。



「アルも……夜の巣の一員だったのね」


「うん、まあ……黙っててすいません。

 おれの本名はアルフレッドで、「アル」は愛称みたいなものっす」



 アルがちょっと罰が悪そうに頭を掻くとメルはふふっと笑った。



「あたしとエルとおんなじね」


「そうっすね」



 アルもにっこりする。リトもそれを微笑ましく見守っていた。

 するとエルが歩み寄って来て



「メル、代わりに紹介するよぉ。

 この子がリトくん。

 僕の一番弟子のレノくんと同一人物。僕らの可愛い弟。

 僕が誘拐された時、助けに来てくれたんだ。まぁ一緒に攫われちゃったんだけど。

 彼が居なかったら今頃僕はイスタルリカ家に連れ戻されてた。命の恩人だよ」



 エルはリトを見てにっこりした。リトもにっこりと微笑み返す。

 そしてメルに向き直った。



「今まで黙っててすみません。

リトって言います。

 でもメルとエルに囲まれて本当の弟みたいに扱ってもらえて、黎明の騎士団で過ごせたことは僕の忘れられない宝物でぃっ!」



 小声で話していたにも関わらずそこでで傷口に痛みが疾った。



「全く。あんたってよく大怪我するわよね。安静にしてなきゃダメじゃない」



 メルは腰に手を当て「レノ」にしていた様に接してくれた。そして床に膝をついてソファーに横になっているリトの手を取った。



「エルを助けてくれて本当にありがとう。

 あそこでエルを失ってたらあたし、きっとまた壊れてたわ。

 ありがとう」



 メルは何度も礼を述べて頭を下げた。リトはあわあわしていたがその肩にそっとエルが手を置く。



「リトくんには誘拐事件の後、僕らの事も話してたんだ。

 知っていてずっと見守ってくれていたんだよ。

 今回こうしてメルに話せたのも君のおかげだ。僕からも礼を言わせて欲しい。


 リトくん……本当にありがとう」



 リトはあまりにも深く頭を下げられたものだからどうしたものかとあわあわし続けていたが、再び顔を上げた兄妹の顔を見てそれを受け止めることにした。


 二人と同じ様に微笑んで頷いた。



 エルとメルがこうして二人で居られて良かった。






 そんなこんなで。



「そいで……どうしたもんかなコイツら」



 同じく居間。テーブルの向こう側。の、床の上。


 大量に転がされているイスタルリカの魔法使い達。今はオルガ特性の激臭睡眠剤を嗅がせて眠らせている。

 何故こんな所にか、と言うとディーノの家はタンスのある部屋の次に居間が一番広いのだ。


 大事なタンスの部屋に敵を入れるのをディーノが嫌がった為こんな有様になっている。



「闇に葬るかー?」



 ナイトが黒い大鎌を取り出しながら言う。



「わぁ〜ナイトさん物騒ぅ〜」



 エルはいつもの調子を取り戻し……いや、浮かれ気味なのか身をくねらせてそう言うものだから申し訳ないがちょっとだけ気持ち悪い。



「流石死神……」



 メルはしっかり元の調子に戻りボヤいた。



「まぁそれは冗談にしといて〜。

 団長。僕が捕まえた女性はこんなの持ってたんだよね」



 エルが懐から一枚の写真を取り出した。

 みんなの手を渡りオルガがリトにも見せてくれる。


 それは歩くエルの姿。背景の街並はまさにここ、ハーメルのものだった。写真にはメモがしてあり



「生かして捕らえろ……?」



 メルが眉を顰めた。



「そしてだけど……リトくん、このおじいさんの顔に見覚えない?

