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19話

「ギル…聖女なの…?」


 どこか気の抜けるようなその問いかけに、ギルバートはふっと小さく笑う。


「どうだろ。こうして治すことしかできないから、聖女の力とやらとは違うんじゃないか」


 そういって、握ったままだったアルフレッドの手の甲に再び唇を寄せると、ペロリと舐めた。

 何が起きたかを今度ははっきりと理解したアルフレッドは、ぴくりと体を揺らし、頬を赤く染めた。

 ギルバートは少し頭を下げたその位置のまま、アルフレッドに視線を送る。


 上目遣いだが、甘えるようなものとは違いある種の光をたたえたその視線にとらえられたアルフレッドは、居心地が悪そうに体を揺らした。


「お前が初めて会った日に教えてくれたんだろ」


「え?」


「舐めれば治るってね」


「は?え?」


 顔を真っ赤にしてうろたえるアルフレッドの手を握ったまま、姿勢を戻したギルバートは反対の手でアルフレッドの頭をいつものようにポンポンとなでた。


「いつも、俺や旦那様は『お前がそう望むなら』って言うだろ。あれは『アルが本気で望んだことは実現する』っていう意味だぞ。お前は思い込んでて気づいてなかったけど、俺自身はもともと特別な力も何もない。けど、アルが信じることは俺も信じられたから、アルが俺を信じてくれたから、何でも実現できる力が湧いてきたんだよ」


「へ?え?」


「エリザベト様の力についても、アルが『できる』と信じて口に出してから、神の加護が得られ、聖女の力が使えるようになっただろ」


「ふぇ?」


「俺たちが最初に出会った時も、お前が『鳥が来る』って言ったら鳥がきた」


「んんんー?」


「そもそもアルが神様とやらに『自分の願ったことがなんでも叶えられるのか』って頼んだんだろ」


「えーーーー?!そこが願いになってるの!???」


 ギルバートは吹き出すように笑った。


「今更だな」


「え?でも、じゃあギルはもともと神様の加護が与えられて俺のところに来てくれたわけじゃなくて、俺が望んだから、そうなっちゃったってこと?」


 ずっとうろたえて目を白黒させていたアルフレッドが、顔を蒼白にしながらギルバートとつないだままの手をぎゅっと握りしめる。その手はかすかに震えているようだった。


「俺が、ギルがいいって言っちゃったから、ギルは俺の相棒になってくれて…本当だったら俺に縛られることなく自由に過ごせてたってこと…?ギルなら何でもできるって…俺…ギルに無理させてたの…?」


 震える手でギルバートの手を握りしめたまま「どうしよう」と繰り返し、今にもこぼれそうな涙を必死にこらえるアルフレッドを、ギルバートは反対の手で柔らかく抱きよせた。


「大丈夫だ」


 繋いでいた手をそっと放して、両腕でしっかりと抱きしめなおすと、背中をポンポンと宥めるように叩く。


「アルが望んで、それを相手も望んだり、信じたりしないことは実現しない。神様もそう言ってたんだろう?」


 ゆっくりと優しく確かめるように語られたギルバートの言葉に、アルフレッドがおずおずと顔を上げる。

 ギルバートは、しっかりとアルフレッドと目線を合わせると、柔らかく微笑んでから話を続けた。


「俺は、俺が望んだからここにいる」


 ギルバートのその言葉を聞いたと同時に、アルフレッドの目からは涙が盛り上がっていく。


「俺は、何にもできない。ただ助けを願うことしかできない子供だった。アルが俺を信じてくれないと、あのまま俺は何もできない子供だったよ」


 その顔を押し付けるようにギルバートの胸元にぐりぐりと抱き着いたアルフレッドは「ぎるぅ」と名前を呼びながら肩を震わせる。


「ギルは、何もできない子供じゃなかったよ。あんなに大変な状況で、それでもおじさんのことも、偶然現れただけの俺のことも守ろうとしてくれたよ。ギルは、ギルの力でなんでもできるようになったし、そうなるように努力してくれたからだよね。俺わがままばっかり言うだけで…」

 

 顔を押し付けたままくぐもった声で話すアルフレッドに、ギルバートは抱きしめた腕の力をきゅっと強くすることで応える。


「ちゃんと俺は、俺が望んでないことは受け入れていないし、嫌なことは実現させるつもりもないってことを自分でわかってるから安心しろ」


 相変わらず優しい声でギルバートが語る内容に、アルフレッド涙を浮かべたままの顔を上げた。

 顔を上げればまっすぐにギルバートと視線が合い、ほっとした微笑みを浮かべる。ギルバートのいつもの優しい目だ。


「ギルも自分の意思で、ちゃんと拒否できてることがあるんだね…?」


 ぎゅっと抱きしめたままのギルバートも、アルフレッドの微笑みに対して笑い返したが、その表情はどこかいたずらっぽい色を滲ませている。


「ああ。俺は、これからずっとアルの『相棒』だけでいることを受け入れてない」


「え…」


 その言葉を聞いたアルフレッドはさっき以上に顔色を悪くし、今度は泣くことすら忘れたように完全に固まってしまった。


「そうだよね…。神様に選ばれたんじゃなくて、俺が勝手にギルが良いって言ってるんだもんね…」

 

「そうだな。アルが俺を選んだんだ」


 アルフレッドが絞り出すように言う。それに同意する言葉をギルバートが口にすると腕の中の存在がおびえたように小さく震える。震えを宥めるように背中をやさしくなでながら、視線はそらさないまま言葉を続けた。


「俺は、神様や他の人じゃなくて、アル自身が俺を選んでくれたことが嬉しいんだ」


 ギルバートの言葉に再び腕の中のアルフレッドが震えるが、その表情に怯えは見えず、驚いたように目を見開いていた。


 そんなアルフレッドに対して、いたずらな笑みを浮かべたままのギルバートは、しっかり抱きしめていた片手を離すと、いつものように頭をなでるようなしぐさで髪をすくうと、それに口づけた。


「これもアルが言ったんだろ。こういうことは好きな人にしろって」


 アルフレッドは混乱して見開いた目をパチパチと瞬くのと同時に、何かを言おうとしているのか口もパクパクとさせている。

 その表情に笑みを深くしたギルバートは、今度はすっと顔を近づけるとパクパクしている口の横をかすめるように、頬にちゅっと音がするだけのキスをした。


「ひゃっ」 


 思わず声を出して首をすくめて逃げようとするアルフレッドの腰を再び両手で抱き寄せたギルバートは、逃げることは許さないというようにその顔を覗き込んだ。


「あと、遠慮もしなくていいって言ったよな?」


 そう言ったギルバートの目は、もういたずらな色は消え、甘くかつ強い光を宿していた。


「アルが、もし俺以外を選んでいたらなんて、考えるだけでもおかしくなりそうだよ」


 強い光に引き込まれるように思考が固まり、何も考えられなくなったアルフレッドには、ギルバートが何を言っているのか聞こえていなかった。

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