15話
「まあ、詳細な鑑定にでもかけられたら人工魔石だってことは気づかれる可能性はあるからな。その色なんかは珍しいから気をつけろ。まあ、魔石にわざわざ詳細な鑑定をかけるやつもいないだろうけど」
そう言いながら、アルフレッドが光にかざしている石をギルバートもちらりと見る。
「ふふふ。これ、俺の目の色に合わせてわざとに作った石だって知ったら、フレディびっくりするだろうな」
「びっくりするというより、もっとたくさん寄越せって騒ぐだろうな。旦那様も」
「うーん。俺はこっちの色の方が好きだけどなぁ」
今度は、アルフレッドの腕時計にはまっている石を見る。そこには、ギルバートの目と同じ鮮やかな青色の石が付いている。
「その色はアルが持ってくれてればそれでいいよ」
ギルバートも今日は機嫌よく会話が続いている。アルフレッドもずっとニコニコしていた。
「疑似魔法回路が完成したおかげで、鑑定魔法も簡単にできちゃったからね。魔石の解析と解析結果をもとにした再現までできちゃったのはさすがに驚いたけど」
ふふふふと笑い声をこぼしながらアルフレッドが言うと、ギルバートも目を細めて笑った。
「米が育つ環境を確認するための水質と土壌の解析が目的だったのにな」
この壮大な魔道装置も、偉大な研究結果も全てはアルフレッドの望む新鮮な米を手に入れるための道程に過ぎないのだ。
水質や土壌の鑑定をしようした結果、魔石の解析と再現を先に完成させてしまった。
これまでに各国のトップ魔導士たちが血眼になって研究を重ねてきた人工魔石が、白米のついでにできてしまったのである。
これがどこかに漏れると、とんでもないことになるのは目に見えているので、二人ともこのことは誰にも言うつもりはなかった。
「解析の結果をもとに、水質と土壌も再現できれば良かったんだけど…。さすがに気温や日照、膨大な水と土を再現するのは派手すぎて出来ないよね…」
できないわけではない。やってしまうと、さすがにバレる。ひいては人口魔石についてもバレかねないということで、黙っているだけである。
今回の旅の目的としても実際は「米の育つ環境の土地」ではなく「米が育つ環境に割と近い土地」である。
この国の中では、環境が違いすぎて米に適した環境に作り替えると悪目立ちしてしまう。
しかし「環境が割と近い土地」であれば、多少の調整を加えても目立たないだろう…というなんとも気楽な作戦である。
「もう王都も出たし、そろそろ俺も運転したい~」
「わかったよ。もう少しでいったん休憩して回路のチェックもするから、そのあとな」
王都の中ではさすがに身分的に何かあってもいけないとギルバートが押し切って運転していたのだが、そろそろ森もだいぶ進んで人も馬車も見かけなくなっている。
二人で交代しながら運転をすれば、疲れも半減する。
冒険に出ることにも慣れた二人は、こういった協力の面では対等に助け合うことが自然になっているのだ。
そうして交代しながらも楽しい旅路を続けていれば、領地まではあっという間である。
宿泊予定地と言っても、魔道車の中の空間はきちんと整えられているので、途中の町に寄ることもなく野営という名の快適生活を送るだけだ。
二人のこだわりが詰まった、いわゆるキャンピングカー仕様の魔道車は町に泊まるよりも快適なくらいだった。
探索魔法を周囲に発動させ、さらには車の周囲をネット状のテントで囲む。このテントは、何かが触れると電気が通るようになっている。
これも常時電気を流しているわけではなく、探索魔法に何かがかかれば連動して電気が流れる仕組みにしてある。そして、ネットに何かが触れれば警告音が鳴って、目を覚ますことができるのだ。
ネットに流れる電力は弱くしており、人間が触れても命を奪うことはない。野生の生き物や、魔獣であれば小型のものは気絶するか、大型のものなら驚いて逃げるか、ひるんで時間稼ぎになるだろうという程度のものだ。
そして、万が一ネットを乗り越えて車へと触れるものがあれば、今度は本格的な電流が流れているという寸法だ。
こうしておいて、二人しかいない旅で同時に休むことができるのは大きなメリットになる。
本来であれば、馬車で一週間ほどかかる領地までの道のりだが、速度も速く馬の休憩を必要としない魔道車は念のために無理をしない程度の休憩を挟んで移動したとしても、3日目の昼前にはついてしまう予定だ。
順調に旅も進み、もう明日には領地に入るという二日目の夜、ネットも張り終えてベット状にした座席の上にアルフレッドが寝転がった。
「この座席の寝心地、こだわってよかったね~。しっかり眠れるとやっぱり次の日の疲れが全然違うよね」
アルフレッドがポフポフと座席兼ベッドの感触を楽しんでいると、ギルバートも横にやってきた。
「ほら、いくら空調をよくしててもちゃんと毛布は被らないと風邪ひくぞ。風邪のせいで旅の延期は嫌だろ」
ゴロゴロと転がるアルフレッドの肩の方まで毛布を掛けて、ポンポンと背中を叩く。
「んー。ギルにくっついた方があったかい」
寝かしつけられるように背を叩かれると、すぐにアルフレッドは眠そうな声を出しながら隣で横になるギルバートにすり寄っていった。
「ほら、また肩が出てる」
ギルバートは、かいがいしく再びアルフレッドの毛布を整えると、自分の胸元で丸くなるその肩を抱き寄せるようにしてポンポンと背中をやさしくたたき続けた。
「ふふふ。ギルのこれなつかしいね」
眠そうなふわふわとした声でアルフレッドが言うと、ギルバートの口元にも笑みが浮かび、「もう寝ろ」と小さく答えた声は子供を寝かしつけるように柔らかく響く。
アルフレッドも「はあい」と子供のような返事をして目を閉じる。
アルフレッドから小さな寝息が聞こえ始めたのを確認し、もう一度探索魔法や警戒機の動作確認の石が光っていることを確認したのちに、しっかりとアルフレッドを抱きしめなおし「おやすみ」とちいさくつぶやいて、その額にそっと唇を寄せた。




