8.国王陛下による断罪③
「ところでジョン殿下。貴方に進言した我が家の侍従とは、これの事ですか?」
いつの間に居たのだろう。
これ、と宰相が視線で示す先に、公爵家直属の騎士に後ろ手に縛られた男が跪いていた。
「これと、いつ、何処で出会いましたか? 何故この男が娘専属の侍従だと信用したのですか?」
「学園で……放課後話しかけられて……学園の制服を着ていた……本人が、専属の侍従だと、そう、言ったから……」
「貴方に、直接? そうですか。これは、貴方に何を言ったのですか? 覚えている限り詳しく説明して下さい」
「自分は、公爵家の、グレース付きの侍従だと……グレースの公爵邸内での振舞いで、目に余るものがあるから……殿下にご忠告申し上げたい、と……殿下から下賜された物を、グレースは無下に扱っている……捨て置くならまだしも、中には火にくべてしまった物もある、と……」
「火に、くべた?」
「あぁ。俺が贈ったネックレスを踏みつけ破壊し、ドレスは暖炉に投げ入れ燃やした、と言っていた……王族を侮辱している大罪人だ、と」
「なるほど。貴方はそれを鵜呑みにし、王族侮辱罪などと嘯いたのですね」
「……違うのか?」
「逆に問います、王子殿下。貴方はいつ、我が娘にネックレスを贈りましたか?」
ジョンは黙った。
婚約者に何かを贈った事が、今までにあっただろうか。どんなに思い起こしても記憶にかすりもしなかった。
「いや……普通、婚約者に、舞踏会シーズンに合わせて、贈り物を、する、だろう? 違うか?」
普通は、そうだ。きっと王子宮専属の侍従が何かしているはずだ。
だが。
王子の指示が無い以上、当然ながら使用人は動かない。
「一般常識としては、そうでしょう、違いません。が、我が家に貴方様の名義で娘に贈り物など、ただの一度もございません」
言外にジョン以外の王家の人間からの贈り物はあったと含めたつもりだが、この王子の脳内でどのように受け取られたか定かではない。
「贈られて、ない?」
呆然とするジョンを興味深げに眺める宰相。
「受け取ってもいない物を、どうやって破損したり火にくべたり出来るのか、甚だ疑問ですが……それはさておき」
騎士に拘束され跪いたままの男が目に見えて震え始めたが、宰相はそれに取り合わなかった。
「そしてこれは、財務大臣から借り受けた王室の収支決算書なのですが……」
宰相が傍らに立つ侍従から、違う書類を受け取り数枚めくる。
「ここ10年の記録ですが……王子用の支出で最近増えた項目があります。えぇ、ここ2年で頻繁に計上された項目ですが、何だと思います? 殿下」
「? ……さぁ……」
「婚約者専用の接待交際費です。そうですね、女性の婚約者の身を飾るドレスやお飾りなど何かしらを贈答するのは我が国の貴族なら常識です。ジョン殿下も婚約者をお持ちですので、当然殿下用の予算にその項目は組み込まれております……
が、
先程申し上げた通り、貴方様から、我が家に、届けられた事はただの一度もないのですよ、殿下。……なのに、婚約者用の接待費は申告されている。不思議ですね。
これ、何に使ったのか調べてみました。私じゃありません、不思議に思った財務省の人間が、です。そうしたら王家御用達のドレスメーカーから、殿下が直々に女性を伴って、店を訪れたと言うではありませんか! そこで“婚約者用のドレスから靴など小間物全て一式取り揃えた”と。
……王宮に、御用達商人が訪れるのが普通でしたのに、殿下自ら足を踏み入れたのですね。
一度だけではありません。この2年間に、計21回。王家御用達の店だけではなく、巷で有名な宝飾専門店だったりレストランだったり……全て支払いは王宮に来まして……。
ドレスだけなら何も思わなかっただろうと財務省の者は申しておりました。『お忙しい公爵家の令嬢がこうも頻繁に王都内のレストランに出向いたのか?』と、私に質問に来ましてね。そこで発覚したのですが……殿下、説明して下さい。使途不明金は、横領扱いになりますよ?」
「横領?」
「本来使うべき所でない場所で使われたら、横領以外の何になると言うのですか? “横領”が理解出来なければ“窃盗”とか“盗み”と言い換えればご理解頂けますか? 殿下が、正しく婚約者の為に、或いは婚約者と共に使ったのなら! ……なんの問題もないのですが……」
ここ2年で増えた接待交際費……間違いなくマリアとの交際で使った記憶がある。
「不思議ですねぇ、殿下。娘と婚約したのは15年も前なのに、婚約者用の接待交際費が使われ始めたのは2年前だなんて……私に進言してくれた財務官は言ってましたよ、最初は殿下もとうとう婚約者を思い遣って行動出来るようになったのかと嬉しくなった、と。未来の為政者がギスギスした関係なんて不安だった、とも。よくよく調べたら、ただ自分の遊びの為に国民から納税された金を使われたのか、ガッカリだ……とまで言ってましたね」
ジョンは呆然とした。自分が愛するマリアと過した日々を、臣下は“遊び”と称した事に。そしてそれが“横領”だと認識されている事に。
違う。
そんなつもりはなかった。
自分は王子だ。近い未来、国の王になる人間だ。それが愛する者一人喜ばせる事も出来ないなんて、あっていいはずはない!
これは何かの罠だ!
そうだ、あのズル賢いグレースが仕組んだ罠だ!
あいつはいつもそうだ
いつもそうして俺から何もかも奪っていくんだ……




