閑話 貴婦人たちのお茶会
今回のお話は、アルフレッドの母とその周辺のお話ということで、女性が中心となっております。
苦手な方には申し訳ありません。読み飛ばしていただいて全く差しさわりのないお話ですので、なかったことにお願いします。m(__)m
平気!読んでみてやるぜ!という方はどうかお付き合いくださいませ。
作者的には楽しくなってしまって、思った以上に長くなってしまったので二つに分けています。
少しでもお楽しみいただける方がいらっしゃれば幸いです。
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ベイカー伯爵夫人エレンは朝から外出のために身支度を整えていた。そこにノックの音と同時に一人の男が転がり込むように現れる。
「エレン!お茶会が今日だとは聞いていないよ!?」
エレンは侵入者に鏡越しにちらりと視線を送ると、にっこりと微笑んだ。
「あらあら、ロバート。まだいらっしゃったの?早く登城しなくては、こわーいお迎えが来てしまうわよ?」
「ぐぅ!しかし!彼の殿下のお茶会に君を一人で行かせるなど…!!!」
エレンの言葉に寸の間唸ったベイカー伯爵ロバートだったが、諦めずに嫌々をするように首を横に振る。
「殿下ではなくて、ジーンのところのお茶会よ~」
軽い口調でエレンが言い換えるが、ロバートはますます表情を青くさせた。
「公爵家の?!ダメだ!やはり、仕事など休んで私がエスコートしなくては…!さあ、エレン出かけ…!」
何かを吹っ切ったように明るい表情で、恭しく手を差し伸べたロバートが最後まで言い切らないうちに、エレンの身支度を整えていた侍女がすっと二人の間に滑りこむ。と、同時にロバートの後ろから人影が現れた。
「奥様、失礼いたします。直ちに侵入者は排除致しますので、ご安心ください」
にっこりと微笑みながらも、恐ろしい気配をまき散らしながら現れたのは、最近ロバートに色々と困らされている執事のセバスだった。
セバスの姿を認めると、殺気に近い気配に警戒を示していた侍女が元の位置へと控える。
「セバス。旦那様をよくよくお守りして、お城までご一緒してちょうだいね?」
にっこりと微笑んだエレンが述べると、口をふさがれてモガモガと叫ぶロバートは「お任せください」と答えたセバスによって、荷物のように担がれてあっという間に姿が見えなくなった。
嵐のように現れてあっという間に消えた二人を見送ったエレンは、何事もなかったかのように外出の準備を整えると、本日お茶会に招かれている某公爵邸へと馬車を走らせた。
「エレン!待っていたよ!」
「あら、本日はお招きいただきありがとうございます。公爵閣下御自らのお出迎え、大変恐縮ですわ」
目的の公爵邸に到着すると、待ち構えていたかのように両手を広げ満面の笑みを浮かべた館の主がエレンを出迎えた。
「さあ、堅苦しい挨拶はそこまでだ!今日の会場は東の庭だよ。バラが見ごろになっているので楽しんでくれ」
左手でエレンの手を引くようにしてさっと歩き出した公爵は、わずかにエレンの耳元に口を寄せると声を潜めてにやりと笑った。
「招待客の同伴者の中には、少し騒がしい子も紛れてしまっていてね。申し訳ない」
全く申し訳なさそうに聞こえないその声音に、エレンも苦笑をこぼしながら小声で答える。
「あらあら。若いお嬢さんたちが賑やかなのはいつものことだけれど…。今日は二人は連れてきていないわよ~?」
「当人たちがいなくとも盛り上がれるのはご婦人方の特権だね」
エレンの手を引いたまま小さな声で笑う公爵に、反対の手に持った扇で口元を隠したエレンは小さくため息をこぼした。
そうして二人が会場へと入っていくと、既に集まっていた招待客たちが小さくざわめく声が上がる。
立食式に整えられた会場では、開始の合図を今か今かと待っている淑女たちがいくつかのグループに分かれて談笑していた。
主催者である公爵と、エスコートされているエレンにその視線が一気に集まる。お茶会の開始と同時に、誰から今話題の伯爵家のエレンに声をかけに行くのか、お互いに様子をうかがっているようだった。
その様子に、扇で覆ったままの口元に苦笑を浮かべたままのエレンはもう一度小さくため息をついた。
「ひとまず、あとはミリアが来るのを待つだけだからもう少しここにいなさい」
「あら、ミリアも出迎えなくては拗ねてしまうのではないの?」
「大丈夫だよ。君をこの中に一人にできないし、玄関先でミリアと君を会わせてはお茶会どころではなくなってしまうからね」
パチリとウィンクをしながら公爵が言うと、あちこちのご婦人から小さな悲鳴が上がる。その声は、若いお嬢さんだけではなく、エレンや公爵と同年代のご婦人のものの方が多い。
「相変わらずねぇ…」
呆れるように言うエレンをちらりと見た公爵が何かを言おうとしたとき、公爵を押しのけるようにして現れた人影がエレンの手をひったくるように握りながら大きな声を上げた。
