16話
翌日の朝、ギルバートが目を覚ますと、アルフレッドは昨日と変わらず、自分の腕の中にいた。
それを確認すると、幸せそうな笑みをこぼし昨日と同じようにアルフレッドの額に口を寄せる。
それでもアルフレッドが起きていないことを確かめて、静かに起き上がると、探索魔法の記録を確認した。
すると、昨夜のうちに魔法の範囲内になにか大型の生き物が立ち入ったことが記録されていた。
近くを通ったのみで、車の方に向かって動いた様子はないのでひとまず安心する。
簡単な朝食の準備を済ませるころには、ちょうどアルフレッドが身じろぎをし始めた。
「アル。そろそろ起きろ」
アルフレッドの毛布をはぎ取って、背中に手を入れて抱き起す。
顔を洗って、身支度を整えて朝食を食べる。屋敷にいるときと変わらない日常だ。
「昨日の夜、近くを大型の生き物が通ったようだから、早めに街に行って対応しないと」
ギルバートの言葉を聞いたアルフレッドは、ぱっちりと目を覚ました。
「大型なの?じゃあ、早く街に行って状況確認と討伐準備が必要だね」
「ああ。朝食が終わったらすぐに出るぞ」
「わかった」
急いで朝食を終えた二人は、てきぱきと電気ネットもたたみ、魔道車の計器に異常がないことを確認するとすぐさま街に向けて出発した。
運転手はアルフレッドだ。助手席のギルバートは周囲に目を光らせ、何かあれば発動できるように魔道具を手元に置いている。これも二人で開発した道具で、銃のような要領で電気を帯びた球を発射する魔道具だ。
二人とも、接近戦の剣やナイフも一通り使えるが、基本的に自分たちで作成した魔道具を好んで使う。
しばらく走ると、もうすぐ街の入り口というところまできた。
「ここまで、特に探索魔法にも何もかからなかったね」
「街の近くまでは来ていなさそうだな。ひとまずよかった」
何事もなく、無事に街の門をくぐる。門番たちは、はじめ魔道車を見て警戒していたものの、乗っているのが領主一家の人間だとわかると、とたんに目をキラキラさせながら話しかけてきた。
「アルフレッド様、ギルバート様、あいかわらずすごいものを作りますね~。これ、売り出すのはいつごろになるんですか?俺の給料で買えるかな~。あ!警邏用に導入してくだされば、俺でも乗れるかな~」
「まだ試作段階で、今これが実証検査を兼ねての運用中だよ。実際に売るまでの見通しはまだまだ立たないかなぁ」
「そうですね。色々と変更しないととても一般には売れませんので、これはアルフレッド様用ですね」
「いや、ギルがいないと作れなかったし、ギルのものでもあるよ!二人で乗れるんだし!」
「二人用にしてしまったので、発売するときにはそこも考えなくてはいけませんね」
にこやかに二人とも応じたあとで、改めてこの辺りでの大型の生き物の目撃情報について確認する。
「あ!実は、一昨日森に入った冒険者が熊型の魔獣と思われる足跡を見たそうです。それからは今は森の奥へは立ち入り禁止にして、ギルドから領主様へご連絡をしていたところ、お二人が向かってこられているとの返答があり、お待ちしているところでした」
魔道車に興奮して魔獣の件が後回しになったことを門番たちが口々に詫びる。
ベイカー伯爵家と領地の人間は、距離が近く親しい関係を築いているので、その態度もどこか砕けている。しかし、もちろんそんなことはアルフレッドも気にしないので、ギルバートも何も言わない。
「詳しい話は、ギルドで聞いてやってください。必要があれば、目撃した者がご同行できるようにいつでも対応できるようにしているそうです」
「わかった。ありがとう」
それぞれ簡単な挨拶を交わし、魔道車に乗り込んだ二人はすぐさまギルドへ向けて出発した。
それを見送る門番たちは「なんだろう…。うらやまし過ぎて、うらやましくない」と頷き合うその目はどこか遠くを見ているようだった。
街に入ってからも、すれ違う人は車道には入ってこないものの身を乗り出して魔道車を食い入るように見たり、大きな声で中の二人に話しかけたりしてくる。
「アルフレッド様!おかえりなさい!」
「またどえらいもん作りましたね~!」
「きゃー!お二人が隣同士に座って…うっ」
皆好き勝手に話しかけてくるが、進行を妨げるようなことをする者はなく、アルフレッドがにこやかに手を振り返すだけでわあわあと騒ぎながら見送ってくれた。
「相変わらず、ここはにぎやかだし楽しいね」
アルフレッドが嬉しそうに言う。
「ベイカー家の皆様のおかげだよ」
ギルバートも笑って返す。
「ギルバートのおかげでもあるよ!」
楽しそうに会話をする二人を見送る人々が「結婚パレード用に作ったのかな。あの乗り物」「いや、新婚旅行の移動用じゃね?」「あれ?これが新婚旅行だろ?」「え?もう結婚したの?この前やっと婚約破棄したと思ったらさっそく?」「むしろ今更よね〜」などとあちこちで話している声は、車内にまでは届かなかった。
順調に車を進めると、あっという間にギルドに到着する。
ギルドの前では、子供たちが数人遊んでいた。近いうちにアルフレッドたちが来ると聞いて、遊びながら待っていたのだ。
子供たちは、魔道車を見るとすぐに大騒ぎをしはじめる。どうやら喜んでいるようだ。
安全なところに車を停めて、まずアルフレッドが降りると、子供たちも皆駆け寄ってきた!
「アルフレッド様だー!」「わーい」
と口々に叫びながら走ってくる子供たち。5歳くらいの一番小さな子供は両手を広げて、今にも飛びつこうとするポーズだ。
アルフレッドも満面の笑みで両手を広げる。
が、アルフレッドの後ろにギルバートが降り立ったのを見ると、「ギルバート様だ!」と言って、両手を広げたアルフレッドを通り過ぎて、ギルバートへと飛び込んでいった。
その他の年長の子供たちも、アルフレッドからはわずかに距離をとるように立ち止まってしまった。
「皆、ギルのことすごく好きだよね…」
アルフレッドがぼやくように言いながら、子供を抱き上げたギルバートをしょんぼりと見つめる。
すると、ギルバートではなく、抱き上げられた子供が返答した。
「あのね。アルフレッド様にだっこしてもらったらギルバート様におこられるから、ギルバート様の前でアルフレッド様に甘えちゃだめだよって皆が言うからだめなの」
こてりと首をかしげるように言う子供に、立ち止まっていた年長の子供たちが慌てる。
「こら!それ言っちゃだめだよ!」
慌てる子供たちの様子を見ながら、アルフレッドが頬を膨らます。
「えー。大丈夫だよ。そんなことでギルは怒んないよ」
「「「いや、絶対怒られます」」」
声をそろえる子供たちに、アルフレッドが首をかしげていると、ギルバートが笑いながら答えた。
「怒るとしたら、アルフレッド様にですね。いくら領地の子供が相手とはいえ、触れるほど近くに寄るのは気を付けていただかないと。御身に何かあってはこまりますから」
「「「そ、そうそうそういうことです」」」
「さあ、ギルドで大切な話がありますからね。皆とはまた後で」
子供を降ろしたギルバートが、きょとんとしたままのアルフレッドを促してギルドの中へと入っていき、その後ろでは子供たちが「あぶねー。既にギルバート様ちょっと怒ってたよな」とつぶやいていた。




