24話 (sideギル)
ひとまず、無事に朝食も終え、アルに付ける護衛を呼んだ。
「おはようございます。アルフレッド様。本日はよろしくお願い致します」
「おはよう。ミハイル。今回は、フレディが一緒じゃなくてごめんね?」
「いいえ、アルフレッド様とご一緒させていただけて光栄です」
申し訳なさそうにアルが言うには訳がある。このミハイルはフレデリック様命の男で、腕も頭も有るが余りにもフレデリック様への圧が強すぎて逃げられ、旦那さまにより遠ざけられているのだ。
その分、俺にとっては安心できる相手だ。自分が一緒にいる時に、アルに万が一ほんの小さな傷でも負わせたりしたら、フレデリック様から嫌われると知っているので、自分の命に替えてもアルを守るだろう。
そして、アルは他者同士の感情の機微にはきちんと目を向けるので、この状態をきちんと把握している。「フレデリック様のために」自分を大切にする、という他者を基準にした価値観はすんなり受け入れられるらしい。
ミハイルが御者を務める馬車で無事に二人を送り出し、俺自身は二輪式の魔道車でギルドへと向かった。
ギルドのドアをくぐると、今日はジャン師匠も酒を飲んだりせずに出迎えてくれた。
「どうした?今日は一人か?」
「アルには警戒用のロープの発注で、商会の方へ行ってもらいました」
挨拶よりも前に怪訝そうな顔をして尋ねる師匠に、さらりと答える。
「ふーん?詮索はしないでおくが、お前がやりすぎたなら早めに謝れよ」
やれやれ仕方がない…と書かれたような妙に腹立たしい顔をしている師匠のことは無視をして、さっさと森へと向かうよう促す。
師匠とは、俺が9歳、アルが7歳のちびの頃からの付き合いだ。
冒険者として二人で行動したいと訴える俺たちを根気強く説得し、無謀なことをしないようにきちんと基礎の教育に付き合ってくれた。
アルもこうした付き合いを通じて、「師匠と弟子」という関係性が自然にできたことで、比較的師匠とは付き合いがしやすいらしい。だから、俺たちはいくつになってもこの人を師匠と呼ぶ。
森は、目的地の途中までギルドの馬車を借りることにした。幌も何もない人や物を運ぶだけの目的で使用されるその馬車の御者台に俺が座り、すぐ後ろのスペースに師匠がドカリと座り込む。
馬車が森の中に入り、周囲が静かになったあたりで師匠が話しかけてきた。
「そういや、お前。おじさんは元気にしてるのか?」
「おかげさまで、毎日元気に店に立っているようです」
「そりゃ良かった」
おじさん…とは、俺とアルが出会うきっかけになった叔父のことだ。
あの後、叔父もベイカー家の保護と監督を受け、今では落ち着いた生活を送らせてもらっている。
あの頃は、本当に大変だっただろうと思う。
俺の両親が突然亡くなり、一人残された俺を引き取ってくれた叔父。
それまでの仕事も辞め、独り身で突然小さな子供を背負いこみ、俺の両親が残した小さな店を俺のために残そうと頑張ってくれたのだ。
しかし、装身用の小物を取り扱うその店で、店舗経営の経験もない叔父がうまくできるわけもなく、あっという間に経営は悪化。
俺を養子に出せ、という周囲の意見をかたくなに振り払い、一人で頑張ろうとした叔父は、次第に壊れていった。
毎日酒を飲むようになり、些細なことで大声を出す。俺が買い物や用事で近所に出かけようとしただけでも、逃げようとするのかと疑心暗鬼になり、腕を掴んで怒鳴られる日々。
俺がいるせいで、叔父が壊れていく…と理解できていた俺は、あの日養子縁組を斡旋してくれるという組織を自ら尋ねるつもりだった。
貴族などは、子供が産まれない夫婦の場合は血縁から養子をとるため特にそういった組織はないらしいが、庶民の間では様々な事情で子供を手放したい人と、子供を求める人とをつなぐ組織がある。
それも、当時は民間の組織だったため、色々と良くないことが起きることもあったそうだ。
今は、俺のことをきっかけにベイカー伯爵家が自身の領内に公的な相談機関を設立、その後各地に広がり、今では国営の組織まで存在する。
あの日、叔父から逃げようとしていたはずの俺は、セバスさんに叔父を捕まえると言われて動揺した。
