20話
ギルバートに腰を抱き寄せられたままその顔に見入っていたアルフレッドは、バサバサと鳥が羽ばたく音ではっと意識を取り戻したかのように、表情を動かした。
「アル?」
ギルバートが確認するように呼び掛けると、アルフレッドは周りをキョロキョロと見まわし始めた。
「何?特に危険なものは近づいてきてないし、人もいないぞ」
モニターから警告音が鳴っていないので、この周辺は安全なはずだ。
「いや。そういえば、神様がまた会えるって言ってくれたのに、実際に会えたことないな…と思って」
「ああ。会いたいのか?」
今?という感情を表すように、腰を抱いた腕に力がこもる。
「今!俺は混乱してるから!色々聞きたいことがありすぎるの!」
抱き寄せられたギルバートの胸元を軽く手で押しながら、離れたい意思を伝えるが、腰に絡んだ腕は緩まない。
ギルバートが不服を口でも伝えようと、言葉を発しかけたとき、頭上にバサバサという音が響いた。
ぴったりとくっついたまま、二人そろって頭上を見上げると、そこには二人が出会ったときにあらわれたのと同じ大きな鳥がいた。
「やっと呼んでくれましたね」
二人の目線の高さにある木の枝にとまった鳥から、人の声がする。
「お兄さん神様!」
その声を聴いたアルフレッドが、驚きの声を上げた。
「ふふふ。覚えていてくれたのですね。今はアルフレッド君とお呼びすればいいですか」
「あ、はい!アルフレッドです!」
アルフレッドは返事をしながらぐいぐいとギルバートの胸を押すが、ギルバートは一向に腕を離さず、探るような視線で神様と自称した鳥を見ている。
「そのままで大丈夫ですよ。アルフレッド君。ただ、ギルバート君はそんなに警戒しないでください。私はあなた方に危害を加えるつもりはありませんからね」
やんわりと告げられた言葉に、アルフレッドは「そうだった。神様は人目を気にしないタイプだ」と顔を赤くした。
ギルバートは、少し迷う素振りを見せたものの、腕を離してようやくアルフレッドを開放する。
「では、改めて。アルフレッド君が聞きたいのは、あなたが『転生特典』と呼んでいる私たちの加護のことですね?」
いつから二人の様子を見ていたのか、アルフレッドが質問をする前に確認される。
「そ、そうです。俺は、ギルを俺のそばにいさせてくれることが転生特典だと思ってたんですけど…」
「ふふふ。実際の加護は、ギルバート君の思っている通りですよ。誤解を与えていることに私たちもあの場で気づかなくて申し訳ありませんでした」
鳥の小さな頭を下げて謝罪をされると、アルフレッドは慌てる。
「いえ!俺が勝手に勘違いしていただけなので!というか、そんなすごい加護をもらえるなんて夢にも思ってなくて…俺…」
再び表情を曇らせて、うつむきかけるアルフレッドの背中に、ギルバートがそっと手を添えた。
「大丈夫ですよ。ギルバート君も言ったとおり、人のような自分の意思を持った生き物に対しては、相手の本心を完全に無視してまで影響を与えることはできません。人よりも思考力の弱い生き物などは、ある程度は君の希望に流されて動きますが、生命の本能に逆らったような動きはできません」
「そうなんですね…」
「それに。あなたなら他者に悪い影響を与えるようなことは望まないとわかっていたので、その加護を与えたのですよ。実際、これまで加護の内容を誤解したまま生きてきたあなたが、誰かを落とすようなことを希望したことはありませんでした。それは良くギルバート君が知っていますね?」
細い首をかしげるようにして、鳥の目がギルバートへと向いた。アルフレッドも視線を向けると、ギルバートは無言で頷いた。
「あの…」
おずおずとアルフレッドが声を上げるも、言い淀む。
「どうしました?」
「俺、そんなすごい加護を使いこなせる自信はやっぱりなくて、この加護を取り消してもらうことは可能なんでしょうか…?」
「なるほど…」
首を右に左にかしげるようにしながら鳥が言葉を止めると、代わりにギルバートが口を開いた。
「あの、お話の途中で申し訳ありませんが、私からも一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ、ギルバート君。遠慮はいりませんよ」
鳥の首が縦に動くのを確認して、ギルバートはゆっくりと考えるようにしながら質問を口にした。
「アルに与えられた加護について、実際に人だけではなく植物や動物に影響することはお聞きした通りだと思うのですが、その他の現象についても…」
ギルバートが切った言葉を促すように、鳥の首が傾く。
「例えば、天候や病気など…つまりは神様の領域まで影響があるのではありませんか?」
「え?ギル何を…そんなことはさすがに…」
横からアルフレッドが戸惑った声を上げる。鳥の首が続きを促すように動いたのを確認し、ギルバートは言葉を続けた。
「例えば、神の加護と言われている治癒の力…聖女の力もアルが望む通りに発現しただろう?その他にも、アルが何かの理由があって雨や晴れを願ったときは大抵雲が動いてその通りになった」
そこまで言ってから、鳥の方に向き直ると再び口調を改めて、話をつなぐ。アルフレッドはあんぐりと口を開けて固まっている。
「何よりも、今回アルが望んだと同時にあなたが現れて、質問に答えてくださっているので」
確信を持った声で言い切ったギルバートに、鳥の首が大きく上下に動く。
「半分正解…というところでしょうか」
「ふぇ?」
アルフレッドが若干空気の抜けるような声を上げたので、鳥から笑うような声がした。
「確かに、私のような存在もアルフレッド君が望み、それにこたえようと思えばこうして姿を現します。それも加護といえば加護ですが、私たち以外のものはそういうわけにもいかないので半分…ですかね」
くっくと鳥の鳴き声とも笑い声ともつかぬ声を漏らしながら、言葉は続く。
「あとは、自然現象や治癒の力等の話ですが、これも半分正解です」
「ほぇ?」
アルフレッドは相変わらず開いた口がふさがらず、間の抜けた声を出す。
「天候や治癒の力は、それぞれが特別に与えられる加護に相当するので、いくらアルフレッド君でも、願っただけで操ることはできません。この世界で、神の加護と呼ばれる力は、どうやって与えられると言われているか覚えていますか?」
「あ、はい。『教会で真実の愛を誓う』ですよね?
アルフレッドがきちんと答えを返すと、鳥の首が上下に動いた。
「そうですね。それも実は半分正解、というところなのです」
さすがにギルバートも首をかしげる。
「実際は『神の前で、真実の愛を示す』が正しいのですよ」
鳥の顔がにっこりと笑ったような気がした。




