18話
魔道車に乗りこみ、ギルドを出発した二人は先ほどの話から目星をつけた方向へと走っていく。
「鑑定魔法での解析をうまく使えば、地図がない街でも使える道案内の機能が付けられないかなぁ。今回の目印から出る信号の方向を追っかける作戦は、森だから成立するだけだもんね」
助手席に座ったアルフレッドが地図を眺めながら言う。思い浮かべているのは、前世のカーナビ機能だ。
「…そうだな。解析で簡易地図は作れるから、目標の目印への道案内機能は問題ない。だけど、目印のない特定の個人を探す…とかは難しいな」
少し考えるようにしてギルバートが返答すると、アルフレッドは驚いたように顔を上げる。
「え?!解析で地図作る魔道回路もう思い浮かんでるの?!」
キラキラと目を輝かせて「さすがギル!すごいなぁ」と繰り返すアルフレッドを横目に見ながら、ギルバートは苦笑を浮かべる。
「…旅先でアルが迷子になったら困るからな…。お前すぐ人やら動物やらに構ってはフラフラするだろ」
「ぐぅ!」
苦笑したギルバートの主張に、アルフレッドは一瞬言い淀み、頬を膨らませながらも反論した。
「ギルが一緒にいてくれるから、最近は一人で迷子になることもないもん…!」
「えらそうに言うことかよ…。俺がついて行かなきゃ一人で迷子だろ」
「え?!一人にしないでね!?」
「まず、お前が俺から離れるな」
ふざけて笑いながらしばらく魔道車を走らせていると、昨日泊まった場所の近くで探索魔法に反応があった。
「あ、これ昨日と同じやつの反応だね」
明かり魔法を応用した魔法で、ガラスに任意の図形を表示する簡易モニターを眺めたアルフレッドが言う。
さっきはこれから目印を付けるかのような説明をしたが、一度解析した生き物の情報は既に記録されている。
「魔道車があると逃げられるかもしれないから、もう少し近づいたら歩くぞ」
「了解」
車を大きな木の下に停めて、それぞれ魔道具を手にした二人は静かに目標に向かって歩いていく。
「あ、移動を始めたみたい。こっちに向かってるから気づいたみたいだね」
車から外して手にしたモニターを見ながらアルフレッドが言うと、ギルバードが横からモニターを手に取った。
「このままなら、この辺で接触できそうだな。先に隠れて待ち伏せするか」
「そうだね。じゃあ、俺はこっちに行くから、ギルはそっちね」
「了解。気を付けろよ」
「ギルもね!」
ギルバートは腰の後ろの鞄にモニターをしまうと、軽く手を振ってアルフレッドと反対の茂みに静かに入っていく。
アルフレッドも茂みに静かに屈みこんで待つこと少し。腕時計がかすかに振動した。
「はい」
『聞こえてるか。草の音がする』
「大丈夫」
『よし、カウント』
「『3.2.1』」
「『ゴー!』」
小声でカウントを合わせた二人が同時に茂みから姿を現す。と、同時にギルバートが攻撃を放った。
昨日も持っていた、電気を帯びた球を発射する魔道具だ。
「ガ…!!!」
突然飛び出した二人に吠えかけた魔獣に電球が直撃すると、その場でびりびりと痙攣し、叫び声も上げられずに止まった。
「効果あり!」
『油断するなよ!」
「わかってる!」
二人とも攻撃魔道具を構えたまま、しばらく様子をみる。
電球が腹に張り付いたようになっている魔獣は立ったままピクリピクリと揺れている。
『よし。もういいだろう』
「了解」
アルフレッドが放った新しい球が魔獣に直撃すると、先ほどまで張り付いていた電球が剥がれ落ちた。
しばらく痙攣していた魔獣は、やがてブルりと大きく体を震わせると、ヨタヨタと森の奥へと歩いていった。
「やったね!」
「よし。これでひとまずしばらくは様子見だな」
「これだけやったら、ピリピリするものに恐怖を覚えるだろうから、電気ロープにも近づかないでしょ」
今回の目的は、あくまでも人に近づかないようにすることなので、敢えて自分たちの存在を認識させ、警戒用のロープと同じ電気を使った攻撃を主体としていた。
「ちゃんと森の奥へは行っているが、警戒して巣穴には直接戻らないかもしれない」
先ほど探索にかかった時から、継続して追う形の魔法に切り替え、目的の魔獣の動きをみている。
「うーーん。今日は念のために街に戻らず、すぐに動けるようにしておいた方がいいかもしれないね」
ギルバートが持っているモニターを横から覗き込んだアルフレッドが、考えるようにしながら右手で自分の頬を押さえた。
「アル」
その動きを見たギルバートが軽く眉間にしわを寄せ、アルフレッドの右頬からそっと手を引き寄せる。
「ん?」
突然の行動にも特に抵抗することもなく、ギルバードの行動を見ていると、アルフレッドも自分の手の甲が目に入った。
「ああ、傷ができてたんだね」
先ほどどこかにぶつけたのだろう、小さな擦り傷ができていた。
「大丈夫だよ。このくらいの傷」
ギルバードが心配していると判断したアルフレッドが、手を引き抜こうとすると、きゅっと握られて抜くことができなかった。
「ギル?」
無理やり引き抜くことはせず、不思議そうに首をかしげた後で「あっ」と声を上げたアルフレッドは小さく笑った。
「アル?」
突然笑い出したアルフレッドに、今度はギルバートが怪訝そうに首を小さくかしげる。
「なんか、初めて会ったときみたいだね」
ふふふ、とアルフレッドが小さく笑う。
「ああ。俺もそれを思い出してた」
ギルバートが眉間のしわをふっと緩め、目を細めてアルフレッドを見つめた。
じっと見つめられたアルフレッドは、その目に気づくと笑うのをやめ、視線を合わせたまま止まる。
昔を懐かしむような、自分の奥を見ているようないつもとは違うその視線に、なぜか何も言えなくなったアルフレッドは、身じろぎして再び手を引き抜こうと試みたが、やはりギルバートに阻まれてしまう。
「ギル。そんなに心配しなくても、大丈夫だよ。これくらいの傷…」
アルフレッドの言葉を遮るように、きゅっと手に力を入れたギルバートはふっと微笑んだ。
「舐めとけば治る…だな」
とろりと何かが溶け込んだような目の光に意識を奪われたアルフレッドは、何も反応できずに固まって
いる。
すっと動いたギルバートの視線を追うように、自分の手の甲を見やると、その視界にギルバートの金色の髪がサラリと映り込んだ。
「ひゃっ」
何が起きたかわからないアルフレッドが、手の甲を滑る柔らかく暖かな感触に小さく声を上げると、目の前にキラキラとした光が舞うのが見えた。
「え?なに…?」
ギルバートが少し顔を上げると、自分の手の甲が見えた。
「は…?え…?」
戸惑いの声が口から洩れるが、言葉がうまく出てこない。
いまだ優しく握られたままの自分の右手から目が離せない。
「なんで…」
そこにはさっきまであったはずの傷が見当たらない。
「ギル…聖女なの…?」




