プロローグ~断罪~
断罪の場 (グレース視点 )
マリアが私の耳元で囁く。
「悪役令嬢はここで退場なの。ご苦労さまでした♪」
え? “悪役令嬢”? 何よ、それ。
ってか貴女、もしかして転生者だったの?
つまり、ここは乙女ゲームか漫画か小説の中って訳? 薄々感じてたけど! 自分の美貌と高スペックさと王子の婚約者って立場に!
用心して手は打っていたつもりだった。
でも飼い犬に手を噛まれるような。後ろから撃たれるような味方の居なくなったこの状況は。
学園の卒業記念パーティーで衆人環視の中、婚約者である王孫殿下から下される婚約破棄宣言。殿下の傍らに立つ華奢な男爵令嬢がヒロイン。両脇には側近候補の子爵子息と騎士団長子息。成程、攻略対象者って事ね。
そして私には身に覚えの無い、罪とは言えないような些細な、そして明らかな冤罪による悪役令嬢の断罪劇。
誰も助けてくれない。
誰も守ってくれない。
ここに私はたったひとり。
四面楚歌。
もう何をしても、無駄なんじゃない?
いわゆる、物語の強制力が働くっていう状況がこれって訳ね。
絶望しかない。
じゃぁ、私の今迄してきた努力は……
将来、この国をより良くしようと懸命に働いた、あの努力の日々は……
眩暈を感じる。
国王陛下が私にかけていた期待は……あぁ、そうか。多分今頃隣国で懸念だった調印式を済ませたはず。帝国の脅威を同盟で払拭した今は、私は用済みって訳ね? 友好条約を結ぶまでは私が、この私が奔走したというのに! ご自分は調印式という晴れやかな場所で手柄独り占めって訳ね!
私が支えようとしていたこの国の王家ってここまで腐りきってる訳か。
王太子殿下がこの場に居ないのが、その証明。つい先程迄、私と共に居たはずなのに! 私を実の娘のように思ってるなんて甘いこと言ってたけど、肝心の時に守ってくれる様な人では無いと解ってたはずなのに! 日和見で女性にだらしなくて、いざという時の決断力がない。きっと陛下の命に唯唯諾諾と従って、私を見捨てたのだ。
先程から感じる眩暈はこの憤りのせい。
殿下の専用護衛騎士に“貴方が一番信用出来るから”なんて理由で、冤罪だと証明できる書類一式預けたりしたから、私はかけられた冤罪を晴らせない。
殿下の護衛なんだから、王太子殿下に付き従ってる。当然だ。
だから、王太子殿下が退場した今、護衛である彼は私を守ってくれない。当たり前なのに、何故信じたりしたのだろう。
自嘲するしかない。
あれもこれもそれも。
物語の強制力、とやらのせいならば。
あの努力も。あの苦労も。
全部、全部が全部、無駄になった。
無駄。藻屑。木っ端微塵。
……あぁ、馬鹿らしい。忌々しい。憤りが激しすぎて目の前が真っ赤に染まってる。
あぁ、ならばいっそ。
悪役令嬢らしく堂々と去ろう。物語とやらを完結させてやる。
でもだらしなくグズグズ去り際を汚すのは嫌ね。私の美学に反するわ。
鮮やかに華々しく美しくあっさりと、散ろう。もう見る事が叶わないあの懐かしい桜の花の散り際のように。
私は顎を上げ姿勢を正した。
焦りを感じさせない余裕の笑みを見せた。
国一番の優雅さだと称えられたカーテシーを披露した。
会場中がシン…と静まり返った。
皆の視線が注がれるのをはっきりと感じる。ここまで来るといっそ気持ちいいわね。
「では皆様、御機嫌よう。この栄華が一日でも長く続きますように。草葉の陰からお祈り致しますわ」
頭の回転の鈍い王孫殿下、私の婚約者だった男にこの皮肉が通じたかしらね。
私は会場を後にする。
私を捕まえようと近付いて来た兵士に目をやり、エスコートを頼むように手を差し出せば。
彼は恭しく頭を垂れ、私の手をそっと支えた。
「案内、頼むわね。何せ “地下牢” など行った事、無いもの」
コロコロと笑いながら言うと、私をエスコートする兵士はオロオロしながら周りを見渡してる。先程私の手を取ったのは条件反射だったみたいね。チョロいわ。
「あなたは殿下の命に従うだけよ。さっさと案内しなさい」
地下牢へ連れて行けなんて。
馬鹿にするにも程がある。
この私を。公爵令嬢を、よりにもよって“北の地下牢”に!
いいわ。“後は野となれ山となれ”よ。
こんなふざけた国、滅んでしまえばいい。
私の死がその切っ掛けになるなら本望だわ!
グレース・フェリシア・フォーサイス公爵令嬢は堂々とパーティー会場を後にした。
彼女が表舞台にその美しい姿を見せたのは、この日が最後となる。
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