29話 (sideアル)
ギルと一緒に師匠が来たと聞いて出迎えに行き、今日師匠と話したいと思っていた願いが叶った。
「あのさ、師匠。師匠はクラウスとお風呂に一緒に入ったことある?」
「なんだ急に」
ギルが近くにいないうちに、と焦って聞いたので言葉が足りなかった。
「ギルがさ、一緒にお風呂に入るのはダメだって言うんだけど、師匠たちと一緒なら許可が出るかなって思って。師匠たちなら、安全でしょ?」
「おま…!……お前、意外とアレだな…。そりゃ俺たちならお前らにどうこうということは無いが…」
師匠の返答に、期待の眼差しを返すと、師匠に苦笑されてしまった。
「そりゃ、お前…。ギルバートが絶対に嫌がるよ。お前と一緒に入りたくない理由も想像はつくが…。ギルバートの気持ちももちっと考えてやれな」
「またそれ…」
師匠にも、ギルの気持ちを考えてみろと言われた。
それはもう、昨日寝不足になるほど考えた。考えても分からないから困っているのだ。
そう思いながらギルを見ると、ミハイルがギルの頭をなでていた。
「そういえば、いっつもギルがするばっかりで、あんまり俺がしたことなかったな…」
「なんだ、そういう悩みか?」
「師匠はクラウスとの関係で悩んだりしないの?」
「俺たちはお互いに直球だからな。言いたいことは言うし、やりたいことはやるし、ケンカもするが解決も早いな」
やっぱり二人くらいの仲の良さだとあまり悩むこともないのか…。というか俺たちはケンカらしいケンカもしたことがないな…と気づく。
多分、ギルが我慢してくれていることがあるんだろうな…。
「俺…ギルに我慢させてるのかなぁ…」
「おぉ…?そりゃぁまあ…立場ってものもあるしな…。あるかもな」
「俺、師匠とクラウスみたいになりたいな…」
俺がそう言うと、師匠はびっくりしたような顔をしたあとで、大きく笑った。
「なんだ。そんなの、お前らはまだ若いし焦らなくてもいいだろ。それに、そう遠くない話だろうから、ちゃんと話してみろよ」
「そうだよね…。ギルの気持ちがわからないとか一人で悩んでもしょうがないよね…」
「あいつの気持ち…?わかりやすいだろ?」
「なんで皆にはわかって、俺にはわからないんだろう…」
しょげる俺を置いて「まあ、頑張れ」と言った師匠はギルのところに行ってしまった。
入れ違いにミハイルが戻ってきたので、師匠との話を簡単に伝えたところ。
「それは…なんというか…」と言ってしばらく黙ったかと思うと「もう、あとはお二人で話した方が早いと思いますよ。お土産もありますし」と投げられてしまった。
ミハイルに迷惑をかけてしまったかな…と思っていると何かを察したように「別に迷惑とかではありませんよ?ただ、二人で話した方が解決が早いと思っただけです」と言われた。
なんとなくギルの方を見ると、師匠が頭をなでていた。
「ずるい…」
思わずつぶやくと、師匠がこちらへ寄ってきて、もう帰ると言う。
「またな!」と言って背を向ける師匠に「うん!またね!クラウスにもよろしく!」と声をかけて別れた。
なんだか変な顔をしているギルがこちらへ来たのを見ると、ミハイルも「では、あとはギルバートに引き継ぎますね。また御用があればお声がけ下さい」と言ってきたので、俺も「うん。ありがとう。また何かあればよろしくね」と伝えて別れた。
それから、まだ変な顔をしているギルを晩御飯のあとに一緒にワインとお土産を楽しもう、と誘った。
「ああ、いいぞ。俺も話がある」
と笑ったギルの顔が怖かった気がするのは気のせいかな…?
晩御飯も済ませて、一度ギルトも別れてお風呂に入っておく。昨日寝不足なので、ちょっと眠いけど今日のうちに話してしまいたいし、いつ眠ってしまってもいいように。
テーブルに、ワインとお土産の焼き菓子を並べているとドアのノックの音がして、ギルが入ってきた。
ギルもお風呂に入ってきたようで、髪の毛がまだ濡れている。
そこで、ふと今日見た光景を思い出す。なんだかモヤっとした気持ちになったので、師匠の話も思い出し、俺もやりたいことをしてみることにした。
「ギル。そこに座って、髪の毛拭いてあげるね?」
「…ああ」
ギルはちょっと驚きながらもおとなしく座ってくれた。
準備したタオルで丁寧に髪を拭きながら、ちょっとヨシヨシと頭を撫でてみる。
「…急にどうした?」
ギルが頭は動かさないまま、質問してきた。頭が動いていないので、そのままなで続ける。金色のサラサラの髪が気持ちいい。
「今日、ミハイルも師匠もギルの頭撫でてたから」
撫でてたからどうした?と自分でも思うが、理由はうまく説明できない。
「…そうか」
ギルは何かに納得したように、しばらく俺の好きにさせてくれた。
「そういえば、今日のワインとおつまみはイオとケーキ屋さんからのギルへのお土産だよ」
「俺への?」
「そうだよ」
おれは、不思議そうに顔を上げたギルに、いきさつを説明する。
ギルが顔を上げてしまったので、ヨシヨシタイムも終了し、お互いにワインを注ぎながらの話だ。
「それは…」
と考える素振りをしたギルに、首を傾げるけど「なんでもない」と言われたので、そのままワインを飲む。
「今日は皆似たようなことを言う日だなぁ…」
「何がだ?」
「ミハイルも、話の途中でなんでもないって、言った」
寝不足のせいもあってか、ちょっと思考が緩くなっている気がするけどまあ、いいや。ギルとお話しなきゃ。お話?なんのだっけ?