 メルがボッコボコにしちゃって分かりにくいかもだけど」



 リトは目の上や頬が腫れ上がり歯の抜けた老齢の男をじっと見つめた。しばし記憶を辿り思い出す。



「誘拐の!アイターーーッ!」



 思わず大声を出して激痛に叫んでしまった。



「そぅ!冬に僕らを誘拐してくれた実行犯!他にも見た顔がいるんだよねぇ。

 彼らがここに居るのもこの写真を持ってるのもおかしいと思わないかい?」



 アカツキ、ヤツラギが顎に手を当て考え込む。



「まさかまたエルを誘拐しようとしてたの……?」



 メルがエルの手を握りしめる。



「それだけではない」


ウチ(ノーゼンブルグ)に……何かが仕込まれているか潜り込んでいる、か。

 それも中枢に近い所に」


「あーめんどくせー。スパイかよー」



 黎明の騎士団大人組が納得する。



「どういうことっすか」



 アルが問うと



「情報を入手してカーニバルとコイツらにエルの姿を周知して生け取りにしようとしてたっつーこと」


「今回エルがこの街に派遣される事は限られた者しか知らない。

 ヤツラギ……」


「ああ、分かってる」



 ヤツラギの瞳が暗く染まった。犯人の目星はついているということか。



「以前からってワケじゃねえだろ。

 じゃなきゃ俺達と夜の巣の事を周知しない筈がねえ。街を出た後だ。

 アカツキ、タンス借りるぞ。ヴィルヘム様が危ない」


「しょーがねーな。俺もついてってやるよ」


「急げ。オルガも連れて行け」



 アカツキの返答を聞くや否やヤツラギとナイト、オルガは階段を駆け上って行った。



「一体誰が……?」


「それはヤツラギの口から聞け」



 アルの問いにアカツキは首を振った。二階を見上げる目には痛ましさが滲んでいる。



「エル、誘拐された心当たりがあるんじゃないか」



 アカツキは視線を戻すとエルを見つめた。



「「オル・ミラージュ」を開発する時にねぇジルやレーゼンさんに話は聞いてたんだけど……。今回のことで確信したよぉ」



 エルはポリ、と頭を掻いた。



「イスタルリカは「テレポーテーション」を開発しようとしている」



 それはこの世界で成功させた者のいない長距離転移魔法を指していた。



お読みくださりありがとうございます。


メルの台詞に覚えのある方はいらっしゃるでしょうか?

いつか前に。リトに自分のことを語った時。エル本人には伝えないと言っていた言葉です。

それを伝えられ、長きに渡り妹を笑顔で守り続けた兄、エルがようやく報われました。

作者としてもここまで書けたことが嬉しいです。ありがとうございます。





そしてちょっと話がずれますが。

少し、前話でお話しておきたかった事を語らせてください。


お心当たりのある方はいらっしゃるでしょうか……。

リトが飲んだ『粘っこい黄土色の液体』に。




はい。そうです。小噺『夜の巣の聖晩祭』でアカツキが当ててしまったプレゼントの正体です。

当時はただの『体組織変換薬』という名でして。

オルガとしては「身バレを防ぐのに何かに変身できたら良いのでは?」と考えて生み出した薬でして。

そして当時は動物への変身を考えていた物でして。

オルガは鳥の羽を入れました。




という訳で種明かしです。

夜の巣の聖晩祭で起こった惨劇、アカツキは爆発し、それはもう美しいオレンジ色の鳥の姿になりました。……頭だけ。

幸か不幸か、警戒して一口だけしか飲まなかったので。

そして度数が世界最高値を叩き出すお酒を一気飲みしたリトは(⚠︎︎未成年のお酒はいけません)ベロンベロンに酔っ払って絡み酒になり、よろよろと鳥頭のアカツキにも絡みました。そして足元に落ちていた体組織変換薬に興味を持ち……飲ん出しまいました。

結界……真っ白なひよこへ変身いたしました。

彼らは自我を失いキョロキョロ、ぴよぴよ。流石のオルガも慌てて、エルを呼び寄せ、急いで体組織変換薬『改』とその解毒剤が生み出されました。


こうしてアカツキとリトは聖晩祭の記憶を失ったという訳です。


「体組織変換薬」の名が出た際にエルとナイトが思わずアカツキを見てしまったのはそういうワケがありました。


こうして人体を別の動物へ変身させる体組織変換薬は現在、『エクストラ改!』にまで研究され、自身と別の体組織を対象者に馴染ませる有用なお薬へ進化しましたとさ。

お分かりいただけましたでしょうか。



第五章もいよいよ佳境。物語のクライマックスも近くなって参りました。

面白い、続きが読みたいと思いましたらブックマークや⭐︎で評価やいいねなどを!

また感想をいただけるととても嬉しく思います!待ってます!喉から色々出そうな程ほしいです!

よろしくおねがいいたします!


それではまた明日。ᐕ)ノ

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