3話
「エリザベト、昔から「真実の愛」の聖女に憧れてたもんね。これで、聖女になれるよ。良かったね!」
存在を忘れられていた新郎ののほほんとした声に、全員がハッと視線を動かしたその瞬間。
エリザベトとクリストフを中心に教会全体がまばゆい光に包まれ、中にいた人々は驚き目を閉じ、外から教会を見ていた民衆も驚きざわめいていた。
光が収まると、一瞬の静寂に包まれたが、次第にざわざわと声が上がり始める。
「今の光は…!」
「真実の愛の?!」
「加護が与えられたのか!」
徐々にざわめきが大きくなり、次第に歓声に近い声が上がり始める。
「素晴らしい光だった!」
「これほどの光だ!かつての国王夫妻に匹敵するのでは?!」
「うう…!」
感激が滲む声が広がる中、うめき声が混じる。
「お父様?!」
新郎と同じくその存在を忘れられていたが、すぐ近くで光を目にしたエリザベトの父、レスター侯爵が驚き倒れた拍子に腰を打ち付けてしまっていた。
慌ててエリザベトとクリストフが立たせようと手を差し伸べるが、痛みに呻く侯爵は手を伸ばすことすらできない。
新たな驚きに周囲が慌て始めるが、そこにまたのんびりとした声がかかる。
「アルフレッド様。先程の光が神の加護であれば、もしやエリザベト様は治癒の力をお使いになれるのでは…?」
いつの間にかそのそばに立っていた燕尾服の青年が、アルフレッドに声をかける。
この青年はアルフレッドの幼い頃からの従者で、常にアルフレッドのそばにいる。つい最近アルフレッドの専属執事となったところだ。さすがに儀式の間は端に控えていたようだが、いつの間にか隣に立っていた。
ちなみに、先程アルフレッドが声を上げた時には既にそのそばに立っており、さっとその目を白い手袋をはめた手で覆いまばゆい光からアルフレッドを守った。
このキラキラ輝く金髪に鮮やかな青の瞳の青年が、何事もない涼し気な顔でアルフレッドのことをあらゆるものから守るのはいつものことである。なので、光の間近にいたアルフレッドが平気で立っていることは、アルフレッド自身も周囲の者も違和感なく見過ごしている。
「あ、たしかに。エリザベト、試してみなよ。きっと出来るよ!」
あいかわらず周囲の空気を読まないのほほんとした口調で、アルフレッドが言う。
「え…ええ。そうね…。やってみるわ」
父のそばに座り込んだエリザベトが、緊張しながらも表情を引き締め、祈るように手を組む。
目を閉じて何事かを祈るように黙るエリザベトを中心に、あたたかな光がキラキラと舞い、レスター侯爵へと降りかかる。
再び静まり返っていた周囲から、今度は明らかな大歓声が上がった。
レスター侯爵が驚きながらもソロソロと立ち上がり、娘と抱き合う頃には教会中が熱狂していた。
これまで完全に誰からもその存在を欠片も思い出されなかったベイカー伯爵は、間近で浴びた光に誰からも守られずよろめいたものの、ケガもなかったので同じく目をシパシパさせていた夫人の無事を確認したのち、そっと息子の肩を叩いた。
「もういいだろう。帰るとしよう」
「…!はい。父上」
執事が自身の目の前に手を出した際は平然としていたアルフレッドは、父から肩を叩かれた事には驚き息を飲みながらも、冷静に返事をした。
「うちのことは、誰も気にしていないようだし。あとはレスター家と王家に任せれば良かろう」
「さようですね。後ほど、王城に呼ばれるでしょうから。先ほどこちらから伺いを送りました」
すっ、と現れたベイカー伯爵の執事が報告をする。
「ありがとう、セバス」
アルフレッドが父と同年の執事に微笑みかけたのを合図に、堂々としたベイカー伯爵家一同は誰にも気づかれないまま教会を後にしたのだった。