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第九話 夜の子

 オルガに貰った金でリトはサイフになりそうな巾着袋や布、紙、木製の器をいくつか買い、手頃な地面に腰を下ろした。


 布を広げ、木の実や薬草を並べる。祖父の拡張収納術は入れたものの時を留めるから新鮮だ。


 道行く人がサトリャンナの実を始め、珍しい木の実や薬草に足を止めた。



「これはなに?」



 と初老の女性が器に山盛りになった、黄色いゴツゴツした小指の先程の実を指して尋ねた。



「ココルの実です。滋養強壮の他に目にもいいですよ」



 女性はココル実をふた(さじ)程買っていった。

 エルフの女性がサトリャンナの実を四つ。銀貨二枚で買ってゆく。赤髪の冒険者らしき男が薬草を見て思案した。



「止血、火傷に効くやつを十枚ずつくれ」



 リトはシワシワの鮮やかな緑色をした葉と、オレンジ色の大きな花びらを手早く紙に包んで簡単に説明した。



「緑のヨタキの葉は止血の他に身体を温める効果があります。

 こっちのカランドラの花びらは火傷や胃痛に。これらは傷の炎症を鎮めたり粘膜を保護してくれます」



 リトの即席の店はちょっとした人集りができて薬草も実もあっという間にあらかた無くなり、巾着袋はずっしりと重たくなった。



 充分だ。これでオルガにお金を返しても手元にだいぶ残る。



 ササッと残った品物を収納し、リトは市場を物色し始めた。


 鍋を大小ひとつずつ、フライパン、お湯がすぐ湧く魔法のポット、丈夫なロープやテント、ランプ、金属の水筒、干し肉や香辛料もいくつかに、マントも買って次々と腰のポーチに収納していった。






 朝靄は晴れ、約束の時間が迫ってきていた。


 最後に欲しいのは……そう本棚。

 祖父の残してくれた大切な書籍は今は部屋に山積みだ。


 ゆっくり見て回りつつ、折りたたみ家具や組み立て前の家具を置く店に辿り着いた。



「本棚はありますか?」



 リトが問うと店主は快活に答える。



「お、ボウズお使いか?組み立て前のがいくつかあるぜ」



 とテントの奥を指した。 リトはこげ茶色のものを選んだ。



「坊主カバン開けな。重てぇから入れてやるよ」



 と店主。本音を言えばリトなら軽々と持ち上げられるが髪色を誤魔化している今、それは出来ない。店主の申し出をありがたく受けることにした。


 リトがポーチを前に回し口を開けて傾ける。店主がヨッと金具の着いた板類をもちあげた。



  その時、ゴチッと大きな音がした。



 店主とリトが見ると少女が一人、頭を抱え込んでしゃがんでいた。



「大丈夫!?」


「おいおい嬢ちゃん大丈夫か?」



 リトと店主が同時に声をかける。



「だ、大丈夫、です」



 と答える少女は涙声だ。おでこにたんこぶが出来ている。しかも血も出ている。



 大変だ!怪我をさせるなんて!!



