5話
ドアをノックすることもなく、当たり前のように主の寝室に入ってきた執事は、やはり当たり前のようにその布団を剥いだ。
「いい加減起きろ。せっかくのお粥が冷めるぞ」
流れるような動作で、主の背中に手を入れて背もたれのようにクッションを挟み、無理矢理起き上がらせる。
「あー。おはよう。ギル」
昨夜も遅くまで一緒に起きていたというのに、執事の方は既に身支度を整え、朝食の調理まで済んでいた。希少だが品質の下がったお米を、出汁を使ったお粥にすることで美味しく食べられるようにしている。
名門ベイカー伯爵家の長男のアルフレッドだが、昔から変わったものを好み、その食事を作るのは従者であったころからこの執事の仕事である。貴族家の長男の部屋に有るまじき簡易キッチンも、そのためにわざわざ増設されたものだった。
今では、商会を通じて王都に広がったレシピも多く、家のシェフも作れるものがほとんどなのだが、もともと二人で冒険に出たり商会にかかりきりになったりと家族と時間がずれることも多かったため、これが自然となっている。
「染みるわ〜」
と、甲斐甲斐しく執事に世話をやかれ、ベッドの上で顔を洗ってようやく目が覚めたアルフレッドはのろのろと執事の用意した服に着替えを済ませ、朝食の席についてお粥を大事そうに口に運ぶ。
向かいの席には執事が座り、同じように食事をとっている。
これも、この二人には当たり前のことだった。
「今日の昼ごはんは、うどんがいいなぁ。旅に出るとなかなかうどん打ってもらうのも難しいだろうし、今のうちに…」
「まだ、しばらくは出発出来ないぞ。旦那様とお話しも出来てないしな」
世間では、今まで秘されていた第4王子と、その麗しい婚約者の話で大騒ぎをしている。様々な苦労を乗り越え「真実の愛」で結ばれた二人。王子はあの後、範囲は狭いながらも結界を張ることに成功し、エリザベトは治癒の力を発動させたことで、聖女の認定を正式に教会から受ける予定となっているらしい。
国を乱したくないと直ぐ様王位継承権を放棄した王子は、聖女エリザベトと婚姻をする際に新たな公爵位を賜ることに決まっているとか。
その辺りの話に、王城勤めの役を頂いているベイカー伯爵を含む貴族達は、連日朝から晩まで雑事に追われているそうだ。
世間でいうところの「様々な苦労」の一部とされていた、当のアルフレッド曰く。
「幸せなんなら良いんじゃない?別にうちにお咎めがあるわけじゃなし」
と、執事に上着を着せられながらのほほんと語っていた。
実際のところ、王家やレスター侯爵家からはアルフレッドに恥をかかせたとして、ベイカー伯爵家にはお咎めどころか正式な謝罪と、賠償金の申し出があった。
しかし、当のアルフレッドがこの様子であり、ベイカー伯爵夫妻も特段気にかける性質でもなかっため、神の加護を得た縁にケチを付けるような真似は出来ないと謝罪も賠償も断り、逆に祝福を述べた。
貴族的に考えると、これも人気取り政治であると疑われそうなところだが、もともとのベイカー伯爵夫妻の人柄と、当日を含めたアルフレッドの様子を知る人々からは、ベイカー伯爵家らしい判断だ、と評判がかえって上がった形となっている。
ベイカー伯爵夫妻ももともと穏やかで、領民を気遣い、よく慕われている一家だったが、長男のアルフレッドは輪をかけて穏やかで控え目な性格で、理不尽な目に合うことがあっても「まあ、俺にはギルがいるからね!」と、執事と力を合わせてなんでも乗り越えてしまうのだ。
また、付き合わされる従者は大変だろう…最初は心配していた人も、「アルフレッド様のことで大変なことなどありませんよ」とすましているギルバートを見ているうちに、いつしか誰もこの二人のことについては気にしなくなっていた。