「ミハイル…。そういえば、ミハイルに今日、俺とは特に何も変わったことは無かったって言ったらしいな?」
ギルが、空になったワイングラスを置いて、こっちのソファーに移動してきた。
「心外だな」
隣に座ったギルが、俺の手を軽く握ってつぶやいた。まるで、昨日を思い出せと言うように、指で手の甲を撫でられる。
「だって、ミハイルに言えるようなことは何も無かったじゃん…」
俺がそういうと、ギルがちょっと笑った。
「ああ、そういうことか」
納得したように言うギルにちょっとムッとした俺は、ギルから少し離れるように座り直して、またワインを飲んだ。
「なんだよぅ。皆して、ギルのことわかったように言うけど、俺はわかんないよ…。ギルのことを一番わかってるのは俺だと思ってたのに…」
ポロポロと思っていたことが、拗ねたような口調で漏れている。
そんな俺を、ギルは黙って見ていた。
「ギルは…。神様からもらったんじゃなかったから、ずっと俺と一緒にいてくれないんでしょ…?」
「…そんなことは言ってない」
「でも、誰か俺よりも好きな人ができたらその人と結婚して、一緒にいたいでしょ?俺と一緒に旅に出るよりその方が良いよね?」
「…なあ」
「なぁに?」
ギルが、ちょっと悲しそうな、怒っているような顔で俺を見ている。
「何で、アルは俺から離れることばっかり考えてるんだ?」
「だって、そのほうがギルはいいでしょ?」
自分でも、自分が何を元にしゃべってるのかわからなくなってきた。言葉が滑り落ちるように出てくる。
「アル、前俺に『好きな人と一緒にいるのを邪魔しない』って言ったよな?」
「言ったよ。だから、ギルと離れたほうがいいでしょ」
嫌だけど。ギルと離れたら、俺は生きていけないことを今日たった一日でわかってしまった。
「なんで…」
つぶやいたギルが、俺にぎゅっと抱きついた。座った位置が離れていたので、俺のお腹にしがみつくみたいになっている。
ちょうど、いつかのフレディみたいに。
「じゃあ、なんで俺から離れようとするんだ?好きな人と一緒にいる邪魔をしないでくれよ…」
いつものギルらしくない小さな声で言われたその内容に、俺の回らない頭が鈍く反応する。
違う。そうじゃない。そうじゃないはずなんだ。
「う…うぅ…」
盛り上がってきて、こらえきれない涙が、さっき拭いたギルの髪の毛を濡らしていく。
「なんでそんなことばっかりいうの…?」
嗚咽と共に、言葉を絞り出す。
ギルが顔を上げたのがわかったけど、俺は涙でよく見えないし、涙も言葉も止まらない。
「ギルがそんなことばっかり言うから、おれ…かんちがいしちゃいそうになる…」
俺のすぐ隣にギルが座り直したのがわかる。温かい、慣れたギルの体温だ。
「勘違い…?どんな?」
ギルに尋ねられて、俺はもっと涙が溢れて止まらなくなった。
それと同時に、言葉もどんどんこぼれて止められない。
「ギルが…おれのことを好きなんじゃないか…って。だれよりもとくべつな好きなんじゃないかって…」
「うん。好きだよ」
ギルが、俺の頬に流れる涙に口付けをしたのがわかる。
そんなギルをぐっと手で押して、俺は話続けた。
「だから、そういうのやめてよぅ…!そういうのは、こいびとの好きな人にするんだよ!」
「…アルは、ジャン師匠とクラウスみたいな関係になりたいんだよね?」
「そうだよ」
「俺と?」
「ギルいがいにだれがいるの?」
「うん。俺も、二人みたいな関係に、アルとなりたい」
その言葉に、ぴたりと涙が止まった。
「そうなの…?」
「うん」
ギルの優しい声。俺だけを見て、優しく笑ってる。俺の好きないつものギルがそこにいる。
「えへへ…。そうなんだ…よかった…」
「嬉しい?」
「うれしい…」
さっきまであんなに泣いてたのがどこへ?と自分でもわかるほど、顔が緩んでいるのがわかる。笑いが止まらない。
「ふふ…ふふふ…うれしいなぁ」
「そっか。じゃあ、アルは俺と結婚してくれるんだな?」
「ん?」
今、なんて言った?
「師匠とクラウスみたいな関係に、俺となってくれるんだよな?」
「うん」
今度はちゃんとわかったので、頷いた。
「約束な?」
こてんと首を傾げて、ギルが言った。かわいい。
「うん!やくそく!」
ギルがにっこり笑った!良かった!笑ってる!
「師匠とクラウス、結婚するんだよ」
「え?」
酔いが覚めた。