 リトは素早く屈んでブーツから残っていた最後のサトリャンナの実と、入棒とすり鉢を取り出した。急いでサトリャンナの実をすり潰す。

 サトリャンナの実は腫れに効く。すり潰して傷につけると効果は倍だ。



「悪かったなぁ……」



 と店主がポリポリと頭をかいている。少女は額を抑えつつ



「いえ、私が前を見ていなかったのでしょう」



 と答えた。リトは少女に声をかけた。



「本当にごめんね。これサトリャンナの実をすり潰したものだよ。傷に塗ると腫れが引くんだ。貰ってください」



 とすり鉢ごと少女の手に乗せた。



「まぁ。そんな素晴らしい物なのによろしいのですか?」



 とリトと同じ年頃の少女が顔を上げた。


 フードからのぞく金色の大きな目。


 リトはその美しい瞳にしばし見蕩れた。少女は額に傷薬を塗って礼を言い、リトにすり鉢を返した。


 店主が頃合を見計らって声をかけてくる。



「坊主。これやっちまっていいか?」


「はい。お願いします」



 とリトは今度は誰にもぶつけなくて済むようポーチを地面に下ろした。板を収納してリトがポーチをつけ直すと少女が話しかけてきた。



「どうも本当にありがとうございました。何かお礼を差し上げたいのですが……」


「いえいえ。本当に大丈夫です。こっちがぶつけちゃったおわびですし」



 少女の丁寧な物言いがつい移る。少女はくすりと笑った。






 本棚の代金を払い、リトは店主と少女に手を振り歩き出したが、少女は着いてきた。



「私もこちらなのですよ」



 とにっこりする。二人は並んで歩き、元来た路地の入り口に入った。



 この辺りの子なのだろうか?



 口を開こうとしたその時、風が吹いて少女のフードが滑り落ちた。



 少女の髪色は見たこともないほど暗かった。黒と言ってもいいようなその髪は朝日を受けて仄かに青く光っていた。



「この髪の事ですか?」



 少女がリトの視線に気づき長い髪をつまんで見せる。



「お恥ずかしながらわたしは魔力が極端に少ないのです」



 リトは慌てて首を振った。



「あ、いや!ジロジロ見ちゃってごめん!つい、綺麗で……」



 と本音が飛び出て赤面する。少女の顔に花が開くような笑顔が浮かんだ。



「そう言っていただけたのは生まれて初めてです。ありがとうございます」



 少女は続ける。



「私の名前はヨルと申します。あなたは?この辺りの方ですか?」



 と右手で握手を求めてきた。リトは言葉を(にご)しながら応じた。



「うん、まぁ……そんな感じ……。僕はリト」



 リトの名前はまだ教会には知られていなかったはずなので、名乗っても大丈夫だろうと判断した。


 二人の手が触れ合ったその時。ピリリと鋭い痛みが疾り、二人は同時にパッと手を離して振った。


 少女にも今の痛みが伝わったのだろうか。



「ああ痛かった。今のは何でしょうね?」



 と少女、ヨルも首を傾げる。全く同じ動作をしたのが可笑しくてどちらかともなく笑いだした。


 そしてリトはハッとする。懐中時計をポーチから取り出し時間を確認する。



 約束の時間十分前だ!



 ヨルに謝りリトは帰途を急いだ。ヨルは夜空のような髪をなびかせて



「またお会いしましょうね」



 と手を振った。






 約束の時間ギリギリにリトが部屋に飛び込むとオルガが薬を吹かしていた。



「いいもの、ありました?」



 オルガは煙をフーと吐き、にっこりした。上機嫌のようだった。



「ありがとうございました」



 リトが礼を述べてオルガに金を返すと



「そのまま持ってても良かったのに……。まぁ繁盛したようで何よりです。私の方も豊作でした」



 と腰に着けた大きめのポーチを叩いた。パンパンの様子はないからもしかしたらこれもカティの発明品かもしれない。オルガは続ける。



「少し値が張りますが、ここの朝市には沢山他では見ないような香辛料や根や葉、角なんかがあります。皆薬にすることができるのです。お手軽にポーションなんかもありますし」



 と綺麗な青色の液体の入った瓶を取り出して振った。オルガの話はまだまだ続く。



「こっちの牙はですね解熱の効果があるんです。あなたの熱を下げるのにも使いました。

 このガルドの骨は私の肌を変える薬に使います。別の調合をすれば下痢止め、炎症を鎮める役割もあります。

 どちらも切らしかけてたので沢山買いました。これは……」



 と戦利品を次々に取り出しイキイキとした目で語り続けた。



 結局オルガは一時間以上話し続けてやっと満足した。肌の色はすっかり褐色に戻っていてリトは少しやつれた。



「さぁ帰りましょう」



 オルガがタンスを開け、二人は夜の巣へと帰って行った。

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