あの場において、自分のせいで叔父に罰が与えられることに怯えてしまったのだ。
そして、後日俺が落ち着いたのを見計らって、叔父の今後についてということで旦那様から呼ばれた。
そこにはアルもいて、旦那様は「アルフレッドの責任で連れてきたのだから、今後の彼の処遇についてもお前が決めろ」とおっしゃられた。
ここにきてようやく、俺の動揺に気づいたアルが意図的に自分に責任があると明確にしたうえで捕縛の指示を出したのだと気づいた。俺の自分勝手な気持ちを守るために、大人一人の処遇の責任を負ってくれたのだ。
処遇を決めろ、と言われたアルは「自分個人の意見は固まっている。しかし、関係者の意見を聞いてから判断しなければ、それは身分の悪用となるので、まずはギルの意見が聞きたい」ということをたどたどしい口調で言った。
自分のために色々頑張ってくれて、疲れて壊れた叔父のことを助けてほしいと言うべきなのはわかっていた。
しかし、それを口にしようとしても、言葉がうまく出なかった。
俺が言葉に詰まってしまうと、アルが両手で俺の手を握って言った。
「ギルのしたいようにするのがいいよ、おれはそれをだいじにする。けど、おれはどんなじじょうがあっても、ギルをきずつけたあのひとをゆるすことはできない。それはわすれないでね」
ともすれば、叔父を許すなと言っているようにも聞こえるその言葉は、アルの優しい光の灯った目が、それが本心でないことを伝えていた。
そして、俺は気づいた。
ああ、俺は傷ついていたんだ――と。
色々と言い訳を考えてはいても、俺の本心では叔父が怖くて、憎かった。そして何よりも傷ついていた。
それを許さなくてもいいと伝えてもらったことで、俺は自分の気持ちに気づき、受け入れた。
そうすることで、俺は叔父を許す役目を受け取ることができたのだ。
だって、叔父のことはアルが怒っててくれるから。
「叔父さんを助けて…」
小さな声で俺が伝えると、にっこりと笑ったアルは迷わず「わかった」と答えた。
そして、アルの責任において叔父の保護及び監督を行うこと、その一環として俺の両親の店をいったんはベイカー家所有の商会の管理とし、同時に商会で叔父の教育を行うこと、その働いた給金をもって店を再度買い取るための積立とすること、その買い取りの援助のために俺とアルとで行動し、得た金銭を充当していくことをその場で決めてしまった。
そうして、金策の一環として冒険に出ようとした俺たちは、師匠と出会ったのだ。
結局、実際に冒険に出るまでには一年ほどかかった。冒険に出た最初も、師匠に教わった薬草の採取から始めた。アルが「こういうところにあるんだよね」と向かった先にはほぼ間違いなく目的の薬草があったので、安全に収入を得ることができた。
また、アルの発案で魔力を通す素材で刺繍をした装身具を作ることで、より身近な魔道具を作成することに成功。それまでは、魔道回路とは固形物を目的の形に整えるものか、液状にした素材で図や文字を書くという方法しかなかった。
アルの意見を元に素材を探したところ、糸状の魔力伝達素材の開発に成功。今も、この魔道具のメイン販売店として叔父の店は繁盛している。
わりとあっという間に店を取り戻した叔父だったが、店舗の権利の受け取りは固辞。アルに所有の権利があると主張し、俺もそれに同意した。
それを受け入れたアルは、しかし、「それでおじさんを許すわけではない」と一貫して主張。いまだに一切叔父に会うことはしない。そして、俺を連絡役とすることで、俺たちが定期的に会う機会を作ってくれている。
俺と叔父とは、今は穏やかな関係を築けていると思う。立場上の多少の遠慮はあるものの、お互いと自然に接することができているのは、アルのおかげだ。
叔父自身も「アルフレッド様が許さないでいてくれることに救われている」と漏らしたことがある。
自分のしでかした罪を理解している叔父は、全てをなかったことにして幸せに生きる自分を許せない。
そこに「アルフレッド様に睨まれている自分」という立場を得ることで、自分の状況を受け入れることができているのだ。
アルが「叔父を憎む役」を引き受けてくれたことで、俺たちは確かに救われた。




