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25話 (sideアル)

 ギルと別れて、馬車に乗り込んだ。

 そして、ギルが見えない距離に来ると、御者台の窓を軽く叩く。


「どうされました?」


 ミハイルから返事があった。手綱を持ったミハイルは、顔は前にまっすぐ向けている。


「あのさ、後でちょっと話を聞いてもらってもいい…?」


 こちらを見ていないことに安心して、思い切って頼み事を口にしてみた。

 すると、ミハイルは驚いたようにチラリとこちらに目線を送ったあとで、前を向き直して頷いてくれた。


「もちろん喜んでお相手致しますが…。ギルバートには内緒の話ですか?」


 言外に、ギル以外に頼るのが珍しいと思っているのが伝わってくる。

 今日、別行動していることも、内心不思議に思っているんだろう。


「ありがとう。内緒…というか…ちょっと…」


 その、ギルとの関係について話を聞いて欲しいと思っているので、言い淀んでしまう。

 不思議そうにしながらも、商会での用事が終わってから時間をとってもらう約束をしてくれた。


 昨日は、色んなことが有って驚いた。

 俺は今まで、ギルが「神様の加護をもらって、一緒にいてくれる」と思い込んでいたので、一緒にいてくれることを当たり前のように振る舞ってしまっていた。

 それが実は、俺がギルを選んだから一緒にいてくれることになって、ギル自身が神様から特別な加護をもらって来たわけではないという。

 俺の色んなワガママを、ギルが努力して実現してくれていたことを知らなかったわけではない。けど、どこかで「神様の加護があるから」と思い「ギルなら出来る」と思ってしまっていたのだと思う。


 ギル自身の努力や、本当の気持ちを蔑ろにしていたつもりはなかったけど、知らず知らずのうちにそうなっていたことに絶望した。

 これ以上、ギルを俺のワガママで振り回してはいけない…と思って、今日も別行動を申し出たものの、結局危険な森の方に行かせることになってしまった。


 せめて、魔導車で行ってもらいたかったけど、師匠が一緒に行くのでマズイと言われ、更に不便をかけることになった。


 これから、ギルとどう接したらいいのかわからなくなってしまった。

 普通の執事との距離感…ギルとは一応友人と言ってもらえる関係ではあると思うので、普通の友人の距離感を誰かに聞きたい。


 そこまで考えたところで、昨日のギルのことを思い出してしまった。

 ハグしたり、手を取られるのはいつものこと。

 街でも、同性同士でもたまに見かけるので、多分普通のことなんだろう。

 …手をなめ…たのは…治癒のため…。

 いつもと違うあの表情は…


 ギルの昨日の目に宿る光を思い出したと同時に、「好きな人」とささやくように言った少しかすれた声も蘇る。

 今はいないはずのギルの存在を近くに感じてしまった途端に、胸の奥がギュッと掴まれたような苦しさが一瞬過った。そして、頬に熱が集まっているような気がする。

 昨日あのあとから、俺の体なんかおかしい。

 

 やたら、心臓が苦しくなるし、熱が出たようになる。

 風邪をひいたりしたら、旅に出られなくなりそうで困る…。


 旅は…ギルを連れて行っていいのかな…?無理をさせるんじゃないだろうか…。


 馬車がとまり、ミハイルが声をかけてきた。

 顔の熱はまだ引いてない気がするので、頬を押さえながら返事をすると、ミハイルが扉を開けてくれた。


「ごめんね。今日ちょっと体調がおかしいんだけど、大丈夫だから気にしないで」


 じっと顔を見られた気がして、顔をあんまり見られないように、ちょっと俯きながらそう伝えた。


「なるほど」


 ミハイルが頷きながら、つぶやいたのが聞こえる。

 とりあえず、これ以上聞かないでくれるらしいのがありがたい。


「お待ちしておりました。アルフレッド様。…今日はお一人ですか?」


 この店舗での取引の責任者を任せているイオがいつも通りの表情を変えないまま声音をひそめた。ミハイルが一緒にいるのに「一人」ということは、ギルはどうしたのかと聞かれているのだろう。

 

 合理的な考えを主体としているイオは、めったに雑談などせず必要なことのみを話す人だ。

 商人としてお客様と対応しているときは、相手に合わせてどんな話題にも対応できるだけの知識をもっているが、俺たち身内相手には無駄な時間は使わない。

 そのわかりやすい基準が、俺にとっては心地よく付き合いやすい相手でもある。

 

 イオが自分から質問をしてしまうほど、不思議な光景に見えるんだな…。


「今日は、ギルは別の用事をしてもらっているんだ」


 端的に答えると、イオは軽く目を見開いてからすぐに表情を戻すと「さようですか」と答えると部屋へと案内を開始した。

 商人として一流の部類に入るイオが不必要に表情を変えることなどめったにない。俺相手の雑談で表情を変えたということは、本気で驚いたのだろう。


 俺が、どれだけ一人で行動できないと思われているのかがよくわかる…。


 そして、特にさして問題もなく電気ロープの仕様の説明が終わる。イオに説明しておけば、あとは職人の人たちへの指示は任せられる。

 必要数の調整などはギルドのジャン師匠と相談するように伝えた。

 

「それでは、あとのことはお任せください」


「よろしくね」


 あっさりと今日も別れようとしたとき、ふいにイオに呼び止められた。


「こちらをどうぞ。お二人で召し上がってください」


 それは、隣国で生産されているワインだった。これから向かう予定の国のお酒が出てきたことに驚いたが、イオのことだから俺たちがこれから行こうとしていることは把握したうえで持ってきたのだろう。


「これからのご旅行の話題のきっかけにでもなれば」

 

 にっこりと微笑んで差し出されたそれをお礼を言って受け取りながら「一緒に行けるかなぁ」とついつぶやいてしまった。

 しっかりと聞いていたらしいイオは、笑みを深めると「大丈夫ですよ」と慰めるように言った。


「新しい生活が始まる前には、気持ちが落ち着かなくなるのはよくあることです。どうぞ、お二人でお気持ちを確かめ合って、よいご旅行になさってくださいね」


「ありがとう」


 じゃあまた、と軽く挨拶を交わした俺は、優しく微笑んだままのイオに見送られながら商会を後にした。

 『新しい生活』という言葉が頭の中をぐるぐるしている。

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