「エレン!久しぶりね!元気にしていて?」
「あら、ミリア。久しぶりねぇ。おかげ様で家族皆元気に過ごしているわよ」
「ミリア…。君は主催者に先に挨拶くらいできないのかい?」
押しのけられた公爵が苦笑いしながら言うと、ミリアはふんっと鼻で笑うようにしながらエレンをその背に隠すように移動した。
「あら。ジーンいらしたの?今日はお招きありがとう。おかげでエレンに会えましたわ」
ミリアの乱入に、周りのご婦人たちはますます盛り上がりを見せている。その声など聞こえないようにエレンに振り向いたミリアが背に立ったジーンと呼ばれた公爵にひらひらを手を振りながら「早くお茶会を始めてしまいなさいな」と軽く言うので、苦笑したジーンは「エレンを頼んだよ」とその場を離れて、会場の中心へと向かった。
挨拶をするジーンに会場中が注目している様子に視線を走らせたミリアは、自身が手にしていたエレンのものとよく似た扇で口元を覆いながら「なかなか良い顔ぶれね」と会場を見渡して小声で笑った。
そうして、お茶会が始まりあちこちのテーブルで思い思いに使用人からお茶を給仕されたご婦人たちの間に会話の花が咲く。
しかし、ちらちらとその視線はエレン、ジーン、ミリアの三人の元へと様子を見るように向けられていた。
この会で最も高貴な身である、侯爵家へと降嫁したとはいえ現国王の妹であるミリアと、公爵家当主であるジーンの邪魔をしないようにという気配りとともに、その会話を聞き洩らさないようにと意識を集中させている様子が見て取れる。
その会場の状況をちらりと確認したミリアは、自身の口元で扇を優雅に揺らめかせながらエレンに話題を振った。
「ところで、エレン。あなたのところの子たちがまた目立つものを乗り回していたと話題だったけれど、今日あなたもそれで来たの?」
「まあ。そんなに話題になっているの?実は、あれはまだ試作品らしくてね。あの子たちが乗っていた一台しかないのよ」
ミリアの質問に同じく扇を揺らめかせながらエレンが答えると、会場がよりいっそうこちらに注意を向けるのが分かった。
「あら、じゃああれはあの子たち専用なのね。二人で旅に出たのでしょう?その移動用に作ったのかしら?」
ミリアが面白そうに言うと、会場のざわめきが大きくなった。
「旅に出ることに決まったのはつい最近のことだもの。この旅のために作ったわけではないようだけれど、今回遠くに旅をするついでに試したい道具はいくつか急いで準備していったみたいね」
「それは二人が戻ってくるのが楽しみだわ。色々話を聞かせて頂戴と伝えておいてくれるかしら」
「ええ。一度、半年ほどで戻ると言っているからその時にでもぜひ」
「半年ね。それまでにはこちらも色々と落ち着いているでしょうから、また二人そろって私のところへも顔を出してくれると嬉しいわね」
会場にちらりと視線を巡らせながら二人がパチリと扇を閉じると、微笑みを浮かべながら様子を見守っていたジーンがようやく口を開いた。
「そのあたりでとりあえずは良いんじゃないのかい?そろそろお嬢さん方がしびれを切らして突撃してきそうだよ」
王家と近しいミリアとの良好な関係のアピールを含めた、皆が興味あるであろう話題をまとめて片付けておく。
話題の内容に聞き耳を立てその内容に反応を示しながらも、三人の周囲にじりじりと近づくようにいくつかの若い娘たちのグループが陣取り、視線でお互いをけん制し合いながらエレン達に話しかけるタイミングを見ているようだった。
その中でも高位の家の娘を含む、比較的大人しいグループにジーンが視線を送りにっこりと微笑むと、「きゃー!」と小さな悲鳴を上げた娘たちが楚々としつつも足早に近づいて口々に挨拶を述べた。
三人も穏やかにそれに挨拶を返すと、代表格であろう娘が前のめりになりながらエレンに向き合った。
「ベイカー伯爵夫人!旅に出られたのはご長男ですわね?!二人というのは、あの執事様と二人きりということで間違いございませんの?!」
キラキラを通り越して、ギラギラとした勢いにエレンをかばうようにジーンとミリアが動くが、そっと手で制したエレンがにっこりと微笑み返事をする。
「あらあら。あまり大きな声でおっしゃらないでね?我が家ではあの二人のことは信じているし、対応も対策もしてはいるけれど、色々…ね?」
エレンの言葉を聞いた先ほどの娘がはっと自分の口をふさぐと、小声になって「申し訳ありません…!二人きりなどと知れわたってしまっては、よからぬことを考える者が出かねませんわね…!」と慌てて謝罪を述べた。
周囲で見守っていたいくつかのグループからは「やはり」とか「これは…!」とか抑えたようで抑えきれない声が漏れ聞こえ、ちらちらとこちらを気にしながらも突撃の意思はなくしたようにそれぞれの話で盛り上がっているように見えた。




