22話 (sideギル)
ピピピピと小さな音が鳴るのに合わせて、横になっていたベッドから起き上がる。
枕元で音を鳴らしていた目覚まし時計に触れて音を止めた。
これも、アルの発案…というよりは、前世の知識を使って制作したものだ。
もともと以前から時計自体はあったものの、魔道回路を使用したそれは、複雑な回路を使用せねばならず、かなり大きなものが主流だった。
しかし、アルの前世の知識を元にした「歯車」という技術と魔道回路を組み合わせることで小型化に成功。
通常、魔道回路の職人になるにはそれなりの魔力量と魔力操作の技術が必要なうえに、学校に通わねばならず、一般人には手の届かない職だった。
そこに、この「歯車」をはじめとした新たな部品の制作に携わる職人という新しい職が生まれ、ベイカー伯爵領の雇用及び収入が増大するきっかけにもなった。
たしかに、アル自身に制作技術があったわけではない。しかし、彼の知識によりもたらされた恩恵であることに間違いはない。
それなのに、この技術を実現させた者に「あなたが開発したものだ」と、この技術の使用権を一任してしまい、自分自身の手柄は一切誇らない。それどころか、この者を「手先が器用」ということで探してきた俺の手柄だとまで言う始末だ。
アルのことを考えると、自分の顔の筋肉が自分の思い通りになっていないと感じることが多々ある。
今も、おそらく筋肉の緩み切った顔をしていたに違いない。
しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。そろそろアルを起こしに行かねば。
ここはベイカー伯爵領の本邸ではあるが、アルの身の回りのことは俺の仕事だ。朝食の準備はさすがに他の使用人に任せる予定だが、アルの側は誰にも譲る気はない。
昨日、色々とあったせいでなかなか寝付けなかったので、いつもより少し思考がまとまらない気がするが、アルがそばにいれば意識がはっきりするので問題ない。
多分、アルも寝付けず寝不足だろう。今日は、森に行かせるのは危ないかもしれないな。
そんなことをつらつらと考えているうちに、自分の身支度が終わり、アルの部屋へ向かった。
廊下からアルのプライベートスペースへ入る扉を軽くノックして入室。居間兼応接室を通り、寝室へと続く扉を開ける。
「おはよう。もう起きれるか?」
部屋のカーテンを開けながら声をかけると、もぞりと動いた気配はするが、声は聞こえないし起き上がった様子もない。
おそらく起きてはいるが、顔を出すのをためらっているのだろう。
ただ、アルがなかなか起きないのはいつもどおりのことなので、俺もいつもどおりにする。
アルの寝ているベッドの横に立つと、くるまるようにしてぎゅっと握っている布団を容赦なく引っぺがす。
「うひゃぁ…」
アルが小さく声を上げる。やはりしっかり起きているようだ。
とはいえ、ぎゅーっと目をつぶって起き上がる気配がない。
___そんなにぎゅっと目を閉じられると、唇が引き寄せられそうな気持になるんだがな…。
そんなことをすれば、アルの様子が今日一日おかしなことになり、本邸の使用人に異常がバレる。使用人はアルに異常があれば旦那様に連絡をする。そうなれば、じゃm…旦那様がめんd…心配して旅の中止を指示されてしまうだろう。
旦那様は、アルが望んだことが実現するということには気づいていらっしゃる。その原因がなんらかの理由で神の加護が与えられたから、とも思っている。しかし、アルが望んだことは周囲、特に俺には絶対に影響すると思っているから、今回の旅をあっさりと許可したのだ。
旦那様の勘違いを最大限利用させてもらうため、アルの様子がおかしい…俺との関係に変化があったとは気づかれるわけにはいかない。
だから、アルが望むとおりに。アルがいつも通りに振舞えるように対応する。
それが、今俺がやるべきことだ。




